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この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第一章   出会いと別れ  】
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005   【 坑道の内 】

 外の熱風と蒸気、それに喧騒や悪臭に対して、山の中は異常なほどに静かな空気を漂わせている。


 円形に()り貫かれた坑道。いや道とは言えないだろう、ただの穴と言っても差し支えは無い。地中に住む生き物が掘り進んだような、そんな穴だ。

 上下幅は狭かったり広かったりと一定ではない。何かの巣穴……まさか石獣の? そんな不気味な雰囲気が漂う。

 もし狭い部分で石獣に会ったら、武器を振る事さえできずに全滅するだろう。

 とは言え、壁には少し湿り気があり気温も低い。外よりはだいぶマシな環境だ。


 山肌に面した部分には外に繋がる小さな穴が開いており、そこから僅かに外の風が吹き込んで来る。

 こういった外と面した部分では通信は可能らしい。だがあくまで『らしい』だ。何度か試してみたが、司令部や味方部隊との連絡は途絶えたまま。この戦場の生存者は、もはや自分達だけ……そんな嫌な考えが頭をよぎる。


 出来れば連絡を取ってから行動したい。そうは言っても山肌に面した部分は稀だ。坑道の殆どは地中奥深くに掘られており、長く留まれない以上は、連絡を諦め移動するしかない。

 

 先に入った部隊はどうしたのだろうか?

 だが呼んでも叫んでも返事は無く、彼らの痕跡すら見つけることは出来ない。


「ねえ、魔王ってどんな姿だと思う?」


 そんな不安の中、ふいにメリオから質問が飛んだ。少し、周囲の気分を和らげようとしたのだろう。


「竜みたいのじゃないか? ずっと人類を苦しめて来たんだ。きっと巨大な奴だな」

「案外、古代人の作った機械かもな。あの雲を作り続けているんだろ?」

「実態を持たない……幽霊みたいな奴だったらどう対処しましょうかね。聖水足りるかな……」


 皆はそれぞれ魔王の姿を想像し、どうやって倒そうか考える。だが相手は人類最大の敵だ。それこそ仇敵と言って良いだろう。その強さを想像するたびに絶望が湧いてくる。

 しかし同時に、心に踊るものがあるのも確かだ。今まで人類を苦しめてきた敵の姿。死ぬ前にそれを見ることが出来るのなら、これまでの人生だって悪いものでは無いだろう。




 ◇     ◇     ◇




 あれからどのくらいが経過したのだろう。

 湿り気を帯びた円形の坑道の移動は困難であった。だが不思議と石獣との戦闘にはならず、途中交代でわずかな休憩を取りつつ黙々と移動するだけだ。


(地下には石獣は居ないのだろうか……)


 体内時間が正しければ、もう夜は明けている頃だろう。

 不要になったマスクは外していたが、疲労もあり坑道はやけに息苦しい。

 先にいたはずのコンシュール隊も、同じように中を彷徨っているのだろうか?


 そんな事を考えていると、不意に足から伝わってくる感触が変化する。

 なんだ!? ――確認すると、急に地面の構造が変わっていた。今まで円形だった足元は水平の石畳となり、壁もよく見ると石造りになっている。道幅は狭く、鎧を着た人間が二人並べば詰まってしまう程だ。


「構造が変わったな……ここからは間違いない、人工物だ」


 メリオをはじめとした兵士達の空気が一変する。

 今までも油断などしてはいない。だが意識が違う――警戒から戦闘へ、歴戦の兵士達は素早く体勢を切り替えた。


「メリオ、何処まで照らせる?」


「待って……」


 貝を持つメリオの左手に幾重にも銀の鎖が巻かれると、通信貝は次第に輝きを増し、また光の方向も一点へと集光する。それは暗い闇だった通路を白く照らし、ずっと先にある扉を浮かび上がらせた。


「敵は居ないな……途中に穴も無しか。では行くぞ」


 静かに、だが素早くリッツェルネールらは動く。金属の鎧を纏っているにもかかわらず、その動きは俊敏で音も殆ど立てていない。まるで特殊部隊の様だが、百年以上も戦っていれば嫌でも身につく技術だった。


 扉は石で出来ており、向こうから光は指してこない。闇の世界……魔族の界隈(かいわい)

 部下の一人が無言で動き、鎧を手入れするための油を取り出すと、石の扉周辺に塗り付ける。


「よし……開けるぞ」


 無音で開く石扉。各員が無言で武器を握りしめ、戦闘態勢を取る。何が出てきてもいいように……。

 だが、その穴からは出てきたのは少し暖かな空気のみ……風だ。

 扉の先は少し広い部屋。だがそこには、入ってきた扉以外に扉はない。

 しかし天井には、ぽっかりと開く大きな穴が開いている。そして天頂から差し込む光は金属製の梯子を怪しく照らしていた。

 光の小ささを考えると、かなりの高さがあると思われるが……。


「罠でしょうか?」


 兵士の一人が(つぶや)くように尋ねるが、その可能性は低い。罠を張る知性と弱さを備えた魔族はそれほど多くはない。小さな亜人くらいだろうか。少なくとも、この領域では確認はされていない。


