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この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第一章   出会いと別れ  】
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016-2 【 人と共存する魔王(2) 】

 周囲の生き残りの兵達も俺達を囲み、じわじわと包囲を狭めてくる。奥では通信兵が二枚貝を持って踊っている。正直絶体絶命だ。

 だが、元々この展開は予想していたのだ。町を出る時に既に。

 深呼吸し、気持ちを整える。きちんと伝えなければいけない……。


「なあオルコス、今まで魔王ってのは悪だったんだろ? だから人類総出で、大勢の人が犠牲になって、それでも倒さなければいけなかったんだよな。だが俺は違う。この世界の事を知らないし、悪意も恨みも無い。もう無駄な戦いは必要ないんだ。人類側と話し合いがしたい」


 あの天に上る油絵の具の雲を見た時、あれが自分のものだと理解した。同時に、それを持つ者が魔王と呼ばれるのだという事も分かっていた。

 そして俺は、自分の意志でここに来て、魔王になった。

 だが魔王の定義は自分で決めればいい。以前の魔王が悪なら、自分も悪になれなんて話は無い。確かにあの時、君は自由だと言われたではないか。


「俺は、人と共存する魔王になる」


「判った、良いだろう。こちらに来い」


 オルコスが発した言葉は、確かに相和義輝(あいわよしき)が期待したそれだった。

 だがそれを聞いた時、これは詰んだと思った。自分の認識の甘さを知った。表面だけの言葉では、どうにもならない現実を。


 どうやっても生存する道がない。オルコスは策を弄しそうな人間には見えない。

 だがそれは、自分の人生経験が彼よりはるかに少ないため計れていないためか?

 それとも魔王討伐の栄誉欲には勝てなかったのか? 部下を抑えられなかったのか?


 頭の中でオルコスの首や胴体が飛ぶのが見える。そして切り離された両手が握る剣が、自分の腹に突き刺さるのが。或いは誰かの放った矢が刺さる風景が、また或いは飛甲板に乗り込む時に、後ろから槍で刺される姿が。

 いずれも自分を殺した者は、すぐさま細切れになって死んでいる。しかしそれは慰みにはならない。


「死を回避する時は大きく回避―――か」


 天を仰ぎ溜息をつく。このままオルコスと行く道に生き残る可能性を見つけたとしても、それはどんどん狭まる綱渡り。

 ――その先は袋小路に入り込んだ死。


「どうした、何を言っている。来ないのか?」


 オルコスが怒声を上げる。しかし――


「ここから逃げる。何か手段はあるか?」


 俺はそう、少女に(つぶや)いた。


「突撃! 殺せぇーー!」


 その言葉を合図にオルコスや兵たちが殺到する。すぐさま周囲の兵達は真っ赤な飛沫を上げながら、バラバラの肉塊となって崩れ落ちる。そしてオルコスも両手を切断され、その武器は虚しく地に落ちた。だが――!


「魔王ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 それでもオルコスは向かってくる。口を開き、牙を立て――!





 その様子を見た魔人エヴィアは、相手の動き、角度、速度、そして魔王の身体能力から先の展開を正確に予想していた。

 そしてその上で、大丈夫だと考えて放置した。オルコスを殺さなかったのも、彼が魔王の知り合いの様だったからだ。

 確かこういう時、人間では別れの挨拶? 最後の言葉? みたいのが必要になるんだよね。

 魔王の魔力喪失という大失敗はしてしまったが、自分は本来できる魔人なのである。

 その無表情から伺うことは出来なかったが、魔人エヴィアは心の中でドヤ顔をしていた。





 ――危なかった!

