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この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第一章   出会いと別れ  】
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011   【 天幕 】

(キャーーーーーーーーーーー!)


 声の無い悲鳴が上がり、自然と腹が凹み、心臓他の臓器が全部口から飛び出したような錯覚を覚える。


「あははぁ、冗談よぉ~。びっくりした?」


 背後から緑の髪の魔法使いエンバリ―が現れる。

 あんた王様と一緒に行ったんじゃなかったのかい!

 眼だけで抗議するが、当然ながら聞いちゃ――いや、見ちゃいない。


「コンセシール商国の最高意思決定評議会からの通達よ。貴方も、これからはこちらですって」


 そう告げられると、二人は急いで懐から金属板を取り出す。


 あれ?  青い鎧を着ていた青年は自然に金属板の下部分を隠しているが、亜麻色の少女は親指と人差し指でちょこんと摘まんでいるだけで裏面は見放題だ。それに――書いてある内容が違う。


 正確には青い鎧を着ていた青年が隠している部分には別の文言が描かれていた。

 まあ他言無用。命を掛けてまで理由を聞くつもりは無かった。



 金属板に刻印されていた文字は、別の文字に変化していた。

 ”コンセシール商国アルドライド商家42-941-10-40-1-71-0。侵攻軍最高意思決定評議委員長。階位6”


 肩書など随分簡単に変わるものだとリッツェルネールは思うが、システムとはこんなものだとも思う。


 前回の侵攻軍最高意思決定評議委員長はエンゼラス・ファートウォレル。

 アルドライド商家、アンドルスフ商家に並ぶ三大商家ファートウォレル商家の血族。

 我らの頂く3つ星の一つだ。

 確かその地位になったのは1か月ほど前で、その時にはこちらも祝辞を送ったものだが……そうか、死んだのか――それしか感慨は湧かなかった。


 特定の誰かが死んだらといって、空白になるだの全てが終わるだなんて事は無い。社会がそれを許しはしない。

 空白になった席はすぐに誰かが埋め、その業務を引き継ぐのだ。そしてそれが、ついに自分に回ってきた……ただそれだけの事でしかない。


「君はどうだい?」


「階位8に上がりましたよ。遂に議員資格を取得です」


 メリオに尋ねると、そう嬉しそうに答えた。





 ◇     ◇     ◇





 天幕に入ると、そこには近隣に展開していた各国の代表や代理人が集まっていた。

 中央には長いテーブルが置かれ、奥に一脚、左に3脚、右に4脚のイスが配置されている。

 そこに座る4人の国王、一人の公爵、一人の司祭、そして一人の大臣が、この地域近隣の攻略を受け持っている最重要人物達だ。


 一番奥、中央に座るのはディランド連合王国国王カルター・ハイン・ノヴェルド、ティランド。

 我らが元首でもある。

 

 その一つ手前、右にはゼビア王国代理のクランピッド・ライオセン大臣。

 左にはユーディザード王国国王マリクカンドルフ・ファン・カルクーツ。


 その手前の右にはディランド連合王国所属、マリセルヌス王国国王ロイ・ハン・ケールオイオン。

 同じくディランド連合王国所属、ハーノノナート公国大公ユベント・ニッツ・カイアン・レトーが左に座る。


 更に手前右にはナルナウフ教団司祭サイアナ・ライナア。

 そして左側はスパイセン王国国王シコネフス・ライン・エーバルガット。


 自分はナルナウフ教団司祭サイアナ・ライナアの隣に席を設けられていた。


(コンセシール商国は正式にはディランド連合王国属国コンセシール商国、正式に連合に加盟していない属国だ。妥当なところだろう……)


 自分より下位に座るものは無いが、天幕の中には各国の将軍が数人控えている。

 本来であればリッツェルネールは彼らより格下で、ここに座るような立場にはない。それが認められたという事は、それだけ魔王討伐に参加し生き残ったことが大きかったのだろう。

 リッツェルネールは座りつつ、改めて集まったメンツを見渡す。


(もうこれしか残っていないのか……)

 

 前世紀、黒き永遠を打倒する前進歴997年5月1日、魔族領大進行決議が世界連盟で発足した。

 そこからは食料を備蓄し、なおかつ人口制限を部分解除するという無茶な政策が取られた。

 国家同士は持て余す人口を選別するような戦争を繰り返しつつも徐々に纏まり、碧色の祝福に守られし栄光暦155年1月1日、遂に全人類総力を投じての魔族領への大侵攻が開始された。

 

 出陣式の際にはまた意思決定評議委員の一人であったリッツェルネールは、首脳の集まるような場には参加していない。しかし当時は、城の大ホールからも(あふ)れるほどの人がいたという。

 まだまだ人類は十分な人口を保持している。だが、第一次から第八次までの侵攻戦で、優秀な人間達は次々と死んでいった。今は何処も、国内での立て直しを図っている時期だ。

 

