038 【 幕間 (2) 】
「お待たせいたしました」
翌日、世界連盟中央都市の一角にある、中央軍事管理室にリッツェルネールは入った。
中には既に多くの国の軍属が集まっていたが、国王をはじめとした将軍や参謀などの重鎮ばかりだ。そんな中、唯一無官の彼が入るのは場違いにも思われた。
現在、コンセシール駐屯軍を率いるのはイグシール・ファートウォレル。商国では珍しい完全な武官タイプで実践指揮に問題は無い。その彼に任せなかったと言う事は、商談をしろと言う事か……。
「これはお久しぶりです、リッツェルネール殿」
「お久しぶりです、コレンティア伯」
部屋に入った早々に挨拶をかけてきたのは、ユーディザード王国のチェムーゼ・コレンティア伯爵であった。
相変わらず、と言ってもそう日も経っていないので仕方が無いが、線の細い、どこかおどおどした男だ。
だが北方に名高き軍事国家であるユーディザード王国の伯爵に、愚鈍な男がつけるわけがないだろう。
「新型の方はどうですか? 売る方としては情けない話ですが、僕には扱えないので実際の運用は聞いてみないと判らないのです」
「コンセシールの新型は素晴らしいと評判ですよ! 今テスト運用中ですが、あれなら魔神を相手にしても戦えるでしょう」
コレンティア伯は自分の事の様に目を細め、嬉しそうに話してくる。
しかし魔神か……。
魔王との戦闘で確認されたという三体の異形。
一体は巨大な蟹の姿、もう一体は巨大なムカデの姿、そしてもう一体は巨大な目を持つ奇妙な姿の何かだったという。
それらは、それぞれ”蟹”、”ムカデ”、”白”と呼称されることになった。
悪魔である、また大きいだけの魔族であると様々な意見が出たが、結局古の記録にある魔神という呼称で呼ばれる事となる。
しかし神とは、また大仰な名前を付けたものだ。人間より強いものを神と呼んでいたら、この世は神だらけになってしまうではないか。
それに古い資料を確認した限りでは、魔神という名はとても曖昧な使われ方だった。
だがもし報告にあった雷撃をその異形が起こしたのであれば、あるいは神と呼ばれるものなのかもしれない……。
「やあ、リッツェルネール君。今いいかね?」
とても温厚に話しかけてきたその男を見て、リッツェルネールの背中が一瞬凍る。
岩に丸太を付けたような不格好な体を、高価だがあまりにも似合わないスーツに包んでいる。
両目ともに水晶の義眼で左腕は無い。
“無眼の隻腕”ククルスト・ゼビア王であった。
「え、ええ。勿論です、ククルスト・ゼビア陛下」
戦場で幾多の人間を見、数多くの魔族と戦ってきた彼でも一瞬身がすくむ。
外見にではない、その身に纏う死の空気にだ。
「君の国のね、確かニーバブル22式だったかな、簡易飛甲板の」
「はい、確かに当商国が開発した簡易飛甲板です」
簡易飛甲板はその名の通り飛甲板を簡略化したものだ。従来の操縦士と動力士二人の体制から動力士二人だけにした。当然細かい操作は出来ず、方向転換には難儀する。そして起伏にも弱い。
人類社会では危なっかしくて使えない代物だが、操縦士という専門技術者が不要、安価、それでいて運搬力はさほど変わらないという事で、魔族領では重宝されていた。
「ああ、良かったよ。それでね、それをそうだねぇ、欲しいのだがね。どのくらいで準備できそうだい?」
シャハゼン大臣の執務室での大暴れは、既に万人の知るところだ。しかし、今の彼からは暴力的な様子は一切見られない。温厚な物言い……だがその義眼からは、心情を読み取る事が出来ない。
「30日後に200騎、以後は12日ごとに100騎をお納めすることが出来ます、陛下。お急ぎでしたら別室にてお話を伺いますが」
「なるほどなるほど、ふむ、君は良いね、うん。ではそれで頼もう。代金はゼビア金貨で良いかな? それともティランド金貨が良いかな?」
