009の2 【 外の世界へ (2) 】
何とか登り切った先には、澄み渡る青空と……何だこの状態。
下を流れる溶岩は池のようであり、そこに何があったのかは判別できない。遠くに噴煙は確認できるが、火山弾が飛んでいない所を見ると噴火は収まっているのだろう。
周りでは王様他が空を見ながら歓喜の涙を流しているが、やはりその波に乗れない。
ぽつん……この世界に、一人取り残されているような気がする。
「それで、これからどうするよ。進むにしても引き返すにしても決めるべき指針がねぇ。このままじゃじり貧だぞ」
多少苛立ちと焦るを感じる王様の言葉。だが青い鎧の青年は、さほど気にした風も無く飄々と「飛甲騎兵を使いましょう」と言った。
飛甲騎兵――一瞬興味が湧くが、まるで誰かがかき消したようにそれは消える。
あれ? と思っている内に、もう向こうの話は先に進んでしまっていた。
やはり変だな……聞きたいことは山ほどあり、言いたいことも山ほどある。しかしそれは一瞬で霧のように消え、後には聞こうと思っていたんだけどな、言おうと思っていたんだけどな、そんな感覚しか残らない。不思議な気分だ……。
だけど今は考えても仕方が無い。彼らと一緒にいる以外の選択肢が無いのだから。
「それが出来りゃとっくにやってるだろ」
「出来ますよ。ほら、炎の竜巻が無いでしょう? 魔王が倒されたせいか、それとも噴火が理由か、その辺りは追って調査が入るでしょうが……」
「よし分かった。リベンダー!」
青い鎧の青年の言葉が終わらないうちに、王様が一人の男を呼ぶ。あれだけでもう理解したって事なのだろうか……、
緑の髪のエンバリーと同じような、金属を張り合わせた外套を纏った男。
身長は180代後半だろうかという長身だが、線は細く影が薄い。顔と手先から見える肌は雪のように真っ白だが、顔立ちはアフリカ系の様に見える。
亜麻色の髪の少女と同じように、肩に大きなバッグを担いでいた。
今までずっと王様の脇に控えていた男だ。
「メリオ、こちらもよろしく。どこの部隊、どこの味方でもいいから登録してある場所全てに通信を送ってくれ」
青い鎧の青年も指示を出す。
何をするのだろう――そう考えていると2人ともバッグから同じような、おおよそ40センチ程の見事な二枚貝を取り出す。相当に食べごたえはありそうだが、その目的で出したのでない事は流石に分かる。
使い方に興味があったので観察するが、二人とも使い方が微妙に違う。
亜麻色の髪の少女は左手に持ちながらぴょんぴょんと跳ね、たまに叩いたり壁面にガンガンと叩きつけたりしている。
一方リベンダーと呼ばれた青年は貝を両手で持ち祈るような姿勢を取ると、立ち上がりながら貝を上へ下へ、再び上へ下へ、左肩に乗せ右手でパパンッ、右肩に乗せ左手でパパンッ、胸に抱きくるりとターンして再び上へ下へ――まるでダンスでもしているようだ。
「あの貝は何? 今は何をしているんです?」
軽い質問が命に係わりそうで怖いが、やはり興味が湧いてしまう。
「ああ、通信貝だろ。そうだな、おまえもう日常生活は絶望的だな」
兵士は軽く答えるが、なんだか酷い言われようだ。
ただ、それだけ日常的な道具だと言う事か。
「あれで何が分かるんです?」
「分かるって言うか、外の部隊と連絡をしているんだよ。通信文を作って送る、そんで受けた相手が居たら返すって事だよ。他にはまあ、あの貝は情報記録とか計算とか色々使うがな」
色々使える便利グッズのようだが、使うのはなかなか恥ずかしいな……。
「会話するような道具は無いんですか? 何と言うか、遠くの人と話をする的な?」
「通信機なら飛甲騎兵とかの高級品には付いてるさ。俺たち消耗品には縁は無いがな」
――消耗品。王様が居るのに消耗品か……。
暫くそのような動きをしていると――
「カンザヴェルト分隊長に連絡が通りました。現在炎と石獣の領域を視認出来る所にあり、だそうです」
「ミュッテロン将軍より連絡です。現在領域より12キロ地点に臨時司令部を設置。ご要望の飛甲板はすぐに用意できるとのことです」
それぞれから報告が入る。
