024 【 人間の兵器 】
「魔王様、お客様が参っております」
昼食を終える頃、死霊のルリア・ホーキスが来客の知らせを告げ聞きた。
あれから一ヵ月、毎日魔王の魔力と云う名の給料支払いを続け、そのたびに乱痴気騒ぎの規模は大きくなってくる。
既に町の道路は不死者で溢れ返っており、期待以上に集まってくれた事に嬉しさを感じていた。
「俺に客? 誰だろう。通して……いや、自分で行こう」
玄関を開けると、そこに待っていたのは想像をはるかに超える物体であった。
体の中心には巨大な瞳――いや目玉。大きい、およそ2メートル位だろうか。
10メートル程の、ナメクジの様な体の先端にそれが付いている。
陸亀の様な横に生えた八本の太い脚。全身は真っ白く輝き、神々しさすら覚える美しさだ。
だがよく見ると、体表にはカイコの様な小さな芋虫がびっしり張り付き蠢いている。
そして背中では、全裸のとても太い女性が微笑みながらこちらを見ていた。しかしどう見ても人間じゃない、微妙に違う。疑似餌? であれば、ちょっと人間を馬鹿にし過ぎではないだろうか。
姿を見て分かる。彼もまた魔人だ。
魔人ウラーザムザザ、この領域に住んでいると聞かされていた魔人であった。
(エヴィアに、見た目で人間への興味度合が判るって言われたけど、どんどん判らなくなってきたよ……)
「初めましてずぬ、魔王。もう名前は判っているずの。魔人ずり」
少しゆっくりとした静かな声。目の下から、足下を通って体の半分くらい裂ける大きな口。そして、そこにはサメの歯に似たノコギリ刃が、上下の淵に沿ってずらりと並ぶ。
「は、初めまして……魔王です」
大きさによる威圧感に反して大人しそうな魔人。だが全身を這いまわる芋虫は結構早い! 上の疑似餌っぽい女性ずっとこっち見てる! 色々とコミュニケーションが難しそうな魔人だ。
「魔王が必要だったから来てもらったかな。良かったね、魔王。もうじき居なくなっちゃうところだったよ」
「へ、へえ~……」
どうやらエヴィアが呼んでくれたようだが、俺が必要としている? 戦ってくれる仲間? 何だろう、足りないものが多すぎて判別できない。
「ウラーザムザザは人間に詳しいかな。色々聞いておくといいと思うよ」
「え!? 人間に関して詳しいのですか?」
思わず敬語になってしまう。
そう、これだ! 確かにこれだ! これを知りたかったのだ!
ついに巡り合えた! その嬉しさでがっくりと膝から崩れ落ちる。
「ふむ、複雑な感情が入り混じってるずの。話してみるずが」
魔人の言葉で俺は話した。魔王になった事、それを受け入れた事、人間と話し合いたいと思った事、そのためには先ず戦わなきゃいけない事、だが戦う戦力が無かった事、そして――
「戦う相手の事、何にも知らないんです……武器も! 数も! 組織も!」
「良かろうずい。付いてくるずな」
魔人ウラーザムザザは踵を返し、招くような仕草でズシンズシンと歩いて行った。
◇ ◇ ◇
そこは廃墟の一角。かなり広い倉庫のような部屋だった。
「うわー、まるで博物館だな」
そこには武器や鎧が大量に積まれ、以前乗った物よりも古そうな飛甲板、それに先端が槍のようになった飛行機に近い物体――飛甲騎兵も置かれてある。
「これはウラーザムザザの収集品ずな。聞きたいものがあったら遠慮せずに聞くずい」
じゃあ先ずは――
一番多くある武器や鎧。自分の知っている物とは大きさや厚さが根本的に違う。
武器はどれも重く大きく、そのくせ刃先はカミソリのように鋭い。
そして防具、胸板など厚い部分は50ミリはある。薄い部分でも20ミリ程だ。装甲車を着て歩く、まさにそんなイメージの鎧だった。
しかも中には厚さ150ミリを超える物もある。こんなものどうやって着るんだ? 戦車か? 関節部分をどうしているのだろう。
