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059   【 歴代魔王の死 】

「畏まりマシタ。タダその前に、これまでの状況を確認したいのデスガ」


 そう言うと、エヴィアの元へとつツーと水平に移動する。今度明るい場所で、どうやって動いているんか見てみたいな。

 そんな暢気(のんき)に構えている時だった――


「ギエエエエエェェェギャアアァァァァァァ!」


 突然、魔人ゲルニッヒが苦しみ悶え始める。その絶叫もそうだが、まるで陸に打ち上げられた魚のようにビッタンビッタン跳ねまわっている。


「お、おい、大丈夫なのか!?」


 急な変化に驚いて、思わず玉座から立ち上がってしまう。


 やった事は何時もの様に記憶のやり取りだ。

 ゲルニッヒの指がエヴィアの肩にぷすりと刺さり、それを引っこ抜く。魔人達のそう言ったやり取りは何度も見ていたが、今まで危険はなかったはずだ。


「マ、魔力が……魔王の魔力が……我らの願いガ……キエェェェェェ!」



 一方で、そんな様子を見ながら魔人スースィリア魔人とヨーツケールはなるほどと思っていた。

 魔人同士は言葉も無ければリアクションも無い。いちいち伝える必要が無いからだ。

 だから魔王の魔力喪失の重大さは理解していたが、それを魔王にどう伝えるかを知る術が無かった。

 そういった意味で、人間に自分の考えを伝える動きを学んでいるゲルニッヒに、素直に感心していた。



「まあ事故は仕方がないかなー」


 エヴィアの目が泳いでいる。あの様子なら、魔人の生命に問題のある事じゃないだろう。大げさすぎて焦ったが、あれはあれでゲルニッヒの持ち味と考えるべきか。

 それにしても魔王の魔力かー。今改めて考えても重要だったんだろうな。


「まあそれは良いトシテ……」


 うわっ、突然素に戻った! 今までのあれは、やっぱり演技みたいなものだったのか?

