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この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第三章   儚く消えて  】
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052   【 人馬騎兵 】

 キュイィィィィィン……。


 それが収められていたテントが外され、静かな駆動音と共に3体の巨兵が大地に立つ。


「なんだアレは?」


「エヴィアも初めて見るかな」


 それは、相和義輝(あいわよしき)や魔人エヴィアが初めて見る兵器だった。


 全長12.5メートル。体高12メートル。全身金属のそれは馬のような四本の足を持つが、本来の首の位置には全身鎧を纏ったような人間が付いている。

 人馬一体のケンタウロスと言った形状だ。


 額には捻じれた一本角に、両のこめかみ辺りから生える鳥のような翼。全体は白に塗装され、胸には青い孔雀羽――ユーディザード王国の紋章が塗装されている。


 右手には全長8.2メートルの長柄戦斧、左手には10メートルのランス。どちらも対大型生物用の巨大武器だ。


 コンセシール商国でキスカ・キスカによって開発された新型兵器。

 3人乗りで、人間部胴体に操縦士、馬胴体の前後に動力士が乗る。


「1番騎、起動良し」

「2番騎、問題ありませんわ」

「よし、出撃! 目標はあくまでも”蟹”だ、亜人に構うなよ」


 動き始めた人馬騎兵。それは地震の様に大地を揺らしながら疾走し、最初にチェムーゼ将軍と交戦中の亜人達の中へと突入した。

 高速で走る鋼の体は亜人の武器を寄せ付けない。しかもその千トンを優に超える巨体が相手では、3メートル程度のオーガでは、足止めすら出来ず蹄に踏み潰されてしまう。

 轢かれた亜人の群れから真っ赤な血が吹き上がる様は、まるで車が水溜りを走っているかのようだ。





「人馬騎兵が来たぞ!」


「今の内だ! 一気に突き崩せ!」


 その混乱を利用し、チェムーゼ隊が一気に前進する。

 だがその場所は、戦場全体から見たら北の端。亜人全体を分断しようとするような、戦術的な動きではない。





「参ったな……だけどあの部隊は亜人の端を抜けようとしているだけか」


 相和義輝(あいわよしき)の知識ではチェムーゼ隊の意図は解らない……だが戦局として大きな意味がある様には見えなかった。

 それよりも、あの鉄のケンタウロスが向かった先が問題だ。





「来たか。よし、ここは人馬騎兵に任せる。各隊は亜人を攻撃。矢槍(やそう)が尽きたら補給に戻る必要は無い。各自の判断で撤収せよ」


 ユベントの命により、ヨーツケールの相手をしていた装甲騎兵は後退を開始。

 それと入れ替わるように、鋼のケンタウロスがヨーツケールを捉える。


「目標を発見した! これより突撃する!」


 灰色の髪と青い瞳。見るからに精悍な顔つきは、幾多の戦いを経た歴戦の賜物か。

 1番騎に乗るケイン・ジェルトンは左手のランスを構え、一気に魔人ヨーツケールに迫る。



 ――アレハ、ナンダ


 それは魔人ヨーツケールも初めて見る物だった。

 ガガッ! ――咄嗟に左上鋏でランスを受ける。だが勢いよく突き立てたランスが、魔人ヨーツケールの鋏上部を穿ち、駆け抜ける。


 ――ヌ!


 削られた部分は鋏表皮の一部だったが、珊瑚の様な甲羅が裂け、灰紫の体液が勢いよく弾け飛ぶ。

 そして――





「思ったよりも、鈍いのですわね!」


 金の縦ロールに紅色の瞳。白く美しい肢体を青色のレオタードで身を包んだ少女。

 サビナ・ファン・カルクーツの操る2号機は素早くヨーツケールの背後に回ると、手にした巨大戦斧で一直線に甲羅を打ち抜いた。

 大気を切り裂き、戦斧の柄が歪むほどの強烈な一撃。戦場に響き渡る金属音と共にヨーツゲールの足元の大地は潰れ、切り裂かれた背殻からも体液が噴水のようにバシャバシャと吹き上がる。





「あれはマズいぞ! 圧倒的に不利じゃないか!」


 図体(ずうたい)が大きいから相和義輝(あいわよしき)から見ればゆっくりに見える。だが、実際の速度は装甲騎兵より速い。





「よし、いけるぞ!」


 淡い金髪に碧眼、ユーディザード王国の白と青の軍服の襟を立て、ラフに着こなしている男。その右肩から胸元には大きな戦傷が見える。外見的には3人の中で一番若く見えるが、長く飛甲騎兵乗りだったベテランだ。


