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023   【 初めての戦力 】

 なにか夢を見たような気がする。昔の、いつかの景色を。


 自分で思っていたより遥かに疲れが溜まっていたんだろう。考えてみればこの世界に来てからまだ十数日しか経っていない。

 ホテルのベッドはスースィリアの頭より硬かったが、それでも野宿よりは遥かに快適だった。

 それでもまだ体が重い。本当に疲れているんだな……。


 ふと見ると、魔人エヴィアが手を握ったまま寝ている。もしかしたら、俺はうなされていたのだろうか。


 そうだ、魔人は寝るのだ。そして食事も必要とする。

 白き苔の領域で見た強さは本物だった。だが軍隊、組織、社会を相手にした時に、単体での強さなど大した影響は与えない。


 ましてや食事や休息が必要となれば尚更だ。それなりの犠牲を出しつつもそれを妨害し、その間に着々と周りを侵略すれば良いだけなのだ。

 本気で戦うのなら、人類を相手にするだけの戦力を整えなければいけない……。


 それにしても、改めて見るとほんと美少女だなコイツ。

 細くふわりとした薄紫の髪を、首の下辺りでざっくりと切った丸みのあるショートカット。シミ一つない滑らかな白い肌。鼻は小さいが鼻筋はスッと通り、少し膨らんだ唇がプルンとしている。


 140センチの体は細くどことなく少年のようにも見えるが、胸の小さな二つの膨らみが女性であることを主張する。下はつるつるだった。

 今は閉じているが、時に見透かすような、時に刺さるような、強い力と感情が込められた印象的な赤紫の瞳。

 いつも無表情なのは、何か理由があるのだろうか……。


 ほっぺたを右手でちょいとつまんでみる。

 うん、柔らかい。ぷにぷにしている。実は動かないって事はなさそうだ。


 それにしても、なんというか体制が。アレだ。

 エヴィアは俺の左手を右手で握ったまま横向きで寝ているので、胸元のボタンとボタンのの隙間から白い肌がチラチラと見えて仕方がない。


 昨日の今日なのに、何を考えているんだ俺は!

 だが昨日よりも少し心に余裕がある。やはり夕べの魚肉と休息で体力が少しは戻ったと言う事なのだろうか。

 ちょっとだけ――触ってもいいかなー。


「ダメかな。淫行条例に引っかかると一生台無しだって誰かが言ってたよ」


「起きてたのか。つかお前にその言葉を教えたヤツの顔を見てみたいよ」


 エヴィアは相変わらずの無表情。そうだ――


「エヴィアは表情無いよな。動かないのか?」


「魔王を見ながら勉強中かな。でも魔王はマイナス? そんな顔が多いから今一つ参考にならないよ」


 マイナスの顔か、俺ずっとそんな顔してたんだ。

 プラスの顔……笑顔とかかな。幾らかはあったと思うけどそう言えばあまりないな。


「エヴィア、これを真似てごらん」


 取り敢えず精一杯の笑顔を作ると、エヴィアもそれを真似する。


 それは可愛らしくも儚げで、少し寂しい笑顔だった。



 ――よし、押し倒そう。

 こんな顔をされてしまったら後には引けない。児ポ法なんぞ知った事か。

 大体エヴィアは700歳オーバー。俺は見た目が幼いから子ども扱いしろなどと言う差別主義者達共とは違うのだ。

 だか――


「皆様、昼食のご用意が出来ました。どうぞ一階食堂までお越しください」


 まるでタイミングを計ったかのように死霊(レイス)のルリアがやってくる。つか昼食? 朝食の時間もずっと寝てたのか俺は。


 のそのそと一階まで下りていくと、既に昼食は綺麗に食卓に並べられていた。

 昨日魔人ヨーツケールが持ってきてくれた、スズキのような大きな白身魚の煮つけに白、赤、緑の野菜が入ったスープにサラダ。それにパンまである。


「なんか、久々に人間っぽい気分を味わえそうだよ」


 しっかりと蜜蟻の蜜の入った皿も置かれているのは気づかいであろうか。

 魔人エヴィアの頭を撫でて食卓に着くと、久々に……本当に久々にまともな食事にありつけた。


「なあ、このパン誰が作ったんだ?」


 外は固いが中はしっとりもちもちだ。人類の兵舎で食べた硬いパンとは比べ物にならない。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”……」


