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022-2 【 幸せの白い庭(2) 】

 炎と石獣の領域に面する、草原と湿地に囲まれた地。

 かつては”鉄花草(てっかそう)の領域”と呼ばれていたこの地には、金属を取り込んだ植物が生い茂り、それを食う大型草食動物が住む地であった。

 しかしその領域は八割方が解除され、何処にでもあるような普通の雑草が生い茂る荒れ地となっている。


 その中にある、近隣から運ばれた木を植林した一角、ハークの森にティランド連合王国の本陣が設営されていた。


「世界連盟会議を開くかどうかを決めるための世界連盟準備会合を開くから、日程を決めるための世界連盟事前準備会合を開くだぁ? 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」


 カルターは真っ赤な長髪を右手ですきながら、机の上に乗せた両足で天板をガンガンと叩き悪態をついている。不機嫌なのは誰の目にも明らかだ。


中央(あいつら)は状況を判ってるのか!? 今前線は何処もそれどころじゃないだろうが! 食料は届かない、兵員も運べない。外の連中を見ろ! もう鎧も着ていないぞ!」


 そういうカルタ―自身も今は鎧は着ていない。豪華な金の刺繍が施された黒い上下の軍服だけである。だがこれは執務中であることを考えれば当然であった。


 だが今、兵士たちの多くは隣接する領域の攻略どころか駐屯地の領域の解除もままならない。それぞれが食料を得るため畑を作り、現地の小動物を狩って飢えを凌いでいる状態である。鎧を着込んで魔族と戦うどころではない。


「それでもまだ我々の状態は良い方だ。ゼビア王国駐屯地の惨状は聞いてるだろう。12万だぞ、あの糞どもが!」


「まあ補給と今回の件とでは管轄も違いますし。それぞれはそれぞれの事をやっていると信じましょう」


 カルタ―王付きの魔術師、エンバリ―・キャスタスマイゼンとしても現在の中央の作戦ミスには頭が痛い。一緒になって不平不満を言いたいところだが、立場上そうは出来ない。やればただの太鼓持ちである。


「やってりゃここまで苦労はせんよ!」


 そう言って机の上にある書類の束を踵で踏みつける。

 補給関連資料の束、束、束。勿論本国からも送られてくるが、中央が指示した分は中央が補填する決まりだ。だがそれは圧倒的に足りず……。


「あの腹黒は元気に動き回っているようだがな」


 そこにはコンセシール商国からの物資兵糧の貸付資料の束。炎と石獣の領域に突入する前から準備してあったのだろう。現在、食料医薬品を満載した新型飛甲板が続々と魔族領に向かいつつある。


「リッツェルネール殿はこういった方面が本分ですしね。しかし腹黒とは旧友に対していささか乱暴ではございませんか?」


(確か随分と仲が良さそうで古い友人といった感じでしたが、案外仲が悪いのでしょうか……)


 彼女はカルターとリッツェルネールの関係は知らないが、炎と石獣の領域での様子から深い仲だと察していた。それだけに腹黒とはいささか穏やかではない。


「奴の黒さは奴自身がわかっているさ。軍略の天才なんて異名は誠実な人間には付かんよ。まあ、ミュッテロン」


 カルターは少し面白そうに幕僚であるミュッテロンに話を振った。

 甲虫の異名を持つミュッテロンは、過去リッツェルネールと何度も戦っており、そのたびに煮え湯を飲まされてきた仲だ。


「正直に言えば、前線司令官等と言う職に就いている限りは、さほど脅威ではなかったと考えます。ですが、その様にお考えでしたらこのミュッテロンめが……」


「いやいい、お前が動く必要はない。今は自由にやらせた方がこちらにとっても都合が良い。あいつの手腕は本物だからな」


 ミュッテロン・グレオス。カルターの副将の一人であり攻守併せ持った用兵家であるが、謀略とは無縁な実直な男。


(むしろお前ではリッツェルネールを利するだけだ……)



