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この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第一章   出会いと別れ  】
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003   【 炎と石獣の領域 】

 炎と石獣の領域、ここはそう呼ばれていた。


 北東から南西にかけて全長は206キロメートル、最大幅107キロメートル。

 2千メートル級の山々の連なるこの荒野のような赤茶色の大地には、それぞれの山頂を中心とするように壁に挟まれた溝が麓まで全域に伸びている。


 垂直に切り立った壁は専門の道具や技術が無ければ登る事は困難であり、また溝の幅もまちまちだ。

 それはさながら巨大な立体迷路であり、そして不気味な芸術作品の様であった。

 一方、山の中は迷宮になっていると推測されるが、未だその様子は確認できずにいる。


 碧色の祝福に守られし栄光暦217年2月11日。


 ――― 魔王の拠点が判明! ―――


 この一報が届くや否や、魔族領に展開中の人類軍は可能な限りの兵力をこの地に集結させた。

 北方侵攻軍172万人、東方侵攻軍294万人。

 合わせた総軍は466万人にもなる大軍勢であった。


 この地が炎と石獣の領域と呼ばれる理由――それは突発的に発生する炎の竜巻と無数に存在する大小様々な形の獣の石像にある。


 何の前触れもなく、真っ赤に吹き上がる炎の竜巻。

 唸りを上げて高々と巻き起こると、それは溝など無視して縦横無尽に駆け巡る。

 不幸にも巻き上げられた人間は人の形をした炭となり、武器や鎧という凶器と共に天から降りそそぐ。

 このあまりにも理不尽な自然災害を防ぐ手段は、未だ見つかっていない。


 もう一つは無数に存在する大小様々な形の石の獣像。

 古代に作られた芸術的な遺物の様なそれは、形は鹿、熊、鳥や魚、更には竜やヒドラなど形は様々。大きさも小石程から十数メートル級まで多種多様。

 これらは飾られ、また打ち捨てられ、半ば埋まっている物もある。

 

 一見すれば不気味な立体迷路の世界を彩る謎の石像群。

 だがこれらの殆ど、或いは全てが石の魔獣――石獣と呼ばれる魔族であった。


 突如として動き出し、または壁から湧き出しては人間を襲い、潰し、喰らう。

 食べた人間を燃料にして炎を吹き、その際に吐き出す蒸気は熱や悪臭と共に周囲を白く染めてゆく。


 そんな悪夢のような世界の中を、人類軍は進む、進む、進む。

 立体迷路のような溝をただひたすらに進軍し、血と汗を流し、仲間の死体を踏み越え、山中への侵入口を目指して進み続ける。


 空はでたらめに油絵の具を塗った様な――まるで透明感の無い極彩色の雲に覆われている。

 その中に微かに見える小さな渦、その下に必ず魔王がいる。


 この世全ての厄災の元凶、憎むべき最悪の敵。それを討伐した時、始めて人類に真の希望と未来が訪れる。

 その人類に伝わる伝説を信じ、数百万将兵が死地を進む。魔王討伐、ただそれだけのために。





 ◇     ◇     ◇





 碧色の祝福に守られし栄光暦217年6月9日。


 第八次魔族領遠征軍、ティランド連合王国旗下コンセシール商国第三軍。

 その指揮官として、リッツェルネール・アルドライドはこの戦いに参加していた。


 辺りは厚く蒸気に包まれ白い靄が掛かったよう。そのせいだろうか、酷く熱く息苦しい。

 そして山頂から濁流の様に流れてくる真っ赤な血の川は、既に膝にまで達していた。


「全員怯むなよ! ここが正念場だぞ!」


 体には襟の高い半身鎧(ハーフプレイト)に大きな肩甲(ショルダーガード)、前腕を守る手甲(ガントレッド)と膝までの足甲(レッグアーマー)。それに、アヒルの嘴のような形が付いた帽子(ヘルメット)。全て青く塗装された分厚い金属の鎧だ。

