035 【 新たなる戦いに向けて(2) 】
「え!? 今なんて言った?」
「だから、ウラーザムザザは北極にオキアミを食べに行ったかな。3か月で戻ってくるけど、2か月後には今度は南極にオキアミを食べに行っちゃうよ」
「じゃあ何? あの遠い目はただの食いしん坊さんの目だったの? と言うか海洋生物だったの? 芋虫たちは海水に浸かったらどうなっちゃうの?」
もう何と言うかびっくりだ。魔人はフリーダム過ぎる。
あれから俺は、不死者を引き連れホテルへと帰還した。魔王の居城はあまりにも居心地が悪かったからだ。
死霊のルリアからの報告で、体を乗り換えた不死者は重複込みで多分26万程となっていた。不死者が食べた量を考えれば、もっと殺したわけだ。それに炎の竜巻に石獣、全部合わせたら、いったい何十万人殺したのだろう……。
そして残った不死者の数は17万ほど。116万を引き連れ26万補充してこの結果だ。惨敗以外の何と言えば良いのか。
一応彷徨う白骨ボディならまだストックに余裕はあるし、死体を作ってくれば蠢く死体も屍肉喰らいも数は戻るってのが救いだ。
かなり厳しく結果は散々だったけど、なんとか目的は果たした。和平への道をようやく繋ぐことが出来た。あとは人類次第だろう……。
ふとテーブルに目をやると、無造作に積まれた書類の束、あの戦いの戦利品だ。
焼かれているものも多かったが、最初に襲った国の分は、ほぼ丸々無傷で手に入ったのは大きい。
そこには意外な情報が記されていた。
「軍隊が食糧不足とは驚いたよ」
決して十分とは言えなかった駐屯地メシ。だがあれですら、余裕がある時だったのだ。
その後、輸送の悪化によって食糧事情も急激に悪化。今回戦ったのは、補給も満足に受けていない腹ペコ部隊だったわけだ。
それであの結果だ、本当に凹む。
しかし意外な話ではある。飛甲板を使えば門まで二日の距離だ。まさかそんな所で輸送が滞るとは考え難い。逆に考えれば、まだまだ飛甲板を使わなければ危険なほど魔族が残っているという可能性だ。少し希望の光が湧いてくる。
「俺の知る限り、兵を飢えさせた軍隊に勝ち目は無いって言うがな」
そういう自分は屍肉喰らいの焼いてくれたふっくらパンと卵焼き、それに何かの肉のウインナーを食べている。うん、どんどん食糧事情が改善されて行くぞ。
他には魔族領に展開している各国の布陣。食料事情が悪化するほど輸送手段がないのなら、十万単位の軍は動けない。今もほぼ同じ位置に布陣しているだろう。
補給不足の今、輸送路を断てば人類軍は自滅……なんて簡単な話ではない。
1回の輸送で全軍分がドーンと運ばれてきて、その情報を知っていれば出来そうだ。
だが輸送とは詰まるところ物流だ。1回で全部運ぶなどありえない。高速道路を走るトラックの様に、細かく分けられ流れるように運ばれる。二日の距離なら尚更だ。
たとえ一つの輸送部隊を苦労して見つけたとしても、相手は通信手段持ち。すぐにそのラインは別のラインに切り替えられるから輸送は滞らない。それこそ全域を取り戻さない限り、補給線を切るなんてのは無理な話だ。
そんな小さな嫌がらせのために、相手の支配地域に仲間を送り込む真似は出来ない。それこそゲーム的に言えば、俺の知力は高く見積もっても10。一方相手は戦争のプロフェッショナル、知力100がゴロゴロだ。小手先の手段は万に一つも成功しない。
数少ない門を攻めれば一時的に補給は止まるが、それこそ囲まれて一巻の終わりだろう。
他の戦利品は大量の使えない武器防具。
オルコスの息子の形見の剣は砕け散ってしまったので、今は似たサイズの剣を代わりに挿している。だがやはり、この普段は柔らかく重いだけの剣では戦えない。
幸い魔道言葉の教本とやらは戦地から見つかった。しかし――
「ミーエルシンケー、エルムーシェ、トーレイフェンブル、レスケラーシャ……」
意味を持たない発音だけの言葉……おおよそ7万字。
これを暗記し、頭の中だけで詠唱する。それでようやく体内の魔力が外に出るそうだ。覚えるだけで死ねる……。
個々の才能により圧縮出来るらしいが、やはりまず頭の中に入れなければ話にならない。更に個人が持ってる魔力や体調にも影響されるという。
人間が使う道具のほぼ全てに必要で、生活するための必須技能。彼らは小さなころから歌のように覚えるらしい。だが俺には無理だ!
