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この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第三章   儚く消えて  】
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047   【 油断 】

「さて、人間の戦い方というものを見せてやろう」


 精悍な顔に不敵な笑みを浮かべ、ユベント・ニッツ・カイアン・レトー公爵が参戦する。


 それはまるで3匹の蛇の様に亜人の群れに近づくと、一斉に飛び道具が放たれる。

 吐き出される膨大な射出槍や矢が防盾壁(ぼうじゅんへき)を攻める亜人達の背後を襲い、怒涛の勢いでその数を減らしてゆく。

 戦場を揺るがす叫びと立ち上る蒸気。だが亜人が装甲騎兵に向かうと、彼らはすぐさま離れて行く。完全なヒット・アンド・アウェイだ。

 その動きに翻弄され、亜人達は触れる事すらかなわない。


 死神の葬列と畏怖されるユベント旗下の装甲騎兵隊が投入された事で、優勢に変わろうとしていた亜人達の軍団は、一瞬にして挟み撃ちの格好となる。



「オイカケロー! コロセー!」


 攻撃に気づき応戦しようとする亜人。だが相手が高速移動の浮遊兵器とあっては、幾ら人より早いとはいえどうやっても追いつけない。そして今度は、防盾壁の後ろから雨のように矢が降り注ぐ。挟撃を受けた亜人達は目標を見失ったまま、右往左往しながらバタバタと倒されていった。


「今の内だ! 負傷者を運び出せ!」


 亜人達に侵入され広がった防盾壁の間では、まだ死闘が繰り広げられていた。

 重甲鎧の巨大な戦斧が、唸りをあげてオーガを頭から真っ二つに切り裂く。だがすぐに、今度はオークの大槌が重甲鎧(ギガントアーマー)肩甲(ショルダープレート)を吹き飛ばす。

 激しい激突音と飛び散る火花。斬られた亜人の血はバケツで撒いているかのように、バシャバシャと凍った大地を赤く染めていく。


「あぁ……ぐっ、うううぅぅぅ……」


 そんな、巨兵達の戦う足元に転がる女性。

 ルフィエーナは魔人ヨーツケールの攻撃で生き残った数少ない強運の持ち主だったが、本人はあまりの不運を嘆いていた。


 味方がクッションになったとはいえ左腕もあばらも折られ、地面に叩きつけられた衝撃で右手の指も何本か折れている。他にも全身打撲、生きていたのはひとえにその脂肪のおかげだろう。


 だが今その周囲では味方と亜人が激しく戦闘中であり、いつ踏み潰されてもおかしくはない。


(神様……私が何か酷い事をしたのでしょうか……)


 もう動くことも出来ず、ただ運命を呪いながら泣くことしかできない。

 だが――天は僅かに味方をしていた。


「大丈夫か? 生きているな!? よし、運び出せ!」


 運良く救護隊に発見され、担架に乗せられる。


(ああ、助かった……)


 だが落ち着いて見渡せば、そこには大勢の人の死体が転がっている。自分が生き残ったのは、運が良かったのだとようやく認識した。

 そしてふと、死体と思っていた味方の兵と目が合う。これだけの大部隊である、顔見知りなどは殆どいない。しかしどうだっただろう? 自分達の味方に、致命傷でも動ける人はいただろうか……。



「多数の不死者(アンデッド)が現れました! 前線、それに……救護陣地からです!」


 それは相和義輝(あいわよしき)を追いかけて来ていた、肉体を失った不死者(アンデッド)達。

 歩いて来る者達はまだ当分到着しないが、幽体であった彼らは相和義輝(あいわよしき)の予想より早く到着したのだ。

 そして新鮮な死体を見つけると、憑りつきゆっくりと動き出した。


「ふむ、面倒だな……」


 マリクカンドルフとしては予想していない事ではなかった。魔族領で死んだ者が不死者(アンデッド)になるのは特別珍しい事でもないからだ。

 だが魔王が率いていたのは不死者(アンデッド)だと言う。そして急遽大量に発生したとなれば……


「後方に送ったうち、死んだ者は焼け。そしてもはや助からぬと判断した者も焼け。前線は放置せよ、どうせ亜人どもと(まと)めて狩る」


 やはりここが本命であったか……そうマリクカンドルフ王は確信した。


 しかし厄介な事だ――さすが魔王と褒めるしかない。

 救護陣地が潰されたとなれば、全軍の指揮低下は必至だ。

 勝つためにはいかなる手段も正当化される。しかもこれは、どちらかが滅ぶかの戦いなのだから当然だろう。

 それを念頭に置いたとしても、やる事がえげつない。


 冷静に分析する王に対し、幕僚達は動揺の色を隠せない。

 今まで魔族とは、単に殺し、また殺されるだけの関係だった。それが人間の真似事の様に軍団で攻めて来た時には、失笑さえ起きたものだ。

 だが、実際にこのように戦術を駆使されると背筋が寒くなる。相手は、自分たちの常識など通じない未知の能力を持った相手なのだと。


 その考えは、現在最前線で戦っている末端の兵達も同じであった。

 魔族との戦争、その意味を今更ながらに実感し始めていた。


「周辺の駐屯地の様子はどうなっている」


「マリセルヌス王国軍は石獣の襲撃を回避、現在は一旦後方へ向け移動中。スパイセン王国軍は待機中ですが、北方のアドラース王国軍や、白き苔の領域周辺の小国家群からは連絡が途絶えています。また、アイオネアの門からはラッフルシルド王国軍22万が随時出撃中との事です」


