054-2 【 死闘(2)】
「やる! だがこの程度で本気とは、弱い魔人ばかりが集まったものだ」
立ち上がるケーバッハの体を極彩色の煙が覆う。それは確かに魔王の証。天に昇る程ではなく体から滲み出る程度だが、それでも俺よりも遥かに多い魔力。
禍々しい魔力を纏うと同時に、捻じれていた左腕も徐々に戻ってゆく。
「父ガ、いや、歴代魔王の怨念ガ言っていますよ。魔人を殺せとね!」
駄目だ、こいつはやばい奴だ。最初から分かってはいたが、ここまでやばい奴だと言う覚悟が足りなかった。
亜人達が攻撃しなかったのも、困惑していたのも、奴と俺との区別がついていなかったのか。
いや、亜人だけじゃない。一つ目巨人や首無し騎士も、魔王かどうかの判断基準は魔力のみ。案外、魔族の殆どはそうなのかもしれない。となれば、亜人に攻撃させたらこちらが巻き込まれる恐れがある。
逆に奴が亜人に命令をしないのは、確実性を重視しているのか、はたまたその権限は無いのかのどちらかだろう。おそらく後者だろうが、それが判った処でどうしようもない。
「死ね、魔王!」
今までよりはるかに早い速度と斬撃。しかしエヴィアの触手がまたもそれを防ぐ――が、止めたのは一瞬。ぷつぷつと軽い音を立てだけで、易々と俺の目の前まで突破されてしまう。
それでも避ける間があったのは距離があった為か。だが今、次の斬撃が迫る。巨大な剣による突きの一撃。避けられない!
「グハっ!」
だがしかし、突如としてケーバッハが動きを止める。その胸の中心には、深々と突き刺さる一本の剣。口から吐き出された血が、俺の顔を赤く染めた。
その剣が引き抜かれると、まるで炭酸水の栓を抜いたように、前後の穴から大量の血が噴き出す。
同時にガランと音を立て剣が大地に落ちると、白目を剥いたケーバッハは糸の切れた人形の様に大地に伏した。
本当に危なかった……しかしいったい今のは!?
「どうやら合っていたようだな。強い方が敵だと思っていたぞ」
「シャルネーゼか! つかその考えはどうなんだ! 俺が超絶パワーアップしていたらどうするんだ!」
いつの間にか戻っていたシャルネーゼが、ケーバッハの背後から深々と剣を突き立てたのだ。
こいつは、俺と奴との見分けがつかないまま勘で攻撃したのか!
「そんな都合のいい話、三流戯曲でもあるまい。それに安心しろ、魔王よ。もし本物を攻撃していたら、魔人が止めただろう。その程度の事は、ちゃんと考えているぞ」
……いや、多分絶対に無理だったわ。二人とも満身創痍だ。エヴィアは触手のネタ切れっぽいし、朝から戦いっぱなしのヨーツケールは相当に疲労している。
正直微妙だが、今回はコイツの脳筋さに助けられた。
( 懐に持っていた短剣が右太腿に刺さる。即座に足が切り落とされるが間に合わず、沸騰した血液が心臓を止める )
まだ生きてるのかよ!
こちらが叫ぶより先にエヴィアが盾となり、その小さな胸に短剣が刺さる。
だが幸いにも、あの金属は魔人には効かない。助かった……。
「本当に、目障りな……存在ダ。魔人! 魔族! 魔王!」
再び剣を掴みゆっくりと立ち上がる。
流血は止まっているが、もはや命を感じない。だが憎悪に満ちた瞳だけが、未だにギラギラと輝いている。
その姿はもはや、人の形をしていても人間ではない。別の何か。妄執と殺意が入り混じった感情が形となったもの。
だが、目障りなのはこちらも同じだ。俺だって、ここで死ぬ気も無ければ殺されてやる義理もない。
「お前はどう思っているか知らないが、少なくとも俺は元の世界で死んだ。お前の父親もそうなんじゃないのか? なら恨むのは筋違いだ!」
本気でそう思いながら言葉にする。この世界がどれほどの不条理に満ちていようが、これは二度目の生。本来なら決して与えられなかった機会なのだ。
嫌になったのならとっとと死ねばいい。だが生きる事を選んだのなら、誰に文句を言う様な筋合いじゃない。
「なるほド、貴方は良いデしょう。デはその先は? こんな動物園デ生まれ、死ぬまで生き続けなけれバならぬ者達はドうなのですか?」
「それは自分で解決してくれ。産まれた場所や時代を選べる人間なんて、この世の何処にもにいないんでな。お前の泣き言に付き合ってはやれないよ」
そうは言いながらも、こいつはこいつで苦労を重ねてきたのだろうと思う……だがそんな感傷も一時。事前動作無しで投げつけられた剣が、たった今まで俺の頭のあった場所を通り過ぎる。塩の精霊に引っ張られなかったら、間違いなくここで終わっていた。
――まだそんな元気があるのか!
