027 【 奇襲 】
「魔王、起きるかな魔王。時間だよ。こんな時に眠れるのはアホかバカだって誰かが言ってたよ」
……エヴィアの声が聞こえる。
「ああ、寝てしまっていたか。それを言うなら大物か馬鹿かだ。そろそろ時間だな」
魔王の居城を出てから坑道を進み、今俺達は出口付近で待機している。
朝には到着していたが、ここで日暮れを待ったのだ。
エヴィアに起こされた今の時間は、ちょうど陽が落ちたところ。
「ではウラーザムザザ、頼めるかな」
人間の様子を確認できると魔人ウラーザムザザが言っていたのは魔王の居城でのことだ。
相手の布陣は喉から手が出るほど欲しい。
それでお願いしたわけだが――
「それでは行ってくるずむ。少し待っていると良いずに」
そう言うと魔人ウラーザムザザの体から2メートルの目玉がぽこんと取れる。
そこから鳩のような翼が二羽生え、バッサバッサと飛んでいく。
だが、うわスゲー便利……なんて考える余裕がない。
その巨体を構成していた体の方、それがどんどん崩れて芋虫の山が周囲に広がって行く。体だけでなく足も、そして上に載っていた全裸女性の疑似餌も体が崩れ広がって行く。目玉以外、全部芋虫だったのかよ!
地面に広がった芋虫が大量に這い登ってくる。
体の上からだけではなく服の中にまで!
あ、なんか思ったよりひんやりして、ぷにぷにした小さいのが皮膚の上を動き回るのは思ったより気持ちが良い。だが恐怖の抜けない体は直立不動のまま動けない!
早く戻ってきてくれー!
ウラーザムザザが戻って来たのは1時間ほどが経っての事である。
戻るとあちこちに散っていた芋虫達が集まり魔人ウラーザムザザを再構成していく。
やっと芋虫の山から解放されるよ……
命のカタチを見る限り、魔人ウラーザムザとなっているのは目玉だけ。周りの芋虫は全部普通の――いや普通ではないが魔人では無く別個の生き物だ。
共生体とでも言えばいいのだろうか、魔人の生態もまた色々あるようだ。
「それでどうだった?」
ようやく服の中に入り込んだ芋虫が、全部魔人ウラーザムザに戻ったところで状況確認だ。
「魔王の考えていた内容とさほど変わらなかったずが」
地面に芋虫をポトポトと落として立体的な地図を作り出す。
白い立体地図に所々黒い点。それはあちこちに点在しつつも、所々何かを囲むように集まっている。
「黒い点が駐屯地で、囲んでいるのは残っている領域だろうな。確か湿地だったっけ。部隊もバラバラで、軍団は構成していないようだ。よし、予定通りに進めよう」
獣を狩るのに軍隊行動はしない、それにはそれに適したやり方がある。
今は人間を襲う大規模な軍団などは無く、領域の動物狩りと解除を行っている。
ならばこういった布陣になるとは簡単に予想できた。
「ルリア、全員に出撃命令を」
かしこまりましたー、と言いながらルリアらの死霊が超速で飛んでいく。
これから溝に沿って山を下り、深夜に人間の駐屯地を強襲する。
この一回だけ、今後は使えない完全な奇襲。しかもわずかな間だけ。これで失敗したらもうお手上げだ。
「それじゃあ俺達も行くぞ。」
◇ ◇ ◇
緩やかな起伏がある一面の荒野。そこには僅かに湿地帯が残り、金属質の植物とそれを食べる大型の草食動物が暮らしている。
かつて鉄花草の領域と呼ばれたこの地には、現在三ヵ国が駐屯している。
ティランド連合王国と、それに属するバラント王国軍、カルネキア王国軍である。
その、バラント王国には現在二人の王がいる。
一人は本国にいるシェルズアニー・バラント、もう一人がここに駐屯しているケスターマン・バラントであった。
通常、王が死んだらその嫡子が継ぐ……そんなルールはこの寿命の無い世界では通じない。
下手をすれば五百年とか千年とかその治世が続くのであり、その間に順番待ちがいくらでも生まれてくる。もはや血統の希少性も何もない。
しかも明確で確定の順番待ちは、逆に上がいなくなれば次は自分だと邪な考えを駆り立てる。そして百年二百年と待たされるうち、それは次第に流血という形で示されるのだ。
だがそれよりも最大の問題として、無能が王になったら最悪その統治は永遠に続くのである。
人類社会はそんな愚鈍な国を生かしておくほど甘くはない。
そのため、どの国も一門全てを血族と呼び現し、周囲の支持の高いものから順位継承する習わしだった。結果、多くの国が軍事、あるいは政治で高い実績を残した者が王となる。そうやって淘汰しながら社会を完成していったのであった。
現在の二人の王も遡れば一人の人間に辿り着く。だがシェルズアニー・バラントはその人物の三男の子の次女の産んだ6番目の息子の次女であり、またケスターマン・バラントは同じ人物の次女の産んだ長男の8番目の息子である。お互い血縁関係だなどという認識はまるでない。
そして本来であるなら、ここ魔族領にいるケスターマン・バラントが王位を継ぐはずであった。
