表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/260

066   【 魔王というシステム 】

 ユニカが妊娠……本気(マジ)で血の気が引く。


「ええと、マジですか?」


 俺の子供? いや、他に父親候補なんていないよ。だが全く覚悟が出来ていない。

 そもそも今のこの状態でなんて子供なんて……いや、逃げてはいけない事だ。それは解っている。


「マジと言うものデス。推定デスガ、282日後に出産の公算が高いと思われマス」


 そうか……だが彼女が本当に心から望んでいるかは解らない。

 あの後、本人の意志だと確認は取ったが、その意図は断じて語ろうとはしなかった。

 本当にどう云うつもりなんだろう……ふと遠い目をしてしまう。

 だがこれは考えても仕方がない。これから受け止めるべき問題だろう。


「他には何か判ったか?」


「デハ、サキュバスの方からお願いシマス」


 ゲルニッヒの頭が一回転すると、サキュバス達の方に話を振る。

 先ほどからルリアが天井の隅で睨んでる事を考えると、さっさと話を終わらせてホテルから追い出せと言う事なのだろう。

 相変わらず死霊(レイス)とサキュバスの相性はあまり良くないらしい。


「ではではお待ちかねー」

「調べてきた情報でーす」


「あ、そういえば名前聞いてなかったな。えーと……」


「私がレトゥーナ、こっちがオゼットですわ」


 自己紹介をした方、レトゥーナは艶やかなロングの黒髪に黒い瞳。肌は少し褐色で、全体的痩せ型のスレンダー体系だ。

 身長は156センチと言ったところだろうか。少し目じりが下がった優しそうな顔立ちで、全体的に清楚でお淑やかな雰囲気だ。

 まあサキュバスなんだが。


 オゼットと呼ばれたサキュバスは細くふわりとした金髪を肩で切り揃えており、瞳は碧色。肌は白く身長は147センチ程度と小さめだが、その見た目に反して胸はなかなか凶悪なものをお持ちだ。

 こちらは逆に勝気で活発な感じのする子だ。少し子供っぽさはあるが、サキュバスの見た目は変幻自在だからな……あまり意味はないだろう。


 服装はサキュバス共通なのだろう、コウモリ柄のチューブトップブラに布地が極端に少ないビキニパンツ。色は両方とも黒だ。


 おそらく、今後は彼女達がサキュバスとの窓口役になるんだろう。しっかりと覚えておかないとな。


「それで何が判ったんだ?」


「人類は何処の国も、大きな食糧問題を抱えていますわ」

「海で大量の魔族が暴れ出したので、海路が全滅だって」


 ……ゲルニッヒとエヴィアを交互に見る。何か知っているだろ?


「魔王が領域移動の許可を出した時、多分海の方も出しているかな。それで自由に移動を始めたと思うよ」


 ――参ったね……予定外に出てきたのは軍隊蟻だけじゃなかったのか。その様子だと、こっちの領域にも問題が出ている可能性がある。一度、全部を見回って確かめないといけないかもしれない。


 それにしても海か……確かこの世界は大陸は一つ。他には小群島があるだけだったか。だとすれば海路はあまり重要じゃないだろう。

 漁業に関しては打撃だろうが、俺の世界では漁業が占める食料事情はどうだったかな? 

 無視できるものではないだろうが、それでも人類の滅亡には至るまい。この問題はあまり重視しなくていいだろう。

 それよりも――


「何とか領域解除とか制限とか、そういった技能を覚えたいよ。多少スパルタでも良いからどうにかならないかな」


「サホド難しくは有りまセンヨ。タダ、魔王の魔力は世界に散っていマスガ、ソレが(まば)らデス。ソノ為不具合が出ているのデショウ」


「あれかー……全部集まるまでに5千年だっけ?」


 しかも支払いで使っているから、カウンターは1日分も動いていない。後5千年だ。この数字は当分減る事は無いと思われる。


「大体、なんで俺の魔力はあんな風に空を覆っているんだ? 体には入りきらないって事か?」


 言ってみて気が付く。それは少し違う……いや、明確に違う。

 姿勢を正し、少し前のめりになって真面目に(ただ)す。


「質問を変えるぞ。俺はずっと、何かのミスで俺の魔力が空にあるのだと思っていた。だけど違うよな? 俺が来る前から、あれは空にあったんだ。どうなんだ?」


「ハイ、ソノ通りです。あれは魔王がこの世界をあまねく管理するためのシステム。歴代魔王の記憶と意識の集合体でもアリマス。勿論貴方が来る前からありマシタ。そして今は、貴方自身が含まれマス。先代魔王が死した後、一度エヴィアの中に収納されマシタガ、何らかの理由で放出されてしまいマシタ。収納されていた間は、接続が切れていたと認識してイマス」


