039 【 サキュバスの酒場 】
ここの大地は大理石だろうか? だがそんな疑問より、見渡す限りの穴、穴、穴。更に遠くには巨大な穴。
大地は蟻塚の様に隆起しており、そこには無数の穴が開いている。
「これはまた、ある意味絶景だな」
氷結の竜達と別れてホテルを中心に円を描くように西へ進んだ先。
ここもホテルのあった地域に面した土地だ。他には先ほどまでいた氷の地、何度も通っている針葉樹の森、それに塩が沢山ある場所と滝が沢山ある場所に通じているそうだ。
進行ルート的には次は塩の場所となるが、一度滝の世界にも行ってみたいものだ。
――と余裕ぶっているが、正直サキュバスが気になってしょうがない。
何と言っても淫魔である。男性を誘惑し、その精を吸い取る。別名吸精鬼。
殺されないのなら、是非お世話になりたい諸兄も多いだろう。
俺はこれから、その総本山に行くのだ!
目的地への入り口はさほど遠くはなかったが、問題はそのサイズ。
「スースィリアはここには入れないな」
そこは俺が入るには十分な大きさであったが、流石に80メートルという巨体では頭すら入らない。
「大丈夫かな。スースィリアは周囲を徘徊しながら待っているよ」
……そうか、ちょっと心苦しいが外で遊んでいてもらおう。
「少し行ってくるよ。ちゃんと魔力の勉強をしてくるから心配しないで待っていてくれ」
スースィリアを撫でながらそう言って中に入る。
そこは炎と石獣の領域にあった坑道のようだが、足元は水平で歩きやすい。中の素材も外と同じような大理石だ。
そんな事を考えていると、奥から音楽のような音が聞こえてくる。
急に胸の奥がざわつく。そうだ、俺はこの世界に来てから一度も音楽を聴いていない。
現代社会に生きたものとしては、ものすごく不自然な生活だったわけだ。
そうして様々な期待を胸に奥に行ったわけだが……うーん何だろう、近づくにつれてはっきり聞こえてくるこの安手のキャバレーっぽい音楽。
物凄く薄い酒が物凄く高い金額で出て来そうな、そんな雰囲気だ。まさかこの世界に来て最初に聞く音楽がこれとは思わなかったよ。
坑道の奥には扉が設置されており、看板の様なものは付いていない。しかし周囲はきちんと四角く削ってあり、いかにも人工的な造り。
「この奥か……」
心臓の高まりを抑えきれない。この先には俺の知らない楽園が広がっている。本来ならエヴィアのような小さな子を連れてくる場所ではないが、実年齢は俺より年上なのでオッケーだ。そもそもエヴィアが連れてきたんだしな。では――
「お邪魔します!」
勇気をもって扉を開ける。
中はかなり大きめの部屋。四角い大きなテーブルに長いソファーが二対。そのセットが8個とバーカウンターが一つ。
その中には、11人のサキュバスが居た。
いかにも自分はサキュバスですよと言わんばかりの、コウモリ柄のチューブトップブラに、今にもはち切れて飛びそうなほどに細いビキニパンツが肉に食い込んでいる。
肌の色は白から褐色、黒、赤まで揃っている。黒い肌のサキュバスの白目は赤く、なんだか如何にも魔族的な雰囲気だ。それに赤い肌の人間を見たことが無いが、おそらくこの世界には居るのだろう。
そう、彼女たちはサキュバス、吸精鬼だ。男を惑わしその精を奪う。当然、惑わすにふさわしい外見をしているわけだ。
こちらに気づき、一人がのっしのっしと歩いてくる。
太い腕、太い脚、そして大きな乳房とお腹とお尻。身長はおよそ2メートル。
そうだよ! ああ分かってたさ! この世界、太ければ太いほど美人だったんだよな!
期待していた俺を殴り殺してしまいそうなくらい悔しい!
「あらやだ、魔王様?」
「えー嘘ぉ! それならもっとちゃんとお化粧したのに!」
声だけやたら可愛いのが更に悔しい。
他のサキュバスものっしのっしと近づいてくる。いややめて、象の群れに迫られたような恐怖感だよ。いやそれよりもライオンの群れに放り込まれた羊か。
「すみません、店を間違えました!」
エヴィアを引っ張って猛ダッシュするが、ごつい指に肩をガシッと掴まれる。ああ、だめだ……食われる!