当然の様にでたらめな重量で、持ち上げようとしてもピクリとも動かない。
確かこれは――
「魔法が使えないと扱えないんでしたよね?」
「正確には魔道言葉と呼ばれる魔力を体外に出す技法ずの。魔法とはまた違うずな。その魔力によって固くなり軽く感じられるようになるずれ」
「すると今は柔らかいんですか?」
滑らかな表面は水を張ったようにすべすべして艶やかだ。だが柔らかそうな感じはない。
「これを使ってみるずな」
ぐにゅぐにゅと音がしそうな感じに体内から触手な様なものが盛り上がってくる。それに合わせて体中を這う芋虫達もより早く蠢く。うん、虫が嫌いな人だったらここで死んでた。平気でよかった。
そうして差し出されたのはやすりの棒。鎧とはまた違った、いかにも鉄といった金属だ。
試しにゴリゴリと削ってみると……確かに柔らかい。簡単に削れてしまう。
「魔力が切れてしまうとただの重い荷物ずお。だから着ている人間の魔力によって庇う部分や大きさも変わるずに」
「大体どのくらい着ていられるものなんですか? あと魔力って個人差あるの?」
「一日に使える量で、大体着るものが決まってるずな。戦闘中の魔力切れは期待しない方がいいずか」
ああ、先に返されてしまった。数時間で魔力切れとかなら相当楽だったのにな。
「魔力の量は個人差が大きいずむ。それに体積も大いに関係するずの。人間は魔力が強い生き物だずわ。それでも5倍も大きい巨人には敵わないずな。だから人間はより大きな個体を好むようになったずり」
成る程、それでこの世界では太っている人間が好まれるのか。ウラーザムザザの背中のアレも、人間から見たら相当美人なんだろうな。
「あれ? 太って得た魔力って、痩せたら無くなるの?」
「基本は無くなるずい。ただ極稀に、痩せても減らず、凝縮され更なる魔力を得るものが居るずの。そういった人間は、”かつての美貌”等の異名で呼ばれ畏れられているずれ」
なんか、かつてのに誉め言葉を組み合わせると悪口に聞こえるが、普通に誉め言葉だったのか。まぁ、俺が聞いているのは自動翻訳された言葉だ。お嬢様の例もあるから、一概には言えないんだろうな。
「魔王が今考えた意味も含むずお。畏れ、それは自分が無いものに対する恐怖であり、恐怖は嫌悪へも繋がっているずな」
「なるほどね……とりあえずデカい武器持ってデカい鎧着てたら、それだけ強いって事ね」
魔法の武具を扱えない不死者一人では、兵士一人の相手は無理だな。戦力差は大きそうだ。
「次はこの機械の事を教えてください。ええっと、とりあえずこの飛甲板ってやつ」
上陸艇と輸送トラックを併せ持ったような形状。外見は板金打ちっぱなしといった武骨で簡単な造りに見えるが、自分の世界には無かった浮遊して動く夢の乗り物だ。あの鎧を着た兵士を満載して飛べるのだから積載量も相当なものだろう。
「それはモブレンソニール3式という2千年ほど昔に開発された乗り物だずに。魔道炉を四つ搭載しているずお。四人で動かす輸送に使う人類の機械だずむ。材質は武器や鎧と違って、普通の金属だずれ」
四人か……前に操縦席1つ、後ろに窪んだ部分が三ヵ所。ああ、前に見たのは後ろは二ヵ所だったな。技術の進歩ってやつなんだろうか。
「前と後ろの違いってのは何ですか?」
「前は動かすために専用の魔道言葉が必要になるずあ。後ろは武器や防具と同じで、ただ出せば良いずか。魔道炉の質や魔力を出す人間の力で、運べる量や速さが変わるずえ」
そういえばノセリオさんも同じような事を言っていたな。俺を運んだことで迷惑掛かって無ければいいけど。
「時速何キロくらい出るんですかこれ」
「積めば積むほど遅くなるずい。普通に積めば時速4キロくらいずの。」
――遅!
