026-1 【 魔王の居城(1) 】
全員で一つの入り口から入るのは無理だろう――そんな訳で全体を18個に分け、それぞれの道から進むことになった。
しかし他はどれもハズレって事か……本当にこんな場所を攻めた人間の考えは解らんが、そうせざるを得なかったのだろうな。
俺は魔人エヴィアと一緒に最短の、だが一番細い道を進むことになったわけだが……
「道が狭いというか、これ邪魔なんだけど!」
狭い幅の道にズラリと石の彫刻が並べられてある。いや道だけじゃない。両側の壁に埋まっているのもいれば、壁の上に飾ってある物もある。
大きさはまちまちで、手のひらサイズから俺の身長の倍以上の物もある。
形も世界中の動物や、空想上の生き物も作りましたって位にバリエーション豊かだ。
どれも黒曜石の様に黒く艶やかな表面だが、掘られた部分は白い。
目の部分は円を何重にも重ねたグルグル目玉で、体には動物の形に合わせて鱗や毛、はたまた変な模様が幾何学的に掘られている。
まるでかつての巨石文明の遺産、そういった風情の彫刻群。
面白い特徴としては、全部が等しく山の下。つまり登ってくる俺の方向を向いていると言う事だ。まるで上ってきた人間を歓迎……いや警戒しているかのような配置。
それが登頂からずっと道に大量に転がっているのだから歩きにくくてしょうがない。
一体誰がこんなものを作ったのやら……魔人スースィリアと別れるのは不安だったが、さすがにここはあの巨体では通れない。
「熱い……」
炎の竜巻は遠巻きに見ているだけだが、それでも地熱がすごい。
この超暑苦しい服を脱いでしまいたいが、それはさすがにみっともない。それにこれは、俺の決意の表れでもあるのだ。
「でもやっぱ休憩……」
だが体力の限界には勝てない。もう汗だくだし足もパンパンだ。少し休憩しないと身がもたない。やっぱ山は苦手だ、海が良い。
「お疲れ様かな、魔王。夜には坑道には入れるから、明日からはもっと楽だよ」
「坑道はどのくらい歩くんだっけ?」
手近な石像に座って汗を拭くが、後から後から噴き出してくる。マジできつい。
「坑道で4泊して、魔王の居城で3泊してみんなの到着待ちかな。そのあとまた坑道で3泊して朝には反対側の山に出るよ」
最後の待機を含めると本番は11日後か……にしても、エヴィアは暑さに強いのか結構ケロリとしているな。それにあの高露出で涼しげな服が羨ましい。こっちはどう見ても冬服だぞ。
しかも山道はかなりの長さで登りもきつい。スースィリアならもっと早いだろうが、不死者の軍団を引き連れてではそうもいかない。
それにしても周りの石像達は何なのだろう。じっとこちらを見ている彼らもまた、廃墟のようにかつての魔人が作ったのだろうか。
あの廃墟はどれほど時間が経っても永遠の廃墟として存在する。ならば一度は溶岩に沈んだこれらもまた、永遠に残り続けるんだろうか――
いや待て!! 立ち上がって周囲を確認する。
全ての石像は全部こちらを見ている。
山の上も、左右の壁からも、そして今登ってきたはずの麓方面に置かれて居るのも全てだ。
今までの暑さが嘘のように背筋が凍る。
この石像群は麓を向いているんじゃない、ずっと俺を見ていたのだ。
「これも、俺の魔力に反応しているのか?」
不死者や炎の竜巻と同じ――
「ちょっと違うかな。彼らは石獣。ここに住む動物だよ。魔王はもう気が付いていると思ってたよ」
動物? これ……いやこいつら全部生き物なのか!?
