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この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第五章   それぞれの未来  】
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089   【 海岸へ 】

 ――そこは、雨の降る山林だった。

 石を切り出したような剥き出しの巨大岩の上に、豊かな森が広がっている。

 巨大岩はかなりの高低差があり、壁は垂直だ。スースィリアなら登れるが、徒歩で此処を越えろと言われたら即Uターンする自信がある。


「かなり寒いなここは。それに雨が結構きつい」


 〈 ちゃんと全身覆っているでしょう? 〉


 確かにテルティルトは雨ガッパのような形状になってくれている。

 それに雨粒はぼたぼたと大きいが、雨足がきついわけではない。だがこの領域は結構寒いので、精神的に来るのだ。

 一方で、エヴィアは着ていたセーターを体の中に収容していた。かなり大切にしているようで、なんだかこちらが嬉しくなる。


「魔王もいつかは貰えるかな」


「そうだと良いんだけどな。そういや、ここは竜の住処なんだっけ? どんな竜が住んでいるんだ?」


「向こうから来ているのである。もうじき接触するのであるぞ」


 既にスースィリアの触角が捉えているらしい。だが視界が悪いな。

 そんなことを考えながら辺りを見渡していると――来た。

 全体のフォルムとしては爬虫類。そして巨大な翼は確かにドラゴンだ。氷結の竜(アイスドラゴン)と違い、後ろ脚が大きく前足は小さい。彼らと違い、二足歩行型だ。全長は尾まで含めて20メートル程だろう。

 巨大生物ではあるが、同じ竜種の氷結の竜(アイスドラゴン)と比べるとかなり小さく感じる。

 全身は鮮やかな緑の鱗に覆われ、縦長の瞳もまた美しい緑色。いや、単なる緑ではない。少し透けていて、僅かな明かりがその中で反射し、美しい光彩を放つ。


「あれは翠玉竜(エメラルドドラゴン)か!?」


 同時に一つ疑問が出る――すぐに目を閉じ領域の許可を確認する。最初の頃は全く分からなかったが、さすがに微生物レベルまでやると掴んでくる。彼等には領域の移動許可は出ていない。


【魔王よ、よくぞ我らの地に来た。全ての翠玉竜(エメラルドドラゴン)は貴殿を歓迎しよう】


 眼前に現れた竜の、低く澄んだ声が雨の中に響く。

 やはり彼らも氷結の竜(アイスドラゴン)と同じく、魔王を歓迎するのか……。

 地に降りた翠玉竜(エメラルドドラゴン)は魔人達に対しては首を垂れ、やはり崇拝の姿勢を取っている。竜たちの習性、そういったものだろうか。


「なあ、リアンヌの丘に君達の仲間がいたはずだ。何か知っているか?」


 かつてリアンヌの丘には翠玉竜(エメラルドドラゴン)が住んでいた。それをリアンヌとかいう人間が死を賭して討伐した――そう聞いている。


【ジャラックはあの地に住む者たちを愛していた。だから前魔王が領域に戻るよう命じた時、彼は自らの翼と足を引き裂き、彼の地に残った】


「それで倒されてしまったのか……」


 少し複雑な気分だ。もしも……。


「なあ、君達の領域移動を許可したら、君らは人間に復讐するのか?」


 もしも彼らが自由に移動できるのなら、仲間を助けるために人と戦ったのだろうか? そして今、彼らに復讐心はあるのだろうか?


【魔王よ、それは我らが同胞の事を考えてくれたからだろうか? ならば感謝する。だが、我等は自らの力の大きさを知っている。魔人の命が無い限り、無用に人間を殺すような真似はしない】