 オルコスの牙はギリギリ襟元を噛んだだけで済んだ。もしもう少しずれていたら頸動脈を噛み切られていただろう。


「まごぉおおぉぉぉぅぅぅぅぅ!」


 だがオルコスは噛んだまま突進をやめない。すでに瞳は俺より遥か遠くを見ている。もう目が見えていないのは明らかだった。

 涙を流し、腕の切断面から濁流のように血を流し、それでも止まらない。


 ――なあオルコス。短い道中だったけど、あんたとはそれなりに楽しくやってきたじゃないか。なぜダメなんだ? どうしてそこまで憎むんだ? そこまでして……そうまでなっても俺を殺したいのか……この――


 《 ニンゲンメガ 》


 突如、魔王相和義輝(あいわよしき)の体から油絵の具の雲が濁流となって噴き出した。

 その様子を見て、魔人エヴィアは驚いた。外見からは分からないが、心の中でパニックに陥ったのだ。

 もし感情を現す術を知っていたなら、両手を前に出して手を広げ大きな悲鳴を上げていただろう。


 だが実際の動きは違った。急いで後ろから抱きつくと、人間とは思えない力で無理やり膝をつかせる。そして頭を押さえ下を向かせ――


「ダメだよ、魔王! もう魔力少ないんだよ! そんな使い方したら残り全部出ちゃうよ! ダメ止まって! 止めて!」


 それでも噴出は止まらない。このままでは全部消えてしまう!


「魔王、ステイ! ステイだよ魔王! ステイ! ステイ!」





 絹を裂くような少女の叫びを聞き、急に頭がはっきりとする。

 今一瞬、意識が飛んでいた気がする。俺は今、何を考えていた?

 目の前には赤紫の鎧。そして、それを着ていた人物は酸で溶かされたようにドロドロになっている。こみあげてくる嘔吐感。だがそれをしてはいけない、これは自分がやったのだ。嘔吐と一緒に自らの罪を飲み込む。


 自分が意識を飛ばしている間に、周囲の兵士は全て切り刻まれていた。しかし、遠くからは更なる飛甲板が大勢の兵士を乗せて迫ってくる。

 そしてその時、上空からもこの場に迫る1つの物体があった。





 ◇     ◇     ◇





 少し前、白き苔の大地の境界外ギリギリをリッツェルネールは飛行していた。

 騎体が安定せずにガタガタ揺れる。さすがに整備不良は否めなかったが、それ以上に体調が最悪だ。

 だがそれでも、これだけは譲れぬ想いだった。


 前方右側の境界に、白い胞子の煙に交じって赤い煙が昇っている。

 あそこか……そう思いリッツェルネールは後方の動力士に告げる。


「付き合わせて済まないな」


 普段であれば決して言わない言葉を言う。通常の戦闘であれば、命令に従い自らを、また部下を死地に追いやる事も割り切っている。だがこれは私闘であると、十分に理解していた。


「いやー、あたしあそこで生きてても親に合わす顔無いんすよー。ウチの血族何の功績もないのにもう30人を大きく超えちゃってまして―、少なくとも後12人は死ぬか功績立てないといけないんす。なのになんも無しに生き残っちゃったんで黄昏れててー、むしろ感謝してるっす」


 返事は期待していなかったし、もしくは恨み言の一つも言われると思っていた。ところがあまりにも予想外の答えが返ってきた。


「君は非登録市民なのかい?」


「はい、あーうちみんな兄ちゃんの登録で兵役来てるっす。自分まだ15っす。あ、本当の名前はイリオン・ハイマーって言います。もし何か功績立て自分死んだら、ハイマー家をよろしくっす」


 呆れ果て、声も出ない。まさか自分の部隊にこんなイレギュラーが混ざっているとは思ってもいなかった。

 しかも兵役どころではない、未成年ではないか!?

 それと同時に本国の政治状態に対して一抹の不安を覚える。兵の数は合っているのに非登録市民が混じっていた。これが意味することはただ一つだ。だが今は、先ずやるべき事がある。


「目標に突入する。行くぞ!」


 吹き上がる白い胞子と煙、それらを切り裂きながら、青い騎体は白き苔の領域に突入した。





 ◇     ◇     ◇





 リッツェルネールは上空を旋回しながら、戦闘……いや惨殺の様子を確認する。

 1点を中心に、血の赤が輪のように広がっている。その中心に2人の人影と遺体が一つ。

 遠くてよく判らないが、右側の鎧部分を失っているそれがオルコスだと直感した。近くに立っている一人の少女。間違いない、あいつだ!