「彼らは普通に食事を採るから魔王の魔力はいらないかな。でも魔王の言う事もちゃんとは聞かないよ。世の中良い事ばかりじゃないって誰かが言ったよ」
いやどうせ要求されても魔力は空っぽ、先約が多すぎて支払いきれない。しかし言う事は聞かないが襲っては来ない。俺は彼らにとって敵ではない、その認識で良いのか? それともまだ警戒されているだけか? つかドカンと座っちゃってたけど良いのか? それに――
「声が聞こえないんだけど? 本当に生きてる?」
「彼らは無口かな。年一回くらいはしゃべるよ。魔王には従わないけど、魔人の言葉は分かるから襲ってはこないよ」
そうか、いつか言ってたな。確か魔人と人間と魔王、それに魔人に従う者、魔王に従う者、その他だったか。彼ら石獣は魔人に従う者って奴はなんだな。
もしかしたら一緒に戦ってもくれるのだろうか……
「もし魔王が望むなら……彼らも戦うかな。」
少し神妙な空気をはらんだ言葉。それはすなわち、俺が望むならそう命令するって事なのだろう。
俺の魔力での直接契約ではなく第三者の仲介。今までよりワンランク心の抵抗が上だ。だが――
「多分手を貸してもらう事になる。その時はよろしく頼むよ」
おそらく……いや間違いなく不死者と魔人だけでは無理だ。魔族領にある全ての力を結集しなければ人類には対抗できないだろう。
予定通り、日が暮れてすぐに坑道に到着した。
坑道は丸く刳り抜いたトンネルといった形で、予想外にひんやりとした湿り気のある空気で満ちていた。
縦横の幅は2メートルを超しているが、これでも小さな入り口らしい。
「おー便利だ。これなら進めるな」
目の前ではルリア他数人の死霊が漂っているが、少し発光していて周囲が見渡せる。
「ふふーん。死霊の優秀さが魔王様にもお判りいただけましたか? 約束の件、忘れないで下さいよ」
ルリアは今回も右手を胸に当ててドヤ顔だ。決めポーズなのだろうか。意外と仕草が子供っぽい。いつか十分に時間がある時に、生前の事も聞いてみたいものだ。
しかし坑道の中は外よりも歩きにくい。湾曲し湿り気を帯びた足元は結構滑るし、何よりこの中にも石獣達はごろごろと転がっている。
この歩きにくさも計算して魔人ウラーザムザザは計画を立てたと言っていたが、他のアンデット達はどうなのやら。
しかし不思議な感じではある。今俺の後ろには八万を超える不死者軍団が付いてきているが、その音が殆どしない。精々30メートル程の範囲が聞こえる程度。不死者達の呻き声と移動音が坑道に反響して会話もままならないと思っていただけに意外と助かるが、それはそれで不気味ではある。
「石獣達は音があまり好きじゃないかな。だから滅多に話さないし、それに合わせて土地もこんな風に作ったんだよ」
「なるほどねー、それでか」
領域は魔人が作った。今更な確信だ。それも出鱈目に作ったのではなく、そこに住む生き物の為に作ったのだ。この地が人間に解除されてしまったら、炎の精霊や石獣達もまた滅んでしまうのだろう。
そして今、俺達はその安息を荒らしているわけだ。いきなり噛まないでくれよ。
「そういや石獣達は何を食って生きてるんだ?」
生き物なのだから何か食べているんだろうが、そこいらに転がっている石獣が動いているのを見たことが無い。仙人の様に霞を食っているわけでもあるまいし。
「肉かな」
エヴィアの答えは相変わらず簡潔だ。
フムフム、以前の俺なら食いついた話だろうが、今は屍肉喰らいが焼いてくれたパンと謎の肉のハムを食べている。食料状態が改善されると精神は落ち着きを取り戻すのだなとつくづく感じるよ。
エヴィアは暫く周囲を目で追うと、ズボッと壁の中に手を突っ込む。
かなり固い岩盤だが、平然と打ち抜くのはさすがだ。
なんて関心をしていると、中から引きずり出したものをポイっとこちらに投げてくる。
ん、なに? と思うとそれは1メートル30センチくらいのムカデ!!
「うわああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
咄嗟に逃げる! なんてモノ投げてよこすんだ!
「スースィリアに失礼かな。人は見かけで判断しちゃいけないって誰かが言ってたよ」
「スースィリアは噛まないでしょ! それに種類も違う!」
正直スースィリアのサイズまで行くと、威圧感はあっても外見的な嫌悪感は全くない。だが中途半端にでかいのは超ビビる。
いきなり外に引っ張り出されたムカデはパニックになって坑道壁面を走り回る。目で追うのがやっとのかなりの高速移動だ。
“助けて! 助けて!”
声が聞こえる。あのムカデが発している声か!
“大丈夫だよ、俺は食べない。”
俺は無意識に、おそらくムカデ語で話しかけたのだろう。
それに反応したムカデはこちらに振り向き首をかしげながらじっとこちらを見つめてくる。
“ホントに? ホント?”
何とも可愛らしい声で訊いてくる。
“ああ、本当だ。安心してお帰り。すまなかったね。”
こちらの言葉を聞くと、安心したように辺りを見渡すとエヴィアから引きずり出された穴に帰っていく。
うん、最初見た時は嫌悪感凄かったけど、会話してみると全く印象が変わるな。
そう言えばスースィリアも初めて会ったときは固そうな岩盤から出てきたっけ。この世界のムカデは穴を掘って生活するのか。
世の中には知らない生き物が、まだまだ沢山いるのだな。
――が、穴に戻る途中で近くにいた石獣がパクっと食べた! まるで獲物が前を通り掛かるのを待っていたように!!
そうだよ! あれはエヴィアが石獣の食べ物として出したんだった。
あぶねえ、あの晩餐会が無かったら心に深刻なダメージ負ってたぞ俺。
この世は弱肉強食なのだな……世の中の厳しい仕組みを改めて思い知ったわ。
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