 無用に……その言葉で多少は察することが出来た。仲間は助けただろう。だがそれ以上の事はしなかった。そういう事なのだろう。


「君達の領域移動を許可する。もしも必要な時が来たら、共に戦ってほしい」


【了解した。我らに指示する魔人の声は、如何なる所からでも届く。必要があれば、いつでも命ずるが良い】


「助かるよ。それで、この地域の魔王魔力拡散機の場所を知っているか? 精霊にはまだ会っていないけど、ここにもいるし、当然あるんだろ?」


「この地域の魔王魔力拡散機は無限図書館にあるかな。精霊もそこにいると思うよ」


 エヴィアの意外な知識! いや、誰か他の魔人から記憶を共有しただけかもしれないが。しかし無限図書館……なんとなく心をそそられるな。


「多少の寄り道は予定済みだ。スースィリア、そこへ向かってくれ」


「分かったのであるぞー」





 ◇     ◇     ◇





 それは遠くから見た時、何の飾りも無いチョコレートケーキに見えた。

 天井は平らで、全体は円形だろう。表面は艶やかな漆黒で、天井と壁の境目(さかいめ)は少し丸みを帯びている。

 直系は20メートルはあるだろうか。高さは8メートル程もあり、かなりの大きさだ。


 場所はかなり標高の高い位置にあり、地上からでは行く気にもならなかっただろう。と言うか、地形の関係で下からでは見つからない。

 一見したところ入口は見つからないが、近くに行くとギギギギギと金属が擦れるような音がして、淵に沿って両開きの扉がスライドして開いていく。

 自動ドア? だが建付けは相当に悪そうだ。それに錆びているのだろうか、開き方がぎこちない。

 と言うよりもですね……。


「真っ暗なんだけど……」


「明かりが無いと、魔王はどうしようもないね。地道な努力が実を結ぶって誰かが言ってたよ」


 そう言いながら指差したところにあるのは、取り付けられた魔導炉だ。

 魔道言葉を覚えないと、本すら読めないのかー。初心者用の魔法教本みたいのがあると期待していたが、これでは仕方が無い。やっぱり魔法を覚える前に、基本中の基本らしい魔道言葉とやらを覚えないと、どうにもならないか。

 少し残念だが、いずれ手段を考えよう。


 離れると再びギギギギと音を立てて扉は閉まっていく。

 いつか必ず、戻って来るぞー!





 ◇     ◇     ◇





 領域を越えると雨が止み、下から響くスースィリアの移動音が変わる。

 同時に風景もガラリと様変わりした。先ほどまでの岩肌ではなく、コンクリートで舗装された地面だ。

 だが建物の様なものは見られない。不自然なほどに水平に舗装された地面だけが続く。


「ここが幽霊屋敷(ゴーストハウス)なのか? なんだか予想とかなり違うぞ。大体、屋敷ってどこだ?」


「建物は地下にアリマス。私の秘密基地なのデスヨ。勿論、ご希望であればご案内いたしマスヨ。真っ暗ですケドネ。ハハハ」


 4本の手をひらひらさせながら解説するゲルニッヒ。……ちくちょう。


「この辺り……さっき通った図書館もそうだが、随分と人工的な造りだな。特にこの領域は、どんな生き物を想定していたんだよ」


「大量の小動物なのであるぞー。地下にパイプが張り巡らせてあるのである」


 よく見ると、確かに所々に丸い穴が開いている。中にいるのは鼠やなんかの類か。

 鼠と言えば鼠算と言う言葉を思い浮かべるのだが……。


「なあ、全ての生き物が本能で数調節しているわけじゃないんだろ? 鼠なんかの小動物はどうやって調節されているんだ?」


「多くは食物連鎖で調節されているのであるぞ。餌が多ければそれを食べる生き物も増えるし、減れば同じく減るのであるー」


 スースィリアが親切に教えてくれる。だがそれだけであれば、領域の移動が許可された途端にバランスは一気に崩れる。しかし何度か灼熱の翼竜(ファイヤーワイバーン)の巣に行ったけど、大きな変化は無かった。