 それにしても行動が読めない。やはり色々な意味で濃すぎる魔人だ。


「魔王の腕を早く繋ぎマショウ。話はそれからでも遅くは無いデショウ」


「え!? あの腕くっつくの?」


「え!? まおー腕無いのー!?」


 ……スースィリア、気が付いてなかったのか。


 エヴィアがにゅるんとお腹から俺の腕を出すと、受け取ったゲルニッヒはしげしげとそれを見つめる。

 それは蒸気こそ立てていないが、ぽたぽたと血が滴り落ちていた。

 驚くほど新鮮で、まるでついさっき斬られたかのようだ。


 一方でスースィリアはエヴィアから記憶を受け取ると、怒ったように顎肢でエヴィアを挟みビッタンビッタン床に叩きつける。


「いや、エヴィアは頑張ってくれたんだ。悪いのは俺だよ」


 だがその辺りはスースィリアも理解している。ただ単に、魔王に対して感情のリアクションを試してみたかっただけであった。

 だが魔王からすれば、巨大ムカデが少女を床に叩きつけるのは見ていて辛い。その感情を察し取り、エヴィアを解放すると再び魔王の元へと戻る。


「痛かったー? まおー、辛かったねー」


 すぐに傷口をわしょわしょと甘咀嚼してくるスースィリア。

 もそもそマッサージされている感覚で、全く痛くない。しかし、いつもと違い言葉があるので少しどぎまぎしてしまう。


「もうよいデスカ?」


「あ、ああ、すまない。大丈夫だ。それで戻せそうか?」


 ゲルニッヒはスススと音も無く近づいてくる。結構不気味だ。

 それに移動手段、どうも三角錐の先っぽから短い触手が何本も出ていて、それで移動しているようだ。器用だな……。


「大分部品が足りマセン。ケッソン……ソウ、欠損しています。(やじり)で焦げた部分デスネ」


「そうか、それじゃダメかな?」


「イエイエ、修復は可能デス。幸い他で使われている物と同じ部品デスカラ。全体として少し強度が落ちマスガ、人間は成長するのでやがて元に戻るデショウ」


 ――まるで機械修理みたいな言い方だ。


「では始めマス」


 こちらの感傷には一切かかわらず、いきなりゲルニッヒの体ががばりと開く。頭と同じく、断面には何もない。粘土を切ったような状態だ。

 そして、そのまま俺の右半身を体の中に取り込みむと、更にそこからにゅるりと体が伸び、両脇の傷口も包み込んでいく。


「うわ、なんか奇妙な感触だぞ!」


 まるで全身、内部まで触られているような感覚。

 エヴィアにお尻に入られた時も内蔵全部撫でられるような感触だったが、今回は血管の中まで触られている感触だ。


「少し時間がかかりますノデ、少し話でもしまショウカ」


「そうだな、先ずは……こうやって死者を生き返らせる事は出来るのか?」


 魔人の感情は読み取れない。しかし今、微妙に何か動きがあった気がする。


「それが最初の質問デスカ? 魔王についてでは無かったのデスカ? なかなか変わった魔王ダ」


 四本の腕を広げ、体を仰け反る仰々しいポーズ。


「やめろ引っ張るな。俺は今繋がっているんだ! ちょっと痛い! それに良いだろ。たった今、気になったんだよ」


 今ゲルニッヒは俺の腕を繋いでいる。それも不足分は肉体の別の部分から動かしてだ。

 なら、死んでも体を完全に再生すれば蘇るのではいだろうか?


「結論から言えば不可能デス。生き物の体は脆い。死ねばすぐに壊れてしまいマス。他の同種の生き物から部品を取ってキテモ、殆どの場合はまた壊れてしまいマス」


 ――免疫反応みたいなものだろうか……。


「まあ、ほぼ同じと言えるような部品があれば別デスガ、ソウでなければ再び動かしてもそれは別人デス」


 ――うーん、微妙に魔人の倫理観が混ざっているようにも思うが、医学知識ゼロなので詳しくは突っ込めないな。


「俺が死んで、例えば魂だけになった時、体を作って入れ替える事は?」


「ハハハ、魂など、人間が作った夢物語デス。そんなものはありマセン」


 体を大きく仰け反らせながら手をひらひらと振る。

 ――こいつ、死霊(レイス)の前で堂々と言ってのけやがった! それに仰け反るなって! 痛い!


「サテ、終わりましタヨ」


 そう言って体を離す。作業中は何の実感も無かったが、離れてみると確かに右腕は元通りだ。

 右手を握ってみる……うん、確かに握力が落ちたような気はするが、今まで通りで痛くは無い。脇の傷も消えている。これは本気で助かった。一生右手無しはさすがに不便だ。


 それにしても、治療中も話す度に身振り手振りでオーバーアクションだ。こいつが冷静に話す所を、早くも想像できなくなってきたぞ。


「じゃあ本題だ。魔王とはなんだ」


「ソノ件に関して私の記憶は不確かデス。それでも聞きマスカ?」


「そうだな……」


 ヨーツケールの言葉を思い出す。正しき者に正しく聞いて欲しい……確かにその通りだ。中途半端な知識や思い込みのせいで、真実を受け入れられなくなった間抜けな例は幾らでもある。


「じゃあ先代の魔王、それに他の魔王は本当に魔人に殺されたのか?」


「ホボその通りデス。歴代の魔王の多くは魔人の手によって死んでイマス。先代の魔王を殺したのも魔人デスヨ」


 なぜだろう――その言葉には恐怖を感じなかった。棒読みだから? いや、違う。今まで一度も、そして今も、魔人から殺意を感じた事が無いからだ。

 だが疑問は出る。


「なぜそうなった?」


「貴方は未来の死を見ることが出来マスネ? その結果デス」


 どういう事だ? 意味が解らない。先を知ると、なぜ死ななければならない?


「人間の体は脆イ。様々な要因で死にマス。そして、魔王の力が強い程に、先を見通す力は強くなりマス」


 じっくりと、一言一言を噛み締めるように言う。

 だが反面、やはり体はオペラ歌手のようによく動く。


「しかし、先が遠いほど回避は容易になりマス。1年後であれば、右足と左足、どちらから歩き出すか程度で変わりマス」


「1年後だって?」


 俺はほんの少し先の事しか判らないのに……それだけ先を知れたらさぞ安全だろう。

 しかしそんな気持ちは、続く言葉で簡単に消し飛んだ。


「ソウ、人間の体は簡単に死にマス。戦いだけではありません、事故や病気、ちょっとした日常の中に死は潜んでいマス。10年後が見える頃には、毎日何度も何時かの死を体験するのデス」


