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018ー2 【 針葉樹と蔓草の森(2) 】

 しかし改めて自分の格好を見ると、上半身裸のこの状況は何ともみっともない。

 他に身に着けているものといえば、ズボン、ベルト、ポーチ……それに腰には一本の剣。

 オルコスの息子の剣、持ってきてしまったな。悠久の希望を求め、永劫の明日の世界へか……人類はどんな未来を思い描いていたのか。


 そんな黄昏にも似た気分も、魔人スースィリアがひゅっと頭を下ろしてくるといっぺんに吹き飛んでしまう。


「いや、いいから歩こう。もう苔の世界は抜けたんだし、ゆっくりのんびり旅をしようよ」


「大丈夫だから乗るかな」


 魔人エヴィアに腕を掴まれ強制的に乗せられてしまう。

 ああ、俺もう死ぬの? 体力の限界はとうに過ぎてるよ。もう気力で生きてるだけだよ?


 だが、乗ってみるとそんな心配は不要だった。

 ゆっくり、ゆっくりと進む。

 鎌首をもたげ、頭を振らず体を揺すらず、足だけでわしゃわしゃと進む。


 確かにこれなら大丈夫だ。

 ただ生物的な金属的な、見る分には少年心をくすぐられるが、乗ると痛い外皮が――

 そう考えたとたん、体がずぶりと沈む。まるで柔らかいクッションのようだ。


「こんなことが出来るの?」


 ここ数日は驚きの連続だったが、これは不意打ち的な驚きだった。


「このくらいなら出来るかな。」


 そう言って広げたエヴィアの右手には指が10本ある!


「でも腕を増やすとかは無理かな。そうすると、もうエヴィアはエヴィアを保てなくなってしまうかな」


 保てなくなってしまう。それはなんとなく判った。初めて彼女を見た時、その姿や命から彼女の名前を理解できた。それが崩れてしまうと言う事なのだろう。しかしそうなった時、一体彼女は何になるというのだろう。


 空には鳥が羽ばたき、巨大な針葉樹の枝にはリスのような小動物や虫もいる。

 風が葉を擦るカサカサという音に交じって、何処からか動物の鳴き声も聞こえてくる。

 ここは命に溢れているな――


 炎と石獣の領域から門までの道中、殆ど景色に変化のない荒野だった。人間の土地になり、人間に不要な生き物を全て殺したら、ここもああなって行くのだろうか。もっと時間があったら、人間の世界を見てみるのも良かったかもしれない。


 それにしても風が心地いい。ふんわりとした柔らかい感じもあり、ついつい眠ってしまいそうだ。

 しかし、ここもここで少し変わった所だ。

 高い針葉樹に囲まれているが、蔓草(つるくさ)は地面にだけ生えている。蔓科の植物なのに上を目指さないのだろうか。針葉樹に絡みつき上へ上へと目指していけば、もっともっと光を得ることが出来るはずなのに。


 あまりの気持ちよさにウトウトする。どこかで囁きが聞こえてくる。


『大丈夫だよ魔王。あの上の光は私達には眩しすぎる』


『気にしてくれてありがとう、でもあの上の風は私達には冷たすぎる』


『またいつか会いましょう、優しい魔王』


 いつの間にか眠ってしまったのだろうか……声は聞こえず、風で木の葉が擦れあう音しかしない。

 ふと振り向く……そこはスースィリアの巨体が通った為、耕された地面が筋状に続いている。なんか蔓草(つるくさ)大惨事だ!


 だが、魔人エヴィアは「大丈夫かな」とだけしか言わなかった。



「食事かなー。蜜蟻の蜜だよー」


 またそれか! 出会ってからそれしか口にしていない気がするぞ。というか何処にでもいるのな、その蟻。


「人間が解除していない領域には必ずいるかな。生命力が強いのは良い事だって誰かが言ってたよ」


 領域か……。


「ここはなんて領域なんだ?」


「何かの領域って言葉は人間が作ったかな。名前は無いかな」


「じゃあ普段はどうやって伝えてるんだ?」


 そう言うや否や、魔人エヴィアは手を『ぶすっ』と魔人スースィリアの頭に突っ込む。

 表情が無い分、いきなりこういう事をされると心臓に悪い。

 あたふたするこちらを他所に――


「複雑な事はこうやって必要な記憶や考えを渡すかな。魔人に言葉は無いかな。簡単な事なら渡さなくても仕草や波長で判るよ」


 手を引き抜くと、そこには穴どころか傷一つすらついてはいなかった。

 言われてみれば、意思疎通しているように見えるのに、魔人エヴィアと魔人スースィリアが会話しているのを見たことが無い。


 しかし知的生命体として、これ程に有利な生き物を見たことが無いな。どの生物も言葉やフェロモンなど、意思を伝えるのに四苦八苦しているのだ。記憶のやり取りなんて出来たら誤解や間違いなんて生まれようがない。

 あれ……? 少し気になったが後にしよう。


「今のは痛くなかったのか?」


 こちらの方が気になったので、魔人エヴィアが手を突っ込んだあたりをさすりながら聞く。

 勿論、魔人スースィリアが答える事は無く、魔人エヴィアが「大丈夫だよ」と言っただけだった。



 その日の夕飯は蜜蟻の蜜であった。


 そして翌日――


「蜜蟻の蜜かな。栄養補給は大事だって誰かが言ってたよ」


 またもや葉っぱの上に、たっぷりの蜜を乗せて持ってくる。


 またか! いやもうお願いしますから何か別のものを食べさせて!