「まずは恐悦至極でございます、カルタ―国王陛下。そしてリッツェルネールコンセシール商国侵攻軍最高意思決定評議委員長殿」


 身長185センチ、白灰の長髪に深い緑の目。彫りの深い顔立ちに長身だが16歳程度に見える若い顔、痩せたひ弱な体、その外見からは似つかわしくない羊の毛のような豊かな髭を蓄えた、“有能ではないが無能でもない”の異名を持つスパイセン王国のシコネフス王が戦勝のあいさつを行うと、他の面々も一斉に立ち上がり口々に謝辞を述べる。


 だが当のカルターは、煩わしいと言わんばかりに手を挙げて制すると、

 

「よい――それよりもだ、我々が炎と石獣の領域に突入している間に何があった」


「はっ! 国王陛下! それにつきましては私から報告させていただきます!」


 身長160センチと小柄ながら、幅広で筋肉質。甲虫を思わせる厚い赤紫の全身鎧に、一本角の兜を左手で小脇に抱えている。

 団子の様な顔に赤い短髪。一言で表すのなら『丸』、そんなイメージの男だ。黄色い真摯な瞳からは、まさに忠臣といった印象を受ける。

 カルタ―の後ろに控えていた、ティランド連合王国軍のミュッテロン将軍だ。


「既に先にいらした皆様に報告したように――」

 

 長々と調査結果を報告したが、要点は部隊の壊滅と原因不明の2点だけである。

 総司令部跡地の惨状は見てのとおりであり、他の4つの司令部もまた同様にやられていた。

「おそらく魔族の仕業でしょう」――最後はこう結んだが、これは人類がどうしようもない現状になった時に使う定例句みたいなものだ。


 リッツェルネールとしては、そんな報告を受けるくらいならカンザヴェルト分隊長から自国の軍勢の状態を一刻も早く聞きたいものだと思う。

 

 ふと天幕の一番奥――そこに張られた世界地図を見る。

 赤道を中心に南北極点まで延び、同等の横幅を持つ巨大大陸ライマン。

 東には大陸とは呼べないが島とも呼べない大きさの巨島と群島国家群が存在する。

 大陸のほぼ中心にティランド連合王国が存在し、自分たちの国はこの大雑把な地図には国境が書かれないほど小さい。


 そして西の端――縦4800キロメートル、幅3200キロメートル。

 線で囲まれた、大陸全体からすれば小さな土地。それが魔族領であった。

 

 

 結局会議は最初の報告の後、各自がそれぞれの持ち場に戻って応対する領域の攻略に当たるという、至極真っ当で元々の作戦方針に戻ることが決められた。

 魔王が発見されるまでは、ずっと長い間、その方針で侵攻と領域の浄化を繰り返してきたのである。


 ここまでに浄化に成功した魔族領は、全体の3割程となっている。人類未踏の領域で苦戦はしているが、魔王が倒れた今、領域の攻略も今まで以上に進むだろう。

 


 こうしておおよその行動指針に入ると、武勇伝のお披露目の場となった。

 だが魔王を倒した英雄がどこの誰かもわからない状態では、結局無駄話の社交場となるだけだった。

 

 リッツェルネールはこの社交場というものが苦手であった。

 商国の人間としてそういった教育も受けているが、本人の資質は事務員的なものであり、『必要な内容を必要な分だけ話せばいい』といった、おおよそ無駄話とは縁のない性格をしていた。

 

 そのため話を振られても流すだけだったが、今回は魔王討伐の数少ない参加者としてそうもいかない。

 そこで、皆の興味を意外と集めている記憶喪失の彼の話をすることにした。

 

「このコインを見てください」


 そう言うと、懐から1枚の銀のコインを取り出して卓の中央へはじく。

 

「フム、見たことの無いコインだな。何処のモノだ?」


 大きな指でそれを掴んだのは、第3席に座っていたユーディザード王国“歩く城塞”マリクカンドルフ王だ。

 220センチの巨躯に負けない幅広の体格と、それに負けない豪華な白い軍服に同色のマント。獅子を思わせる精悍な顔つきに、短く切りそろえられた金髪。オレンジ色の瞳は獲物を探る肉食獣の様であり、小さな子供が見たら即逃げだしてしまうだろう。

 だがその戦い方は戦術を重んじ、特に防衛戦においては、どの国からも一目置かれる名手であった。

 