 そして劇が終わるように、ゆっくりとお辞儀をし――


「ソシテ繰り返し死を体験するうちに、壊れた心で言うのデス、どうか、次の魔王を用意してクダサイ……ト」





 ◇     ◇     ◇






 世界連盟中央都市、センベルエント銀行地下6階。

 エレベーターで降りたそこは、小さな金庫のドアが壁一面に幾つも並ぶ部屋だった。

 随行者は誰もいない。完全に無人の部屋だ。

 そこに、リッツェルネールは一人でやってきていた。


 色々な用途で使える貸金庫だが、こうやって誰一人職員が付かないのが最大の特徴だった。

 入る時も出る時も、一切のセキュリティチェックは無し。

 その利便性から、彼自身も色々と利用している。


 ただ一方で、暗証番号の打ち間違えはご法度だ。一度間違えればブラックリスト入り、二度間違えれば出禁となる。


「3257―455―1420……これか」


 扉には暗証式のキーパネル。


「2150735……と」


 ――この金庫、そして暗証番号にしたという事は、いつか僕が開ける事を知っていたんだね。


 開いたそこには通信用の二枚貝、そして一枚の封書。

 中にはメリオの文字で『ありがとう、それとごめんなさい。幸せになってね』と記されていた。


 読み取り用の方眼鏡は、イリオンが投げ込んだ書類と一緒に入っていたメリオの形見だろう。

 これで全てのピースがそろったことになる。だが、リッツェルネールは天を仰ぐしかない。


「僕が通信貝の技術を取得できなかった事、知っているよね、メリオ……」


 幸せになってねか……おそらく、その相手に読んでもらえという事なのだろう。

 確かに、そうでなければここまでは辿り着けない。


 一つ深い溜息を吐くと、リッツェルネールは中身を持って外へと出ていった。






 ◇     ◇     ◇






 その日の話はそこで幕切れとなった。俺の頭がパンクしたからだ。

 幾つかは判明したが、それ以上に謎が深まってしまった。


 初めてこの世界に召喚された時、召喚者は魔王であった。それは間違いない。

 だがゲルニッヒの話では、まるで魔王を召喚するのは魔人のような口ぶりだ。


 それに魔王の魔力、強大な力が失われたのもイレギュラーだったのだろう。今更だが、ようやく確信だ。

 だが本当にそうか? 何らかの意思は感じるな。


 死の予感……未来視。

 確かに便利だ。これから起こる死を体験することが出来る。

 それは紛れもなくこれから起こる現実であり、意識がある間は自分が知らない事すら知る事が出来る。


 だが同時に死ぬのだ。あの痛み、苦しみ、意識が消えゆく時の絶望感……すべてが本物だ。

 ちょっとして動きの差異でずっと先の死が決まる。見通せる先が長くなればなるほど、1日に死ぬ回数も多くなる。


 ――それであえて、俺の力を失わせたのか? 先代魔王。



「魔王様、なんだかお悩みのようですわね、少しスッキリさせませんか?」

「お姉さんに任せなさい。そんなの忘れるほどの快楽を与えてあげるわ♪」


 いつの間にか左右挟むように二人の女性が座っている。

 右側は俺と同じような肌の色、黒く艶やかなロングヘアに黒い瞳。背は少し小柄で全体的に細めの体系だ。

 左側は『お姉さんに任せなさい』とか言っていたが、黒髪の方より背が低い。金髪に碧眼で身長のわりに胸が結構デカい。


 二人とも蝙蝠柄のチューブトップブラに黒のビキニパンツ――サキュバスだ。

 シリアスに偏っていた思考のゲージが、キュンとエロい方に傾くのを自然と感じる。


「二人ともどうやってここに来たんだ?」


 だが食いつけない。今俺はスースィリアの頭の上で安静状態だ。しかも俺のお腹を枕にエヴィアが寝ている。これで手を出したら朝までお説教コース確定だ。


「私たちは人のある所、何処にでも行けますの」

「私たちは人のある所、何処にでも行けるのよ」


 ――なるほどねー。前回の戦いのときも、呼べば来てくれたわけか。そういった事は早く知るべきだったな。


「でも死霊(レイス)がいると駄目ですわ」

死霊(レイス)は縄張り意識が強いのよ」


 なるほど……今後の注意点として覚えておこう。出来れば仲良くしてくれるのが一番良いのだけどな。


「せっかく来てくれたところ悪いが、そっちはまた今度だ。それよりも、少し人間の情報を集めて欲しい。頼めるかな?」


「ちゃんと、報酬は頂きましてよ」

「それじゃあ、楽しみにしててね」


 ああ、名残惜しい……今度必ずお世話になろう。魔力の支払いという大義名分のあるのだから!


 悶々とした気分のまま、俺は眠りについた。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。

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