 鎧の左胸には白い3つの星に、尾を引くように放射状に延びる同じく白い7本の線――コンセシール商国の紋章が刻まれていた。


 顔には革のマスクをつけ。上下の軍服は厚い生成りの木綿製。

 だがその軍服は、今や血を吸って真っ赤に染め上げられている。


 手にした武器が、迫りくるカエルの姿をした石獣に振り下ろされ、その体の一部砕く。

 ガコンと音を立てて割れた一部は、生物のそれではなく完全に岩だ。


 武器は槍の先端を切り取り取ったような、矩形の塊に柄を付けただけのような簡単な形状。

 だがその大きさは槍の先端などではなく、刃渡り2メートル、刀身幅45センチにも及ぶ超重量級の両手剣。


 それは華奢な彼の体どころか、そもそも人間には到底扱えぬような武器。

 だが青年は、まるで枯れ木の棒を振るかのように軽々と振り回している。

 本当に重さが無いのだろうか? 違う、石と金属の凄まじい激突音、そして砕く力。それは紛れもなく、超重量級の武器の証であった。


 鞘のようなものは見当たらない。抜き身で持ってきたのか、それともどこかで失ったのか。

 腰に巻いたベルトには、予備であろうか2本の片手剣が鞘に収まっている。

 手に持つ武器には刀身に、腰の2本には鞘に、それぞれ鎧と同じ紋章が刻まれていた。


 周囲にも同じ様な青い鎧に剣や槍などを持つ兵士達。皆一様に若く、最年長でも20代半ばに見える少年少女だ。

 だがこの地獄のような戦場に立っても尚、動揺する者はいない。皆、この蟲毒の様な世界で生き抜いてきた、ベテランの兵士達であった。

 

「残骸かと思ったのにな。これだから魔族領は理解に苦しむよ」


 疲労もあり、ため息交じりに呟く。

 彼と戦っている石獣――それは頭の八割が欠け、四肢は全て破壊された状態で転がっていた。無残に破壊された太古の遺跡、もしくは石獣の死骸……そうとしか見えなかった。


 だがそれは突如として動き出し、進軍してきた兵士たちを吹き飛ばし、潰し、噛み砕き、焼き、容赦無く次々と葬ってゆく。


「まったく全てがでたらめだ……ケイサン! ロッセル! 生きているか?」


 だが返事は無い。すでに血の川に沈んだか。

 両側の壁と壁との幅は8メートルほどだろうか。戦えるだけの広さがある事だけは幸いだ。だが沈んでいる人間や、千切れた手足。それに付いている鎧の他にも武器や盾、障害物が多数沈んでいる。それらに足を取られたら、一巻の終わりだろう。

 岩肌の壁には先人達の血で、人間の跡や手形が悪趣味な壁画のように張り付いている。


(ここで死ねば、僕の血もあの中に加わるのだろうか。それともこの川と共に下り、大地へ還るのか……)


 だがそんな感傷に浸る余裕はない。突如石獣がぐるりと回転すると、3メートルはあろうかという尾で周囲にいる兵士をなぎ倒す。


「しっぽなんて無かったろうがよ!」

 

 完全に予想外の攻撃だ。咄嗟(とっさ)に両手剣を盾にして防ぐが、激突の衝撃で腕が痺れる。

 負傷は無い、だがその盾にした巨大な剣が死角となり相手を一瞬見失う――


「うわああぁぁぁぁあぁぁ!た、助す……」


 その一瞬の間に跳躍した石獣が、倒れた隣の兵士にのしかかる。


「待ってろ! 今――」


 だが石獣の腹が口のように縦に裂け、下にいた兵士をバクンと飲み込む。

 グシャリ――肉と金属が潰れた嫌な音と共に体は完全に飲み込まれ、入りきらなかった手足が千切られてバシャバシャと血の川に沈んでいく。

 

 そして人間を喰らった石獣の全身が真っ赤に膨れ、喉の辺りがパカリと開く。そこからチロチロろ見える真っ赤な炎。


「来るぞ! 構えろ!」


 喉に空いた穴。そこから一直線に炎が噴き出されると、ぐるりと一回転しながら火炎放射器のように周囲を焼き尽くす。


「うわあぁぁぁぁぁっ!」

「ぎゃあああああぁぁぁ!」


 血の川に潜る猶予など無かった。盾などの防ぐものを持たない、あるいは既に持てないものは炎に包まれ、もがき、崩れ落ちていく……

 

「くそっ!」


 武器を構えなおして切りかかろうとした途端、石獣の腹が再び開く。


(――しまった!)


 その開いた腹から、先ほど食べた兵士の潰れた鎧が吐き出される。まるで砲弾の様な質量と威力。

 

 ――ガンッッ!


