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021   【 ホテルに行こう 】

 相和義輝(あいわよしき)は放心していた。初めての体験に、初めてを失った事に。


「俺、汚されたんだね……」


「大丈夫かな。お腹の中にあった汚いのは全部捨てたから」


「やめてお願いだからそれ以上言わないで!」


 追い打ちをかけてくる魔人エヴィアの言葉に心が折れる。本人に悪意はないが、それだけに刺さる。


 ――カプ。


 何かを察したのか、魔人スースィリアがエヴィアの頭を噛み、そのままポーーーイっと放り投げた。


「うわ、1キロくらい飛んでったな……」


 あまりの事に唖然としエヴィアに目を取られた瞬間、いつの間にかスースィリアが口を開いてすぐ横に来ていた。


 え!? 俺を食うの??

 不思議と恐怖は感じないのに体は動かない。だが――


 わしゅわしゅわしゅわしゅ……わしゅわしゅわしゅわしゅ……。


 スースィリアは甘噛み……いや、甘咀嚼をしてくる。

 ああ、何だろう。くすぐったい様な指圧されているような、とても落ち着いた感じになる。

 慰めてくれているのだろうか? そういえば、家で飼ってたちこたんも、俺が落ち込んでいる時はこうやって慰めてくれたっけなぁ……。


 ――かぷ。


「いっでえっぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」



 何か怒らせたのだろうか、噛まれてしまった。さっきからブシュブシュ蒸気を噴出しているし、頭の上も硬いままで尻が痛い。噛まれた部分は傷こそないが、真っ赤なあざになっている。


 うーむ………謝った方がいいと思うけど、何が原因で怒らせたのかがわからない。心の機微だけで考えが伝わる相手に表面上の謝罪など無意味だろう。

 仕方がないので、ひたすら頭を撫で続ける……。


(あ、少し柔らかくなった。機嫌が戻ってきたのかな?)


 しかし奇妙な廃墟だ。蔦に絡まれた四角い建物には四角い窓があり、そこからは中に木のイスやテーブル、陶器らしい食器も見える。しかし人がいた気配が無い。道路もコンクリート舗装だが、車や自転車と言った移動手段が見当たらない。


「なあ、ここには昔、どんな人が住んでいたんだ?」


 かつては人間がここにいたのか――そう思い聞いてみるが。


「ここは最初からこうかな。誰かが住んだ事は無いと思うよ。でも魔人ウラーザムザザがずっと住み続けてた気がするよ」


 へえ魔人が……いやそっちも気になるが――


「誰も住んだことが無いってどういう事さ。どう見ても廃墟だろ? じゃあ誰が作ったんだ?」


「言った通りかな。一番最初からこの形に作ったから、ここはずっとこのままかな。作ったのはエヴィアだよ。昔はエヴィアじゃなかったけど」


 言われた言葉を理解するのに手間がかかる。今のエヴィアになる前の魔人が作ったのか、この形に。最初から廃墟として……。


「魔人はどうして別の魔人になるんだ?」

 」

 エヴィアの昔はどうだったのだろうか? なぜ今の姿になったのだろうか? 聞きたい事が多すぎて、逆にシンプルな質問になる。


「生き方を変えたい時にかな。山で暮らしたいと海で暮らしたい、そんな、どっちも選べないって時に分裂するよ。それで、また出会った時に融合すれば、互いの記憶も知識も一つに合わさるよ」


 それは……便利だ。一部の共有でなく全部纏めて一人になるのか。王様と乞食、それぞれ別の人生を歩んで融合する。そうすると王様だった頃の記憶も乞食だった頃の記憶も共有される。お互いの良かった点も、苦しかった点も正しく知れる。ならどんな苦しい境遇に生きても、幸せだった相手と融合すればすべて解決。

 社会問題など一気に無くなるな。


「魔人が世界を支配した方が良いんじゃないか?」


 本気でそう思った……だが――


「人間はそれを嫌がったかな……」


 少し寂しそうな言葉が返ってきた。


 そうか……その辺りの事は詳しい魔人に聞かなければ判らない。だが色々あったのだろう。


「あれ? ふと考えてみればエヴィアとスースィリアも元は同じだった頃があるのか?」


「あるかな。大昔は魔人一人だったから、みんなそこから分かれたかな。エヴィアは人間に興味があったからこの姿にしたけど、逆にスースィリアは人間が嫌いだったからこの姿になったよ。姿を見れば、人間への興味の度合も分かるよ」