 疑問はあったが、同時に予感もあった。

 最初、俺はこの姿で日本で生きていたから、この姿形でこちらの世界に転生してきたのだと考えた。

 だが違う。この体は地上で行動するための端末みたいなもので、本体は空にある。あの空を覆う雲を、自分だと直感していたのはそのためだ。

 地上の肉体と空の雲、両方合わせた物が俺の転生してきた真の姿という訳だ。


 召喚されて暫くの違和感も、俺自身が分断されていたからなのだろう。

 そしていきなり出会ったばかりのエヴィアに親近感を感じたのも、おそらく俺自身が中に収納されていた時期があったからだと考えられる。

 結局、放出と同時に接続とやらが戻り、俺は俺自身に戻った。あのタイミングは、偶然だったのだろうか……。


「今までの魔王とどう違うんだ?」


「接続が弱すぎるのデス。本来なら正しい手順がありマスガ、今回は先代魔王の意向でそれを省略しマシタ。従来であれば正しく接続サレ、貴方は真の魔王として絶大な力を行使出来たデショウ。デスガ結果は今の通りデス。地上の貴方は魔王というより人に近い。魔王の魔力……つまり空の貴方の多くも行き場を失い、世界に溶け込みつつアリマス」


「それはいずれ戻るんだろ。それならいいよ。だけど接続ねぇ……」


 地上の俺はまぁ俺なのだろう。だが空の、歴代魔王の意志とやらが混じった俺はどこまでが俺なのだろうか。だが実際の所、ただの一般人だった俺がここまでやれているのにも、歴代魔王の記憶や意識とやらが関係していると思われる。それに強大な力……惹かれはするが、同時にかなりリスキーな事も解ってきた。


「地上の貴方が失われレバ、もはや空にある魔王の魔力を繋ぎ止めることは出来マセン。魔王の終焉を意味します。その点はお気を付けクダサイ」


「新しい魔王を召喚しないのか?」


 俺が死んでも新しい魔王を召喚すればいいだけだ。今までもそうしてきたのではないだろうか?


「今は不可能かな。召喚するためには、今の魔王が魔王の魔力ときちんと接続していないと駄目だよ。接続自体は千年くらいで完了すると思うけど」


「千年間は絶対に死んじゃいけないのか……いや、その先もまだ死ぬ予定はないけどな。それで管理するシステムってのは?」


「魔王の魔力は貴方自身デス。慣れてくれば、コノ星のありとあらゆる領域や生き物に対して、権限を行使デキマス。権限とは貴方が考えている移動の許可等デスネ。 同時に人類に対する嫌がらせでもありマスネ」


 また妙に不穏な単語が出てきたな。魔王と人類の確執はいったい何時から続いているのやら。


「詳しく頼む」


「領域は、世界を覆う魔王の魔力が循環する事で環境を保っているかな。でも解除しちゃうと循環は無くなるよ。今は太陽を隠しているから、領域以外の環境は良くならないね」


「マア、透明にする事も出来るのですケドネ」


 それは確かに大変だ。陽の光が少ないから、領域を解除された土地はあんなに荒れ地になっているわけか。

 それに透明に出来るって話は朗報だ。人類に対して、これ以上ない交渉材料になる。

 だがそれでは足りない……こちらにとってだ。


 環境が良くなれば、土地面積当たりの食料も増える。暫くは、戦争をするより安定した生活を望むだろう。だけど結局いつかは、人口と食料生産が釣り合ってしまう。そうなれば、また新しい土地を求めて攻めて来る……堂々巡りだ。


 攻めて来たら再び太陽を隠すぞーと言っても、人類は魔王を倒せば雲が消えると知っている。次は今まで以上に必死になるだろう。

 最終的に戦う状態に逆戻りなら、むしろ相手を増やした分こちらが大幅に不利になってしまうか。


 しかし、これだけのシステムの構築。思いついてポンと出来たわけじゃないだろう。

 世界には魔人しかいなかった時代もあるという。異世界からの生き物召喚も、それに至る道のりは相当大変だったはずだ。

 なのに今、その大切な生き物、それらが住む領域、そういったものが人間の手によって殺され、破壊されている。


 俺はこのホテルに来て早々、晩餐会で殺す覚悟をした。いや、改めて覚悟しなおしたと言って良いだろう。

 それは食べるために生き物を殺すってだけじゃない。この世界で本質的に生きていくために、人間と戦って殺すことも含まれる。

 だが魔人は? そもそも先代魔王は何をしていたんだ?