「エヴィア―、俺も魔法使いたいー。魔人は言葉を使わないのに使えてずるいぞー」
なんだか気が重くて、ぐてーっとなってしまう。
「魔人と人間とでは使い方が根本的に違うかな。魔王が魔法を使うなら、大体40万字くらい覚えないとだめだよ」
『冥界の炎よ、我が求めに応じ現世に降臨せよ、地獄の黒炎波』……とかの――え、覚えられない人がいるの? てなレベルの単純な詠唱ではないと言う事か。
「それに一長一短かな。人間ほど器用に魔法を使える魔人は少ないから、大抵は一回使ったらしばらくはダメだよ」
「全魔力一発放出かー。それはそれで使いどころを考えないとだめだなー」
だがあの威力、打ち所を間違えなければ数十万の軍を一発で消滅させるだろう。だがもうそれがある事は見せてしまったし、この世界の軍隊はそう簡単に潰走しない。
仮に百万の軍勢の30万人を倒しても、次は残る70万人と戦わないといけないのだ。
今後は前回のようにはいかないだろう。
他の戦利品は山の大きな二枚貝。通信貝と言う名の便利グッズ。ただし人類にとってはだ……。
「なあエヴィアー、これどうにか使えないかなー」
「無理かな。それの使い方はウラーザムザザなら知っているよ。待ち人来たらずって誰かが言ってたよ」
「あの食いしん坊魔人めー」
――あれ? とふと思う。
「なあ、記憶の共有でウラーザムザザの知識はもらってないのか?」
「やり取りはするけど、複雑なのは覚えないかな。エヴィアはエヴィアになりたくてエヴィアになったんだよ」
分かりにくい物言いだが、何となくわかる。魔人エヴィアがそうであるためには、不要な知識って事なんだろう。
他は幾つかあった無記入の身分証の板。中央とやらに連絡すればちゃんとした身分証に変わるらしいが、どう考えても俺が申請して通るとは思わない。
ふと青い鎧を身に纏い、緋色の目をした彼のことを思い出す。
リッツェルネールの身分証明書の裏に刻まれていた言葉……
”金は正義であり、金は忠義であり、金は真実であり、金は命である”
”正義は金であり、忠義は金であり、真実は金であり、命は金である”
”だが金は幻であり、幻が生んだ物もまた幻である”
”心せよコンセシールの商人達よ、真贋を見極めよ”
ここまではメリオと呼ばれていた少女の身分証にも刻まれていた。ああいった独特な身分証は、その国でないと発行してもらえないのだろう。
彼の身分証明書の裏には続きがあった。文字の下に掘られた羊のレリーフ。毛並みまで美しく再現されたそれはそれもまた、文字になっていた。
”我らが眠るこの地は我らの物、ここに永劫の誓いを立てん”
……読んではいけない空気だったが、どういう意味だったのだろうか。
「そういやルリアは何で人間のこと知ってたんだ? 飛甲騎兵の事とか」
「そりゃあ、しょっちゅう行ってますから。わたくし達不死者は結構人間の近くの方が生活しやすいのですもの。戦場には死体とか生気とかいっぱいありますしねー」
屍肉喰らいにお茶を入れさせていた死霊のルリアがふわりと舞って来る。
……ああ、それでサイアナさんとかの対不死者特効部隊が戦場をうろついているわけか。
「これもやっぱりそれ対策か?」
オルコスと飛甲板に乗った時から、ずっと持ちっぱなしの謎の小瓶。檻での様子を考えるに、おそらく魔族対策品だ。今考えれば、これから魔王になろうって時になんで持ってきたのやら。
「聖水ですねー。まあ無害ですから飲んじゃったらどうです?」
……気休め程度の品だったか。だが効果があると信じられているなら、ずっと先、遠い未来には利用できそうだ。
どちらにせよ、やはり人類の情報を得ないと仕方がない。
だが情報が来た時に対処できるようにしておかなければ話にならない。
「エヴィア、例の話を進めてくれ。俺も動くよ」
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