 厨房の隅で死肉喰らい(グール)が返事をした。早朝から準備していてくれたそうだ。


 それじゃ、今日から始まるお給料とかも頑張らないとな。





 ◇     ◇     ◇





 ホテルの地下にあるそれは大きな円柱の柱だった。何の飾りもない、陶器のような質感。サイズは俺より大きい位だろうか。周囲にレリーフが彫られているが、読めないという事は意味のある言葉じゃない。ただの飾りだろう。


「ここで良いのか?」


 言われた通り、柱に両手を当てて立ってみる。


「それで良いかな。魔力の調整はエヴィアがやるから、魔王は伝えたい言葉を頭の中で考えて欲しいかな。それじゃ始めるよ」


 ゆっくりと俺が、俺の魔力が滲みだして吸い込まれていく。まるで水に乗って流れるように、広がって行くように、この世界全体に行き渡る不思議な感覚。

 これが不死者(アンデット)達に流れていくのか。しかし言葉、伝えたい言葉か。


『俺は人間と戦う。最初は降りかかる火の粉は払うしかないと思っていた。でも今は少し違う。この世界の在り方を守りたい。弱き者、小さな者、特別な環境でしか生きられない者もいる。その彼らが生きる世界を守りたい。多くの人を殺すだろう。そして君達も大勢死ぬだろう。だけど、力を貸して欲しい。俺と一緒に戦って欲しい』


 ――突然に響く地響きのような音、いや唸り声。

 急いで3階まで駆け上がり外を見る。

 そこから聞こえるのは、この廃墟の世界全体から響いて来るかのような唸り声。


「うあ”あぅおぉぉぉぉぉぉぉおぉぉ!」


「あ”ばはぁぁぁうぅぅぅぅぅうぅぅ!」


 響く、響いてくる。

 ここは死者のために作られた死者の街。

 人間風に名を付けるのなら、死者の安息の領域だ。


 カラカラに干からびた不死者(アンデット)達が次々と水路に飛び込み、ふくふくとして艶やかな不死者(アンデット)へと変わる。

 地面からは彷徨う白骨(スケルトン)が湧き、空からは死霊(レイス)集まってくる。


 これは生まれ持った力ではない。努力して得た力でもない。

 だが紛れもなく、人類と戦うために得た俺の力だった。


 町全体に響く唸り声は、次第に一つのリズムを取り始める。

 皆が今、俺という人物に集まって来ているのだ。

 その言葉を聞く――


「にーく! にーく! にーく! にーく!!」


「にーく! にーく! にーく! にーく!!」


 ――これで本当に良いのだろうか? 一抹の不安を覚える。





 ◇     ◇     ◇





 その頃リッツェルネールはリアンヌの丘に来ていた。物資貸し付けの商談のためである。

 周囲が自分の行動を監視し、思惑を探っているのは理解している。

 元々の名声に加え二度の対魔王戦に参加し生き残った事が、自身の名声を必要以上に高めてしまった為に警戒されているのだ。


 だからあえて彼は何の策謀も巡らせてはいない。

 むしろ自分の行動に対して、リアクションを起こした者こそが敵であり味方なのだろう。

 大体、貸付なんてものは焦げ付くまでは真っ白いものだ。いや、白い部分だけ見せるのだ。


「ここから先は歩くよ。ここで待機していてくれ」


 まだ彼は車椅子に頼っている状態であったが、ここから先はそんな無様な姿では入れない。


 そこは、このリアンヌの丘全軍を統括するユーディザード王国の庁舎。

 車椅子とイリオンを残し、リッツェルネールは呼吸を整え入って行った。



「お久しぶりでございます、マリクカンドルフ・ファン・カルクーツ国王陛下。拝謁の名誉を承り、心から感謝いたします。此度は御用命の書類作成が終わりましたので、お届けに参上仕りました」


