表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第三章   儚く消えて  】
46/260

036   【 四大国 】

 そこは一階建ての小さなドーム建築。全体は黒に近い鈍色に塗装され、入り口は四方に4カ所あるだけだ。

 一見すればこの都市にある何の変哲もない建物だが、この周辺は一切の立ち入りが禁止されている。部外者が入り込めば、問答無用で斬り殺されても文句が言えない場所であった。


 中に入ると、そこには完全武装した20人程の兵士が詰めている。全員が無国籍。この都市の、この建物を警護するために集められた特殊武官達だ。


 カルターは無言で、王家の証明書――四角で囲まれた牛の彫刻が輝くルビーのメダルを掲げる。

 兵士達もまた無言。だが彼らは静かに礼をして道を開ける。

 その先には分厚い金属で作られた、銀行の金庫室を思わせる大きな扉があった。

 そしてカルターは結局、一言も発せぬままその扉の奥へと消えていった。


 扉の先は細い通路。そしてその先にまた扉。今度は迎賓館を思わせる、樫作りの豪勢なものだ。


(全くご苦労なこった。どうせ外に出れば、会合の内容について部下らと話しあう。ここまで厳重な場所を作らんでも、適当な迎賓館で良いではないか……)


 眼には見えないが、幾重にも張られた厳重なセキュリティが施された通路を進み、扉を開く。

 そこはもう、別世界であった。

 部屋自体は普通の小部屋。だが漂う空気が違う。

 これは強大な魔力による感覚。この世界では力の弱い者、愚かな者は生きられない。国家としては尚更だ。

 ティランド連合王国の前国王もそうであった。全身から漂う強大な魔力は自然と周囲の人間を畏怖させた。その力に誰もが従い、自分も憧れたものだ。

 そしてここに集まったのは、人類最大国家のトップ。皆、先王同様の怪物たち。

 しかし僅かの怯みも見せられない。ここは間違いなく戦場なのだ。新米の王だからと手を抜くなど有り得ない。少しでも弱みを見せれば、たちまち取って食われるだろう。


 そこには既に、今回集まるべき4人の人間が揃っていた。

 中央の四角いテーブルを囲むようにソファが配置され、3人の人物が座っている。壁の隅にはペンやインクが置かれた小さなテーブル備え付けられ、そこにも一人の男が座っていた。


「ようやく全員が揃いました。それでは会合を始めましょう。カルター殿、どうぞお座りください」


 そう(うなが)したのはカルターの正面にいる男。背は高く肩幅も広い。少し色の入った肌に面長で切れ目。額には3つの黒い点が縦に入り、異様な福耳と艶やかな黒髪を似合わないおさげにしている。

 世界四大国の一つ、東の大国ジェルケンブール王国の国王、クライカ・アーベル・リックバールト・ジェルケンブールだ。


 (うなが)されるまま、黒い革のソファにずしりと腰を落とす。

 カルターが座った右側に居るのは、南の大国――軍事大国とも呼ばれるムーオス自由帝国の皇帝、ザビエブ・ローアム・ササイ・ムーオス。

 左に座るのが北の大国、ハルタール帝国の女帝、オスピア・アイラ・バドキネフ・ハルタール。


「議題は言うまでもないでしょうな、魔王の一件。今世界の関心の全てがこれに注がれていると言っても過言ではありますまい。我が国では毎日この記事ばかりですよ。ハハハハハ」


 そう言ったのは ザビエブ皇帝だ。

 漆黒の肌に230センチの長身。背が高いのでシルエットは痩せ気味に見えるが、それでも普通の人間より肩幅がある。赤みを帯びた白目は南方国家の普通の人間だが、相和義輝(あいわよしき)が見たら、こちらの方が魔族っぽいと思うだろう。


「そちらに注目が集まるのは良き事。それまでは、我らに対する中傷と糾弾が主であったからの」


 こちらは北方全域を支配する オスピア女帝。

 僅か131センチと小さく、その背丈より長い淡い金髪と淡い緑の大きな瞳。立派な礼服を着ているが、あまりにも似合っていない。

 だがその小さな姿に反し僅かの子供らしさも見せず、凛とした佇まいには畏敬すら感じられる。


 世界中央にティランド連合王国、北全域にハルタール帝国、東をジェルケンブール王国、南方にムーオス自由帝国。この4つを指して世界四大国を呼ぶ。

 全てが中央の定めた1等国であり、世界にはこの4つしか1等国は存在しない。


 この他には7つの門を守護する7国家、壁沿いにある小国家、そして四大国同士の国境に点在する中立国があるが、彼らは実質人類の命運を決められるような立場にはない。


 世界を支配し動向を決めるのはこの四大国であり、他の国はそれぞれの意見を補正し動く手足にすぎないのだ。既に東、中央、南の3人の指導者は代が変わっているが、壁の建造を決めたのも、魔族領侵攻を決定したのもこの4か国である。



