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032   【 魔法魔術は魔族の範疇 】

 ああ、この生命は感じた事がある。確か以前にも会っている……。


 そう言えば、こうやって強い命を感じられるようになったのは何時(いつ)からだっただろう?

 そうだ、初めてエヴィアに会った時だ。姿と命が織りなす文字を読んだ。それを感じた時からうっすらと命を感じられるようになったんだっけ。

 これは魔王の特性みたいなものなのだろうか……。


 眼前にそびえるは赤紫の壁。それは空が夕日にかかる頃、ゆっくりと前進を開始した。


 先鋒部隊は、400人隊横38列、奥行き8列。こちらを先端に左右を奥へと湾曲させた半円形陣。その兵力は12万1600人。

 中央には横26列、奥行き15列の四角い陣形。兵力15万6千人の本隊。

 更に後方には横32列、奥行き5列。兵力6万4千人が控える。

 総勢約34万人の大軍勢。更に後方には続々と新規部隊が到着しつつある。


 全身之カブトムシといった重甲鎧に身を包んだミュッテロン・グレオス将軍の重盾部隊を先陣とした、ゆっくりとだが一分の隙もない進軍。

 その行進は大地を揺らし、兵士達の雄叫びは空気を痛いほどに震わせる。


 その軍団の向こうに、かつて出会った命を感じる。まだ遠いが、それは確実に迫ってきている。

 小さな小さな、掌に収まる石。だがそれは見た目通りの小石ではなく、巨大な山を極限まで圧縮した塊……。


「来たか、カルター王。ここに居てくれて助かったよ……」


 ここを選んだのはルートの関係もあったが、やはりティランド連合王国軍の駐屯地と言う事も大きかった。かの国は大国らしい。たとえカルターがいなくても目的は達成できただろうが、やはり王が居るのと居ないのとでは大違いだ。



 だが、眼前ではそろそろ人間と判別できるほどに兵士たちが迫ってきている。

 こちらを先端にした曲線陣形はいつの間にか左右が先行し、今では完全に反包囲した状態だ。

 周囲の地面には大量に突き刺さる矢。そして俺の足元には切断された矢が無数に落ちている。この状況ではエヴィアを行かせる事も出来ない。


 不死者(アンデット)の軍団もまた、もはや成す術が無い。ただ一方的に切り伏せられ踏みつぶされるだけだ。奮戦はしてくれているが、おそらくもう一割も残っていないだろう。


 怖さはある。むしろ逃げ出してしまいたいくらいだ。

 だがなぜだろう……ここまで追い詰められたせいか、胆が据わっている。自分でも驚くほどに。

 人間追い詰められた時に本性が出ると言うが、これが俺の本性なのだろうか。


( 上空から垂直に突撃して来た飛甲騎兵の槍が、俺をぐちゃぐちゃに潰す! )


 それは今日何度見たかも分からない死の予感。この能力がなければ、一体何回死んでいただろう。


「エヴィア」


 だが叫ばなかった。小さく呟いただけ。今俺の心は、これからする決意のために全て注がれていた。

 殺す覚悟はしていた。自分の身を護るためだ、仕方がない。そう割りっていた。不死者(アンデット)も正確には死ぬわけではない、だから思うように戦えた。だがこれから出す命令は違う。死者が出る。自分の命令で、それを聞いてくれた仲間が死ぬのだ。


 上空から降ってきた飛空騎兵は、すぐさまエヴィアの触手に巻きつかれ全方位から切断される。バラバラになった騎体や搭乗員の破片が騒音を立てて俺の周りに散らばるが、それはもう目には入っていない。


「エヴィア、石獣に指示を。敵前衛を……倒してくれと」


 エヴィアは僅かの沈黙の後、頷いた。

 赤紫の虹彩は内側から輝きを放ち、身に纏う空気は人の真似をしていたそれではなく、魔人本来の風格を漂わせ始める。外見は変わらない。だがもはや、それは誰が見ても人では無い何か。信仰深い人間であれば、それを悪魔と呼んだであろう。


 後ろにいるエヴィアの姿は見えない。だが相和義輝(あいわよしき)も雰囲気の違いを感じ取っている。

 だが恐れはない、今更の事なのだ。外見や身に纏う空気、そんな物では測れない魔人の本質。それをもう、知っているのだから。


 そして魔人エヴィアは、犬笛の様に人には聞こえない……だが大きな声で炎と石獣の領域に指示を出した。


≪ 魔王との約定に従い魔人が汝らに命ず。眼前に迫る人間を駆逐せよ! ≫





 ◇     ◇     ◇





「今度は何だ! クソが! いったいどうなってやがる!」


 いったい何度驚かせれば気が済むんだ! そう思ったカルタ―の前に、土煙の壁が見える。目的の丘、その更に後方から地響きと共に転がり、走り、飛びながら現れた物。それが横に広がった前衛部隊の中に飛び込むと、それまでの人類軍の雄叫びは一気に恐怖の叫びへと変わる。


「前衛の状況を報告しろ! 今度は何が起きた!」


 カルタ―の位置からでは味方が邪魔で見えない。

 しかし、報告が来るよりも先にカルタ―は理解した。自分の知らぬことが起きているのだと。

 空に昇った何本もの火柱。以前炎と石獣の領域で散々に見た光景。無数の命を奪った怪物達が、その領域を越えてきたのだ。



「だ、ダメです! 止められません!」


「助けっ! 助けてくれ!」


 ミュッテロン将軍の周囲に絶叫が響く。だが助けには行けない、指示も出せない!