 両手剣の傾斜を利用してギリギリ受け流す。体ごと持っていかれそうな威力だったが、ここで怯むわけにはいかない。

 リッツェルネールは猛然と叫び声をあげて突撃していった。


 先行していた部隊も同じ様に戦っている。後ろの隊も、隣の溝の隊も、更にその隣も……山中どこもかしこもだ。

 人々の絶叫や怒声が溝の岩壁に響き、まるで山全体が一匹の巨大な獣になった様な、そんな唸り声のような音を響かせていた。



「これでもう……大丈夫か?」


 不気味なカエルの石像は粉々に砕け、もう血の川に沈み姿は見えない。


(こんなのが後いくつあるのだろう……)


 ようやく目の前の一体を破壊したとき、すでに彼の周囲で動ける兵士は28人しか残っていない。


(随分と減らされてしまったものだ……)


 彼と共に戦っていたのは、かつて幾つもの戦いを共にした戦友達だ。だが、その死に対してあまり感傷が湧かない。人の死に慣れ過ぎている……それは彼自身も感じている。

 しかし、それは彼だけで無い。他の兵達も、死に対して大した感慨を持っていない。人の命など、砂粒ほどの価値も無い。誰もがそう思っていたのだった。


「戦えない者は帰還しろ。途中の隊への報告もしっかりな」


 指示を出すが、重症者の中には自力では動けない者も多い。だが、ここで彼らを担いで帰還することは出来ない。自分達はまだ、進めるのだから。


(果たして全体では何人生き残っているのだろうか?)


 尽きることなく流れてくる血の川が、この先の凄惨さを物語っていた。


 溝は高い壁に阻まれ、隣の溝の様子は全く分からない。それどころか同じ溝の中すらも曲がりくねり、また蒸気で視界も悪く全貌が把握できない。せめて上空から確認できたのなら……。


「飛甲騎兵が使えればな……」


 疲れ切って、油絵の具の空を見上げてぼそりとつぶやく。

 

「無いものねだりとは珍しいわね、天才軍略家の名が泣くわよ」


 そんな彼に、亜麻色の髪の少女――メリオが話しかける。

 

 鎧は彼と同じタイプだが、サイズが合っていないのか少しぶかぶかだ。そして、やはり彼女も革のマスクを着けている。

 だが彼女はこの戦場にあっても武器は携帯していない。その代わりに、商国の紋章が描かれた大きなバッグを肩に担いでいた。

 

「無いものねだりはいつもの事だよ。僕の本分は強欲な商人だからね。それに軍略なんて人間相手にしか通用しないよ」


 局地戦の采配のみならず、進軍管理、要地攻略、陣地構築、補給管理から外交まで、軍事に関わるありとあらゆる手段。それを駆使することが彼の持ち味であり、実際に多くの戦争で勝利した。与えられた異名は“軍略の天才”。コンセシールという小さな国が生き残ってきたのは、ひとえに彼という才覚あっての物だ。


 だが実際、この戦いに軍略などというものは何もなかった。

 先の見えない中をひたすら溝に沿って進み、石獣を倒し、また進む。もし上空から見れば、迷路を進む蟻の行列に見えただろう。

 分岐があったら隊を分け、合流可能な部分があったら合流する……他に選択肢などは無くただ前へ進むだけ。


「作戦でどうにかなるのなら幾らでも知恵を絞るけどね。メリオ、他の部隊の状態を確認してくれ」


 後続の隊が追い付いてこない。どこかで分断され足止めされているのだろうか?

 同じ溝を進んでいるから後ろは安全などという事は無い。現に1万人以上が進んだ道で、まだ自分たちは戦っているではないか。

 石獣は壁を自由に行き来する……噂ではあったが案外間違ってはいないのかもしれない。


 防毒・防臭のマスクをつけているのに、止まっていると生臭い腐臭で吐きそうになる。


(こっちもそろそろ限界だな……魔力の残量が少ない)


 先ほどまで振り回していた巨大な剣を壁に立てかける。

 元々、歩兵で振り回すような武器ではないのだ。ある程度使ったら、最初から捨てるつもりであった。


(生きて戻ったら、帰りに回収すればいいさ)

 

 一方、指示された少女は大きなバッグから奇妙な……顔よりも大きなアサリに似た二枚貝のような物体を取り出すと、それを持った手を上に伸ばし、ぴょんぴょん跳ねながら振り回す。

 もしその腕に、光る銀の鎖のようなものが空中に浮かんでは霧散する様子が無ければ、子供が遊んでいるようにしか見えなかっただろう。

 

 コンセシール商国第3軍副官兼情報通信兵メリオ・フォースノー。

 それが彼女の肩書であり名前だった。

 

 半分残っていてくれればいい……そう考えていた。

 しかし、帰ってきた返答は全く想像もしていないものであった。

 

「コンシュール隊が山中への侵入口を発見! 突入に成功したとの報告が入っています!」


 メリオの高い、緊張した声が戦場に響いた。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

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