 それにしても、メリオが死んだことはカルターにも少なからず衝撃であった。しかもその後すぐにリッツェルネールが寝室に男を連れ込んだと報告があった時はついに壊れたかと思ったものだ。だが――


「もしコンセシールが我々に牙を立てるようであれば、国ごと潰してしまえばいいだけの事だ」


 カルターは本気でそう考えていた。


「それよりも世界連盟事前準備会合の件ですがいかがなさいますか?」


 彼女としてはカルター王に直接参加し、出来ればそのまま門の向こうに居て欲しい。そう考えたのだが――


「いや、俺は行かん。シャハゼン大臣が中央にいるはずだ。仔細は奴に任せる」


 結局、カルターは壁の向こうには帰らないことが決定する。

 今、彼の興味は別の方向を向いていた。炎と石獣で助けたアイワヨシキの件だ。魔王を倒したらすぐに新たな魔王が誕生した。世間ではそう考えられている。


 だが、改めて考えれば出来過ぎていた。あの通路と部屋は一本道の突き当りであり、逆から入ってくることはあり得ない。カルター達は先ず檻と、それに入れられた無残な白骨を見つける。そして何度かそれを見させられた後、魔族に捕まった哀れな生き残りを発見したのだ。


「エンバリ―、もしあの時に最初に発見したのが人骨ではなくアイワヨシキだったらどうした?」


「そうですねえ……まあ全ての部屋を確認してから同じ事をしたとは思いますが、どうでしょう。わたくし達はおそらくその部屋に居て、人骨に関しては報告だけだったでしょうし……或いは」


 彼女も同じ結論に達していた。自分の目で犠牲者を見る事で、思考が誘導されたのではないか? と言う事に。


 魔王の拠点、そこで見つかった所属不明の人間。今考えれば、なぜ殺しておかなかったのだろう。結局、彼はのうのうと正規の身分証を入手し、人類絶対防衛線の壁を越えた。

 そもそも魔王が発見されたというのが魔王の策略ではなかったのか。倒したというのが錯覚ではなかったのか。


 実際に魔王を倒したと言う者は誰もいない。先ず居場所を餌に人類軍を炎と石獣の領域に集めて一掃する。その後、さも自分が倒されたように演出し被害者として保護され、目的が済んだら今度は白き苔の領域に人間を集めて一掃する。

 最初からアイワヨシキこそが魔王であり、魔王という存在は、実は倒されてなどいないのではないか。


 空を見上げ考える。そこには油絵の具の空に交じり、微かに太陽の光が見える。

 ならばなぜ我々にこの光を見せたのだ、魔王。





 ◇     ◇     ◇





 ホテル、幸せの白い庭。

 魔王の魔力を分け与える――だが決心虚しく、今日は日延べとなった。俺の体力的な問題と晩餐会の時間が迫っているかららしい。

 魔力を貰えることが確定した不死者(アンデット)達はおとなしいもので、今俺の前で黙々と給仕をしている。


 晩餐会の場所は一階の食堂。

 肉の焼ける良い香りが漂い久々に食欲をそそるし、給仕を行っている蠢く死体(ゾンビ)もカラカラに干からびており、腐った様な嫌な臭いはしない。


 だがそれよりも、目の前に置かれているこんがり焼けた右腕は何?

 これ誰の腕? 取られた人はどうなっちゃったの?


屍肉喰らい(グール)の腕かな。ちゃんと水で戻してあるから大丈夫かな」


 魔人エヴィアは全く気にしたそぶりも無く左足をもぐもぐと食べている。

 乾物かよ! いや、少しは気にしてくれ……。


「これは魔王が考えないといけない事かな。何を食べて、何を食べないかの線引きを決めるのも、魔王のこれからに大切な事だよ」


 言いながらも相変わらずもぐもぐ食べてる。旨いのであろうか? しかし線引きか、食べるモノと食べないモノの……


 人は食べない。人の言葉を話すものは食べない。人の形をしたものは食べない。声を発するものは食べない。動くものは食べない。

 そうして最後に、この世で最も弱い命――命乞いも出来なければ、逃げる事も出来ない植物に落ち着く。いや、そこで落ち着かないと栄養が足りなくて死んでしまうのだ。


 なら、全ての言葉を理解する俺はどこまで食べるんだ?  確かにかなり最初に(つまづ)いている。

 おそらくあの多足キリギリスも、生きていたら「助けて!」とか言ったのかもしれない。

 それでも食べたのか? 今後どこまで食べるのか?