「やはり同様に襲撃を受けたか。魔王が来ている事はもはや疑いようが無い。全員気を引き締めよ。亜人共を始末し、魔王をこの地にて打ち滅ぼす」


 王の言を受け、幕僚達が一斉に歓声を上げる。だがケーバッハの反応は冷ややかだ。


(狩る……か。我らが王は、まだ頭の切り替えが出来ていないようだ)


 ケーバッハ・ユンゲル子爵は静かに幕僚席を立つと、子飼いの将軍の一人に指示を出し退出させた。




 ◇     ◇     ◇




「前線と救護陣地に不死者(アンデッド)が現れたそうです!」


「なぁに、気にするな。こちらはこちらでやっておけばいい」


 装甲騎兵隊を率いるユベントとしては不死者(アンデッド)などは関係ない。

 亜人であれ不死者(アンデッド)であれ、地を走るものに我らを止められるはずは無いのだから。


 このまま一方的に射撃を続けていれば、敵は何も出来ずに死んでいくだけだ。

 そう考えた瞬間、衝撃を感じるほどの金属音と共に前列を走っていた装甲騎兵がぐしゃりと潰れ吹き飛んでゆく。


「”蟹”がこちらに現れました!」


「なるほど、あれは確かに蟹だ」


 ユベントの右前方に巨大な蟹が見える。分裂途中で止まった様な2体の蟹が融合した体、それに赤と白の珊瑚のような甲羅。鋏は4本共前で畳まれているが、それでも体長はこちらとどっこいのサイズだろう。


「厄介なのが来たか。囲んで一掃せよ! 大丈夫だ、所詮は単体。恐れるには値せぬ! 第3隊はそのまま亜人達の攻撃に当たらせよ」


 そう味方を鼓舞しながらも、ユベントの唇が渇く。まだ魔法持ちは巨大ムカデしか確認されていないとはいえ、こいつも魔法持ちだったら壊滅的な打撃を受ける可能性がある。

 だが戦わない選択肢はない。ユベント率いる“死神の列”は魔人ヨーツケールを囲み――


「いません! “蟹”、消えました!」


 だがいるべきはずの場所にいない。たった今まで見ていたはずなのに。


 ――ガアアァァァァァァン!


 金属が高速で地面に叩きつけられる音が背後から響く。確認すると、背後には潰され地面に墜とされた装甲騎兵の残骸が転がっている。その更に後ろには、別の装甲騎兵の上で悠々鋏を振り上げる大蟹の姿。


「ちっ、何だあのでたらめな速さは!」


 魔人ヨーツケールは姿こそ蟹だが、移動構造はハエトリグモに近い。その跳躍は、8メートルの巨体にも拘らず目で追えないほどだ。


 距離を離したいが、射出槍もボウガンも有効射程には限りがある。速度で上回る相手に射程外まで出ては、一騎ずつ一方的に嬲り殺されるだけだ。

 ひたすら相手の疲労を待っての持久戦ならそれもありだろう。そして総司令官であるマリクカンドルフであればそうしただろう。


「包囲は無理だな。だが魔法は使ってこなかった。行けるぞ! 各騎散開! 独自の判断で攻撃せよ!」


 だがユベントの選択はあくまで攻撃一本だ。それが有効かの確証も無いまま、無駄に部下を死なせられる性格ではなかった。


 それに魔法も使用されない。あれは大ムカデのみか、もしくは魔王が使ったものを勘違いしたのだろう。となれば、1隊2隊を合わせた装甲騎兵の総数は6千騎。どれほど強い個体であっても、所詮は一匹。単騎での白兵戦では1騎ずつしか墜とせない。ならば全騎が墜とされる前には、第3部隊の攻撃で亜人の群れは殲滅されている頃だ――そう考えたのだ。



 だが魔人ヨーツケールの殲滅速度は、ユベントが思ったより遥かに早かった。目にも止まらぬ速さで飛びつくと、次の瞬間にはその装甲騎兵は破壊されている。その間およそ3秒。

 全てを破壊しつくすまでには5時間はかかるにしても、その被害は無視できない。


 一方で装甲騎兵の攻撃はあまり有効打になっていなかった、何発か命中した射的槍は甲殻に傷をつけ、灰紫の体液を流させている。だが刺さった数は未だ0本だ。


(こいつは予想外の強さと硬さだ。下がるべきか……)


 しかしティランド連合王国の代理として参戦している以上、無様な姿は見せられない。

 強敵が出現したから帰りましたとあっては、それこそ一生恥を抱えて生きる事になる。それに、自分達以外に誰があの相手を出来るのか。


「第2部隊も亜人への攻撃に当たらせろ! “蟹”はこちらで抑える!」


 指示を受けて第2部隊は隊列を整えながら亜人への攻撃に向かうが――


「“蟹”、第2部隊を攻撃しています!」


「なんだと!」


 確かにバラバラに散っているこちらより、隊列を組んだ第2部隊の方が攻撃しやすいだろう。しかし、あの外見でそこまで考える知性があるのか?