「堅苦しい挨拶は無用だ、リッツェルネール君。あまり堅苦しいと、ついつい君を卿と呼んでしまいそうになる。ここは商談の席だ。君の国の流儀で行こうじゃないか」


 マリクカンドルフはその220センチの巨体を揺すり面白そうに言う。だが感じる印象は豪快ではなく静。この岩石の様な体と獅子の様に精悍な顔立ちに反して、この男は常に沈着冷静な静かな男であった。


「ケーバッハ、確認しろ」


 王の言葉を受け、一人の男――マリクカンドルフより更に静を感じさせる男が進み出る。


(“臆病者”のケーバッハ・ユンゲル子爵か……)


 通常、異名に悪口が付くことは無い。他者を貶すにはそれなりの代償が必要であり、相手が王侯貴族ともなれば、それは死という事になる。だがそれでも悪口が異名となったこの男――。


 身長は173センチと高くも無く低くもなし。黒とグレーのメッシュ髪に生気を感じない水色の瞳。彫りが深く窪んだ半眼は病的にさえ見える。一見して影の薄い男。だがその身に纏う空気は、人間というより魔族の雰囲気すら感じさせる。

 現在1727歳。現役武官としては世界最年長の男であり、マリクカンドルフの腹心中の腹心である。


「新型飛甲板のダルカンマン129式を600騎、食料医薬品37万7千トン、補給物資に整備器具18万8千トン。簡易飛甲板のニーバブル22式を430騎に飛甲騎兵イーゼンヴァッフェル233-1を42騎、それに例の新型が12騎と……」


「よく揃えたものだな。とても15日やそこらで用意できるものではあるまい。いつから準備していた?」


 ケーバッハの報告を遮ってマリクカンドルフ王が口を挟む。


「元々は他の国に送る予定だったものです。残念ながら炎と石獣の領域では多くの犠牲者が出ました。それらの国が受け取れない状態になったため、たまたまお声かけ頂いた貴国に御買い上げ頂くことになった次第です」


 リッツェルネールは深々と頭を下げて挨拶するが、ケーバッハ・ユンゲル子爵の出している妖怪じみた空気に冷や汗が出る。


(対策はしてあるが、今嘘ですと言われたら顔に出てしまうかもしれないな……)


「まあいい。余としても、喉から手が出るほどに欲しいものだ。買えると言うなら買うさ。だが中央に売れば、3倍の値が付いたのではないか? あそこは今、体面を保つ為に必死だろう?」


「中央ではそこから編成や分配などを行いますので、それでは時間がかかり過ぎます。今我々は未知の事態に突入しておりますれば、事は急を要するかと。これは魔族領駐屯軍全体の問題であると愚考致します」


 元々、何の含みも無い商談だ。全て予定通りで何一つ問題はない……だが、突然幕僚席から長身の男が立ち上がると、大きな声を立てながらこちらへと向かってくる。


 いかにも優男と言った顔に逞しい体。オレンジの長髪は後ろで一本で束ねられ、着ている軍服も周囲とは違う。

 赤に青の二本線。2列に並べられた6つの金のボタン。下も上と同じ色彩の軍服を身に纏い、背には肩には左前で止める、左上腕を隠すマントを着用している。

 ティランド連合王国に属するマリセルヌス王国のロイ・ハン・ケールオイオン王。

 かつてコンセシール商国との戦いでは、リッツェルネールの防御陣を食い荒らし、逃げ回りながらも国土1200キロを縦断した。ついた異名は”逃避行”。リッツェルネールの天敵ともいえる男であった。