 仲間達が食べていたらどうする? 残酷だと咎めるのか?


 成る程、それが決まってなかったから今まで蜜蟻の蜜だけだったのか。後になってから『自分は何て罪深かったのだ!』なんて悔やまないように。


 だがその蜜蟻の蜜も、彼らが生きるための大切な糧だ。命じゃないから奪っていいなんて理屈は通らない。

 ……こいつ意外と考えているんだな。


 ただやり方がスパルタすぎて心が挫けそうだ。

 最も、この位のインパクトは必要だったのかもしえない。此処で決めれば、今後何があっても揺るがないだろう。


「俺は大丈夫だ、エヴィア。その辺りの線引きは今も昔も変わらない。俺は人は食べないよ。だが他の動物は食べる。たとえ命乞いをされても。それでいいか?」


 生きるために殺す、もう決めてある事だ。だけど共食いはしない。その一線だけは越えようとは思わない。


「魔王がそう決めたのなら、それで良いかな。じゃあそれエヴィアが貰うね」


 そう言って、しっかりと皿ごと屍肉喰らい(グール)の腕を持って行った。ちゃっかりさんめ。だがそうすると、俺の食うものが無いんだが……。


「さっきヨーツケールが魚を置いていったかな。多分必要になるからって言ったよ」


「あいつツンデレさんなの!?」


 ―――今日一番驚いた出来事だった。





 ◇     ◇     ◇





 打ち寄せる波。周りにはけたたましい雨音と水飛沫、それに波が加わった轟音が響く。

 海に浮いて、いや流されている。足が地面に着かない。


「頼むよガボッ、義輝ぃ! 俺たち友達だろ!」


(ならお前は俺の何なんだよ。)


「家族がいるんだ! 帰りたいんガバッガハ……頼むよ!」


(俺にだって家族はいるよ)


 目の前には青いバケツ。釣り用に持ってきたやつだ。そうか、あの時だ。

 辺りを確認して状況確認したいが、雨と波が強すぎてそんな余裕がない。

 船は! 船は何処にあるんだ!


「ゴホッゴホッ、義輝ぃ、すまない、すまない!」


 腹部に鈍い痛みが走る――蹴られた?

 威力は無いが、棒で押されたような状態になった俺は体勢を崩し、波に吸い込まれてゆく。あいつが何か言っているけど聞こえない。体が流され沈む。


 クソっ! あんな小さなバケツでどうにかなると思っているのか! 落ち着いて回りを確認してから最善手を判断するべきじゃないのか!!

 結局ああいったやつが生き残るんだ。思考は止まっているくせに、自分を弱者に設定して強い他者は自分を助けるのが当たり前だと本能で決める。罪悪感も無い。


 今もう一回あの状態になったら、俺は奴を蹴るんだろうか?

 いや無理だ。蹴らなかったのは、俺の今までの人生が決めた事だ。あそこで蹴ったら、それはもう俺じゃない。別の誰かだ……。


 だけど悔しいな。こんな結果で死ぬなんて。

 やりたい事は沢山あった。いろんな未来を夢見てた。だけどそれも今日で終わりか。

 誰か助けてくれよ。もし、もしも生き延びたら……もう一回チャンスがもらえるのなら…………。


 ……必ずその恩は果たす。




 ――イイダロウ キミニキメタヨ。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

面白いかなと思っていただけましたら評価も是非お願いいたします。

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