 ユベントは軍人として優秀であり、人間としては常識人であった。故に、外見と知性が一致してしまう。あの原始的な姿の生物が、目の前の相手を無視してより効率的な相手を攻撃する知性などないのだと錯覚してしまっていた。


 一方、魔人ヨーツケールは単純に楽しんでいた。

 ヨーツケールは人間の金属を叩くのが好きだ。元々好きだったが、サイアナと打ち合った時にますます好きになってしまった。だから魔王に素直についてきたのだ。

 それ故に、短い時間で何度も叩ける第2部隊を狙ったのである。


 最初に突入した時も、人間の使う重盾はとても叩き心地が良かった。だが散開して手ごたえが悪くなってきたから一度戻ったのだ。

 そう言った意味では、魔王相和義輝(あいわよしき)の考えも外れていた。


「やむをえん、第2部隊を散開させろ!」


 ユベントの指示で再び散開し魔人ヨーツケールの攻撃に入るが、結局戦いは振出しに戻ってしまった。もはやひたすら削られながら、効果の薄い攻撃を続けるしかない。


(あとは本隊と第3部隊に任せるしかないか……)


 ユベントとしては(はなは)だ不本意であったが、目の前の強敵を留め置く事が、全体の勝利へと繋がる事は重々に承知していた。




 ◇     ◇     ◇




 その頃、小高い丘でその様子を見ていた相和義輝(あいわよしき)は、ヨーツケールの的確な動きを見て改めて驚いていた。


(本当に、人間の動きを熟知している……)


 纏まることを許さず散発的な攻撃しかさせない。数千の――おそらく切り札的な特殊兵器が、たった一体のヨーツケールに釘付けにされ遊兵(ゆうへい)と化している。


 残るは3つに別れたうちの一つ、現在亜人を攻撃している一隊だ。アレを何とかできれば再び拮抗まで持っていけるかもしれない。


「ルリア、あの尖ったティッシュ箱を攻撃できるか?」


「あれは確か、装甲騎兵と言うのですわ、魔王様。どちらかと言えば、ティッシュって何ですの?」


「ティッシュって何かな?」


 ルリアとエヴィアは興味津々だが、そこに食いつかれても困る……。


「後でじっくり説明するよ。今は出来るのなら対処してほしい」


「まあ飛行騎兵より憑りつきやすいですわね。ではではー」


 そう言うと、死霊(レイス)のルリアはメイドスカートをひらりと舞わせて飛んでいった。




 ◇     ◇     ◇




「な、なんだこいつら! うわああぁぁぁぁ!」


 亜人を攻撃していた第3部隊の隊列が乱れ、次々と地面に墜落する。

 高速で地面に叩きつけられた衝撃で装甲騎兵はぐしゃりと潰れ、隊列を組んでいた後方の装甲騎兵が激突。その様子は、まるで玉突き事故の様だ。


「指揮官宛、死霊(レイス)です! 死霊(レイス)に憑りつかれました!」


 中に入り込んだ死霊(レイス)達は的確に操縦士と動力士を狙い、その機動力を奪っていった。

 地面に落下し、ただの箱となった装甲騎兵に亜人達が群がり外から激しく叩く。これでは外に出ることが出来ない。そして中では死霊(レイス)達が存分に人間の生命を吸いつくす。

 第3部隊、三千騎の装甲騎兵は瞬く間にその数を減らしていった。




 ◇     ◇     ◇




「やっぱり死霊(レイス)達は強いな。人間みたいにちまちま動くものは苦手らしいけど、ああいった乗り物系はオッケーなのか」


 この時、相和義輝(あいわよしき)には大きな油断があった。

 今回は魔王として自分が前面に出る事は予定していない。そして、亜人の為に早く対処したかったという焦り。戦場から少し離れているという油断……。

 それらが合わさって、死霊(レイス)という空の目を離してしまったのだ。


 突然辺りに鳴り響く雨のような音。

 相和義輝(あいわよしき)がその音に気が付いた瞬間、右手に激痛が走る。

 見る――そこには突き刺さる一本の矢。水分を沸騰させる人類必殺兵器。


 しまった! ――そう考える間もなく、魔人エヴィアの触手が彼の右腕を斬り離していた。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。

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