040 【 サキュバスの離乳食 】
「こっちかな」
そう言って先導する魔人エヴィアについていくが、これ本当について行って良いのだろうかという不安が頭をよぎる。
サキュバスに母乳期があるというのも驚きだが、離乳食か……。
大体生後半年から一年くらいだったか。普通の子供なら柔らかいものをズプーンとかで食べさせるのだろう。だが相手はサキュバス、吸精鬼だ。当然何をどう与えるかと言うと……。
いやダメだ! 倫理的にダメだ! 十万単位の大量殺戮者の俺が言うのもなんだが、今回は色々な意味で本当にマズい。完全に人間として終わってしまう!
「なあエヴィア、今回は……」
「着いたかな」
話しかけたとたんに目的地に着いてしまう。
そこにはバーの入り口と同じように扉が設けられ、赤ちゃんの絵が描かれた看板がぶら下がっていた。
「いや無理。やっぱり人としておかしい、おかしくなる。節操なしと言われた俺だが、ちゃんと倫理は弁えているつもりなんだが!」
だが必死の抵抗も虚しく、無理矢理部屋に入れられしまう。
そこは少し広い部屋で、大人のサキュバスが三人。それに小さな、おおよそ2歳くらいのサキュバスが30人ほど遊んでいた。
なんだ、離乳食って言うからドン引きしてたけど、そこまでちっちゃくはないじゃないか。まあそれでも倫理的にアウトだと言う事に変わりはないが。
子供のサキュバスも大人たちと同じチューブトップブラにビキニパンツ。だが全くエロさは感じない。当たり前だ。むしろ妙に可愛らしく、微笑ましさすら感じるよ。
それがこちらに気づくと、まおーまおーと言いながらとことこ走ってくる。
「おーえらいなー。もうちゃんと走れるんだな」
そう言って先頭の一人を抱っこする。良かった、普通の保育園的なところだ。変にいやらしく構えた俺がバカみたいだ。
他の子供達も寄ってきてまおーまおーと言いながらズボンを引っ張る。
「ハイハイ、なんだい」
そう言って視線の高さを合わせるためにしゃがんだとたん、一斉にサキュバスの子供たちが群がってくる。それはまさにミツバチがスズメバチを倒すために編み出した熱殺蜂球の様。
だが不快感は無い。子供達に集られるのは、決して悪い気分ではない。むしろぎゅうぎゅうと押し包まれるのは、マッサージの様な心地よい刺激で何だか気持ちがいい。
気持ち良くて……あれ? ……意識……が…………。
昔の事を思い出す……あれは学生時代だったか……。
「なあ義輝、熱殺蜂球って熱でスズメバチを殺すって言われているだろ? あれ実は違うんだ」
「何か新説でも出たのか?」
ネイチャー系にはそれなり興味があった俺は、あっさりとその話に食いついた。
「いや、よく考えてみろよ。働きバチは全部雌、しかも自分よりずっと小さいんだぜ」
「まあな……それで?」
「つまり、スズメバチからすればあれは全部幼女! 熱で殺されているんじゃなく、幸せ過ぎて死んでいたんだよ!」
「俺はお前ほどの馬鹿を見たことがねぇよ!」
あの時は一蹴してしまったが、今ならその気持ちが微かに分かる気がする……。
(……まーおーーー、まーーおーーーー)
……どこかでエヴィアの声がする。
(……まおーーー、おきるかなーーーーまおーーー)
呼んでる……俺を……
(パァーーーン、パァーーーン)
何だろう……何かを叩く音……。
「起きるかな! 魔王!」
エヴィアの叫び! そしてパンパン叩かれているのは俺のほっぺただった!
「魔王はバっ! カっ! かっ! なっ!」
表情には出ないが、言葉にはものすごい怒りがこもっている。
はい、すみません……ここに来た目的を完全に忘れてたわ。
向こうでは子供たちが保母さんに怒られている。
お説教くらいながら「ハーイ!」と元気よく答えているが、あれは絶対に内容を理解していない目だぞ。
と言うか、微妙に育ってないか?
「子供なんだから食べれば大きくなるかな」
そうなのか? 少し違う気もする……。
そうやって見ていると、ひとりの保母さんがやってきた。
「困るわねぇ、心が育つ前に体が育っちゃうと、色々と大変なのよねー。加減も出来なくなっちゃうし。あの子たちの将来が心配だわー」
次はこちらがお説教をくらう番だった……。
◇ ◇ ◇
晩餐会の時にも思ったが、エヴィアの教育は結構スパルタだ。
何と言っても子供は容赦をしない。
「まおぉー、だっこー」
「ハイハイ、いいぞー」
うん、子供は可愛い。そう考えた瞬間にごそっと魔力を持って行く。
「ぐええええー」
「あははははー、まおうのまけー」
その可愛らしい仕草にちょっとでも油断すると、一気に吸われてしまうのだ。
見た目に騙されてはいけない、こいつらは飢えた獣だ!
こちらは相手の動きを感じ取り、体に膜のようなものを張る感じだ。そうしないと、下手をすればまた意識ごと持って行かれてしまう。
離乳食の意味もよく分かった。
これは親から魔力を貰っていた時期から離れ、自力で魔力を得るための訓練だ。だが巣離れとも違う。
俺の言語理解は自動翻訳みたいなもので、俺の世界には魔力に相当する言葉がなかったからそう翻訳されて伝わったのだろう。
もしかしたら、今までの俺の言葉も相手に正しく伝わっていないのでは? という可能性を感じて少し怖い。
一方エヴィアは、俺が話し出すのを待っていたかの様に、まるで堰を切ったようにあれこれ聞いてくるようになった。
「アスファルトって何かな? 自動車って何かな? ガソリンって何かな?」
魔王は知識を運ぶもの、その意味がようやく解る。魔人の興味はいくら話しても全く尽きる事がない。今まで聞いてこなかったのは、おそらく気を使っていたのだろう。
大体20日くらいだろうか、俺はサキュバスの子供達やエヴィアとそんなやり取りをして過ごしていた。適度な緊張感とほんわかした会話。今までの殺伐とした時間が嘘のようだ。
だが――
「人類軍はそれぞれの駐屯地で砦を築き始めたそうですわ」
偵察している死霊達の話では、こうしている間に着々と防衛陣地を築いているらしい。
ご苦労な事だ。結局あの程度の損害では、退く考えに至らせる事は出来なかった。
もしかして話し合いを求められる事もあるかと思い、戦場跡に手作りの魔王ポストも設置しておいた。
だが便りは届かなかい。まあ当たり前か……。
「さてっと。エヴィア、そろそろ出発しよう。あっちが防御陣地を築き終えたら、次は多分攻めてくる。その前に何とかしたい」
本当はこの緊張感とホンワカさが入り混じった空気の中にずっと居たかったが、周りの状況がそれを許さない。気を引き締めないとな。
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