016-1 【 人と共存する魔王(1) 】
「もうじき領域に突入する! 装備点検!!マスク確認! いくぞーーー!」
夜明けの太陽が昇る中、激しくオルコスの号令が飛ぶ。
目の前には草原と白い大地が綺麗に分かれている。そして白い大地から立ち込める煙のようなものは、まるで間にガラス板でもあるかのように、綺麗に線引きされていた。
あそこが領域の境界線というわけだ。相和義輝は、静かに覚悟を固めていた。
領域の中は戦闘中、いや戦闘の跡地だった。
先に突入した部隊は、人も飛甲板も全て無残に切断されている。どれも先行していたティランド連合王国の部隊だ。
「他の国の部隊は見当たらねえ。やれらちまったんだ! だが怯むな! 魔王を探せ! 討て!」
「オォー!」
兵士の雄叫びと共に飛甲板は散る。どこかに潜んでいる魔王を探して。
◇ ◇ ◇
リッツェルネールは天幕の中、地面に毛布を敷いただけの粗末な場所で目を覚ました。
体中に包帯が巻かれ、足の感覚がほとんどない。そうだ、苔の上で跪いてしまったんだ。
左手がずきりと痛む。固く握られた手が、自分の意志では開かない。右手で指を一本一本動かして――開く。そこには3割ほどが綺麗に切断されたメリオの片眼鏡が入っていた。
周囲には同じように治療を受けた兵士、落下した飛甲騎兵や幾つかの飛甲板も見える。
一度退却したのか――見える範囲で無傷な人間は、突入前に置いてきた整備士と軍医くらいなものだ。兵士達は大なり小なり怪我を負っていて、すぐに動けそうなものはいなかった。
「委員長、お目覚めですか! 大丈夫ですか? 私がわかりますか?」
兵士の一人が顔を覗き込んでくる。だが、その兵士が誰だったかを思い出せ無い。
「状況確認を」
――短くそれだけを伝えた。
「現在稼働できる飛甲板は7枚。兵員は44名、他は整備士、軍医、動力士など47名です。白き苔の領域へ探索に向かった兵や整備士などが戻ればもう少し増加すると思われます。指揮は現在ラウ・ハルミールが務めており、周囲を警戒中です」
その名を思い出そうとするが、頭のリストには入っていない。末端の一兵士……そうか、そこまでやられたか。
「それと、ゼビア公国軍、スパイセン王国軍はともに失敗。現在魔王位置へはティランド連合王国軍が突入中。ただ既に痕跡は薄く捜索は難航中とのことです」
見知らぬ通信兵からの報告が、冷たい刃となってリッツェルネールに突き刺さる。
「また飛甲騎兵5678騎の内、領域内での撃墜1211騎。領域外での墜落は帰投の道中を含めて913騎、基地に帰還したのは3554騎。現在隊の指揮はイベニア・マインハーゼンが務めています」
ほぼ6-7割は残せたか。十分面目を保ちつつも、これだけ残せれば上々だろう。それでは最後の仕事だな――
「あの飛甲騎兵の整備は終わっているな」
それは、墜落後に回収された飛甲騎兵であった。操縦士の姿は無く、騎体の横には動力士がうなだれてしゃがんでいる。
「応急処置だけです。とても駐屯地までは飛べませんよ。それにそんなお体で飛ばすつもりですか!」
「大丈夫だよ、これでも僕は昔、飛甲騎士だったこともあるんだ。そこの動力士、悪いが付き合ってもらうぞ」
意識が朦朧とする。受け答えもきちんとできていない自覚がある。だが、今は向かうしかなかった。そうしなければ何もかもが終われなかった。
◇ ◇ ◇
人間ってここまで追いかけてくるものだったかな? 魔人エヴィアはそう感じていた。
遥か太古に人間と交流したような記憶はある。だが比較的新しい記憶にある人間は、こちらから逃げ回っているか、ここから先は入るなと言わんばかりに防備を固める位であった。こんなに追いかけてくるのならもっと早くに、それも少数で来て貰いたかったものだ。
「いたぞー! 何色でもいい、発煙筒を炊けーー! 場所を知らせろーー!」
発煙筒が次々と投げ込まれ、赤い煙がもうもうと湧き上がる。
その煙めがけて兵士達が殺到する。
彼らは強大な魔族との戦いをきっちり教育されてきた。
普通に攻撃しても効かない、届かない。そんな相手に対しては自らの体で相手の牙や爪を封じ、他の仲間が手や足や尾などにしがみつき動きを封じ、そしてまた別の誰かが目や関節、急所などに必殺の一撃を叩きこむ。
自分は生き残る――その考えを捨てれば確かに有効である。そして実際に兵士達はそれを実行した。
にもかかわらず、近づく事が出来ない。
群がる飛甲板は見えない何かに切断され、殺到する兵士達は肉塊となり苔の養分となる。そんな中へと相和義輝やオルコスを乗せた飛甲板が突入する。
だが、相和義輝は不思議と戦闘への恐怖を感じてはいなかった――その目の前に、突然一人の少女が現れた。
白く小さな体。血の染みこんだ黄色い布を、胸と腰に巻いただけの姿。そして無表情な、だが好奇心に満ちた輝く赤紫の瞳。
「見つけたかな! 魔王!」
その嬉々とした弾む声が聞こえるや否や、相和義輝の乗る飛甲板はバラバラに切断される。
突然空中に放り出され、目の前に真っ白い苔が迫るが――ふわりと体が浮き上がる。
たった今現れた少女が、空中で自分の体をお姫様抱っこしていたのだ。
「初めましてかな。魔王の魔力、確かに渡したよ」
音も無く、重力も感じさせない着地。細く艶やかな薄紫の髪が、ふわりと揺れただけだ。
「でもねーちょっとかな。んんーだいぶかな。減っちゃったけど仕方ないよね。過ぎた事はクヨクヨしても仕方がないって誰かが言ってたよ」
表情は張り付いたように動かず、体勢は片足に体重を乗せた自然な直立ポーズ。なのに声の感情だけが豊か。まるで人形の向こうから、誰かが話しているような違和感だ。
一方で、自分の体からは、油絵の具の雲が微かな煙のように湧き出している。あまりにも突然の出来事。だが確かに今、自分自身が魔王になったと実感する。
だがなぜだ? 何も変わらない。俺は俺……物凄い力とか、謎の知識とか、そういったものが一切無い。何かに期待していたというより、それなりに覚悟をしていたが、なんだか拍子抜けだ。
色々と聞いてみたい。だが今はそれどころでは無さそうだ。
周りでは、墜落した飛甲板から脱出した兵士達が立ち直りつつある。その中に、ひときわ怒りの色を滲ませた瞳で俺を睨む男……。
「説明してもらおうか、アイワヨシキ。いや、俺の聞き間違いじゃなければ魔王なんだってな!」
オルコスが、手にした長剣を構えゆっくりと立ち上がった。
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