「いや……ここで躊躇(ちゅうちょ)する意味はない。登るとしよう」


 そう言って登ろうとするリッツェルネールを、部下の一人が静かに止める。


「私が……」


「分かった、任せる」


 先ずは一人の兵士が登り始める。さすがに静かに上るが、それでも鉄梯子は一歩毎にカツンカツンと音を立てる。

 だが不意に、その音が消えた。だが兵士は止まってはいない。今までと同じように、罠や見慣れぬものが無いか、また鉄梯子(てつはしご)の強度などを確認しながら慎重に登っている。


(妙だな……)


 それは、移動中にも感じていた違和感だった。坑道のような場所には戦場で幾度も(おもむ)いた事はある。だがここは少し違う……。

 手だけで他の兵士に合図をする。それを受け、2人の兵士が坑道へと戻って行った。一人は人工的な通路、もう一人はその先までだ。


 配置に着くと同時に、腰の剣を抜き鉄梯子(てつはしご)を軽く叩く。軽く叩いただけであったが、狭い部屋にはカーンと高い音が響く。

 だが上の兵士はそれに気が付いた様子が無い。


 再び手で合図して兵を呼び戻して報告を受けるが――


「聞こえませんでした」

「こちらもです。離れると、全ての音が聞こえなくなります」


 リッツェルネールは軽く溜息をつく。

 なんとまぁ……悪質だ。ここは魔族領、それも魔王がいると推察される地だ。どんな仕掛けや、また超常現象が起きてもおかしくはない。それにしても、随分と意地が悪いではないかと思う。

 これではどれほどの兵が入っても、連携はおろか互いの確認すらできない。人間を孤立させ分断する……悪意に満ちた仕掛けだ。


「気味は悪いが、仕掛けが判ればそれで良い。今後は音が通らないことを念頭に行動しよう」


 上へと登り切った兵士も気が付いているのだろう。身振り手振りで安全を知らせてくる。

 目で合図し、今度は全員が登る。別に口頭でも良かったのだが、この辺りは長年染みついた習性というものだろう。


 登り切った先は、完全に人口建築物だった。きちんと整備された石畳の廊下、石作の壁。それに正面にはいかにもと言った扉だ。

 それは石造りで、読めない文字で何かが描かれている。造りも頑丈で、下とは違って何らかの意味を持つのだろう。

 天井は剥き出しの岩肌と言った風で、何か所かの穴が開いている。光は漏れているが、そこから出られそうな雰囲気ではなかった。


「ここは尾根(おね)ですね」


 屋根の形状と通信貝のデーターを垂らし合わせ、メリオが位置の予測を立てる。同時に周辺の記録撮影も怠らない。

 おそらく、場所はそれで合っているだろう。どのくらいの標高かは分からないが、少なくとも岩肌一枚挟んで外の地点までは来たわけだ。


 静かに扉を開けると、その先は十字に切った格子状の廊下が並ぶ通路だった。

 天井には数か所に穴が開いており、油絵の具の空から届く鈍い光が差し込んでくる。明かりに不安が無いのはありがたいが、照らされた景色は気を引き締めるのに十分だ。


 本当に、いかにもといった場所に来た。いや、来てしまったと言うべきだろうか。

 部下達は満身創痍(まんしんそうい)と言って良い。これまでの戦闘、暗闇での移動。多少の休息はしたが、負傷はどうにもならない。

 魔王――未知の存在。それがここに居るかもしれないと言った期待と不安。

 だが同時に一つの事を思う。もしここに魔王がいるのであれば、その姿はもしや……と。


 いつの間にか、メリオが袖を掴んでいる。

 不安に満ちた緋色の瞳、硬く結ばれた唇。彼女も……いや、兵士達も全員分かっている。だが、ここで止まる選択肢などもう無いのだ。


「僕たちだけで魔王を倒す。これは人類の使命とか、未来への希望とかじゃない。この時、この場所に僕等がいた。その証を残すためだ。さぁ、行こう」


 ……それは微妙に嘘を含んだ言葉。リッツェルネールに証を残すといった考えはない。自分の名など、この世に残す必要はない。彼の異名、軍略の天才――それは大量殺戮者たいりょうさつりくしゃの証。そんな名前など、この世から消え去ってくれれば良い。そう考えていたのだ。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

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