 身長160センチの体を包む体高2.7メートルの重甲鎧。手には全長7メートルの大槍。不死者(アンデット)相手であれば歩いているだけで事足りる。


 だが今、彼の眼前でこちらを見下ろしているのは体高4メートルの亀の石獣。その四肢は足であると共に口。人間を鎧ごと軽々と踏みつぶし、そのまま喰らい、顔の口から灼熱の炎を周囲に吹き付ける。


 右では鹿型の石獣が、左では蛇の石獣が、それぞれ部下達を喰らい炎を吐く。

 彼も石獣とは戦った事はある。だがそれは狭い溝で1体を複数で囲んでの話だ。だが今は違う。この広い場所に大挙して現れたのだ。対処の方法など判らない。


 そしてそれは、ミュッテロン将軍の部隊だけではない。前衛部隊は中央、右翼、左翼共に石獣の襲撃を受けていた。

 彼らの戦闘力は不死者(アンデット)の比ではない。その殲滅速度は人類が体勢を立て直す暇を与えない。

 ティランド連合王国の軍容は瞬く間に千切れ、崩壊し、そこに不死者(アンデッド)の生き残りが雪崩れ込む。



「全軍突撃! 正面の丘を制圧せよ!」


 何が起きているかなど関係ない。もはや、やるべき事はただ一つ。

 カルターは全軍に突撃の指示を出す。目指すはアイワヨシキがいるあの丘。奴が今回の元凶か、それに近い位置にいるのは間違いない。

 ひっ捕まえて全ての情報を吐かせる! たとえ無理でも、最悪首だけは跳ね飛ばしてやると!


 本隊突撃の雄姿に、崩れかけていたティランド連合王国軍は持ち直す。だが本隊と後衛が持ち直しただけで、前衛部隊は海に流したインクの様に消えつつある。

 しかし本隊が届けば! そう思い連合王国兵士達は自らを鼓舞し丘を目指す。





 ◇     ◇     ◇





「頃合いだな。スースィリア! 頼む!」


 相和義輝(あいわよしき)の叫びに魔人スースィリアが応じる。

 岩盤を突き破って出たそこはティランド連合王国軍の本隊と後衛の間。


 カルターの後方にいた本隊後ろの部隊は、その音と不穏な空気に振り向き、後衛は正面に出てきたそれに驚愕する。

 そして恐怖する。その姿にではない、それが今行っていることに。


 魔法魔術は魔族の範疇(はんちゅう)……それは魔法を志した者だけでなく、全ての人類が知る言葉。だがその意味を正しく知っている者はいない。なぜなら……。


 巨大ムカデの魔人スースィリアの周囲に光の輪がいくつも生まれる。人間が魔法を使うときの細く微かな光の鎖ではない、巨大な縄のような輝きが黒い甲殻を包む。そしてその体被の上をパチパチと電流が走る。

 刹那、その輝きが弾け飛び世界は眩い光と(たけ)るような雷鳴に包まれた。


 ティランド連合王国軍を雷撃が襲う。

 響き渡る轟音と共に、天より降り地を走る幾千、幾万の稲妻。

 その雷は人を撃ち、馬を撃ち、動くもの……いや、そこにある全てを襲う。


 時間的には一瞬。だがそれが過ぎ去った後、魔人スースィリアの周囲に動くものは立ち込める煙しかなかった。


 見る者によっては天災、あるいは神の奇跡であり悪魔の所業。だが、魔法を使うその姿を直接見た者はもうこの世にはいない。

 辺りには黒く焼け煙を上げる死体、死体、死体……そして円形状に焼け焦げた地面と、そこから広がっていく肉と金属が焼ける異臭。


 その中心に(そび)え立つは体長80メートルの漆黒の巨大ムカデ。

 魔人スースィリアの一撃は、ティランド連合王国軍本隊後方と後衛部隊の4割を消失させた。


 悲鳴もどよめきも起き無い。戦場はあまりの惨劇と異常事態に静寂に包まれる。

 雷撃の閃光と轟音は直接当たらずとも、戦っていた全ての将兵の戦意を断ち切ったのであった。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

面白いかなと思っていただけましたら評価も是非お願いいたします。

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