「それは商人としてではなく軍略家としての意見か、リッツェルネール。貴様は腹に何匹も蛇を飼っているからな!」


「勿論、軍略の観点から申し上げております、ロイ・ハン・ケールオイオン国王陛下。特にここリアンヌの丘は魔族領遠征軍の中核です。この地が完全に機能しなければ、他の駐屯地もまた大きな打撃を受けてしまいます。当然ながら、それは我々コンセシール商国の駐屯地にも及びましょう」


 だが彼は冷静であり、これもまた事実であった。巨大山脈に遮られた北部方面軍、白き苔の領域で遮られた南部方面軍はそれぞれ別であるが、東部方面軍は全軍がリアンヌの丘を中心として活動している。

 ここから更に西の領域を攻略する軍や物資の集積所であり、東部方面軍の心臓ともいえる場所である。間違いなく人類にとっての最重要拠点の一つ。その強化の必要性は、誰もが認識していたのだ。


「まあ良かろう。書類に不備などないし、商国が売るというなら期日に必ず届く。中央なんぞより、よほど頼りになるのは事実だ。なあケーバッハ」


 マリクカンドルフ王の言葉に対し、ケーバッハは「左様で」――と答えたのみだった。





 ◇     ◇     ◇





 庁舎を出たリッツェルネールは、すぐに鮮やかな緑の髪の男に呼び止められた。

 彼とほぼ同じ176センチの身長で、体も同じように細い。少し臆病さを関させる橙の瞳からはあまり実践豊富といった感じはしなかった。


「中央はそれほどひどい状態ですか?」


(彼は確か……)


「どうもお久しぶりですチェムーゼさ……いや、伯爵となられたのですか」


 水色の軍服に白銀と青で彩られたユーディザード王国の鎧。その右肩から胸元へはその国の爵位を表す紋章が刻まれている。絡み合う獅子と鷲。この国では確か伯爵だったはずだ。

 さすがに全ての国の形式や紋章を覚えているわけではないが、商談に行く相手の国くらいは頭に入れている。


(さて、おめでとうと言っていいものだろうか……)


 しかし目まぐるしく変わる人間関係までは全て把握できていない。

 何せこの世界は、親が死んだから子が継ぐような簡単な構造ではないからだ。

 メリオが居てくれたらと思うが、それを考えても仕方がない。


「先代のサウシーナ・コレンティア伯爵は、先日戦傷を苦に自害なされました。それで急遽お鉢が回ってきただけですよ」


 そんなリッツェルネールの思惑を察してか、先に話を進めてくれる。気が利く男のようだ。


「それで中央の事なのですが――」


「ええ、正直まともに機能していない状態です。平和な頃なら良かったのでしょうが、魔族領侵攻が開始されてからは行動の遅さが際立っています。それでもここはまだ恵まれている方ですよ」


「ゼビア王国ですね……」


 補給の失敗による12万人の兵員削減は、魔族領駐屯軍全体に衝撃を与えた。

 誰もが死を覚悟して来ているが、それは無駄死にとは全く別の覚悟である。あくまで憎き魔族を倒すための聖戦であり、自殺しろと言われたら死ぬという訳ではないのだ。


「クランピッド大臣が出撃に際して仰られました。時代は変わった、戦力は温存するようにと……。中央がもっと現地の事を考えていればと思うと無念でならないと私は考えます。あの言葉を残して出撃した大臣の魂は、今どこを彷徨っているのか……」


「そうでしたか………我々も考えねばなりませんね。お体も良くないでしょうに、立ち話に付き合わせてしまって申し訳ありません」


「いえ、気にしないで下さい。お互い気を付けましょう」


 リッツェルネールに気づいたイリオンが車椅子を押して走ってきたため、話はそこで終わりとなった。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

面白いかなと思っていただけましたら評価も是非お願いいたします。

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