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この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第三章   儚く消えて  】
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042   【 迷宮の森と亜人の領域 】

 迷宮の森と亜人の領域、ここはそう呼ばれている。


 極太の高い広葉樹が無数に乱立し、足元は密集した細かな草に覆われている。

 木、草ともに異常に強い再生力を持ち、どれほど歩いても、また木に目印を付けてもすぐに消えてしまう。

 そんな中に、多数の亜人種が潜んでいる。


「各員、進撃を開始せよ!」


 日の出と共に、その領域内へとラニッサ王国の軍勢が進軍を開始した。

 北の大国であるハルタール帝国に属し、これまでは比較的安全な地域での戦闘が主な任務だった。そのため大きな犠牲は出ていないが、目覚ましい戦果も無い。

 一方で本国からの補給も滞りがちになり、もはや進退(きわ)まった状態に置かれていた。


 だが幸いなことに、ここは白き苔の領域や炎と石獣の領域程には危険では無い。普通に人間が活動できる領域なのである。

 完全なる無駄死ににはならない……そのはずだ。


 青を基調に黒の斜め十字の入った防具を着こみ、それぞれ大型の武器を手にした兵士達、その総数は55万人。その大軍が領域の淵から横並びで一斉に侵入する。


 人類の領域攻略法はシンプルだ。

 領域の線に沿って内側へと侵攻し、出会った敵と戦い、怪物の巣を駆除し、また進む。その様子は山狩りを思わせる。


 一方で、不測の事態に備えて装備は軽装だ。いつ休めるともわからない戦場、疲労で魔力切れになったら武具の重さで動けなくなってしまうからだ。


 当然味方にも多数の犠牲が出るが、そんな事は一向に構わない。

 まるで自分達の血で白地図を染める様に、領域を外周からじわじわと犯してゆく。

 唯一の救いは、領域を解除するまでは安全に後退できるという事くらいか。



 その様子を死霊(レイス)から報告を受けた相和義輝(あいわよしき)は、初めて人類をアホかと思った。


「俺達が派手に戦ったのに、まだ人類はこんな所で領域攻略なんて始めたのか」


 ……これではあの戦いが、全て無駄になってしまうではないか。


 だが一方で、その意図は読まなくてはならない。なぜ今始めたのか?

 一番考えられる事は、大量の増援が来たと言う事だ。兵力に余裕が出来たから余剰兵力を使って進み始めた……そうなると、この後ろには大軍が控えている。


 だが死霊(レイス)達の報告では、これといった増援は背後に発見出来なかった。

 別の線……だが考えても解らない。


「エヴィア、ルリア、何かわかるか?」


 無い知恵を絞っても仕方なく二人に尋ねるが……


「さっぱりかな。人間の考えている事は解らないよ」


「わたくしにそういう事を聞かれましてもねぇ……」


 ……ですよねー。


「魔王、戦いの許可を!」


 緑の大きな亜人、オークがせっついてくる。もうあちらは戦う気満々だ。

 確かに『ここから先は進めません』なんて線があると、戦いはかなり不利だ。それはティランド連合王国との戦いで学んでいる。

 炎と石獣の領域を背にしていたこちらを攻めるのに、向こうはかなり難儀している様子だった。彼らの言う戦いの許可とはそれの事だろう。それに何と言っても……。


「亜人だ! 囲め!」


「ニンゲンがあぁぁ! うぐおわぁぁぁ!」


 ……もうあちこちで戦闘自体は起こってしまっているからだ。


 こうなったら後戻りはできないだろう。それに今回は彼らの住処(すみか)を守る戦いだしな。

 しかし領域を出る許可か……どうやるんだろう。求めれば良いらしいのだが、それならもう出来ているのか? 自分では全く分からない。


 柱で魔力を出すみたいに、細かな調整をエヴィアに頼めないだろうか?

 だが助けを求める目でエヴィアを見ても、フルフルと首を横に振るだけで応じてくれない。出来ないって事なんだろう。


「仕方ない……ええと、領域解禁!」


 パンっと手を叩いてみる。成功しているのだろうか?




 ◇     ◇     ◇




 モソ……遠い空の下、何かが動く。


 ――マオウガ、ワレラニ、モトメテイル


 ――マオウガ、ワレラニ、キョカヲ、ダシタ


 ――マオウガ、ワレラヲ、ヨンデイル


 アツマレ、アツマレ、アツマレ、アツマレ、アツマレ……




 ◇     ◇     ◇




 これで上手くいったのであろうか? 今回はあまりにも勝手が違う。

 なんと言っても広葉樹の森のせいで何も見えない。なんでこんなに密集しているんだと言うくらい生い茂っているのだ。


 周囲から戦闘の音は聞こえてくるが、そこへ行くべきかどうかも悩む。

 相手の陣容どころか数すらも把握していない状況では、正直動くのが怖い!