「これは橋かしら、もう片面は更紗の模様……なかなかに美しいですこと。でも、これが何か関係していますの?」


 そう答えたのはナルナウフ教団司祭“かつての美の化身”サイアナ・ライナアだった。

 身長163センチ、長い銀髪の髪に深い鈍色の瞳。少し褐色の入った肌には、ネックレスや腕輪、指輪など金銀の宝飾が幾つも煌めいている。


 その細い体を纏うのは、教団司祭を示す濃緑の衣装。本来はダボダボのローブだが、今は薄いレオタードを着用している。だが見た目の薄さに対し、これは金属繊維を編み込んだ魔力増幅器(マジックブースター)だ。宝石も同様の増幅器(ブースター)であり、ただでさえ強大で知られる彼女の魔力がどれほどにまで高まっているのかは、少し知りたいところである。


 かつてはその美しさから聖母とも讃えられた司祭であったが、戦場に出てからは豹変。

 何とか女性と判別できると揶揄されるほどに体は引き締まり、戦場では容赦呵責の一切ない突撃戦法を得意とする。

 

「そのコインはヴィンカドーツ記念コインと言います。この世に32枚しか作られなかった貴重品ですよ」

 

 そのコインの表には橋の周囲をつる草が円形に囲むデザインが刻印されており、また裏面は一面の更紗の模様の刻印、そして横には己を縦に繋いだ溝が彫られている。

 どこから見ても、ただそれだけの銀のコインであった。

 

「当時の遊び心に溢れた骨董品で、まあ僕的には心が商人であり続ける為の御守りみたいなものです。ですが、子供の頃それは……暗号解読の教材として持たされました」

 

「暗号解読――」


 ハーノノナート公国”死神の列を率いる者”ユベント・ニッツ・カイアン・レトー公爵が僅かに興味を示し、マリクカンドルフ王が弄ぶコインをまじまじと見る。

 身長178センチ、痩せ型だが筋肉質。短く切り揃えた淡い金髪に茶色の瞳。見るからに俊敏、精強な武人であり、彼が暗号関連に興味を持つことはリッツェルネールには意外だった。

 勿論、ただの社交辞令なのかもしれないが。

 

「表、裏、溝と3種類の言語で文字が隠されています。刻印の溝の僅かな太さの差であったり、光で出来る影であったり、それらの組み合わせであったりと中々に難解な品ですよ。僕は解読が完了するまで2年かかりました。それを――」

 

「へえ、一瞬でねぇ……私には、未だに何処が何やらわかりませんが」


 ゼビア王国”戦場の定食屋”クランピッド・ライオセン運輸大臣が大仰しく反応する。

 丸い体にコミカルな動き。愛嬌溢れる人物だ。だがその見かけに反し、補給のスペシャリストとして高い名声を博している。今ここにいないゼビア王国、ククルスト王の全権代理で来ている切れ者だ。

 

「普通は顕微鏡や試薬、強光機を使います。当然ですが、これらの技術を持つものは決してそれを表には出しません。特殊な任務に就いているわけですから。ペラペラと披露してしまったのは、彼の記憶に齟齬が生じていたからでしょう」


 そう言って、唯一話の輪に加わらない重鎮、マリセルヌス王国の”逃避行”ロイ王を見る。

 身長182センチ、オレンジの髪に金色の瞳。甘いマスクとシャツがら弾け出てきそうな筋肉の持ち主であり、女性兵からの人気も高い。

 その彼は同じ連合国の盟主であるカルター王としばし談笑した後は、すっと部下の兵士と会話しているだけだった。

 

 

「もしご必要でしたら今のうちに確保しておいた方が良いですよ。このままですと、彼の身柄は人事院の預かりになってしまいますからね」


 コンセシール商国では引き取らない――暗にそう言って、リッツェルネールはこの話を終了した。




 ◇     ◇     ◇




(結局何もないまま一日が終わってしまった……)


 ティランド連合王国に宛がわれた小さなテントで、相和義輝(あいわよしき)は横になって考え込んでいた。

 ベッドも何もない、土の上にわずかな枯草と布を引いただけの寝床。掛け布団も無いが、季節が夏らしいのは幸いだ。


(結局何をさせたいのだろう……)


 自分がこの別世界に呼ばれたのには、多分意味があったのだ。そしてそれは、魔王になるため……いや、魔王にするためだ。

 だがこの状況はなんだ? 想像していたイメージの魔王とは違い過ぎる。もっと立派な城みたいな所で、「よく来たな人間共、うははははははは」みたいな事をさせたかったんじゃないのか?


 日本にいたことを思い出しながら、ぼそぼそと独り言を言ってみる。山、川、海、民家や手拭いのような言葉は言えた。だが戦車、銃、スマートフォンなどの言葉は、頭に霧がかかったように言葉に出ない。


(元の世界にしか無い事は封印されているのか……だったら、わざわざ別の世界から召喚する意味が無いじゃないか)


 考えても分からない。思い出すのは、君は自由だという言葉……。

 頭に靄が掛かった様な奇妙な感覚を味わいながら、檻から出た一日目が過ぎていった。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

面白いかなと思っていただけましたら評価も是非お願いいたします。

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