ホテルでもこれと同じような事が無かったか!? エヴィアの言葉を借りるわけじゃないが、人間同じ失敗を繰り返してはいけないと誰かが言ってたぞ!
「魔王は魔力の支払いに来たかな。その代わり、きちんと話を聞いて欲しいよ」
だが命令ではなく話と言ってくれたエヴィアの気遣い、無駄には出来ないか……。
「まあぁ嬉しいぃ~。それじゃあ、今夜はたっぷりと可愛がってあげるぅ♪ 一滴残らず絞りつくしてあげるわぁ」
周りを囲み、こちらを見下ろしてくる女相撲取りの集団。
「やっぱ帰る! 助けてエヴィア! お願い! こんなところで捨てたくない!」
「仕方ないかな、それじゃあ支払いは魔王魔力拡散機を使うよ」
「魔王魔力拡散機? あの柱だよな? そん名前が付いてたのか」
創ったのは……やはり魔人なんだろうな。だが考えてみれば本来は何のために作られたんだろう?
「作ったのは魔王かな。大昔の……今はどんな魔王だったかは覚えていないよ」
「大昔の魔王? どういう事だ、魔王は一人じゃなかったのか?」
ずっと最初に檻で会った人物が魔王だと思っていた。いやそれは間違いないのだろうが、その彼がずっと魔王をやっていたものだと思い込んでいた。
だがそうだ、俺も死ぬ。しかも本当にあっさりとだ。
だが逆に死なない事も出来る。先代、いや歴代の魔王たちはどうして死んだのだ? そして、俺が死んだら次の魔王はどうなるのだろう。
「今の魔王が死んだら、もうこの世界に魔王は存在しないかな」
それはいつも陽気な空気を含んでいる言葉ではなく、重く苦しい言葉。
聞こうかとも思う。だがやめておこう……今は。
今日は旅路で疲れているから――そう言われて部屋へ案内されると、そこは中央に丸いベッドとガラスで仕切られたバスルーム。
原理は解らないが、部屋はピンクの照明で照らされ怪しい雰囲気が滲み出ている。
だが気にしたら負けだろう……。
「風呂があるのか! 助かるよ」
どちらかと言えば、やはり風呂だ。
極寒の中、ずっとスースィリアの頭の上にいたので汗はかいていない。だがそれでも入浴は疲れを癒してくれる。
「お背中流しましょうかー?」
さっきまで消えていた死霊のルリアがやってくる。お前触れないだろうが。
最近分かってきた、油断しなければ過剰に吸われることは無いという事を。色香に負けなければ大丈夫だ。
「大体、今までどこにいたんだ? こっちは横綱に囲まれて大変だったんだぞ」
……まあルリアが居ても何にもならないが。
「んー、なんかサキュバスとは相性が悪いのですよね。まあ死霊の性と申しましょうか。互いの魔力の関係ですわ。アッチは剥き出しと言いますか、わたくし達のふわふわ系とはあまり合いませんの」
さっぱり判らんが、一緒には行動しないって事だけ分かればいいか。
しかし油断しなければ良いとはいえ、ルリアは魔力が欲しくなると挑発的だ。
宙をひらひら舞いながら胸元や太腿をチラチラ見せてくる。しかも俺は、一糸纏わぬ全裸状態!
うーん、だが惜しいな。確かに魅力的だが、触れない事が分かっているだけにあまり反応しない。もしスカートのたくし上げとかしてくれたら危なかったが……
「なるほどー、魔王様はこういったのがお好きですのね」
そう言うと、ルリアはゆっくり、じっくりと膝下メイド服のスカートをたくし上げる。
「な、なに!? なんで?」
――さすがに今ちょっと魔力を持っていかれた!
「ふふふ、お分かりになりませんの? わたくし達は魔王様の魔力で生きる者。頂いておりますのは魔王様の一部でもありますのよ」
「俺の影響を受けるって事か!?」
だとしたら不死者達が肉々言っていたのも、実は俺の精神状態が影響を与えていたのか!?
「さあどうです? どうですか? 出そうでしょう? 我慢しなくってもいいのですよ」
だんだんとルリアのスカートが上に上がり、微かに白いものが見えそうで見えない!