 3番騎のブレニッツ・ロイドが、ランスを構え勢いよく突撃を開始する。

 だがその瞬間、魔人ヨーツケールはその目の前まで一瞬で跳躍すると――


「なに!?」


 躊躇なくランスの先端と、負傷している左上の鋏を打ち合わせる。

 高速対高速。両者の武器が正面衝突し、激しい激突音と共に眩い火花が輝き散る。

 ランスの強烈な一撃を受けたヨーツケールの鋏の先端が、穿たれ砕ける。だが……。

 同じく鋏の刺突を受けた3番騎のランスは、メキメキと音を立てひしゃげ、持っていた左腕が肩ごと千切れ吹き飛んでいく。


「くそっ! 左腕を持って行かれた。あれは化け物か!」


「落ち着け! 奴の速さは織り込み済みだ。体勢を立て直して再度攻撃する!」


 全騎が迂回するようにヨーツケールの周囲を回り、巻き込まれた亜人達が地を這う虫のように轢き潰されていく。そしてその巨体による地響きは、亜人達の巨大な死体を浮かせるほどの衝撃だ。人馬騎兵が通った跡は、土煙ならぬ血煙が巻き起こる。


 ――カタイ


「よし、今だ! さっきと同じにいくぞ!」


 1番騎、ケインがランスを構えて魔人ヨーツケールに突撃を行う。それは一直線に、目の前の魔神を捉えたかに見えた。

 だがその時には既にヨーツケールは、サビナの操る2番騎の真横、右側に跳躍していた。


 2本の鋏によるアッパーカット。だがサビナは咄嗟に右の戦斧で応戦する。


「その程度!」


 響く轟音と共にヨーツケールの上の額が割れ、また一方で戦斧の柄に当たった鋏は、勢いを殺すこと無く真ん中から戦斧をへし折った。打ち上げられた戦斧の先端がクルクルと回転し、地面に鈍い音を立てて突き刺さる。


 そこへ間髪入れずに3番騎のブレニッツが戦斧を振り下ろすが、それは虚しく大地を割っただけだ。

 魔人ヨーツケールは再度の跳躍で、再び距離を取っていたのだ。

 だが割られた額からは、灰紫の体液がポタポタと地面に垂れている。生物であれば、確実に致命傷だ。


「予想以上の化け物だな……サビナ、大丈夫か?」


「ええ、ですが右腕の操作が効きませんわ」


 上の鋏が戦斧の柄を切り飛ばした一方で、下の鋏もまた、2番騎の右腕の半分を切り取っていたのだった。





 その様子を見ていた相和義輝(あいわよしき)としては、もうハラハラしっぱなしだった。

 なにせ体格差が違い過ぎる。ヨーツケールは体高6メートルに幅8メートル。対する相手は倍くらいに見える。しかもそれが3体だ。


「あれは大丈夫なのか……何とか援護しないと」


 言いはするが、じゃあ誰かを派遣するかと言うとそうもいかない。


「ルリアもやっぱダメか?」


「全員ナルナウフ教の加護を受けていますわねー。何とか心の隙でも作らないと、憑りつけませんわ」


「やっぱり重要そうなところは対策済みか……くっそう」


 この様子だと不死者(アンデッド)に強いナルナウフ教団とやらは、これから相当に勢力を拡大するだろう。

 だが今はそんな何処とも知らぬ教団の行く末など考えてはいられない。


「エヴィア、どうにかならないか? あのままじゃヨーツケールがやばい!」


「んー、大丈夫かな。どちらかと言うと、今邪魔するとヨーツケールは悲しむかもしれないよ」


「あいつそんなにバトルマニアだったのか?」


 だがそう言われては見守るしかない。なにせ、魔人の事は魔人が一番よく判っているのだから。





 再び地響きと血煙を上げながら、人馬騎兵が魔人ヨーツケールに仕掛ける。


「これならどうだ!」


 今度は1番騎から3番騎が縦列を組んでの突進だ。

 すれ違いざまに振り下ろされたケインの戦斧の攻撃。だが今度は、しっかりと右の鋏で受け止める、だがほぼ同時に逆側を駆け抜けるサビナのランスが、ヨーツケールの額を穿つ。

 その強烈な一撃に押され、巨大な体が浮き上がる。そこへ間髪入れず放たれた3番騎の一撃。地面ギリギリからすくい上げたブレニッツの戦斧が、ヨーツケールの腹に深々と突き刺さった。


