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この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第三章   儚く消えて  】
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056   【 戦いの終わり(2) 】

「う……うーん……俺は寝ていたのか?」


 辺りはすっかり暗くなっているが、かつてよりは油絵の具の空に切れ間が見える。

 そこから入る僅かな月の明かりに照らされ、ただの荒れ地も微かに幻想的な空気を漂わせていた。


「すまないな、ヨーツケールは歩き続けているのに……」


 ヨーツケールが頭をスースィリア程ではないが柔らかくしてくれたため、ドスドス移動しているのも関わらず寝てしまったのだ。


「魔王は疲れていたかな。もう少し休むと良いよ」


 《 そうだ、魔王。今は休め 》


 二人の気遣いには感謝するしかない。

 一応エヴィアの傷は見た目では治っているが、実際の程度は俺にはわからない。

 それに左側を2回も斬られたせいで、元々帯を巻いていだけの服の上は取れてしまい、左の小さな膨らみが露になっている。


 ヨーツケールはただでさえ疲労困憊の状況だったのに、追い打ちをかけるような軍隊蟻との追いかけっこ。そのせいで暫く真っ白い泡を吹き動けなくなっていた。

 鋏は今は見かけ上くっついているが、こちらも実質的な怪我の程度は不明である。


「あの珊瑚っぽいのが全部寄生虫ってのは驚いたけどな」


 《 魔王よ、ヨーツケールはアレが無いと擬態が出来ない。共生関係だ 》


 ヨーツケールの体を覆っていた赤と白の珊瑚状の甲殻、それに灰紫の血は全て共生体やらの物だった。

 だが貫かれた頭や斬られた腕は間違いなく本体だ。今は戻ったように見えても心配にもなる。


 だがまあ……人の心配ばかりもしていられない。

 俺は右腕を失い、脇腹にも深い傷。細かい擦り傷とかも含めれば中々に満身創痍だ。

 取り敢えず暫くはエヴィアの膝枕と、ヨーツケールクッションで体を休めるとしよう。


「そうだ、魔王城に入る前に魔王ポストに寄ってくれよ。何か入っているかもしれない」


 《 魔王よ、入っているとしたら虫かゴミだ 》


「エヴィアもそう思うかな。夢を見るほど現実が辛くなるって誰かが言ってたよ」


「お前達、酷い……」





 ◇     ◇     ◇





 魔王が眠りについている頃、遥か沖合にムーオス自由帝国の豪華客船『パリュード号』が航行していた。

 全長302メートル。乗員乗客合わせて5200人。

 槍を持つ乙女の像を船首に付けている一方で、外装は金属製の近代的な造り。船首上部には豪華なプールが備え付けられている他、中にはカジノやスポーツ施設などの遊戯場も完備されている。貧しい者には一生無縁の海の楽園だ。


