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064   【 これからの事 】

 魔人エヴィアと共に魔人ヨーツケールに乗ったユニカは、針葉樹の森を見て少し感心していた。


「ずいぶん沢山の種類が生えているのね」


 高々と乱立する針葉樹も、地面に生い茂る蔓草(つるくさ)も、知識のない人間には普通の木と草にしか見えない。

 しかしそれなりに知識がある人間からすれば、それは雑多な植物が群生するジャングルのようだった。


「ちょっと止まりなさい」


 まるで主人かの様にヨーツケールに停止命令をする。これが素という訳ではない。だが、弱みを見せるわけにもいかなかったのだ。

 今のユニカの心は、強大な魔族への恐怖と、それに対抗しなければいけない人類の使命、それぞれの間のバランスを取るのに必死だった。

 要は、余裕が無かったのである。


「これリコルの実じゃない。こんな所に生えているなんて思いもしなかったわ」


 そう言いながら、蔓草に成っている実を幾つかもぐ。胡桃のような堅い殻に覆われたこぶし大の実。彼女の故郷、貧しい北の国では貴重な食糧だった。

 滅んでしまった故郷を思い出し涙が出そうになるが――


「それ食べられるのかな?」


 エヴィアの呑気な声が望郷の想いをあっさりと経ち切る。

 しばしの思案の後、ユニカはほいとエヴィアの木のみを放り投げた。

 似てはいるけど毒がある可能性がある……ならば毒見でもさせよう、そう考えたのだが――


 エヴィアはそのまま口でパクリと受け取ると、殻ごとぼりぼりと食べてしまった。


「うん、確かに意外とおいしいかな」


(化け物に毒見をさせて、何になると思ったのよ……バカなあたし)


 一つ溜息をつくと、残りの実を収穫して再びヨーツケールに乗り込んだ。





 ◇     ◇     ◇





 スースィリアの上に乗って移動中、不意にゲルニッヒが器用に背中を上ってやってきた。魔人達の大体の性格は把握したつもりだが、今一つこの魔人は掴み処が無い。


 何と言うか、魔人は生き方を特化した存在だ。様々な選択肢の中からこう生きようと云う人生を設定し、それに従って生きている節がある。

 人間嫌いのスースィリアがこうしている様に特殊な形で人生計画に変更があった例もあるが、(おおむ)ねはそうだ。


 だがこの魔人は解らない。人間への興味の集合体というが、同じ人間への興味を優先させたエヴィアとはまた違った感じだ。



「魔王よ、アナタは最終的にどうするつもりなのデスカ?」


 そんな魔人から、不意に面白い質問が飛び出した。いや、何か今更な質問だと思う。

 目的は平和だ。人類と魔族との平和、その為に戦っているのだ。

 だがそんな言葉を口にするよりも早く――


「今後の話デスヨ魔王。人類はもう魔族領から手を引くかもしれマセン。シカシ、百年後は解りマセン。そういった話デス」


 ああ、なるほど。それなら話は簡単だ。また攻めてきたらその時は戦えばよい……なんて話をしているのではないだろう。もっと深い所の話だ。


「今は色々考えているが、まだ何ともはっきりとしないな。最終的には多少のいざこざは甘受しながら共存を目指す、そんな所だろう。さっきの金なんかはその為の一つだな。あれに即効性は無いだろ? そういう事さ」


 攻めてきた人類軍に金をいくら渡したところで、停戦なんてしないだろう。将来的な搦め手、政治的な準備。そういった辺りも視野に入れなければいけない。


「戦うのなら、吾がいくらでも手を貸すのであるぞー」


 そう言ってくれるスースィリアが頼もしい。

 だが戦いばかりではダメだ。しかし……もっと社会の仕組みを勉強しておくのだったと、後悔するなー。





 ◇     ◇     ◇





「ありゃ、先に着いてしまった」


 途中で合流しなかったので、エヴィア達は随分早く進んだものだ……なんて思っていたら、どうもどこかで追い抜いてしまったようだ。考えてみれば道があるわけでもなく、結構適当に進みやすい所を進んでいるのだから仕方がない。


 だがもう日暮れも近い。ヨーツケールの足なら途中で野宿の必要はないだろうが、あまり遅いと心配だ。

 そんな事を考えていると、シャカシャカと高速で大きな蟹がやって来る。ようやく到着したか。


「随分と遅かったな、何かあったのか?」


「ユニカが酔ったかな」


 ああ、なるほど。様子を見ると、ユニカはぐったりとして気分が悪そうだ。車酔いみたいなものだろうか。

 見ればどこからか木の実を拾ってきたようだ。持ってあげよう、そう思い近づくが――


「触らないで!」


 憎悪に満ちた目で一喝される。うーん、嫌われてる。

 取り敢えずは、触らぬ神に祟り無しと思っていた方が良さそうだ。

 幸いホテルには空き部屋がいくつもある。しばし、心と体を休めてもらおう……。


「な、何よここ! こんな所に連れてきて、一体どうしようってのよ!」


 うん、普通にロビーの洗礼を受けているな。エヴィアもいるし、まぁ不死者(アンデット)に喰われる事は無いだろう。


「お帰りなさいませ、魔王様」


 そう言うと、死霊(レイス)のルリアがふわりとやって来る。先に戻っていたのか。


「何か動きはあったか?」


「人類軍は撤退を始めていますわ。ただチラホラと調査隊のような部隊が入ってきています」


 そうか、やっと壁の向こうに下がることを決めてくれたか。

 しかし調査隊か……まぁ当然だろうな。こちらとしても、のんびり構えているわけにはいかない。


「ゲルニッヒ、人間の情報が欲しい。幾つか考えられる案を出してみてくれ」


「ハテ?」


「いや、ハテじゃないだろ。俺が思うに、お前は俺よりも賢いはずだ。参謀的なものを頼むよ」


 《 魔王よ、それは無理だ。ゲルニッヒが困っている 》


 え……見た目からではさっぱり分からない。だが困らせてしまったのか。


「それはすまない……」


 だが、そんなに困るような事を言ってしまったのだろうか? 無理なら無理で仕方がないし、出来れば理由辺りを聞きたかった程度の事だ。


「イエ、問題ありマセンヨ。魔王、我々には一つの決まりがアリマス。ソレを伝えるべきデシタ」


(……決まり?)