「後は発煙筒を炊いて待つだけだよ。それまでに炎の竜巻が現れたら、さすがに諦めるしかないね」
――諦める。随分簡単に言うなとは思うが、実際には諦めたりはしないのだろう。彼らの服にこびりつく血、傷ついた鎧と体。あの触手との戦い。並の人間で出来る事とは思えない。上手くは言えないが、不屈の精神……そういったものを感じる。
だがまあ休憩である事は間違いない。正直、落下と倒れた衝撃でまだ体中が痛い。暫くゆっくりしよう……。
そんな時、ふと一人の兵士、先ほどの壊れた鎧を着ている男の剣――正確には鞘が目に留まる。
170センチ程の長剣と140センチ程の2本を刀の大小のように左側に挿している。
その小さい方の鞘には黄色と緑の鱗模様で文字が書かれていた。
「誰よりも先に逝く、家族よりも、友よりも、誰よりも先に逝く。その先にあるは信じている未来、愛する者の明日、人々の希望。誰の悲しみを見ることもなく、誰よりも先へ我は逝く。悠久の希望を求め、永劫の明日の世界へ――随分と刹那的な言葉ですね」
少し自己犠牲が過ぎるのではないか――そう思った。
「ん、ああこれか。あんた、記憶が怪しい割にはキデタン教語が読めるんだな」
「まあ文字は案外覚えています」
とりあえずそう言って軽く流す。しかしキデタン教語……宗教語って事か? この世界にはどれくらいの文字があるのだろう。
「こいつは6番目の息子の剣でな。書いてある言葉はよく口にしてたから知ってるんだ。そうか……俺はこの文字を読んでやることが出来なかったよ。俺の名はオルコス・ライデオンだ。よろしくな」
そういった彼に、息子がどうなったのかは聞けなかった。聞くまでも無い事だった。
「それは兵士たちの間でよく交わされる言葉ですよ」
そう言って青い鎧の青年がやってくる。
「これは読めますか?」
――そう言って、懐から1枚の銀貨を取り出す。
その銀貨には表には巨大な橋とそれを囲むように取り巻く花草の模様。橋の中心と上下の花草には文字がある。
「ヴィンカドーツ橋落成記念コイン、黒き永遠を打倒する前進歴215年7月35日、純金20g………ですかね」
裏は――こちらには一面美しい更紗模様と文字が刻まれている。
「このヴィンカドーツ橋は・ヴォンファリッド・ハンドリフォン商家によって32574551420ベタン金貨を使って建築されたものであり、この優雅にして気品あふれる姿と最高の技術を駆使された強固な設計は今後1000年にわたり……ああ、これは単なる自慢話ですね」
よく見ればコインの横にも文字が彫ってある。これはいったいどこから読み始めるのだろう――
「ええと……この記念硬貨33枚を集めた貴方にはハンドリフォン商家より希少なパンテルオンの高級毛皮をプレゼントします」
これで合ってますかとコインを返すと、青い鎧の青年は満足したようにうなずいた。
「ところで、その後どうなるんですか?」
青い鎧の青年が王様の所へ行った後、再び先ほどの剣を持った男――オルコスと二人だけになる。
どうも自分の管理を任されたようだ。
「さっきリベンダーが言ってただろ、飛甲板だよ。つかそーか、知らないんだったな。まあそろそろ時間だろう。多分あっちの方から飛んで来るだろうよ」
なるほどと思いながら遠くを見ていると、確かに何かが近づいてきている。
それはゆっくりだが、次第に全容が明らかになってきた。
パっと見は確かに板だ。
全長は市営バスを5台並べた程、幅は4台分だ。厚さは俺の身長より高く、おおよそ2メートル。周囲は全周が少し流線形になっているが、上下共に真っ平らなので、まるで金属の巨大まな板だ。
前部右側に操縦席らしき凹んだ部分があり、奥にも2か所凹んだ部分があるようだ。
上には全体を囲うように柵が付いており、そこには所々に申し訳程度のドアが付いている。
それが溶岩の上をフワフワと浮きながら近づいてくる。
まるで夢の反重力機器のようだ。
「なんですかあれ……」
飛んできた物の異様さに、そう言うしかなかった。
「だから飛甲板だって!」
呆れた様なオルコスの声が響いた。
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