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060   【 先代魔王の娘 】

「エヴィアはちょっと出かけてくるかな。お土産に期待していいよ」


朝、エヴィアはそう言うと一人で出て行った。


「気を付けてな。怪我に注意しろよ。ちゃんと食べるんだぞ? 忘れ物はないか?」


見送りの時に心配で色々と言ったが、あれは俺の不安の裏返しだろう。

考えてみれば、初めて出会って以来、エヴィアと別行動をするのは初めてだ。まるで半身を失ったような寂しさを感じるが、何か考えがあるのなら仕方がない。


ホテルへ移動しようと思っていたが、向こうの用事が終わるまで少しお預けだ。

その間に、出来る事は全て済ませないといけないな。


「ルリアー」


「なんですの? 魔王様」


灯りになっている死霊(レイス)集団からふわりとルリアがやって来る。


「何人か使って、人間の情報を集めて欲しい。細かい事でも良いから色々知っておきたくてね」


「ふーん、もうサキュバスに頼んだのではありませんの?」


唇を尖らし、ほっぺを膨らまし、両手は後ろに当てて前屈みでこちらを覗き込んでくる。

なんとなくだが、ちょっとむくれている様な……?


――え!? もしかして嫉妬? 俺いつの間にか嫉妬される程モテモテに?

などと一瞬考えたが違うな、これはただの対抗心だ。


「適材適所だよ。死霊(レイス)には死霊(レイス)の得意分野で情報を集めて欲しい。シャルネーゼもいるんだろ? そっちも頼むよ」


「それは構わないが、魔王の護衛は大丈夫なのか? 戻って来たら死んでいましたでは困るぞ」


「大丈夫だ。魔人が3人もいるし、エヴィアもすぐに戻って来るだろうしな」


「では指示を出しますわね。わたくしは明かりも兼ねていますので、しばらくは残りますわ」

「私は行ってこよう。朗報を楽しみにな。ハッハッハッハッハ」


これでこちらは情報待ちだ。

最悪のパターンは、人類軍が個別に動き、各所で同時に活動される事。次が総力を結集して来る事って所か。

最良のパターンとしては和平提案がされる事。こっちは確率低そうだけどな……。

だが時間は出来た。


「ゲルニッヒ、聞きたい事がある」


「ドウゾ何でも聞いてクダサイ、魔王」


急いで死霊(レイス)達がゲルニッヒの上に行き照らす。ゆっくり深々とお辞儀をする仰々しいポーズと相まって、本当にこいつは舞台俳優のようだ。言葉は棒読みだが……。


「俺は魔王の息子、ケーバッハと名乗る男と戦った。その記憶は貰っているか?」


「勿論、受け取っておりマス。ソノ節は大変だったようデスネ」


「彼は何者だ?」


一瞬動きが止まり、大豆のような頭がくるりと回転する。あれは思考した――そんな感じなのだろうか?


「ヨハン・エルドリッド。2代前の魔王の息子デス。当時は壁がありませんデシタ。魔王は死ぬ時に、息子を人間世界に預けたと覚えていマス」


やはり本当に魔王の子だったのか。

しかし人間世界に紛れていたとはね……いや待て。


「他に魔王の子供ってのは居るのか?」


今度は頭の大豆が縦に二回転。今までの魔人達に比べ、動きの激しさが目立つ。


「ハイ、多数イマス。ですが魔族領にはイマセン。全て人間の世界で暮らしてイマス」


奇妙な話だ。まさかライオンのように、ハーレムのボスが変わったら前の子供は全て殺すような風習があるわけでも……もしかして、あるの?


「ありまセンヨ。デスガ、当時は風習のようなものデシタ。代が変わる時、先代の子供はひっそりと人間社会に紛れ込むのデス」


こちらの考えを先取りして話を続けるゲルニッヒ。

伝統というか風習というか、まあ色々あるのだろう。


「そいつらも、俺……魔王や魔人を恨んでいるのかな……」


ケーバッハが俺を見る目。狂気を孕んだ憎しみの瞳を思い出す。2代前……壁が出来る前……あの憎悪を抱きながら、彼は幾星霜の時を生きてきたのだろうか。


「ドウでしょう? 人それぞれだと思いマスヨ。私も何人かまだ交流がありマスガ、彼らは意外と友好的デス」


それは別の意味で意外だ。壁があるのに交流は途絶えていないとは……。なら案外、人間社会での協力者を作る事も出来るかもしれない。だがそれは、何を協力してもらうかが決まらないと始められないな……。


「先代魔王にも子供は居たのか?」


檻で出会った先代魔王。俺よりもずっと子供に見えたが、彼の発する空気は子供なんてものじゃ無かった。そしておそらくは、俺などとは次元が違うレベルで強い力を持っていただろう。一方で、性欲とは無縁の様な、現世と隔絶したような印象があった……。


「イマしたが、奥方と長女は亡くなりマシタ。もう一人残っていまシタガ、今も残っているかは不明デス」


――いたのか!? うーん、これまた驚きだ……。


「名前は……いや、今も同じ名前である可能性は無いか。一応、何て名前なんだ?」


「確か……ソウですね。まりっか……マリッカと言いマス。魔人アンドルスフの庇護下にいると記憶してイマス」





◇     ◇     ◇




世界連盟中央都市、俗に言う中央のコンシール商国出張所。

外見は金属ドームの2階建てだが、地下は12階まで作られている。人間が最も発達させたのは土の魔法であり、それは要塞建築だけでなく、このような形でも活かされていた。


普段ならば、所属する商人達の宿泊所であり、また商談をするためのロビーとして使用される。その為に十分な広さの空間(スペース)が確保され、美しい調度品が置かれていた……はずなのだが、現在では座る場所を探すのが大変なほどに、人でごった返している。