 侵攻以来、魔族領遠征は62年間順調だった。

 だが順調とは言え、成果があるから順調と言って間違いではないだろうと言う程度の状態である。


 北はハルタール帝国が担当し、アルシースの門、ケイ・ラグルの門から進行。

 だがケイ・ラグルの門側は東や中央との合流まで進めたが、アルシースの門側はいきなり広がる”黒き死の領域”にぶち当たり、こちらは1ミリたりとも進めていない。


 東のジェルケンブール王国は中央のティランド連合王国と共にノヴェスコーンの門、アイオネアの門から侵攻し順調であったが、東の端にあるジェルケンブール王国は度重なる大陸横断という大移動で国家の疲弊は隠し切れない。


 南はムーオス自由帝国が残る3門、ラキッドの門、ウィルヘムの門、ミスツークの門を担当し順調な侵攻を行ったが、”白き苔の領域”と西の海岸沿いにある”海竜と砂穴(さけつ)の領域”で完全に足止めを喰らっている。


 そして全ての分岐点(ターニングポイント)である魔王発見。

 魔王という餌に釣られ、短期間で一気に周辺地域から兵員が集められた。

 そのために各国から飛甲板が徴収されたが、同時にそれらの多くが失われてしまったのだ。

 おかげで魔族領では進退(きわ)まり補給も滞る事態に陥り、新たに飛甲板を生産しようにも物資不足と専門職の人員不足によりままならない。


 当然その不満は中央に集まり、今議場は大糾弾会の場と化しているのだ。

 話題逸らしとしては、今回のティランド連合王国の敗北とその理由はまあ良かったのではないか、 オスピア女帝は暗にそう言っている。


 椅子に腰かけたカルターは、正直めんどくせえと思っていた。

 ティランド連合王国は軍事国家であり、その社会のシステムは全て軍事にシフトしている。

 こういった場に対する教育を受けている彼であったが、頭の中自体は軍事に染まっているのだ。この様な面倒くさい席は苦手である。

 だから単刀直入に話を突き出した。


「現在魔族領にいるすべての国家、部隊を壁の内側へ撤収させる。それがティランド連合王国の総意だ」


 薄暗く静かな部屋に響くカルターの声。だがそれよりもその内容。

 その意外性は彼の迫力もあり、本当に中央テーブルに刃物を突き立てたかのような衝撃を与えた。


「それはまた……いや悪いとは思いませんよ。ええ、良い案ではあります」


 東のクライカ王は動揺を隠しきれない。国家の体面を考えれば、敗北したティランド連合王国が主戦論を唱え、その考えに最も遠いと考える国が反論を述べ、残り2か国が意見を調整する。それが外交儀礼だ。

 そのティランド連合王国がいきなり撤退論を出してくるとは思わなかったのである。


「賛成いたします。当方にも撤退の用意があります」


 ――えええー!? 

 今度は北のオスピア女帝までもが撤退論を出してきた。この国は四大国としては最も成果が小さい。ここで魔族領侵攻が終わったら、最も面目を失う国だろう。


 クライカ王としても、一時撤退を進言するつもりであった。東には壁に囲まれていない領域が多数残っている。今は大人しいが、もし魔族領の様に魔族が領域から飛び出して来たら国内は大混乱だ。今は遠い魔族領などに構っている場合ではない。


 しかし魔王が現れたから撤退しますなどという話は世間が許さない。自分たちが煽って来たからだ、魔族を殺せと教育してきたからだ。

 教育と言っても学校で学ぶ勉強などではない。身近に流れる常識のような、社会の風潮、空気と言った流れだ。魔族は滅ぼさねばいけない、魔族と戦って死ぬのは当たり前、そういった社会になるように新聞や広告、書籍や噂話を使って長い歳月をかけ作り上げた。

 その戦う社会が、今自分達が引き返すことを許そうとしない。


「しかしこのまま何もせずに撤退では世論が納得すまい。先ずは魔王ともう一戦やってからでも遅くはないのではないか?」


 ようやく南のザビエブ皇帝が助け舟を出す。

 実際ザビエブ皇帝としては撤退論を唱え、今後の戦闘の責任をどこかに押し付けたい処であった。しかしこのまま全面撤退をしたら責任は全ての国が負わなくてはいけなくなる。ならばもう一つ成果を出してから、と言う事だ。


「しかし貴国は2つの領域に阻まれどうする事も出来まい。大体、魔王は今どこにいるんだ? 俺は見た。空に魔王の印なんて物が無かったのをな」


 吐き捨てるようにカルターが意見を述べる。


「ならばこうしましょう……」


 ようやく出番が来たな、とクライカ王は話を進める。

 全体の折衷案として提示された内容は、当面は魔族領駐屯及び領域解除は行うが、これ以上の侵攻は控える。そして魔王が宣言通り現れたらそれを叩くという内容。

 今はともかく、そのための準備をしましょうと。



 こうして会合の結果を受けて4人が退出すると、そこには一人の男が残される。

 ずっと部屋の隅で書記を行っていた男。名をブーニックと言う。

 そして書き取った書類をこの部屋の地下、保管庫へと運ぶ。


 そこには歴代の会話が全て記録された束が並ぶ保管庫であり、彼の唯一の世界。

 忌憚なき意見――それを実現するために、それを記録するために、そして決して内容を世間に漏らさぬように、彼は生涯をこの狭い世界で過ごすのだった。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

面白いかなと思っていただけましたら評価も是非お願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