しかし炎と石獣の領域戦からここまでの混乱、本国の策謀、そしてあろうことか中央の手続き不備によりシェルズアニー・バラントもまた王となる。
現在この問題の解決をカルター王とシャハゼン大臣に一任しているが、未だこの状況あった。
「全く今日も何の実入りもない一日だった。下らぬ!」
ケスターマンは寝室の天幕で半ば眠りながら一日の無駄を悔いていた。
とっととこんな戦地から兵と共に本国へ帰還し、国内の混乱を収めるのが王の務めなのである。
しかし情勢が許さない。だが取りあえず、この鉄花草の領域解呪が全て終わったら一時帰国は認められるだろう。
「明日はもう少し包囲を狭めて魔族共を狩るか……」
そう眠りに付こうとしたとき――辺りが騒がしい……これは足音か? ドタドタバタバタとあちこちを走り回る音。何か叫び声の様な声も聞こえる。また兵達が喧嘩でもしているのであろうか。
「全く、ここは余の天幕であるぞ。おい、騒いでいる奴等を黙らせろ!」
ベッドから起き上がり見張りに注意を促す。だが返事がない……なんだ?
不穏な空気が辺りを包んでいる。慌てて剣を掴み飛び上がる――が、いつの間にか正面には見たこともない、メイド服を着た死霊が浮かんでいた。
「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
深夜に溝を下った不死者の軍団は、そのままバラント王国が駐屯する地域へ雪崩れ込んだ。
鎧を着ず、素足で動く彼らはその数程には音を立てず、駐屯地のテントを襲い新鮮な肉を貪り喰っている。
中には抵抗する兵士もいたが、多勢に無勢。すぐに不死者の群れに消えていった。
◇ ◇ ◇
「上手くいっているな」
泡のように消え逝く人間たちの命を感じながら、魔王相和輝義は山を下った先……かつては鉄花草の領域と呼ばれた地の少し高い丘の上にいた。
見晴らしが良く、背後は炎と石獣の領域。背後に回り込まれる事の無い絶好のポジションだ。
数千人毎に分かれた不死者の軍団は百人やそこらの小規模な駐屯地を次々飲み込んでいく。奇襲は成功だ。
だが、開始から2時間余りで状況が変わってくる。
次第に消える人間の命が消え、それぞれに塊を形成し始めたのだ。
「通信貝とかいう通信機があるんだったな、さすがに早い……だが遅い」
最初の方で襲われた駐屯地から連絡があったのだろう。人類軍は野生動物を狩る姿勢から集団に対する体制に変わりつつある。しかし最初にあった配置は覆せない。
武装し隊列を組んでも、その時には四方全てが不死者に囲まれているのだ。
夜が明ける事には炎と石獣の領域に接していた大半の駐屯地は壊滅し、今蠢くのは不死者だけとなる――しかし。
「だよな……。よし、奇襲は終わりだ。 ルリア、散ってる不死者達を集合させてくれ。本番が来た。」
最初の奇襲で倒せたのは、あくまでも炎と石獣の領域に接している部分だけ。その後ろは報告と同時に兵を纏め、味方を救うべく進軍してくる。
数はおよそ五千の集団が5つと言う処だろうか。だがそれは最初に到着しただけであり、1時間2時間と経つうちに倍々ゲームのように増えていく。
「数は揃っていない。相手はまだこちらの数も編成も把握していないはずだ。一気に飲み込め!」
◇ ◇ ◇
「どうなっているんだ! ここまでの状況は報告にはなかったぞ!!」
バラント王国軍ユッケム男爵は旗下の兵員二万と、途中合流した王直属の部隊を引き連れ進軍した。
182センチの長身に少し細長いが精悍な顔立ち。短く角刈りにした金髪と歴戦の輝きを湛える濃い茶色の瞳。
全身を覆うピンクの金属鎧には祈る乙女の姿が彫られ、刃渡り200センチの両手剣を携えている。
バラント王国軍として2度の魔族領侵攻戦を経験しているベテランの将軍だ。
不死者の群れが急に現れて駐屯地を襲っている。別に魔族領だ、そんな事が有ってもおかしくはないだろう。だが、今彼の目の前には群れと言うにはあまりにも多い、数万の不死者がこちら向かって走ってくる。
「構わん、付いて来い! 突撃ーー!!!!」
確かに数は多い。だが所詮は武器も防具も使えぬ不死者ではないか。何が原因でこれだけ沸いたのかは知らんが、揉みつぶしてしまえばいいだけの事だ。
だが天空に目の無い彼には見えていない。数万では無い、数十万の不死者だと言う事が。
突撃し、斬り、叩き、踏みつぶす。群れを突き抜けたところで反転し息を整えもう一度、そう考えていた。しかし抜けられない。倒しても倒しても、進んでも進んでも不死者の群れが途切れない。
「くそ! 一度引くぞ!」
だが、今彼の周囲には数十人の兵士しか残っていない。
――なぜこうなったんだ! もう疲労で足が止まる。だが不死者は止まらない。
振り下ろした剣が蠢く死体を肩から腹まで切り裂く。だがそこで剣が止まってしまう。周りの不死者に腕を掴まれる、倒れた不死者不死者が足にしがみつく。動けない!!!