 ムーオス自由帝国は世界でも珍しい奴隷制度の無い国であり、また一方で貧富の格差は世界でも最悪の部類に入る。

 一般市民が飢えか兵役かで死ぬ一方、裕福な身分の者は豪華客船のクルーズを楽しんでいた。


「ねえ、聞きました? リアンヌの丘に魔族が攻めてきたんですって」


「ほおー、まあ今度は人類が勝つでしょう。あそこを守るのは、なんと言ってもユーディザード王国ですからな」


「どちらが勝ったところで大した事は無いでしょう。魔族領などちっぽけな土地に過ぎませんからな」


「それなら賭けませんか? どちらが勝って、何人くらい死ぬかを」


「面白そうですわね、ホッホッホ」



 海もまた領域で分けられているが、地上と違いその見分けが難しい。

 しかし人類は長い歴史の中で、安全な航路を幾つも発見していた。

 この様なクルーズなどは全体から見れば些細な利用だが、漁業に海運と、地上だけでなく海上もまた人類にとって重要な土地であった。


 だが今、巨大な海の盛り上がりが、この豪華な船を襲う。嵐ではない。雨は一粒も降らず、空には僅かに月も見える。


「な、なんだ! 何が起こっておるか!」


「乗務員! 早く来て説明しなさい!」


 悲鳴と怒声が交錯するが、いくら騒いだところで状況は何も変わらない。

 船は45度にまで傾き、船内ホールは滑り落ちてきた人間が塊になっている。

 最初にいた人間は運悪く圧迫死だ。だが結局、その死は平等に与えられた。


 体長1000メートルを超える海の怪物。それが、この豪華客船を一飲みにしたのだった。



 一人、その様子を目撃している者がいた。

 巨大な一つの目玉、密集し魚のような形状になった芋虫の群れ、背に張り付く全裸のふくよかな女性……

 海をのんびりと移動していた魔人ウラーザムザザだ。


「これは少し大事になっているずぬ……」





 ◇     ◇     ◇





「ゴホッ! ゴホッ!」


「ああ、気が付きましたか。大丈夫ですか?」


「ここは……」


 ルフィエーナ・エデル・レストン・ユーディザードは飛甲板の上で目を覚ました。

 油絵の具の空の切れ目から、僅かに見える白い月。時間は深夜だ。

 飛甲板の上には魔道の明かりが灯され、四つの角では衝突防止のために白と赤の光が点滅している。

 通常であれば、動力士の負担を考えて飛甲版の夜間移動は行われない。それをするのは緊急の事態や、撤退する時くらいだ。


 ルフィエーナは、自分達が敗れた事をハッキリと認識した。

 体には添え木と包帯が巻かれ、僅かにでも動くと全身に激痛が走る。


「飛甲板の上ですよ。大丈夫、もう大丈夫ですからね」


 白い救護服を着た女性兵士が、ルフィエーナの脈拍などを調べ書き写す。周りのも同様の救護兵士や負傷兵が見える。

 生き残った……あの激戦で生き残ったのだ……。


「うっ、うう、うわあぁぁぁぁぁぁぁ」


 生きて帰る罪悪感と、戦いの恐怖からの解放感。様々な感情が入り混じり、ルフィエーナは飛甲板の上で子供の様に泣きじゃくった。


 リアンヌの丘に布陣していた将兵、ユーディザード王国160万2115名。ハーノノナート公国42万5513名。

 生存者は、ユーディザード王国は飛甲板上に10万4011名、チェムーゼ隊が19万3215名と、合計帰還者は29万7226名。

 ハーノノナート公国はユベント・ニッツ・カイアン・レトー公爵旗下10万3210名が帰還。


 全参加将兵202万7628人中、戦死・行方不明者162万7192名、生存者40万436人。

 リアンヌの丘も失い魔王も魔神も倒せず、人類にとっては完全なる大惨敗と言える結果であった。





 ◇     ◇     ◇





「やったああ! 入っているぞー! 何か入ってる!」


 少しの不安はあったが、魔王ポストは作った場所にしっかりと残っていた。

 まあ壊されたとしても、よほど酷くない限りは周りに撒いた彷徨う白骨(スケルトン)がこっそり直す手はずにはなっていたのだが……。


 中に入っていたのは白い布。風やなんかで飛ばされて偶然入ったのではない、しっかりと畳んで置いてある。

 これが人類からの和平文書で無い事は明白だが、人類側から何らかのメッセージが貰えた事自体が嬉しくなる。


「では早速……」


 いそいそと広げてみる。ラブレターだったりしたらどうしよう。一応そんな微かなときめきもあったのだが――ああ、まあこんなもんだよな。


「なんて書いたあったかな?」


 《 魔王よ、どんな内容だった 》


「いやもうお前ら大体解ってるだろ……ほれ」


 その白い布には、『死ね!』と炭で大きく書かれていた。


「そんなの捨てちゃうかな。気にしない方が良いよ」


「いや……まあ最初に貰った記念品だ。一応とっとくよ。そうだ、倉庫に置いてある木の看板に張り付けておこう」


「何でそんなことするかな。悪口だよ?」


「いいんだよ、たとえ悪口でも。初めての品だしな。それよりも魔王の居城へ急ごう。スースィリアも待っている頃だ」





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。

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