 《 魔王の命に関わると判断した、その時だけ魔人は魔王の考えを待たずに行動する 》


「デスガそれ以外に関しては、我々は世界に過度には干渉シマセン。タダシ、魔王が望むナラ、我々は世界を滅ぼすことも致しマショウ」


 こんな吹きっ曝し(ふきっさらし)のホテルの庭で、世界の滅亡に関する話をする事になるとは今の今まで夢にも思わなかった。


「詳しく聞こうか……」


 だが、聞いてしまった以上は理由を知らなければいけない。なにせ、いきなり世界滅亡ボタンのスイッチを渡されたようなものだからだ。


「ヨハンの言葉を覚えてイマスカ?」


 ヨハン……ケーバッハと名乗った男……いつかの魔王の息子。


「彼の言う動物園、真に正しい見解デス。我々魔人は知識を欲しマシタ、ソシテその為の手段を得たコト。コノ誘惑に抗えませんデシタ」


 ゲルニッヒは様子を見るように間を置くが、構わない……続けてくれ。


「デスガ失敗シマシタ。ソレ自体は成功したのデスガ、ソノ後の管理が出来なかったのデス。ダカラ託しました、魔王にデス」


「うーん、つまり他の世界から生き物を呼ぶことには成功した。だが失敗したから丸投げしたって事だな。だが失敗は成功の糧だ。一度失敗したからなんて諦めていたら、俺はとっくに終わっているぞ」


 《 魔王よ、魔人は耐えられなかったのだ。だから分けたのだ 》


「それは……記憶をって事か」


 魔人の事はたまに分からなくなるが、微妙には掴んでいる。

 全ての魔人が揃ったら、人類など比較にならない程の、高度な生命体になるのだろう。だが、同時に精神も高度すぎ……いや、繊細すぎるのだ。

 何でもできる優しい神様が、それ故に何も出来ないのと同じだ。

 何かを贔屓(ひいき)すれば、必ず別の所に(ひずみ)が出る。その事に耐えられなかったのだろう。


「だから管理人として魔王を作ったのか?」


「ソレは少し違いマス。デスガ、ソレを正しく説明できる知識を持ち合わせてイマセン」


(それは別の魔人待ちか……)


「とりあえず人間の情報の件だが……そうだな、ユニカみたいにまだ魔族領には人間がいるんだろ? そこから聞き出してくれ……あ、いや待て」


 軽く言ったが、これは相当に重い問題だぞ。聞いてどうする? いや聞いた後だ。帰れば必ず言うだろう、魔族に捕まってこんな事を聞かれた、こんな事を話したと。


 昔、情報とは糸切れの端だと聞いた事がある。どんな些細で小さな事柄でも、その先には絡み合った長い糸……更なる情報がある。その先端を見て、何処まで奥深くまで見通せるかが知識であり情報戦の鍵なのだとも。


 こちらが何を知らなくて、何を話したかを知られれば、それはもう情報ではない……罠と変わる。知った事すら知られてはいけない……。


「なあ、正直に答えてくれ。俺は悪人の顔をしているか?」


「マア、普通デスネ」


 《 魔王よ、その顔は凡人の顔だ 》


「そうか……」


 多少の気休めでも、それにすがろう。


「魔族領にいる人間から情報を集めてくれ。聞きだしたら殺して構わない」


「構わないトハ?」


 うーん、まだ覚悟が半端だったか。


「分かった……殺せ。ああ、一応もし万が一、協力者ってのがいるなら殺すなよ。それと、知った内容がバレていなければ殺す必要な無いからな」


 魔人に言葉足らずは厳禁だ。言った事は本当にやるからな。だがある程度は察してくれるはずだ。無用な流血は出来る限り避けたい、その考えが伝われば良い。


「畏まりマシタ。ソレデハ、(しば)し探って参りマス」


 そう言うと、ゲルニッヒは闇の中へと姿を消した。

 俺が相当に酷い指示を出した事は分かっている。だがそれでも、今後の方針を決めるためには知らなければいけないのだ。


「さて、俺は食事に行ってくるよ。スースィリア、ヨーツケール、今日はありがとうな」


 大型の二人を残し、魔王もまたホテルへと入って行った。



 一方、魔王から別れたゲルニッヒは一人思案していた。


 ――記憶を封じると云う手もありましタガ、即殺す事を選びましタカ。今度の魔王はカレツ……ソウ、苛烈な人なのデスネ。デスガ一方で殺さないで欲しいという意思も感じマシタ。面白イ、興味深イ……」


 闇を奔るゲルニッヒの隣に、もう一つ……影そのものと言ったモノが並走する。

 立体感は無い。その影を落とすモノも無い。だがその影はブクブクと泡立ち、まるでそこに存在するかのように蠢いている。


 やがて一瞬だけ二者の影が重なると、再び影だけの存在は姿を消した。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。

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