 下から打ち上げた強烈な一撃。ヨーツケールの体が2度3度と地面を転がるが、なんとか踏ん張り耐える。だがその傷口からも盛大に体液を吹き出すと、ついにヨーツケールの巨体がぐらりと崩れる。

 その足元には、生物であれば到底生きてはいられないであろう程の灰紫の水溜まりが広がっていた。



「効いてますわ!」

「よし、もう一回だ!」


「いや、待て!」


 3番騎を操るブレニッツが二人を止める。様子がおかしい。

 ベテランである彼は、他二人とは違って冷静に相手を観察していた。

 目の前の巨大蟹はもう傷だらけだ。頭、鋏、背、腹……甲羅の各所に深い傷を受け、そこから灰紫の体液をダラダラと流している。もう死ぬ寸前……外見からは確かにそう予感させる。

 しかし、内側で何かが光っている。微弱な光だが、それは赤から緑、そして青へとゆっくりと変化している。あれは何だ……。





 ――コレハ、イイ


 魔人ヨーツケールは恍惚とした感情の中にいた。

 人間の金属を叩くのは好きである。だが叩かれ体の芯へと響くそれは、また違った種類の喜びをこの魔人にもたらした。


「使い切ってもいい、各員魔力を強化しろ!」


 指示を受けた動力士が魔道炉にさらなる魔力を送る。

 それは魔道炉で凝縮され、個人が武器に流す魔力とは比較にならない程に、強力な魔力を武器へと伝達する。


 それと同時に、魔力を受けた武器が赤く輝いていく。

 特にその中でも、最後列にいる3騎目は明らかに違う。赤から白へと色を変え、輝きは眩しいほどにまで高まる。


「前部魔道炉、臨界近いです!」


「後部も同じく、臨界近いです!」


 3番騎を動かす2人の動力士が、全ての力を振り絞り魔力を注いだ戦斧。その眩しさを、ヨーツケールはうっとりとした眼差しで見つめていた。



 ――アレニ、タタカレタラ、ドウナッテシマウノダロウ


 期待が膨らむ。そしてその感情に合わせるように、体もパンプアップしてゆく。

 赤と白の珊瑚質で覆われた外皮がバリバリと剥がれ落ち、内側から七色に輝きを変える金属質の甲殻が姿を現す。

 流れていた灰紫の体液は、全て表皮に寄生していた珊瑚虫のもの。魔人ヨーツケールの本来の甲殻には、掠り傷程度しか付いてはいなかった。


「何をしようが、今更無駄だ!」

「その隙、逃しませんわ!」


 1番騎と2番騎が左右に別れ、停止した魔人ヨーツケールに突撃する。


 ――ジャマダ


 突き入れられた1番騎のランスが、魔人ヨーツケールの左上の鋏で掴まれる。

 同時に左下の鋏が人馬騎兵の人と馬の境目を挟み、ギリギリと金属音を立てて切り裂いていく。だが――


「ただで死ぬと思うなよ! 化け物!」


 馬部分の前足が、まるで掴むように魔人ヨーツケールの鋏と足を押さえつける。体の左側を超重量で押さえつけられ、完全に移動を封じられてしまう。


 一方で魔人ヨーツケールの右側から攻撃を仕掛けた2番騎は、振り上げた2本の右鋏の平で馬の腹部分を打ち上げられていた。

 激しい衝突音と共に浮き上がる人馬騎兵。その胴体はメキメキと音を立て歪み、くの字に曲がったまま弾き飛ばされる。


 轟音と共に地面に叩きつけられた2番機が、部品を撒き散らしながら大地を跳ねる。その人間部分――操縦士のコクピットは、墜落の衝撃で完全に潰れていた。

 だが一方で、無理な体勢で打ち上げた魔人ヨーツケールの鋏もまた、両方とも根元から外れて落下する。


「皆済まない……」


 ブレニッツには二人の意図も覚悟も判っていた。

 今、”蟹”の左の鋏は両方とも塞がっており、右の鋏は無くなった。これこそが、彼らが命を懸けて切り開いた道。


「人間をなめるなぁ!」


 亜人を踏み潰しながら突進するブレニッツの輝く戦斧が、動けない魔人ヨーツケールに一直線に振り下ろされる。


 カッ――


 それは殆ど音も無く左から中心へと、完璧に深々と貫き、魔人ヨーツケールの斜めについた頭の両方の中心を見事に切り裂いていた。

 魔人ヨーツケールの虹色に光る甲殻は、次第に黒、そして白色へと変わり、その巨体は完全に大地に崩れ落ちた。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。

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