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この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第三章   儚く消えて  】
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043   【 リアンヌの丘~会食 】

 リアンヌの丘。かつては人類がエメラルドドラゴンと呼称する魔族が住んでいた。

 だが現在ではリアンヌ・ケルシーによって討伐され、魔族領に駐屯する人類最大の物資集積上になっている。


 碧色の祝福に守られし栄光暦217年10月12日。

 初めて魔王相和義輝(あいわよしき)が訪れた時は夏であったが、今ではすっかり冬景色に代わっている。

 油絵の具の空で太陽が隠れているこの世界では、冬の寒さは特に厳しい。

 凍てつく強風がバタバタと旗を鳴らし、兵士達の使う水樽は昼でも厚い氷が張っている。



「余は領域戦が嫌いだ。そうだろう? あれには戦術も何もない。ただ死んで来いと命じ、配下が死ぬのをただ眺めるだけだ」


 声の主が、ゆっくりと立ち上がる。

 220センチの巨山の様な体躯。その巨体を包む白金の鎧には、青色で亀甲に孔雀羽の紋章が意匠されている。


「だが今回は向こうから来てくれるそうだ。実に面白い、我々の土俵で戦おうというのだ」


 そしてゆっくりと歩きだす。静かで優雅な歩み。鮮やかな青のマントがふわりと揺れる。

 兜は左手で小脇に抱えられており。(たてがみ)の様な金髪に獅子のような獰猛な素顔が露になっている。

 その表情に浮く微笑み。この男は、今の状況を心底から楽しんでいた。


「今更人間の真似事など、千年以上遅かったと魔族共に思い知らせてやろう」


 言いながら庁舎の門をくぐる、いやそれはもう庁舎ではなく城塞と呼べるもの。

 外に出た彼を兵士たちが歓喜の声で出迎える。

 その声援は空気を震わせ、大地をも響かせる。眼下一面を覆う白銀に青の鎧の大集団。その総数実に160万人。

 その熱気は冬の寒さを吹き飛ばし、兵士達から登る湯気が大気を白く染め上げる。


 ユーディザード王国“歩く城塞”マリクカンドルフ・ファン・カルクーツ王の出陣であった。


 更にこの地には他にもハーノノナート公国軍42万人が駐屯し、総兵力は200万人を超える。


 そして南南西330キロ地点にはマリセルヌス王国軍52万人。

 そこから南に260キロ下ればスパイセン王国40万人が布陣。


 北に目を向ければ、巨大山脈である巻貝と天嶮の領域を挟んでアドラース王国110万人。

 東にはコンセシール商国の飛行騎兵団、そして更に行けばアイオネアの門がある。

 撤収状態にあるゼビア王国軍は参戦出来ないが、ここを攻めれば周辺から一気に人類軍が押し寄せる。物資の集積所とは全軍の中心、すなわち最も集まりやすい場所なのだ。



「こちら024飛行騎兵隊モイビー、亜人の集団は数推定1800万。停止する様子は無し。夜明け前には到達の模様。繰り返す――」


 亜人達の様子を確認する飛甲騎兵から、定期的に連絡が入ってくる。

 そのたびに地図に印が付けられるが、それは確かにまっすぐにリアンヌの丘を目指している。

 ここが目標であることは、もはや疑いようが無い状況だ。


「意外と多いですね。まあラニッサ王国軍が一瞬で飲まれたのも頷けます。我々が先行して割りますか?」


 提案したのはハーノノナート公国を指揮する”死神の列を率いる者”の異名を持つユベント・ニッツ・カイアン・レトー公爵だ。

 彼には二千万近い亜人を相手に出来るだけの自信と実績、そして戦力がある。


 ハーノノナート公国はティランド連合王国軍、それも直轄の国である。

 国家は複雑な情勢にあり、現在ハーノノナートの血族が納めるべき地をレトー血族が治める。

 一代限りの代理王は決して珍しくないが、レトー血族もまた公爵位にあり、レトー公国を治めている。二つの国に跨った統治は、この世界では稀な状態にあった。


 そして現在、本国が撤収したためこの地にて無聊(ぶりょう)を慰めている。

 早く帰還したいところであったが、手ぶらで許可も無くい帰るわけにはいかない。

 そのため、ここで一つ戦果を挙げておきたいところであった……だが――


「いや、先ずは様子を見るとしよう。貴国の王を退けた魔神とやらが混じっている可能性も高い。貴公が動くのはそれからでも遅くはあるまい」


 マリクカンドルフ王は出撃を止める。別に功を立てられることを嫌っているわけではない。

 そんな狭量な男ではないのだ。だが慎重に慎重を重ね、僅かの不安要素も残さない。

 獰猛な肉食獣の顔立ちに反し、鉄壁の防備で敵を迎え撃つ。それが彼の戦い方であった。





 ◇     ◇     ◇





 その夜、リッツェルネール・アルドライトは世界連盟中央都市にある小さな酒場で食事をしていた。

 コンセシール商国の息のかかった店であり、こじんまりとしてはいるが酒も料理も高品質のものを提供している。

 暖房も完備しており、外の寒さとは裏腹に、店の中はかなり暖かい。

 同行者は3人。だが彼としては、このメンバーに捕まった事は少々驚きであった。


(どういった経緯でこの三人が揃ったのやら……)