「さあ魔王様、ドーンと出しちゃってください! 遠慮なさらずドーンとですよ!」
……やばい、本当に出てしまいそうだ、魔力が。
だがすんでの所で、真っ裸のエヴィアのチョップがルリアの脳天に突き刺さる。見事なまでに垂直の一撃だ。
ルリアは口からポワンと何か白いものを出して消えてしまったが、あれ大丈夫なのか? 殺してないよな?
「魔王はもうちょっと精神を鍛えた方が良いかな。ルリアは大丈夫だよ。死霊は触られるのに慣れていないから、驚いただけだよ」
そう言いながらざぶんと風呂に一緒に入ってくる。浴室に入ってきたときに既に脱いでいたから最初からそのつもりだったのか? いつもの無表情からは、今一つわからない。
「さあ魔王、ドーンと出しちゃってくださいかな」
いきなりの不意打ちセリフで一瞬思考が止まる。どことなくルリアの口調を真似てはいるが、表情が無いので台無しだ。
「そういう事は覚えなくていいの」
両手でほっぺたをムニムニする。なんかこう、心から落ち着いた気分になるのは何時以来だろう。この世界に来てから、ずっと気を張っていた気がするな……。
そうか、そうだな……俺は壊れかけていたのかもしれない。あの戦いの後から、ずっと人間を殺すための方法ばかりを考えていたのだ。そんな人間がまともなはずがない。
エヴィアも、そしておそらくルリアも、そんな俺に気を使ってくれたのだ。
何かお礼をしないといけないな……そうだ!
「エヴィア、俺の世界の話をしよう」
◇ ◇ ◇
「へえ、結構大切なものかと思ったけど、案外扱いはぞんざいだな」
俺の魔力を拡散させる柱、本来は魔王魔力拡散機と言うらしいが、それは倉庫の奥に無造作に転がっていた。しかも上には箱が大量に積まれ、なんとも不安定だ。丸い物の上に荷物置いちゃいけませんって習わなかったのか?
「それねー、もう魔王は千年以上も来てないのよ。だからそこらに放置してたのよね」
倉庫には野次馬サキュバス達がぎゅうぎゅうに詰まっている。
魔王――それ自体が彼女たちにとっては数少ない娯楽なのだろう。しかもこれから、千年以上ぶりに魔力が供給されるとなれば尚更だ。
「それだけ放置して動くものなのかね。ほらよっと」
上に積んであった荷物をポイポイとどかす。サキュバスワッペンとかサキュバスシールとか店の地図とかそんなのだ。だがこの店に客が来るかは疑わしい。
何とか掘り出して柱を立てると、やることはいつも通り。
だが少し違うのは――
(俺の影響を受けるんだったな……)
「それじゃ、いつもの様にするかな」
俺が柱に触れ、エヴィアが魔力の調整をする。
『可愛い姿、俺好み、可愛い姿、俺好み、可愛い姿……』
俺の魔力が蟻の巣の様な世界を廻る……ぐるぐる流れる不思議な感覚。
そしてその影響が見る間に顕れていく。
丸々とした巨体だったサキュバスが、瞬く間に普通のサイズに縮んでいく。服も一緒に縮んでいくのは残念だが、その美しさ、可愛さの前では些細な事だ。
それにしても、背は高かったり低かったり、胸も大きかったり小さかったりとバラバラだ。
俺の影響……と言う割には多彩すぎやしないか?
「魔王は節操なしかな……」
ああ、エヴィアはものすごく呆れた口調だ。
だが仕方ないんだよ、女を知らない俺には、本当の好みなんて定まっちゃいないんだ!
だがこれで全ての問題はなくなった。もう拒否すべき理由は何もないのだ!
お姉さま方、よろしくお願いします!
「あ、もう魔力は供給したから絞られる必要はないかな。無駄遣いはいけないって誰かが言ってたよ」
「そ、そんなぁー! お願いエヴィア! 捨てさせてー!」
「ダメかな。それに元々は魔力の調節方法を学びに来たんだよ」
あー、そう言えばそうだ。スースィリアとも約束していたんだっけ。
だけど、ここでどうやって勉強すればいいんだ?
「魔王には、サキュバスの子供たちに離乳食を与える仕事をしてもらうかな」
……なんだ、その色々な意味で超危険なパワーワードは。
この作品をお読みいただきありがとうございます。
もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。
面白いかなと思っていただけましたら評価も是非お願いいたします。