「お気遣いありがとうございます。ご用意のしやすい方で結構です。我が国は、ゼビア王国でも商いを許可されておりますので」
コンセシール商国は古代の商人のような座売りではない。相手に応じて値を変えるのではなく、モノの値段はきちんと設定されている。それにゼビア王国相手にはした金の交渉をするつもりもない。だからリッツェルネールは掛け値なしに今できる最速を提示したのだが……。
「それとね、それとは別に……そうだねぇ、あと600騎用意してもらえるかな?」
正直その言葉には面食らった。
現在の生産ラインは手一杯で、これ以上の増産は出来ない。戦いで消費される量に対して技術者が圧倒的に足りないのだ。もし用意するのならそれなりの資金が必要であり、またそれだけの数が必要という事は……。
「それでは別室にてお話を伺いましょう」
◇ ◇ ◇
中央軍事管理室には幾つもの個室がある。
全体の会合を開くためには、それぞれの国家同士で予定をすり合わせる必要があるからだ。
そして、その場は時として商談にも使われる。
「やはりゼビア王国は全面撤収ですか……」
「うん、そうだね。もう我らの民は十分に戦ったよ。もう一刻も早く故郷に返してやりたいんだ」
その外見に似合わぬ殊勝な言葉。表情は読めない。しかし、リッツェルネールには彼の考えていることは判る。
「それではこちらも必要になるかと……」
リッツェルネールの提示した資料を見ると、ククルスト・ゼビアは破顔する。
「ククククク……いいね、やはり君は良く分かっているよ」
◇ ◇ ◇
中央軍事管理室に戻ったリッツェルネールを二人の男が待っていた。偶然出くわしたのではなく、本当に待っているといった風に立っていた二人の男。
ティランド連合王国グレスノーム・サウルス将軍とパイセン王国リーシェイム・パイセン将軍だ。
(これはまた複雑な二人だな……)
「お待ちしておりました、リッツェルネール殿。是非一度、会ってお礼を申し上げたく思いまして」
そう言ったグレスノーム・サウルス将軍は、少し高めの187センチの身長に濃い栗色の髪、そして黒の瞳。薄い褐色の肌はリッツェルネールに近い。現在の国王であるカルターの直系の子孫に当たるが、病弱のため他家の血族に養子に出された男。
だがその後は精密で素早い軍団運用を得意とし、数多くの戦場で実績を積み将軍になった。
叩き上げのプロフェッショナルだ。
「貴殿の国の簡易飛甲板、実に助かりました。あれが無ければ我々はどうなっていたか判りません。本当に感謝いたします」
「いえ、仕事ですから。個人的に礼を言われる事ではありません」
簡易飛甲板ニーバブル22式は、およそ63人の完全装備の兵員を時速60キロメートルの速度で運搬できる。
コンセシール商国は、ティランド連合王国の命によりこれを3000騎納入。
更に元々保持していた連合王国の飛甲板1600騎を加えた運搬能力はおよそ31万人分にも及ぶ。
この展開能力のおかげで短期間に多くの兵を集めることが出来、また撤退も容易だった。
逆にそれが無かったら、ティランド連合王国軍はあの地で壊滅していたかもしれない。
「それでなのですが、我が国にもニーバブル22式を売って頂きたいのです。勿論、それなりの金額は用意させて頂きます」
そう言って話しかけてきたもう一人の男、こちらの事情はもっと複雑だ。
地球で、例えば日本であれば、その国を治めるのは日本だれそれさんではない。他の国も同様だ。求心力は国家にあり、個人ではないからだ。
逆に、この世界では求心力は血族にある。だからティランド連合王国はティランド血族が、ゼビア王国はゼビア血族が納める地となる。もし滅べば、その血族は奴隷になるか希望塚送り――つまり名誉を守るために殉死となる厳しい世界だ。