「食事もお酒もあまり進んでいませんね。ご気分でも悪いのですか? ”元”侵攻軍最高意思決定評議委員長殿」


 そう言ったのはマリッカ・アンドルスフ。既に3人分は平らげ酒もかなり飲んでいるが、態度には全く出ていない。

 小柄な身長に似合わぬ大きな乳房を、テーブルの上にドカンと置いている。

 あれはわざとなのだろうか、それとも実際にその方が楽だからなのだろうか。


(それにしてもよく食べ、よく飲む。あれだけの暴食で余り太らないのは体質的な物か、それともその分消費しているのか……もし機会があったら魔力量を測ってみたいものだ)


「”元”侵攻軍最高意思決定評議委員長殿は興味がおありですか?」


 突然マリッカから話しかけられる。考えを見透かされたようだ。


「ああ、少しね」


 リッツェルネールは普通の人間より魔力が高かった。

 しかし体はそれほど大きくはならず、本当に普通の人より少し上といった程度だ。

 それでも並の人間からすれば羨ましかったが、コンセシール商国トップのアルドライト家の人間としては落胆であった。


(僕にも女性のように胸があったら、もう少しは魔力が向上したのだろうか……)



 ――なるほど、とマリッカは思う。

 胸をテーブルの上に置いたのはわざとだ。人間観察は商国では基本であり、様々な状態で相手が望む事、嫌がる事を観察する。


 この席にいる男性の内、自分の胸に興味を抱いたのはリッツェルネールだけであった。

 確か情報によると彼の以前の恋人はド貧乳で、今の恋人は男だという。

 そっちの方は興味が無いと思っていたが、人並みにはあるらしい。

 頭の中で、リッツェルネールのポジションを特殊性癖から好色へと少し動かす。



「興味と言えば噂の魔神、リッツェルネール殿に心当たりは? 2度も魔王討伐戦に参加しているのですし、何か情報があると助かるのですが」


 そういったのは露出の多い真っ赤な派手なミニスカドレスに真っ赤な大きなリボン。

 見るからに人目を惹く派手な衣装であり、普段は真っ赤な大きな帽子をかぶっているので更に目立つ。

 髪は真紅のロングで、全身から情熱が溢れ出しているような鮮やかな印象を与えている。


 ノースリーブの左肩に見える大きな傷は、戦闘で槍が貫通した跡だ。

 だがそれ以上に、露出の高い衣装から覗く褐色の肌に見える筋肉の逞しさが目立つ。

 特に、ミニスカートから覗く逞しい太腿は、リッツェルネールの胴くらいはありそうだ。

 ドレスさえ着ていなければ、漢と書いて男と呼べそうな風体と言える。


 コンセシール商国ナンバー4、ケインブラ・フォースノー。

 リッツェルネールとは旧知の間柄であり、幾多の死線を共に潜った戦友でもある。


 誰もが目を惹くケバい化粧、左目に付けている片眼鏡 から覗く大きな紅蓮の瞳。それに逞しい肉体を包む女装。しかし――


「こちらも情報を集めてはいますが、なにせティランド連合王国軍から以外の情報はありませんので」


 その野太い紳士的な声や口調に女性らしさは欠片も感じられない。

 それはそうだ、普通の男なのだから。

 共に戦場を駆けた頃から、彼のこの趣味は理解できないでいる。


「僕も白き苔の領域で見た物だけです。あの時は白い胞子が多かったため判別は出来ませんが、騎体から脱出する際に大きな生物がいたようには感じました」


 リッツェルネールも情報は隠していない。だが、あの少女の姿をしたモノは人型の魔族としか報告していない。

 あの少女の形態をした魔族も強かったが、はたして神の名を関するに値するかは判別できなかった。

 何と言っても、兵士や飛甲騎兵を切り裂いた攻撃を、彼女がしたという確証が無い為だ。


「それでメリオの件なのですが、申し訳なかったと思っています」


 少し間を置き、言葉を選ぶように切り出す。人の命は軽いとは言っても、それは社会全体からすればの話だ。

 家族、恋人、友人、当然それら当事者たちにとって、命とはかけがえのないものには違い無い。


「いや、魔族領で戦って死ぬのは人類の務めだ。彼女はその責務を果たしたにすぎん。ましてや魔王討伐戦だ。私としてもあれ以上の死は望んではいない。気にするな」


 その静かで諭すような、或いは自分を納得させるような物言いに嘘は感じられない。

 本心からの言葉なのだろう。


「それよりも、随分と稼いだんじゃなくて? うちの新型も随分と売ってくれたみたいじゃない。それで、何処が一番買ったのよ」