「全ての生き物は、所属する領域により本能を刺激されてイマス。増えすぎたり減りすぎたりしないヨウ、調節が入るのデス」


「それは人間に対して行う事は可能なのか?」


「可能と言いマスカ、人間には与えられた人間の領域がありマシタ。シカシ、今はありマセン」


「ああ、解除されちゃってるのね……」


 人間用の領域を作っても、まあ無駄だろう。解除法を知っているってのは、やっぱり厄介だな。

 だがそうなると、人間の本能を刺激して絶対数を調節するって事は無理となる。1億人あたりを上限にすれば、多分戦争する余力なんてなくなりそうだが残念だ。


「そういや、この世界人間ってどのくらいいるんだ?」


「アン・ラ・サムの計算だと30億位だってなっているかな」


「そりゃ結構多いな。解除された魔族領みたいな荒れ地ばかりかと思ってたけど、人間社会は案外豊かなのか。行くのが楽しみだよ」



 そうこうしている内に、俺達は海岸線へと到着した。

 この世界の海は初めてだが、俺の世界とはだいぶ違う。いや、今更同じであったら逆に驚きだ。

 途中までは今まで見た舗装された地面。だがその先には美しい海岸線が続いている。

 当然だが舗装地には砂粒一つ落ちておらず、また波も入ってこない。間に立つと、片足はしっかりと地面に固定されているのに、もう片足は波に砂が持っていかれてぐらぐらだ。


「改めて見ると、この境界線は面白いな!」


 俺が遊んでいると、エヴィアも真似をして一緒の事を始める。二人で両足を開いて並ぶのはちょっと間抜けな姿だが、面白いから仕方が無い。


 〈 そんなに楽しいんだ—。どんな感触だったかなー 〉


 そう言ってするりと剥がれ、尺取虫に戻るテルティルト。当然、俺は再び全裸マンだ。少し間抜けが、超間抜けになったぞってオイ!


「だから勝手に剥がれるなー!」


「お楽しみの処スミマセンガ、出迎えがやってきマシタ」


「うがー! 早く戻れー! このままじゃいきなり赤っ恥だ!」


 〈 ここにはまだ人間は来ないわよー。来たのは魔人。ほらあそこ 〉


 テルティルトが短い脚で指した方向、それは白く波打つ海岸線だ。

 その向こうから、海を割って大きな魔人が浮上してくる。その姿から分かる名前はファランティア。以前エヴィアから聞いた、海に行ったという魔人の一人だろう。


 だがその姿はどう見ても海洋生物では無い。聖衣を纏ったシスターの頭と言えば良いのだろうか。大きさは10メートルより少し小さいくらい。右の耳辺りからは3枚の真っ白い鳥の翼。左耳からは同じ羽が4枚生えている。

 全身は淡く緑の混じった銀色で、円形の輝く後光がこちらに差し込んできて少し眩しい。

 かなり個性的だが、人間の顔が付いているという事は人間に興味ありと見て良いのだろう。元々、人間世界への案内役だしな。


『早々に全裸とは、今度の魔王は確かに個性的です。実際に会う楽しみの為に、断片的な記憶しか受け取らなかったのは幸いでした。私の興味は大いに刺激されました。この記憶は、永遠に残す事に致しましょう』


「やーめーてー!」


 その少し機械的で冷静な女性の声で、恥ずかしさがますますヒートアップする。

 早く戻れ! そうテルティルトを呼ぼうと思ったら、〈ぷわわー〉と言いながら面白そうに波にさらわれて流されているし!


「いいから戻れー! 魔王のピンチだぞー!」



 なんだかどっと疲れたが、ようやくテルティルトが戻って一段落だ。


「それで、上に乗ればいいのか? 波で酷い事になりそうなのだが……」


『問題ありません。今回私が選ばれたのは、その対策が出来るからです』


 そう言いながら、魔人ファランティアの顔が中央から割れ、扉のように開いていく。まるでおしゃれな宝石箱の様で、中は赤く綿入りのクッションのようになっていた。


 ――どう見ても、人間との交流を目指した魔人の姿だ。

 その姿に、俺は改めて今回の交渉の意味と重さを噛み締めた。


「それじゃあ行ってくるよ。何処まで決められるかは分からないけど、この必ず会見は成功させる」


「気負わなくても良いのであるぞー。吾はずっと、ここで魔王の帰りを待つのである。百年でも千年でも待つのであるぞ」


「そんなに待たせはしないよ。ゲルニッヒも、留守は任せたぞ」


「お任せクダサイ、魔王よ。コチラからも、色々と手はずを整えてオキマス」


 心配そうに見つめるスースィリアと、仰々しくお辞儀をしたままのゲルニッヒに別れを告げ、俺はファランティアの中へと乗り込んだ。ここから海を渡って北上し、目的地までは31日間……長い旅路だ。

 ゆっくりとファランティアの顔が閉じ、静かに海中へと潜り始めていった。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。

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