中央の決定により、強力な機動部隊は壁近辺の国に配属されることになった。その為、世界有数の飛行騎兵隊を保有していた商国軍は、ランオルド王国郊外への駐屯が命ぜられたのである。


この都市はその地に隣接しており、利便性の観点からここに本陣が設置されたのだ。

ただあくまで臨時であり、リッツェルネールとしては早々に収拾をつけなければならない。そうしなければ、自分の商談にも響くからだ。


そんな中、お茶を持ったまま器用に人混みを避ける一人の女性と目が合った。

白銀の髪で瞳を隠し、この混雑にも拘わらず、軍服には僅かな乱れも見られない。

マリッカ・アンドルスフ……先に話しかけてきた彼女に対し、彼は少々警戒心を持っていた。


「これは国防軍最高意思決定評議委員副委員長殿。本国にはお戻りにはならないのですか?」


「ああ、我々の実働軍はまだ国には戻っていないからね。この役職も、ここでこうして働けと言う本国からのお達しさ」


よくあの長い肩書をすらすらと言えるものだと思う。

大抵は似た肩書の者が並ばない限り、副委員長位に省略するものだが。


「君はいつまで中央に配属されているんだい?」


「現在、私の管轄はアンドルスフ商家所属警護武官となっています。要人の方々が中央にいる限り、任は解かれないかと存じ上げます」


相変わらず真面目で事務的な態度で、腹の底は読ませない。

しかし正式に任官したと言う事は、政治情勢が変わらない限りこの都市から動く事は無いだろう。一応、彼女に通信貝の解読を依頼する可能性を考え、すぐに打ち消す。

何と言っても商売敵であるアンドルスフ商家の人間。しかもかなりの訓練を受けていると推察される。


――僕にとっては、むしろ一番厄介な相手の一人だな。

もっとも、そんな事は顔にも口にも出せない。代わりに出たのは、世間話位なものだった。


「第一次魔族領侵攻から始まったこの戦いも、事実上終局だね。これで当分は平和が訪れるよ」


リアンヌの丘の敗戦を機に、白き苔の領域北部の部隊は全軍撤退が決まる。

また同領域南方に展開していたムーオス自由帝国の部隊は、そこから湧き出た白い軍隊蟻によりほぼ壊滅。死者は1千万人を下らないと報道されている。

こちらの残存兵力もまた慌ただしく撤収し、現在魔族領にいる部隊は調査隊位なものだ。


おかげで撤退に用いられる簡易飛甲板は売れに売れ、彼の財産は潤う一方である。

世間的には、彼の言ったように当分の戦闘は無くなり、一時的な平穏が訪れると見られていた。しかし――


「本心からのお言葉とは思えませんが?」


――なんだ、やはり知っているじゃないか。


現在、ムーオス自由帝国が大規模な軍事行動に出るための準備をしている。

だがそれを知るのは、まだまだほんの一握りだ。

只の一武官ではない、そしてそれを教えても構わないと言う事か。


――本当に読めない人間だ。


「だけど、しばらく小休止なのは事実だよ。第九次魔族領侵攻までは、ひと時の平和が訪れるさ」


――それは嘘ですね。

彼女は、リッツェルネールの言葉が嘘である事を直感していた。勿論、何をするのかまでは解らない。だが彼が今、大火を起こそうとしている事だけは知っていた。


最後に父に会った時を思い出す。

幾つか提示された未来、可能性……その中には、今に繋がる可能性も確かにあった。


「受け入れるか受け入れないかは……マリッカ、君の自由だよ」


(全く、最後までいい加減な父親だった……)



「どうかしたかい? 君がぼーっとするのは珍しいね」


「いえ、少し職務の事を考えておりました。それでは任務がありますので、私は失礼させていただきます」


そう言うと敬礼し、マリッカ・アンドルスフは任務へと向かっていった。





◇     ◇     ◇





エヴィアが魔王の居城に戻ったのは、出かけてから5日後の事だった。あまり心配をかけさせないで欲しい。


「戻ったかなー。魔王、お土産だよー」


呑気にそう言いながら、肩に大きな麻袋を担いでいる。なんだかモゴモゴ動いているのは気のせいであろうか。食べ物か? だが無性に嫌な予感がするので、見なかった事にしよう。


「おかえりー。ちょっと寂しかったよ。それでお土産って何だい?」


俺は黄金の玉座に座り、魔人達や死霊(レイス)、サキュバスの集めてくれた情報を元に、これからの事を話し合っていた真っ最中だ。

しかし麻布を敷いているとはいえ座り心地はひどく悪い。戻って来てくれてよかった。

これでホテルに移動できる。


「これかなー」


袋から出てきたのは一人の少女。背は高くはない、およそ155センチと言った所だろうか。栄養不足が見て取れる痩せた体形。淡い青色の長い髪には緩くウエーブのかかっているが、ボサボサで手入れはされていないようだ。武器や鎧は無く、粗末な綿のワンピース。猿轡を噛まされ、手は後ろで縛られ衰弱も見られる。

だがその濃い紺色の瞳は、まさに悪魔を見るような目つきで俺を強烈に睨めつけていた。


「あ、あの……エヴィアさん? この子は一体?」


「繁殖用の牝かな。魔力は使わないで済むから、これで思いっきり発散させると良いよ」


――どうしてこうなった!?





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。

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