では確実のその国の血族が王になるのか? ところがそうではない。血族外の人物が特別な功績をあげ、国民の支持が集まり過ぎた場合は、その人間が一代限りの代理王となる事もある。
特に魔族領で大量戦死者の出ている現在ではさほど珍しくはない。
彼――リーシェイム・スパイセンの祖国スパイセンもその一つで、現在国家を収めているのは”有能ではないが無能でもない”シコネフス・ライン・エーバルガット。
特に大きな業績を上げているわけではないが、国民の支持が高い男が代理国王となっている。
一方、この背の高くシャープな顔つき、そして金色の髪に金色の瞳を持つリーシェイム・スパイセンの業績も決して劣らない。天才的な軍事センスと外交力で国内外にも名を轟かせていおり、彼を王にという声も高い。
(さて、この男に投資すべきかどうか……)
リッツェルネールとしては値踏みの難しい男だ。彼が王になるなら少し無理をしてでも貸を作っておきたいが、あの腰の低い男、 シコネフス王の下に甘んじているようであれば貸を作る価値はない。
「大変申し訳ありませんが、現在生産ラインが埋まっております。どうでしょう、緊急用であれば1つ型落ちになりますが、ニーバブル19式であれば幾許かはご用意できますが」
「そうですか……そうですね、では詳細を詰めましょう」
こうしてリッツェルネールは再び個室へと消えていった。
その後も中央軍事管理室に戻るたびに、誰かに話しかけられ個室へと移動する。
随分と物入りになったものだ……リッツェルネールは今日売った物、求めた者の面々を思い返す。何処の国も急速に軍事物資を求め始めている。特に北方諸国が顕著だ。だが、それが魔属領に用いられると限らない……。
そんな折、中央軍事管理室の人間の中に見知った男を見つけ声をかけた。
漆黒の肌、漆黒の髪。白目が赤いが、これは彼の国では当たり前のことだ。152センチの背を猫背にして座り、その見た目を更に小さくしている。いかにも偏屈といった風体で、誰も彼に近づこうとはしていない。
「やあ、ドクターヘッケリオ、君も来ていたのかい」
彼にドクターの敬称を付ける人間はこの世に二人しかいない。
この世全ての人間をもれなく嫌い、人の顔も名前も覚えない彼であったが、その理由でこの色素の薄い栗色の髪と緋色の瞳を持つ青年を覚えていた。
「ああ、確かリッツェルネールだったか、商国の」
「君がはるばるこんな所まで来るとは思わなかったよ。元気そうで何よりだ」
周囲の人間がヒソヒソと囁いている。彼に話しかけるという事は、それだけ注目されると言う事か。
“地面に穴をあける一族”“魔族の次に嫌われる者”の二つの異名を持つ男、南の軍事大国ムーオス自由帝国、特殊兵器開発局局長ヘッケリオ・オバロス。
かの国では蛇蝎の如く嫌われている彼であったが、リッツェルネールとは昔から親交があった。
「それで、何か決まったかい? 僕は色々と商談があって席を外していたので、あまり聞いていなかったんだ」
馴れ馴れしい――ヘッケリオはそう感じていた。
だが無下にする理由もない。むしろそれで相手が喧嘩腰になったら、それこそ面倒ではないか。
「現状維持ですよ、攻めもしなければ退きもしない。魔王が攻めてきたら叩くらしいですがね。何も出来ていない連中や、むざむざ負けてきた連中に、それが出来るんですかね」
――相変わらずの毒舌だ。
他人の心を推し量ったことが無い。自分の価値観のみで生きている人間。
だが、その言葉を吐けるだけの自負があるのだろう。でなければ、こんな場には呼ばれないし出ては来ない。
「それは手厳しい。なら君ならどう動くんだい?」
リッツェルネールとしては、その自信の元を是非聞いてみたい。
何と言っても、ムーオス自由帝国は2つの領域に阻まれて止まっている。
それどころか、白き苔の領域では2つの浮遊城を失うという大惨敗をしているのだ。到底どうにか出来るとは思えないし、出来ないなら他者を見下す根拠が無い。