 せめて相手司令官の位置さえ分かれば手段もあるのだが……。


「ハッハッハ、魔王よ。もう亜人達はずっと先まで攻めていってしまったぞ。領域を越えてな。ハッハッハッハッハ」


 少しお姉さん的な声の持ち主が話しかけてくる。

 全身にフルプレートの馬鎧(バーディング)を施した馬に乗った、同じく全身鎧(フルプレート)(まと)い帯剣した騎士。だが首は無く全身から赤黒いオーラのようなものを出している。まさに魔王軍といった色合いだ。

 馬の足は地面に付けず、空中にぷかぷかと浮かんでいる。


 彼女は首無し騎士(デュラハン)のシャルネーゼ。火山の領域でスカウトした新人だ。

 首無し騎士(デュラハン)とは不死者(アンデット)で男性で切られた首を持っていると思っていたが、彼女は精霊で女性で首も持っていない。やはり自分の知識とは違うのだろう。


 それに精霊と言っても、炎の精霊の様に熱い所からは出られないという程でもないらしい。実際、火山帯からこうして付いて来てくれている。

 ――なんてのんびり構えている場合じゃない!


「領域を越えて攻めているってどういう事だ! スースィリア、来てくれ!」


 即座にスースィリアに乗って追いかける。

 亜人達は確かに個体で見れば人間よりは強いだろう。だが不死者(アンデット)と同じで人間の魔道言葉は使えない。魔力で強化される武器防具を装備した相手に、鉄の剣に革の鎧じゃいくら何でも分が悪すぎる。

 頼むから……持ちこたえてくれよ!





 だが、外に出た俺を待っていたのは、あまりにも無残な光景だった。


「なん……だ、これ……」


 領域を越えた先はわずかに雑草が生える荒れた平原。そして、そこにあるのは無数の死体。人も亜人も、大量にだ。地面が互いの地で赤く染まり、その赤い大地は遥か先まで領域に沿って左右に広がっている。


 だがそれ以上に驚いたのは、既に人類軍の生き残りと思われる者がここにいない事だ。

 駐屯地と思しき地点は完全に踏み荒らされ、動いている人間はいない。

 そして、遥か先に見える土煙の一団。更に横を駆け抜ける亜人達。集団は途切れず、後ろからも続々と出てくる。集まりすぎた亜人達の雄叫びと、大地を揺るがす足音が(うるさ)過ぎて他の音が全く聞こえない程だ。


「亜人ってこんなに強かったのか? つか数は! あー、もう、とにかく先頭に追い付きたい。急いで止めないと!」


 こういった時、スースィリアの速さは便利だ。大地を疾走しグイグイ進み、思っていたよりも早く追いつけた。手遅れになったらどうしようかと思ったよ。


 血走った目で先頭を突っ走る亜人集団。彼らが手に持つ武器には切断された人間の手足や頭、胴体が串刺しにされている。あまりにも無慈悲な姿……しかもそれを食べながらの狂騒だ。こんな姿を見られたら、絶対に魔王は凶悪で残忍なモノとしか思われないぞ。


「おーい、止まれ! 行き過ぎているぞ! 領域に戻るんだ!」


「コロス! ニンゲンコロス!」


「ミナゴロシ! コロス!」



 ……やばい、なんか興奮しすぎているのか言葉も通じなくなってきた。


「エヴィア、びしっと命令しちゃってくれ。このままだと何処まで走るのかわからないぞ」


 俺願いに応じ、エヴィアの赤紫の光彩が輝き亜人たちに命令を下す。


≪ 魔王との約定に従い魔人が汝らに命ず。全員直ちに引き返せ! ≫


「ウオォォォォ! マジンサマー!」


「チカラガミナギル! ニンゲンヲコロセー!」



 ――うわ、全然だめだ! なんだか逆に火が付いたみたいだぞ!


「こうなったらもうムリかな。車は急に止まれないって魔王が言ってたよ」


「なんてこった! 魔人の言葉は絶対じゃないのか」



 これは想定外だ。石獣は素直に従ったのに!

 もしかして、知性が高くなればなるほど魔人の命令は通じなくなってくるのだろうか? いや、氷結の竜(アイスドラゴン)は魔人に従っている。だからこの考えは間違いだ。

 だが今はそれを考えている時じゃない!


「ルリア、この先には何がある!」


 全ての亜人達はほぼ真南に向かって走っている。この先に何かあるはずだ。


「んー、人間の大きな集まりだと、確かリアンヌの丘だったと思いますけど。この様子だと半日ほどで着いてしまいますね。」


 顎に人差し指を当てて考えるような仕草。俺もどこかで聞いた事がある……かなり重要な単語だったはずだ。

 ――って思い出した! 俺の記憶が確かなら、人類軍の物資集積所みたいな場所だったはずだぞ!


