030-2 【 ティランド連合王国との戦い~中編 】
「隊長、残弾残り4です」
「こちらも残弾4」
「よし、予定通り残り2回攻撃を行ったら補給のため帰投する」
ティランド連合王国軍の採用している飛甲騎兵マーファン22は魔族領侵攻が開始されてから開発された最新鋭機だ。
操縦士と動力士の二人乗り。全長7.2メートル、幅3.4メートル。下部を船のような形状にした円筒形の機体の先端には、長さ4メートル、切り離し可能な衝角を搭載。左右には3.6メートルの翼刃を装備し、更には8連装2門の射出槍発射口を持つ。
最大装甲厚は220mmと分厚く、これまで魔族領で墜とされた飛甲騎兵のデータを元に魔族領特化で開発された機体であり、その戦闘力はドラゴンをも凌駕すると期待されていた。
「い、いや! いやああぁぁぁぁ! やめて、来ないで!」
だが突如、そんな最新鋭機の後部動力室から悲鳴が上がる。
「どうした! 何があった! 落ち着いて報告しろ!」
現代の二人乗り戦闘機と違い、飛甲騎兵は魔道炉の関係で前と後ろは別室だ。操縦士からは動力室は確認できない。
「おい、返事をしろ! 何があった!」
だが振り向くその先は金属の壁だ。この先は見えない――いや。
その壁をすり抜けて一人の女が入ってくる。白いドレス、白い髪、やせ細り透き通った白い肌。それに大きな、そして生を感じさせない紺の瞳。死霊だ!
「わあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
◇ ◇ ◇
相和義輝の上空を、次々飛甲騎兵が通り過ぎ、墜ちていく。アンデッドの群れに、或いは人類軍の中に。
「大したものだ。空のアドバンテージも重装甲も、死霊の前では無力か」
支払う魔力は気が重いが、これが出来る事を知ったのは大きな収穫だ。今後あの飛甲騎兵を必要以上に恐れなくて済む。せめて死霊に触れるのなら、ボーナスの支払いも楽しめるのだが……。
◇ ◇ ◇
「飛甲騎兵を下がらせろ!」
カルターはすぐに命じる。元々大きな戦果を期待していたわけではない。ただあからさまに目立つ場所に立っている馬鹿がいるというので、ちょっかいを出してみただけだ。
「どうせ本物の魔王なら、あれでは倒せん。しかし予定より墜とされたな」
102騎出撃させた内、戻って来たのは71騎だった。偵察を考えるとこれ以上は減らしたくないが、そもそも死霊が襲ってくるのなら、偵察も超遠距離からの限定的な物になる。
「暫く空は使えんか。先鋒隊の様子はどうなっている」
「現在当初の予定通り進軍中。何も問題は無く、逆に拍子抜けだとの事です」
「フム、油断だけはしないようにと伝えろ」
油断するな、一応釘は刺された先鋒隊ホーネル・ハイン・ノヴェルド・ティランド将軍ではあったが、もちろん油断などはしていない。堅実かつ実直な武人であり、ましてや先鋒を任されたのだ。ティランドの一門として、無様な姿を見せることは許されない。
装備するのは全高2.6メートルにも達する赤紫の重甲鎧。相和義輝がパワードスーツと呼んでいる装備である。
兜は四本角の羊を模った物で、首の下には水晶の覗き窓。外皮に一部の隙も無い鉄壁の装甲を誇る。
手には全長5.2メートルのハルバード。その濃紺の瞳には次々と倒されていく不死者の群れが映っている。
だが不死者はただ前に突っ込んでくるだけであり、それを踏み潰して進むだけで相手は次々と数を減らしていく。油断はしないが拍子抜けもまた事実である。
「昨日やられた連中の報告通り、単なる不死者の寄せ集めだな、これは。各員、いつもの訓練通りにやればいい。目の前の敵に集中しろ! 横を抜かせるな!」
虎のような低い声で全軍に指示を飛ばす。
全軍からすれば少し前に出過ぎているが、左右を襲う不死者も厚い兵士の壁に阻まれ有効的な攻撃は出来ていない。このまま正面に見える丘まで行って、報告にあった奇妙な人物とやらを捕まえよう――それが、ホーネル将軍がこの世で考えた最後の事であった。