「どうして、ここまで放っておいたんだ?」


 魔王の意志が無ければ過度に干渉しない――それは言われている。だが破壊され過ぎてはいないか? 魔人にもよるだろうが、人間を殺す事にそれ程の躊躇(ためら)いがあるとは思わない。現にゲルニッヒは病気の元を蔓延させ、数百万人を殺しているではないか。


「ルリアも、それにレトゥーナ、オゼット。お前達は人間をどう思っているんだ?」


「わたくし達にとって人間はまぁ、食料と言いましょうか……」


「同じくですね」

「美味しいよね」


 ……こいつらに聞いた俺が馬鹿だった。


「エヴィア、ゲルニッヒ。魔人はどうなんだ? 過度に干渉しなくても、壁の内側くらいは魔人の力で守れたんじゃないか?」


「エヴィアは分からないかな。興味が無かったよ。人は生きたいように生きれば良いって誰かが言ってたよ」


 エヴィアは全く興味が無いというふうだ。魔人は興味が無い事はとことん興味ないからな。これが個性なのだろう。だがゲルニッヒは……。


「先代魔王の考えに関しては分かりマセン。私の中で、未だに答えが出ない問いでアリマス。ソシテ、このゲルニッヒという生き方には、人間を知る事が不可欠デス。反応を見るための刺激はシマスガ、何処かを守る……ソノような目的を持っての干渉は致しマセン、タダどのような思考が、ドノような行動を生み、何を残スノカ、ソレをカンサツ……ソウ、観察するだけデス」


 やはり基本的に放任なんだな……。

 しかし今後の事を考えると困ったものだ。壁ではないが、いっそ人間が易々と侵入できない様な厳しい領域で人類世界を囲ってしまう事も考えるべきか……そうだ!


「魔族領で解除された領域、あれを元に戻したかったんだ。どうすればいい?」


 ゲルニッヒの大豆の頭がくるくると回り、エヴィアは沈黙する。エヴィアのこの沈黙は思案している時の様子だ。我ながら、大分空気を読めるようになってきたと思う。

 しかしそこまで難しい事案か……。


「イエ、概ね3段階ありマスガ、最初はさほど難しくはありマセン。エヴィアなら可能デス」


「エヴィアが!?」


 それは意外な事だ。そんな雰囲気は……いや、知らないことを感じ取れるわけが無いのだが、それにしたって一言も言われたことが無い。


「エヴィアは領域の復元魔法を覚えているかな。でも、その為には魔王の魔力を大量に使うよ。少し残っている領域を元に戻すことはあまり大変じゃないけど、完全に解除された土地を一から新しく作るのは……」


 珍しくエヴィアが口ごもる。だが大丈夫だ、全部聞く覚悟は整っている。


「魔王の一部を使うよ。本当に本当の意味で、魔王の一部を使っちゃうよ」


「今一つ意味が分からないので、噛み砕いて教えてくれ」


「一度貴方の体に入った魔力を使うという事は、吸った息を吐くようなモノ。ソレに何の支障もありません。デスガ直接魔人が使うという事は、貴方の一部、ソレが何処かを選ばず使うという事デス」


「俺の記憶や精神が削れるって事か!?」


「そうなっちゃうかな。だから、あまり直接には使いたくはないよ」


 成る程ね……2段階目は結構勇気がいるな。

 ぼんやりと上を見上げると、死霊(レイス)のルリアが円を描く様に手を動かしている。あれは回せ……巻け……ああ、さっさと話しを終わらせろって事か。


 ここはルリアのホテルだしな。あまりサキュバスには長居して欲しくないんだろう。


「だいぶ話が脱線してしまったな、すまない。レトゥーナ、オゼット、他に何かあるか?」


「魔王様はお尻を攻めると、とても良い声を出すのですわ」

「他にも、縛られたり焦らされたりとかも有効だったわよ」


「お前ら俺にどんなプレイをしたんだよ!」


 サキュバス二人には、引き続き情報を探ってもらう事にした。次の魔力の支払いでは、絶対に意識を保っていよう。


 それと領域の3段階目、難しい方ってのは最初のハードルをクリアする決意が出来てからで良いだろうな。

 どのくらい持っていかれるのか分からないが、記憶や心か……欠片たりとも無くしたくはないのも事実だ。


「だいぶ遠回りになってしまったが、ゲルニッヒは他にも何か話がありそうだったよな」


「アア、ソウでした。ゼビア王国他数ヵ国が、ハルタール帝国に攻め込んだソウデス」





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