ヨーツケールは満身創痍で、腹が完全に地面に付いている。既に立ち上がるのも困難な様子だ。2本も鋏を切られ、体力的にも限界が近いだのだろう。
エヴィアの触手は俺には見えないが、それでも感じるほどに力を失っている。そう言えばネタ切れとか言われてたな。やはり材料は必要なのか……そうだ!
「エヴィア、俺の右手を食え!」
「いーやーだっ!」
俺の右腕一本分がどれだけの触手になるのかは分からないが、使える物なら使って欲しい。しかしエヴィアは断固として拒否だ。
くそっ、命令すれば俺でも殺すんじゃなかったのか。我が儘さんめ。
しかしどうにかしないといけない。相手は死にかけだが、もう少し手だてが足りない。
「うきゃっ!」
「エヴィア!」
一瞬のスキを突き、完全には塞がっていないエヴィアの傷口にケーバッハの手刀が刺さる。
悲鳴が上がった、弱点に触れられたか!?
「このまま滅ビよ、魔人!」
そう言ってケーバッハが腰のベルトから取り出したのは聖水。小瓶程度ではなく水筒サイズだ。
しかしあれを――いや声に出す必要はない、考えるだけで通じるはず! 二人とも、頼む!
どれほどの握力があるのか! 分厚い瓶をエヴィアの傷口に突っ込み、握り割る。聖水が傷口から噴き出し、エヴィアが地面にぽてっと倒れた。
「ぎゃあああああぁっぁぁぁぁぁ!」
戦場に響くエヴィアの絶叫――だが、何かがおかしい。
ケーバッハは、その不自然な倒れ方に一瞬意識を取られてしまった。効かなかったのか? ならばなぜ? それは時間にすれば1秒にも満たない時間。
その僅かの間に、上から何かが降ってくる。
それは切り落とされた鋏。最後の力を振り絞り、ヨーツケールが渾身の力で投げつけたのだ。
だがケーバッハはギリギリでそれをかわす。ほんの一瞬気を取られたとはいえ、千年以上の年月を戦いの中で生きた歴戦の戦士だ。その程度の事はすぐさま修正する。
だがその方法、それは一つの存在を意識から消すというもの。この戦場にあって、唯一戦力にならない人物。この身を害する可能性は無いとして、一瞬だけ除外した存在――魔王。
「これは返すぜ」
それは散々投げつけられた投擲針。俺は迷うことなく、ケーバッハの右の眼窩に深々と突き刺した。
「グああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ケーバッハは眼から勢いよく蒸気を上げ、大きな断末魔の悲鳴を上げる。眼窩に穿たれたそれは脳を沸騰させ、周囲には肉の焼ける匂いが漂う。バタリと倒れた体はしばらくビクンビクンと跳ねていたが、すぐに動かなくなった。
今度こそ……倒したのだろう。
初めて明確な自分の意志で人を殺した。だがなぜだろう、殺されそうだったからであろうか。自分でも思ったほどの罪悪感は湧かなかった。
その死体から流れ消える極彩色の魔力。しかしそれは色だけは同じだが、明らかに自分の魔力ではない。ハッキリとそう感じた。
全身がズキズキと痛む。傷口は塩の精霊が塞いでくれているが、それでも動くと出血がひどい。我ながら散々な姿だ。倒れてしまいたい……だがまだ意識がある。無様に寝転ぶわけにはいかなかった。それに――
「なあ、歴代魔王の死因についてだが……」
戦いの間は聞けなかった。だがずっと、それは心の中にあったのだ。
聞いておかなければいけない、そう確信していた言葉だった。
《 魔王よ、ヨーツケールの知識は中途半端だ。正しき者に、正しく聞いて欲しい 》
「……分かった、そうしよう。戦いも、まだ終わっていないしな」
今は聞けないらしい。だがそう遠くないうちに聞けそうな気もする。何となくだが、そんな予感めいたものが心の内にあった。
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