 言葉を持たないスースィリア。威嚇するような姿になって人間から距離を置いた魔人。それでも、こうして俺を運んでくれるのか。


「ありがとうな、スースィリア」


 堪らない感謝の気持ちが溢れて頭を撫でまくる。

 あ、なんかものすごく柔らかくなってフワフワクッションに戻った。完全に機嫌が直ったと言う事なんだろう。この際だから、道中ずっと撫でていよう。


 でもそうか、そうなると魔人ってのは詰まる所一人なのか。様々な姿になって、その間だけは個人のような個性を持つ。だが実質的には一人。どんなに別れても結局は一人……。


 人間も何もいなかった頃からいるとエヴィアは言った。この広い世界に魔人だけ。分裂と融合を繰り返せば、世界の知識なんてすぐに尽きてしまうだろう。

 方法は解らない。だが異世界召喚、魔王、人間、領域……次第に繋がってきている気がした。


「それはそうとして、お前は早く服を着ろ!」


「昨日流しちゃったかな。過去を振り返ってもどうにもならないって、誰かが言ってたよ」


 元々ボロ布2枚を体に巻いていただけだったが、今日は完全に朝からマッパ。

 土左衛門になる時に千切れて失ったらしい。

 まったく……。


「ほら、これでも着てろ」


 ゲロ拭き用の布となってしまった俺のシャツだが、今はきちんと洗ってある。無いよりはマシだろう。


 だがなんだろう――失敗した。

 手は指まで完全に隠れ、太腿が半分ちょっと隠れる程度の丈。風に揺れて裾がひらひらとする度に、白い肌がちらちら見える。

 逆に着せた方がエロかった!


 どうしてだ? さっきまでの真っ裸の方が何も感じなかった。なんかマネキンに服を着せた方がグッとくる感じか?

 そういえば、今の今まで人としての意識は無かったような気がする。


 まずい、まずい、まずい。おそらくこの感情に魔人達も気が付いているだろう。

 あぁ、スースィリアがちょっと固くなってきた。

 どうしよう、とにかく落ち着け、落ち着け、落ち着け……。


 《 なんだ、発情しているそれは魔王か。見るからに弱い。何の力も感じない。ホテルはこの先だ。さっさと行って来い 》


 なんだ!? 鉄のバケツに顔を入れてしゃべっているような、そんな金属の響きがする低い声。

 辺りを見渡す……いた! 水路の影に、それは、その巨大な塊は佇んでいた。


 巨大だ。勿論80メートルのスースィリアに比べれば小さいが、それでも見知った姿で考えるそれよりは遙にデカい。


 全高6メートル、横幅8メートル。2匹の蟹を異次元で融合させた様に重なった姿。下は普通の姿勢だが、上は少し左に傾いている。それぞれの胴体からは3メートルの腕に5メートルの(はさみ)。それが2匹の蟹から生えて合計4本だ。体全体は珊瑚の様な石灰質の赤と白の斑模様の外皮に覆われており、その姿はとても美味しそ……綺麗だった。


「なあ、あれはどっち?」


 見た瞬間、それが魔人だと分かった。魔人ヨーツケール、それがあの蟹の名だ。


「食べられない方かな」


 だよね、食べないよ……つか質問の意味が違うわ。



「始めまして、魔人ヨーツケール。俺は相和義輝(あいわよしき)。今度新しい魔王になった。よろしく」


 スースィリアから降ろしてもらって挨拶する。しかし見上げるとものすごい迫力だな。

 特に鋏がすごい。自分の身長より大きな鋏なんて初めて見た! 身がぎゅうぎゅうに詰まってそうな感じとかが凄く良い!


 《 お前からは不穏な気配がする。さっさとホテルに行け 》


「大丈夫かな。魔王は蜜蟻の蜜しか食べないよ」


 ――いつからそうなった!


「つかホテルホテルって、いい加減教えてくれよ。俺はそこへ行って何をすればいいんだ?」


 《 その建物を曲がればすぐだ。初めに言っておく、魔王よ。ヨーツケールは深くは係わらない。人の世界には干渉しない。お前が何をしようともヨーツケールは何もしない。だがお前の持つ知識には興味がある。お前を観察する。それだけだ 》


 お互い不干渉か。あれは人を嫌った姿なのだな。

 だけど会話は出来る……やはりどうしてもスースィリアの事を考えてしまう。

 他の魔人に聞くのは筋違いだろう。いつか……そうだな、スースィリアが話せる魔人になったら、そして話せる事だったら聞いてみよう。



 魔人ヨーツケールの言う通り、大きな廃墟を曲がるとそれはすぐにあった。

 白い柵に囲われた大きな空間。周りは庭のようになっており、他とは違い整然と手入れされた植木が並んでいる。誰かが手を入れているのだろうか?


 中央には3階建ての立派な洋館。

 他の廃墟よりも少し白いコンクリートの壁で、そこには一面に(つた)が生い茂っている。庭はかなり広く、スースィリアの巨体でも悠々と入れるほどだ。

 柵には入り口らしい鉄門があり、そこには『ホテル幸せの白い庭』と書かれた木の看板が取り付けていた。


「何というか、空の色と相まってすごく不気味なホテルだな」


 コンクリートのヒビや蔦が無ければ、すごく綺麗なホテルなのではないだろうかとも思う。だが、どんよりとした油絵の具の雲の下に佇む廃墟的なホテル。正直、ホラーやなんかに出てきそうな外見だ。


「何も出ないから早くいくかな」


 スースィリアが顎肢で器用に両開きの鉄門を開け、そのまま庭へと入っていく。

 するとホテルの入り口――そこにはメイド姿の女性が立って、こちらをじっと見つめていた。

 体が透けて、後ろが見えているのがものすごく気になる。


「ようこそ魔王様。こちらはホテルしわわせの白い……」


「あ、噛んだ」


「噛んだかな」


「ブシュウウゥゥゥ……」



 三者三様、言葉は違えど想いは一緒だった。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

面白いかなと思っていただけましたら評価も是非お願いいたします。

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