 上下に分けた純白のドレス。その分けられた間からでっぷりとした脂肪の塊がはみ出している。

 コンセシール商国の人間としては肌は薄く、髪は金色で瞳は黒い。

 だが別に珍しくはない。何処の国も純血主義なんてものはない。実際マリッカ・アンドルスフも髪は白銀、瞳は碧色だ。


「早く教えなさいよ。どうせこっちには注文票が来るんだから、数や地域自体は解っているのよ」


(こちらが頭で整理しているのに、それを待たずガンガン話を押し込んでくる。全く、千年以上生きているのに落ち着きを学ばなかったのか……)


「青の砂粒に銀の花、首輪のロバに蹄鉄の欠けた馬ですよ」


 仕方ない……そう言いたげにテーブルを指で2回叩く様な仕草をし、ぼそりと小さな声で呟く。

 ここは商国の息がかかった店だが、本来こう言う席で聞く事ではない。

 この女性は兵器知識だけでなく、もう少し常識と言うものを学んで欲しいとリッツェルネールは思う。


 ――撤収中のゼビア王国に300騎!? 


(……それはまた随分と大きな火種を放り込んだものね)


 白いドレスの女性、コンセシール商国ナンバー7、キスカ血族初代党首キスカ・キスカは少し意外であった。

 もう少し慎重な男だと思っていたが、まさかあの人外に押し切られたわけでもあるまい。


「まあ売ってくれたなら作るけどね。それに貴方の事だから、先もちゃんと考えてあるんでしょ。よろしく頼むわ」



 残る二人も、それぞれリッツェルネールの言葉の意味を考えていた。


(ゼビア王国が火種を放り込んだか……だがどちらに向けて火が起こる? それを間違えたら大損だ。そもそも、正しく鎮火する用意は出来ているのか?)


 ケインブラの血族、フォースノー商家は情報系が専門分野だ。そして、現在の主軸は宗主国であるティランド連合王国軍に向いている。

 だがもう少し、ハルタール帝国の情報も集めておいた方が良いのかもしれない。

 しかしそれこそが、リッツェルネールの策謀である可能性がある。


(ここで間違えた一手は、今度取り返しがつかなくなる可能性があるな……)



(……ええと、砂粒と馬が200だったかしら? 2000? 銀とロバでマリセルヌス王国だったかしら? それとも銀と欠けたでアンスワール王国? まあいいわ、解った顔で座ってましょう)


 マリッカ・アンドルスフは全く理解出来なかったが、何食わぬ顔で新しい料理を注文した。



 三者の様子を見ながらリッツェルネールはそれぞれの変化を感じ取っていた。

 おそらく明日……いや今夜にもゼビア王国やハルタール帝国に間者や商人が動くだろう。だが当然既に準備済みだ。同じ商国とは言え、この辺りは早い者勝ちである。


 だがトップクラス二人の反応には微妙な違いがある。

 ケインブラ・フォースノーは商売より情報収集を優先させるだろう。動き出しは鈍く商売敵にはなり得ないが、こちらの意図に気が付く可能性がある。


 一方でキスカ・キスカの頭は生産のために人員と資材確保に向かっている。だが増産力に難があるわけではない。もっと売れば、それだけ色々な話も通しやすくなるだろう。

 彼女は商家の人間としては珍しく、謀略には縁のない女性だった。金だけで繋がる明確な利害関係は、リッツェルネールとしてはありがたい間柄だ。


 だがもう一人、マリッカ・アンドルスフの動じなさは不気味であった。

 どんな人間でも、重要な情報には心が反応してしまう。それを見越して明かしたのだ。

 だが彼女は心に僅かな動揺も見せなかった。この話に興味が無い……だがそれは商国の人間としてはあり得ない。ましてやナンバーツーのアンドルスフ家の人間だ。


(元々”お嬢様”だった人間だ。特殊な訓練を受けた、僕よりも上手な存在。その事を留意せねばならないだろう……)


 そんな楽しいとは言えないような、微妙な空気の流れる食卓に、注文した料理をウエイターが運んでくる。そして小さく、4人にだけ聞こえるように告げた。


「魔族達がリアンヌの丘に攻め込んだそうです。状況から、魔王軍の可能性が高いと見られています」


 魔王軍動く。

 その報は各種の機関を通じ、瞬く間に中央都市の中を電流のように駆け巡った。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

面白いかなと思っていただけましたら評価も是非お願いいたします。

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