「ハッハッハ、昔を思い出すな、魔王よ。以前よくこうして(くつわ)を並べて戦ったものだ」


 いつの間にか首無し騎士(デュラハン)のシャルネーゼが並走している。つかそれは別人だ! お前も戦い以外は覚えていない脳筋かよ!


 まずい、急遽集めた仲間達との懇親会もまだやってない。誰がどんな特技を持っていて何が苦手かとか、そういった事は一切不明だ。このまま戦闘に突入してしまったら……。


 サキュバスの時は笑って済ませられたが、今度は同じ失敗は許されない。あそこは確か駐屯地の中心みたいなところだった。もし下手に攻め込めば、近隣から一気に援軍が来て一発アウトだ。


 だが亜人達は止まらない。見捨てるのか? だがそんな事をしたら、俺は何のために戦っているのか判らないじゃないか。言う事を聞かないから放置するなんて事は、断じて出来ない。


 ならせめて、勝つ手段だ。足りない頭で考えろ……。

 今回は、魔人の力を使って良い。だが長期戦は絶対にダメだ! 疲労を考えたら数には勝てない。

 なら相手の数を減らす……戦って減らす? いやいやそれがダメだから考えているんじゃないか。

 他に減らす方法は……。


「ヨーツケール! いるんだろ! すまないが助けてくれ、緊急事態だ!」


 あいつは絶対にいる。俺を見ていると宣言しているし、魚を置いてってくれたし、サイアナからも守ってくれた。人間世界には干渉しないって言ってたけど、あいつは絶対にツンデレだ。


 《 なんだ、魔王。ヨーツケールはお前たちに干渉しない 》


 走っていた亜人達の一角が消え、代わりに赤白斑の珊瑚のような甲殻の巨大蟹が出現する。


 なんだ今のアレ!? 保護色なんてものじゃねぇ、走っている亜人まで完全に再現してたぞ! いつもこんな感じで近くにいたのか……。


 だが魔人ヨーツケールの保護色に頼りたいわけではない。こちらが指示するよりも先にエヴィアが俺を抱えると、ぴょ~んとヨーツケールに飛び移る。


「スースィリア、すまないが頼めるか? ここと、この位置にいる人間達を襲撃してほしい。でも無理はしないでくれ、近くに脅威があると見せるだけでいいから」


 地図を見せながら指示を出す。相手を減らす手段、それは足止めだ。集合させなければ戦わずしてその数を減らせる。

 おそらく人類は前回の戦いの情報を得ている。隠す理由が無いからだ。ならスースィリアは存在しているだけで脅威だろう。近くにいると分かったら、それだけで軽率には動けないはずだ。


「それとルリア、大至急で全ての不死者(アンデット)達を呼んできてくれ」


「畏まりました。それでは伝えてまいりますわね」


 ルリアを筆頭に、死霊(レイス)達が各地へと飛んでいく。


「さて、ヨーツケール。嫌かもしれないが、今回だけは付き合ってくれ」


 だがそう言いながらも分かっている。ヨーツケールは協力してくれる。

 今も俺達を振り落とさずに、亜人達と並走しているのだ。やっぱりこいつは、ツンデレだ!





 ◇     ◇     ◇





 魔王とティランド連合王国軍が戦った地。そこには数台の飛甲板と、武器も持たず、鎧も着ず、粗末な衣服だけを身に纏った人達がいた。


 彼らは戦場跡に残った武器や防具をいそいそと集め、飛甲板に積んでいく。

 回収屋、そう呼ばれる人達だ。だが商売ではない。

 奴隷たちで編成される彼らは、危険な魔族領を無装備で移動して兵士達の遺品を回収する。それを中央へ運び、遺品は各国に送られる。

 これも立派な兵役であり、20年間働けば奴隷から市民になる事が許されるのだ。


 そんな中、一人の少女が奇妙なものを見つける。

 ポストだ。木製で、粗末な手作り品。根元は多数の白骨で飾られ、表面には『魔王ポスト』と書かれている。


「なにこれ……趣味悪い!」


 ついつい蹴飛ばしそうになる。だが、ふと思いとどまった。せっかくのポストなのだ。本当に届くものなら面白いじゃないかと。

 遺品の中に混じっていた布に、印をつけるために持っていた木炭で手紙を書く。

 言葉は簡潔。『死ね!』とだけ。


「ユニカ、ぼさっとするな! いつ石獣が襲ってくるかわからないんだぞ!」


 ユニカと呼ばれた少女は、ハーイと返事をすると、いつもの作業に戻っていった。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

面白いかなと思っていただけましたら評価も是非お願いいたします。

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