 だが油絵の具の雲を漂わせているのは少女ではない、その隣にいる男。ほんの数日前に別れた、忘れるにはまだ生々しいその姿。


「アイワヨシキ!」


 騎体を急降下させながら、4門の穴から射出槍(ジャベリン)が撃ち出される。

 目標は仇の少女ではなく、相和義輝(あいわよしき)だった。

 槍の長さは1メートル以上、ライフル弾より早く打ち出され、人間の鎧程度なら易々と貫く強力な兵器。しかしそれは、全て空中で何かに断たれ、木の葉のように落ちていく。





 地上からは、装甲に覆われた操縦士をハッキリと見ることはできない。せいぜい騎体に付いたマークからコンセシール商国の騎体だと言う事くらいだ。

 だが、相和義輝(あいわよしき)は、それに乗っていた者の生命が誰なのかをしっかりと感じ取っていた。


「あれはそうか……リッツェルネールだったな。彼も来ていたのか」





 騎体を上昇させ、状況を確認する。

 射出槍(ジャベリン)が落とされた方法はわからなかった。だがもう一度態勢を整えて再度射出槍(ジャベリン)を発射。続けて衝角による体当たりで終わらせてやる!

 そう考えて旋回するリッツェルネールだったが、突然騎体の警報ランプが点灯し、ブザーが鳴り響く。姿勢制御版には、片方の刃翼が失われていることが示されていた。


「ムリっす、もうムリっす! 翼刃が片っぽ無いっす。強制解除装置も壊れてるっす! バランス取れないっす!」


 悲壮感……と言うものはあまり感じない、単にパニクって居るだけという感じのイリオンの報告を受けながら、リッツェルネールの騎体は墜ちていった。

 彼が攻撃のために飛行していた高度は200メートル程度。魔人エヴィアの触手が十分届く距離だったのである。





 落ちて行く飛甲騎兵を見ながらも、搭乗員の命が失われていない事に相和義輝(あいわよしき)は胸を撫でおろしていた。

 今はこんな状態になってしまっているが、人を殺したくて魔王になったわけではない。しかも、相手は命の恩人ではないか。

 しかし脅威が去ったわけではない。まだまだ飛甲板も兵員も雲霞の如くやってくる。このままではお手上げだ。


「さてどうしようか?」


 ――多少の期待をしながら少女に尋ねる。


「目的は果たしたし、もう逃げちゃった方がいいかな。スースィリアが近くに来ているから呼んであげればすぐに来るかな」


 相和義輝(あいわよしき)は魔人スースィリアを知らない。だが、これ以上の無駄な殺戮を防げると言うのなら、賭ける価値は十分あった。


「来い! スースィリア!」


 大地が振動しビキビキと音を立てる。軋みを上げた白き苔の領域本来の硬く真っ黒な岩盤が盛り上がり、その上に載っていた苔と共に飛散する。

 大地を引き裂く轟音と共に現れたそれは、体長80メートルの漆黒の巨大ムカデ。

 自分が呼び出したシロモノに驚愕しながらも、相和義輝(あいわよしき)は恐ろしさをを感じなかった。


「それじゃ逃げるかな。」


 少女は彼を担ぎ上げると、ひょいと巨大ムカデの上に飛び乗る。


「ああ、これでもう人類の世界に戻れる所はないさ」


 俺が成すべき事は解らない。何をするにも自由、実に無責任な言葉だ。だからこれから知らなければいけない。人類の世界を、魔王とは、魔人とは何かを。成すべき事なんてものは……それから決めれば良い事だ。


 その偉容を見てもなお怯まず群がる飛甲板と兵士達をなぎ倒し、あるいは斬り倒しながら一人の魔王と二人の魔人は白き苔の領域奥へと消えていった。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

面白いかなと思っていただけましたら評価も是非お願いいたします。

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