046 【 魔人ヨーツケール 】
朝の光が昇るにつれ、その偉容が見えてくる。
細長の亀甲を半分で切った形の盾、カイトシールドがずらりと並ぶ。
だが通常のそれではない。長さはおおよそ220センチ、幅150センチ。人間がすっぽり入る大きさだ。
通常とは逆の構え、水平な部分を下にしたそれが並ぶと、ギザギザとした形の城壁のように見える。
盾と盾が連結する上部分は逆三角のスペースとなっており、そこからは6メートル級の槍が飛び出していた。
そんなものが数キロに渡って、ぐるりと何重にも張り廻らされている。
前回のティランド連合王国は四角い陣形の集合体だったが、今回は壁の輪を何重にも重ねたような陣形だ。
それだけでも相和義輝からすれば初めて見る物であるが、それ以上に驚いたのは戦場に立つ2つの城塞。
五角形の形をしたそれらは、それぞれの面の内側が少し凹んでいる。星形……五稜郭のような形だ。
外壁はコンクリート製で、一片の長さは150メートルほどで、高さは約20メートル……7階建てのビルにも匹敵する高さだ。
「前に来た時は、あんなの無かったんですけど……」
百日くらい前に来た時は、物凄く質素で粗末な建物ばかりだったはずだ。あんなものがあったら気が付かないはずはない。
「人間が一番発達させた魔法は土の魔法かな。あれくらいなら40日もあれば建てるよ」
それはまた……冗談じゃねぇな。
攻城戦、そんなものは今までの人生で一度も考えたことが無いぞ。
一方で亜人達の深夜の戦いは激戦だったようで、盾の壁の前にはずらりと死体が積まれている。
何もない所にも同じように積まれているので、その分は後退させたという事だろう。
だがどう考えても損失は甚大だ。
彼らはまだ戦っているが、壁と槍、そしてその背後から雨のように降ってくる矢の前に成す術なく倒されている。
刺さった部分から白い煙を上げてもがいている様子を見る限り、やはり水分を沸騰させる矢を使っているのは明白だ。
波紋の様な陣形は、亜人が襲撃している所に密集している。
だが盾はオーガが正面から殴っても微動だにせず、乗り越えようとすると後ろの兵が槍で攻撃する。
盾の壁同士の間隔が狭すぎて、その内側に攻撃する事も出来無い様だ。せめて槍さえ持っていたらとは思うが、無い物ねだりは意味がない。
確実なのは、あの状態では被害が拡大する一方だという事だろう。
(アレを何とかしないとだめだな……)
こちらが切れる手札は魔人エヴィア、魔人ヨーツケール、死霊、首無し騎士、それに……。
〈 いじめる? 〉
「いじめないから大丈夫だよ」
塩の領域からずっと付いて来ている小さな塩の精霊だ。フワフワと漂いながら、たまに塩の結晶に光が当たって少し綺麗……だがそれだけ。正直戦力になるとは欠片も思っていない。
この戦力で、勝手に戦う亜人の集団を人類に勝たせなければならない。
ムリゲーだ……地面にへたり込みたくなる。
だが泣き言は言っていられない。やらなければならないのだ。だから今回は手札を惜しんではいられない。
「ヨーツケール、あの盾を持った集団をドカンとやっちゃってくれ! 穴さえ開けば亜人達も何とかなるはずだ」
小さな女の子のエヴィアと違い、巨大蟹が二匹重なったようなヨーツケールの姿は、見せるだけで十分なインパクトを与える。
戦闘力は解らないが、そこは魔人だ。大丈夫だろう。
問題はどうやってその気になって貰うかだったのだが……。
《 良いだろう、魔王 》
一言だけ言うと、猛烈な速度で人間の陣へと突入していった。
◇ ◇ ◇
人類軍の兵士が異変に気付いたのは、轟音と共に重盾やそれを支える兵士、更に槍を構えていた兵士までもが虚空へと消えた時だった。
魔人ヨーツケールが4本の鋏を振り回す度に、その範囲の兵士は円で切り取られたようにこの世から消えている。
それはまるで移動する食物粉砕機。人間は接近された事に気付いた時には、既に肉片となって戦場に飛び散っているのだ。
「ハラワタヲブチマケロー!」
「ウゴガァーー!」
更に、破壊された防盾壁の間から勢いよく亜人達が侵入する。
幅が狭いので後ろの防盾隊は槍で応戦するが、前の列の重盾兵は無防備だ。
悲鳴と共に血と肉が飛び散り、鉄壁だった防衛陣は瞬く間に、それこそ鋏を入れられた様に千切れていく。
ルフィエーナはよりによって、現在その場所にいた。
一度最後列に回った彼女であったが、負傷者や疲労が激しい者との交代を繰り返す内に、ここまで前に出てしまったのだ。