以前乗ったのはもっと早かった。多分時速40か50キロ程だ。これも技術の進歩か。
「この飛行機みたいのは何ですか?」
確か飛甲騎兵だったと思う。今までに2種類見たけど、これはまた少し形が違う。先端に槍のついた円柱形の筒。下は少し外洋船みたいに中心線が尖った形だ。ハッチは前と後ろに2カ所。両翼にギロチンの葉のようなものが付いているが、直線的で揚力を生み出す形には見えない。
「それはエシュプー007ずあ。人類が初めて魔族と戦うために開発した飛甲騎兵の最初の型ずぬ。魔道炉は2つずめ。基本は飛甲板と同じで前と後ろで2人乗るずの」
へえ、そんな物がここに。結構コレクターなんだな。
「これはどのくらいの高度を、どのくらいの速さで飛ぶんですか?」
「確か高度20メートルを時速12キロだったずら」
――なんか今方言みたいになった。いやそれにしても低いし遅い。自分が見たのは200~300メートル上空を飛行していたはずだ。飛行物体の速度を当てるほどの知識は無いが、相当に早かったと思う。こちらは飛甲板に比べて進化が著しいな。
今こうしている間にも、人類は日々改良し、また新しい兵器を開発してるのだろう。
「しかし見たとこ武器と言えば先端の槍と翼みたいなのの刃だけですよね。下に何か吊るすようにも見えないし、これどうやって戦うんです?」
「体当たりずお。先端や両側の武器は人間の武器と基本は変わらないずぬ。騎兵隊の突撃のように相手にぶつかる戦い方ずを」
「なんか意外と原始的だな。それで魔道炉ってのは何です? 機械みたいのにはどれも付いているみたいだけど」
「人間の機械を動かすための道具には全部ついているずわ。魔力を入れれば動くずい。入れすぎると臨界するずか」
「臨界?」
なんか不穏な響きだ。
「臨界に達すると入れた魔力がすぐに出てしまうずる。出ていく方が大きくなるのですぐに動かなくなるずな。臨界までの限界を上げるために人類は開発を続けたずん。ちなみに臨界状態で強い衝撃を与えると大爆発するずほ」
「なんか凄く危なくないかそれ?」
「臨界状態は一瞬ずな。勿論魔力を入れ続ければ維持も出来るずお。しかし出る量が大きいので一人や二人では臨界は維持できないずむ。衝撃も叩いた位ではダメずお」
「成程ね……」
だが実際に爆発することは解っている。なら試したやつがいるのだ。心には留めておいた方が良い気はするな。
「他に聞きたいことはあるずら」
「それでは人類の社会構造、あと魔法に関してを――――」
聞きたいことは山ほど――それこそ有り過ぎるほどあったが、魔人ウラーザムザザは嫌な顔一つせずに答えてくれる。むしろ向こうが会話を楽しんでいる節すらあった。
こうして時間はどんどん過ぎ、大体を聞いた時にはすっかり日は沈んでいた。
「ありがとうございました。後は人類軍の数や配置ですね。それさえ判れば後は実行するだけです」
――そう、本当に実行するだけだ。人類を、彼らの引いた境界線の向こうまで押し込む。勝つか負けるか……いや、勝たなければならない。
「ふむずぬ……それで同行する魔人にはちゃんと確認はとったずな」
◇ ◇ ◇
夜ホテルに帰ると、魔人スースィリアはもう庭で寝ているところだった。
大きな体を蹄鉄の形に折って静かに横たわっている。
寝ていると死んでいるようにピクリとも動かないんだな。
横に座って先ほどの事を考える。
いつの間にか、エヴィアとスースィリアの二人を戦力として数えてしまっていた。何の確認も取っていないのに。
我ながら恥ずかしくなるな。なんだかんだで自分の事しか考えていなかったではないか。
――もそっ。
スースィリアの巨体が僅かに動く。
「ああ、すまない。起こしちゃったか」
起きてこちらを覗き込んでくるスースィリア。
その巨大ムカデの風体からは何の感情も読み取れないが、何となく判ってきている。この子は優しい。
強いから――そんな理由で戦いに連れて行こうと思っていた自分が恥ずかしい。
「なあスースィリア。もう気付いていると思うけど、俺戦いに行くんだ。それでスースィリアも勝手に戦力として考えてた。ごめんな」
こちらの感傷に気が付いているのか、わしょわしょと甘咀嚼をしてくる。
寝ぼけてやってるだけだと、多分俺は死ぬ――ほんのちょっと前ならそう思ったかもしれない。
しかし今は解る。大丈夫だ。
スースィリアから感じる絶対の安心感。
「スースィリアはちゃんと知ってたかな。エヴィアも大丈夫だよ。魔王の考えていたことは全部知ってるよ」
いつの間にかエヴィアが横に立っている。最初から見てたのか?
「これも作っておいたかな。必要なんだよね」
そこには畳んである一着の黒い服。
「それも気付いていたのか」
ついつい意識もせず二人を抱きしめた。涙が溢れそうだったからだ。
これからの事を思うと怖い。だがそれ以上に二人が付いて来てくれる事が嬉しかった。
「かなり危険だと思うかな。でも魔王はやらないといけないんだよね。大丈夫、エヴィア達が守るよ」
エヴィアは覚えたばかりのぎこちない微笑みをしてくれる。スースィリアもわしょわしょと甘咀嚼を続けてくれる。
「ありがとう……二人ともありがとう……」
その夜は道中のように、三人でどんよりとした夜空を見ながら眠りについた。
この作品をお読みいただきありがとうございます。
もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。
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