◇ ◇ ◇
「目立たないようにこっそり、こっそりとだよ」
そう相和義輝に指示された魔人エヴィアは、不死者の群れにひっそりと紛れ込んでいた。そしてもう使えなくなった不死者の残骸を糧に、ゆっくりと触手を成長させる。
――あの辺りの集団が偉そう……。
そして手頃な場所にいる指揮官らしい人物を、見つからないように触手で巻いて切断していった。サイアナ程の魔力が無ければ、エヴィアの触手は防げない。やっていることは完全に暗殺者である。
「頼むから大騒ぎにだけはしないでくれよ……」
相和義輝は祈るようにその様子を眺めている。
もちろん勝つつもりである。そのために来たのだから。
だがいきなり強大な魔人の力で戦ってしまってはいけないのだ。
強大な個体は極少数で他は脆弱な寄せ集めなどとバレたら、人類は早々にこの戦場を捨てて、逃がさず倒されずの持久戦にシフトするだろう。お次は続々とやってくる援軍相手にただひたすらの消耗戦。そうなってから退却したのでは全てがご破算。今回の遠征の意味を失ってしまう。
あくまで”魔王軍”としての戦いの形を取りつつ、今回の最終目的まで繋げなければいけないのだ。
◇ ◇ ◇
「ホーネル将軍戦死! 先鋒隊は崩れ始めています!」
「ちっ! だから油断するなといったのだ。先鋒隊は撤退させろ。リンバート、グレスノーム、それぞれ132隊ずつ率いて壁を作れ」
ホーネル将軍はカルターの4代先、玄孫に当たる人物であったが、感傷的な感情は一切表には出ない。
指示を受けた二人の将軍はすぐさまそれぞれ横6列に縦22列の部隊、およそ5万2800人の兵を率いてホーネル将軍残存隊の左右に壁を作る。そして中央の後退に合わせ、ぴしゃりと扉を閉めるように両方から正面に壁を敷いた。
前面に横30、奥6列。その左右には横3列に奥14列の壁。その陣形は後ろの無い長方形のようであり、中央に包まれたホーネル将軍の残存兵は追撃も受けず、犠牲らしい犠牲をほとんど出さずに引き揚げていった。
◇ ◇ ◇
人類軍の一糸乱れぬ統率を見ながら、相和義輝素直に感心していた。
「凄いな。どうやったらあそこまで統率できるのやら」
不死者軍団なら途中で戦闘を始めてしまい、後は大混乱だろう。無い物をねだっても仕方がないが、正直あれは羨ましい。だが不死者には不死者ならではの利点がある。それを生かしつつ、逆に相手の出来ない事を考えるべきだ。
◇ ◇ ◇
「損害がおかしい? どういう事だ」
帰還したホーネル将軍の残存兵は、再編成の為にすぐに現状を確認しカルタ―に報告した。結果は出撃16万人中、戦死6027人、重症者8623人、軽傷者3万4111人。
「こんな程度の被害しか出ていないのにホーネルが討たれただと!? しかも犠牲者の多くはホーネルが討たれた後の指揮混乱中に突破してきた不死者によるものか。それまではほぼ無傷の進軍だったではないか! あいつは最前線で槍でも振るっていたのか!?」
だが実際にホーネル将軍が居た位置はほぼ中央の5列目だ。派手に突破されない限り、敵の刃が届くことは無い。ましてや相手は唯の不死者のはず。
「何かが潜んでいるな……ホーネル他、回収できた死体は全て調べておけ。死に方である程度は特定出来るだろう」
◇ ◇ ◇
「バレなかったか?」
「バレなかったかな」
エヴィアが戻ってくると相和義輝はホッと一息ついた。作戦の成否もそうだが、強さを知っているとはいえエヴィアを一人で行かせたのが心配でたまらなかったからだ。
だが安心するのもほんの束の間。
すぐさま相和義輝から見て右側、ティランド連合王国軍左翼が進軍を開始した。
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