 確かに甘い、旨い、そして栄養満点だ。だがそれだけしか食べてないぞ。

 そろそろ他のものが食べたい! 肉とか肉とか肉とか!!


「そういや休憩の度にスースィリアが食事に行ってるけど、何を食べてくるんだ?」


「肉かな」


 魔人エヴィアは簡潔にスパッと答える。


「肉!?」


 これは聞き逃せない!

 というか、今まで蜜蟻の蜜に不平不満を言っていたのに肉があることを黙っていたのはちょっと感心しないぞ。


「すまないスースィリア。余分に採れそうだったら少し分けてくれないか?」


 火が使えそうな環境ではないが、干すという手もある。いや、最悪ナマでも構わない。

 こちらの意図を察したのか察していないのか、魔人スースィリアは森の奥へと消えていった。


「なあエヴィア、君が持っていない記憶をスースィリアが持ってるって事はあるのか?」


 昨日疑問に思ったことを聞いてみる。


「あるかな。でも魔王からの質問には、ちゃんとお互いの記憶を合わせて答えているから、解らない事は解らないよ。古いほど曖昧になるから、昔の事は沢山の魔人が集まらないとだめかな」


 そうか……やはり不明な点等は他の魔人、特に前魔王に近かったという魔人を探すしかないようだ。


「魔人同士で互いが何処にいるかは判るのか? 匂いとかで感知したりは?」


「お互いの位置を知る事は無理かな。魔人は基本的に単独で行動して、あまり他の魔人とは係わらないかな。魅力を上げる? そういう感じ。スースィリアが付いて来てくれてるのは、エヴィアが頼りないからなのだ」


 それ自慢げに言う事じゃないぞ、と話していると魔人スースィリアが戻ってくる。口には足が20本以上ある2メートルはあろうかという巨大なキリギリスを咥えて……


 〈 わっしゃわっしゃわっしゃわっしゃ…… 〉


 ああ凄いな。こうやって食べるんだ。


 〈 わっしゃわっしゃわっしゃわっしゃ…… 〉


 多足のキリギリスらしき生き物は見る見るうちに肉団子へと変わっていく。


 〈 わっしゃわっしゃわっしゃわっしゃ…… 〉


 うわー、器用だなー。

 だが現実逃避の時間は終わり、魔人スースィリアはホイと目の前に巨大多足のキリギリスであった緑色の塊を差し出してくる。


 解っている。スースィリアは、決して嫌がらせをしているのではない。

 まだそれほど長い付き合いではないが、なんというか優しく包み込むような――実際移動中は優しく包まれているが――いやそうじゃなくて、もっとこう心が安らぐような、そんな雰囲気を纏っている。


 一方で魔人エヴィアは表情や姿勢には出さないが、ホレ食ってみろホレホレという空気を全身から醸している。

 こいつめ……。


 ああそうさ、これは俺が望んだ事だ。そしてスースィリアはそれに答えてくれたんだ。

 ならば、それには答える義務がある!


 はむ……。


「臭ぁ! それに草ぁぁ!」


 草味の肉だこれ! しかも固い! 器用に団子にしてあるが外皮は骨よりも固く、筋繊維には歯が立たない。なんかぶよぶよしている部分も固い! それに凄い草臭の汁が手にべっとりと付く。

 無理です……ごめんなさい。


 心の中でギブアップすると、スースィリアは上を向いてゴクンと飲み干した。

 本当にすまない、もう贅沢は言いません。


 昼も夜も、やっぱり蜜蟻の蜜だった……。



「なあ、それで結局どこへ向かっているんだ?」


 翌日も、二人の魔人は迷うようなそぶりは見せずに進み続ける。だが目的地を言った覚えはない。なら魔人達には俺を連れていくべき所があるってことだ。


「最終的には判らないかな。でもとりあえずホテルに連れて行くよ。」


 は? ホテルですと?

 そりゃ宿泊できるところはありがたいし大歓迎だが、この世界でこれからの目的地に設定されると本気で訳が分からない。大体、誰が経営して誰が泊まるのさ。

 謎だらけだが、明日には着くという。ここは楽しみにして待つとしよう。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

面白いかなと思っていただけましたら評価も是非お願いいたします。

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