「私ならまっすぐ魔王の元へ行き、そのまま仕留めますよ。ウチはそのためだけに存在するのですからね」
◇ ◇ ◇
「お久しぶりです、リッツェルネール”元”侵攻軍最高意思決定評議委員長殿」
外に出たリッツェルネールを待っていたのは意外な人物であった。
キリっとした無表情、いかにも軍人という隙の無い姿勢。
白銀のショートカットだが、前髪で碧色の右目を完全に隠し、左目も僅かに見えている程度のいびつな髪型だ。死霊のようだと言われる、丸い大きな目を隠すためだろうか。
背は低めで痩せ型だが、出るところは出て引っこむところは引っ込んでいる女性的な体形だ。
「君は……マリッカ・アンドルスフか」
アンドルスフ商家の”お嬢様”。炎と石獣の領域で行方不明と聞いていたが、今はコンセシール商国の制服に身を包んでいる。ただ最近の暑さを反映してか、下は小さく商国の紋章が入ったスカートになっていた。
2本の短刀を腰に下げているが、回収したとは思えない。おそらく新調したのだろう。
「行方不明者リストに入っていたから心配していたよ。それにあの日のミックマインセや コンシュールの動向も不明なままだ。立ち話もなんだから、歩きながら話そう」
「了解いたしました」――そう言ってマリッカ・アンドルスフは敬礼し横に並ぶ。
「それで、ミックマインセはなぜ我々を待たなかった? それが引っ掛かっていてね」
「それは私のような一兵卒にはわかりかねます。状況としては我々が分岐点を発見した時点で、そこは石獣が先行部隊を捕食中でした」
……なるほど。ともかく隊を分けた事だけを報告し、後は対処後にしたわけか。結果、対処できずに報告も無しと。
「坑道への入り口で我々を待たなかった理由は?」
「坑道の中にはゼモントー王国軍113名が入っておりました。しかし外から石獣が侵入したため、我々はその軍に合流し追い立てられるように坑道に入りました。その際、入り口にこれと同じものを刺しておきました」
そう言って左手で腰の短刀に触れる。
(ゼモントー王国……炎と石獣の領域戦で僕たちより一つ前に入山した部隊か……)
「その後は?」
「初日以外で2日目、6日目に石獣に襲われました。それから14日間坑道を彷徨った後、私は腐肉喰らいの領域跡地に出ました。そこでティランド連合王国の輸送部隊に拾われ帰還いたしました。詳細報告と帰還手続きが終了し、以後別命あるまでここで待機しております」
僕たちと違って石獣に襲われたのか。それに他国の軍隊と行動していたのに最後は私。少し気になるな……。
「全部で20日間か……よく食料が持ったものだな」
「私は兵士達の性欲処理を担当した為、代わりに重傷者を減らしました。そのため順番は最後の方に回されていました」
「ああ、すまない。これでは尋問のようだったね……」
「いえ、報告は義務ですので。必要でしたら詳細も報告いたします」
まるで何の感傷も無い様な事務的な言葉だ。
成程……ゼモントー王国軍は足手まといの重傷者を減らす口実と共に、憂さ晴らしのおもちゃを手に入れた訳か。だが順番は最後の方、そして最後が私。それ以上は聞く必要はないな。
「君の無事はご実家には報告したのかい?」
「報告済みです。ですがアンドルスフ家の血族は600人以上います。一人の生死程度には頓着はありません」
……それはどうかな。”お嬢様”が出陣したのだ。それなりの意味があったのだろう。
しかしあくまでも事務的な報告をする彼女から、その辺りを聞き出すことは出来なかった。
この作品をお読みいただきありがとうございます。
もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。
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