「なんだか騒がしいな……横に入られているのか?」
「それなら近接部隊が対処しているだろう。俺たちは持ち場を護ればいい」
先輩兵士たちの会話を聞きながらも、縮こまって重盾に魔力を送る。
(ああ、神様……ここに亜人が来ないまま終わって下さい……)
そんな彼女の願いを意地悪く叶えたのか、確かに亜人は来なかった。だが代わりに、魔人ヨーツケールの鋏が周辺の兵士ごと彼女の体を横に薙いだ。
◇ ◇ ◇
「凄いな……」
相和義輝はその様子を眺めながら、心から凄いと思った。
何と言っても行動が的確だ。亜人達の攻撃が最も集中している場所の敵兵を、狙い済ましたかのように切り裂いていく。
(まるで……人間との戦い方を知っているみたいだ)
◇ ◇ ◇
「呼称“蟹”、現れました!」
兵士の一人が至急の報をマリクカンドルフ王に知らせると、幕僚席は慌ただしいものになった。
直ぐに二人の将軍が席を立ち、旗下部隊を率いて報告の場所へと向かう。
「ほお、確かに夜明け直ぐに来たか。卿の勘も捨てたものではないな」
ケーバッハを見ながらそう言うマリクカンドルフ王だが、勿論勘などと言う言葉は欠片も信じてはいない。この男には確証があったのだ。
それが何かは判らないが、昔からこの男の言う事に間違いは無かった。
「“蟹”の暴れている周辺を開けろ。多少は亜人共に入られても構わぬ。間を取りそいつが疲れるのを待て」
そして幕僚席にいる一人の人物を指定すると――
「レトー公爵、貴殿の部隊に出て頂きたい。だが目標は“蟹”では無く――」
◇ ◇ ◇
魔人ヨーツケールが人間陣地に攻め込んで僅かに10分。その間に人類軍の陣形が大きく変わる。
今まで密着しそうなほどにくっついていた波紋が、逆に大きく膨らんでいく。
まるでヨーツケールは水面に投げ込んだ石の様だ。防盾の連結は外され、代わりに近接専門の兵士やパワードスーツたちが集まってくる。
(まるで体内に入った異物を攻撃する抗体の様だ……)
陣形が広がった分、亜人達の攻撃は有効になり互角以上に戦い始める。
だが一方で、ヨーツケールが時間あたりに倒す人間の数は大幅に減少している。明らかに、亜人達よりもヨーツケールを危険視した結果だ。
(このまま戦闘を続けさせて良いんだろうか?)
そんなことを考えていると、ひょっこりヨーツケールが帰還し――
《 魔王よ、ヨーツケールは飽きた 》
――と言ってコロンとひっくり返ってしまう。
「いやいや飽きたじゃないよ! お前らフリーダム過ぎるだろ! たーのーむーよー!」
鋏を引っ張って懇願するが、俺の力じゃびくとも動かない。
だが飽きたというのは別の意味を含むのだろう。
誰だって、自分より遥かに力の劣る生き物を一方的に殺したって、面白くもなんともない。
俺が感じる以上にこの魔人は優しいのかもしれない。
だがそうも言ってはいられない。戦場ではオーガ対パワードスーツの激しい戦いが始まっているが、やはり金属の塊な分あちらが優勢だ。
数はこちらが多いとはいえ、いつの間にか亜人達が乱入し膨らんだ空間の外周にはまた防盾壁が張られている。
その形は、まるで闘技場の様。このままでは嬲り殺しだ。
仕方ない、今度はエヴィアを――そう思った時、亜人達の側背へと銀色の塊の列が
高速で移動してきた。
あれはなんだ?
矩形を組み合わせた長方形。ティッシュ箱の6面を尖らせたような鋭利な形。
全体は銀色の金属で、全てに騎乗した鎌を持った骸骨のマークが付けられている。
飛甲板? いや違う、あれと違って全周囲装甲だ。それに移動速度が段違いに早い。
◇ ◇ ◇
「撃て、撃て、撃て、撃てぇー!」
「ありったけ撃ち込んでやれー!」
相和義輝が見た銀色の尖ったティッシュ箱から、容赦なく射出槍と矢が撃ち込まれる。
全長11メートル、幅4メートル。左右にはそれぞれ2門ずつ6連装の射出槍発射口。更に細長い溝上の覗き穴があり、そこから中の兵士がクロスボウの矢を射かける。
18人乗りで時速は90キロメートル。周囲を最大300ミリの鉄板で覆ったこれは、装甲騎兵と呼ばれる中距離支援機だ。
率いるのは”死神の列を率いる者”ユベント・ニッツ・カイアン・レトー公爵。
斜め2列に組んだ3千騎の隊列が3本、合計9千騎。それが亜人達の側面を襲撃してきたのである。
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