「やめろ!! やめろやめろやめろぉ!!!!」
目の前に迫った屍肉喰らいの牙がユッケム男爵の喉笛を食いちぎり、鮮血は噴水のように吹き上がり辺りを深紅に染め上げた。
人類軍は続々と集結するが、合流が出来ない。
分散した兵力、把握できない不死者の数、個々の力では自分達の方が強いという自信、そして何よりも――
「あれはまさか、集団で行動しているのでしょうか?」
兵士の一人が進言する。だが――
「有り得ぬ!! 魔族は軍団を作らない。奴らは領域に潜み我々を襲うだけだ。」
新たに六万二千を率いてきたバラント王国軍ノルビット伯爵であったが、すぐさま周囲を囲まれ、まるで蟻にたかられた砂糖の様にその数を急激に減らしている。
ノルビット伯爵は巨漢勇猛で知られる将軍であり、手にしたハンマーでこの領域に住む多くの草食動物を葬ってきた。髪は無く、その禿げた頭にはフルフェイスのヘルメットを被り体も全身鎧。腕にも練兵にも自信があり、彼自身の力と鍛え上げた兵は不死者ごとき軽々と粉砕するはずであった。
だがその精鋭は今や不死者の海に浮かぶ浮舟のようであり、徐々に沈んでいくようにも見える。
◇ ◇ ◇
「思ったよりも戦ってくれているな。不死者達は予想より強いな!」
彼らの戦い方は単純だ。自らの体で相手の武器を止め、周りが抑え込み、動けない相手を一方的に屠る。相和義輝は知らないが、これは人間が強敵を相手にする時と同じ戦法であった。
武器鎧が無いから戦力比は1:10位を予想していたが、実際には1:3。
3体の不死者が倒される位で一人の人間を倒せている。
しかも倒した人間の中には動き出し不死者の列に加わるものも出てきているから驚きだ。
「そうでしょう、そうでしょう! 魔王はもっとわたくし達を頼ってもいいのですよぉ!」
まだ反省中の看板を首から掛けたルリアが、胸を張り右手を胸に当てるいつものポーズで自慢げに話す。
「あの混じっているピンク鎧の兵の死体は何だい?」
不死者の群れの中に、なぜか動ける程度まで鎧を脱いだ敵兵の死体が混じっている。
蠢く死体に倒されると蠢く死体になるようなのはホラーでよく聞くが、喰われている死体と動き出す死体の差が判らない。
「ああ、今までの体が使えなくなったから、新鮮な死体に移っているだけですよ。」
さも当たり前でしょと言わんばかりに答えてくる。
なるほど、魂が移動するようなものか――そうすると最初の奇襲で得た死体ストックを考えれば、ここまで不死者の損害はほぼ無いと考えても良いのか。それは助かるな。
そんな話をしていると、浮島のように残っていたバラント王国軍の中から赤い発煙筒が次々と焚かれていく。
既に死体と化し屍肉喰らいに喰われているノルビット伯爵であったが、最後にその仕事を果たしていた。
赤だけの発煙筒、それは対処不能の危機を友軍に知らせるものであった。
魔王にはその意味はわからない。だが遠くに見えている部隊の動きが止まり集結するような様子は見える。
「警戒されたようだな……」
ここまではやれた。相手が軍隊ではなくただの武装した集団だったからだ。
しかしここからは違う。それ行けと命じるだけで勝てる相手ではない。
ん……? 何だろう。一団が猛然と突進してくる。
警戒している連中とは違う、別の軍隊か?
その中に強烈な生命を感じる。だが言葉には見えない、魔人ではない。
水面に浮く一枚の銀の木の葉。だがそれはそこに固定されているようにビクとも動かない……そんな命。
知っている。かつて出会った事がある。確か……
――俺の記憶が確かならウチの天敵じゃないか!!!!!
それは“かつての美の化身”サイアナ・ライナア司祭率いるナルナウフ教、対不死者突撃部隊であった。
この作品をお読みいただきありがとうございます。
もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。
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