表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ジャマイカサウンド史

ジャマイカサウンド史 ~ DUBとDJブーム(キング・タビーとUロイ)

作者: Tanaka-KOZO

82年、国外にレゲエを広めた最大の功労者、ボブ・マーリーが脳腫瘍で逝去する。


そしてマーリーの死と共に、メッセージ性の強かった(ルーツ・)レゲエも、その力が次第に衰えていくこととなる。


その頃ジャマイカ本島ではサウンド・システム(移動ディスコ)で、Uロイを始めとしたDJがジャマイカ人たちのブームとなっていた。


ここで、Uロイの説明をする前にジャマイカ人にとってのDJの定義をお話しなければならない。

通常DJとは「ディスク・ジョッキー」といってラジオで喋って音楽をかける人を指す。


しかしジャマイカでは、RAP(ラッパー)のことを指す。

※ちなみにレコードをかける人は「セレクター」という。


現在のRAPスタイル(HIP HOP)は、ジャマイカが発祥で、当初は「トゥスト」または「スカンク」と呼ばれていた。


ジャマイカ人にとって最大の娯楽であった「サウンド・システム」では、以前から曲と曲との合間に掛け声をかける人間はいたが、それが本格化したのはDUB(ダブ)サウンドが開発されてからである。


DUBは70年代初頭、ジャマイカのレコーディング・エンジニアだった「キング・タビー」が創始者とされる。


「キング・タビー」は、1941年ジャマイカ・キングストンに生まれる。


電気・電子技術者であったが、友人の勧めで、「タビーズ・ホーム・タウン・ハイ・ファイ(サウンド・システム)」を立ち上げる。

その後、レコーディング・エンジニア&プロデューサーとして活躍。


彼がレコードのB面用にミックス・ダウンした音源はDUBと呼ばれ、「HIP HOP」を始めとした現在のダンス・ミュージックに与えた影響は計り知れない。


DUBとは、ボーカル音を抜いたり、ディレイやリヴァーヴを過剰にかけた音源で、その音源は元の音源とまったく違ったものとなって聴こえた。


このDUB(インスト曲)にDJがしゃべり(RAP)を入れた演奏が「サウンド・システム」で大ブレイクする。

そのDJの第一人者が「Uロイ」というわけだ。


U-ROY(Uロイ)は1942年、ジャマイカ・キングストンで生まれる。

61年から小さなサウンド・システムでDJ活動をスタートさせる。


67年、キング・タビーの「タビーズ・ホーム・タウン・ハイ・ファイ」のDJとして活躍。

コクソン・ドットやリー・ペリーらと仕事を始める。


その後、デューク・リードのプロデュースで、DJアーティストとして初めてレコーディング。


70年には、「ルール・ザ・ネイション」「ウェア・ユー・トゥ・ザ・ポール」でシングルをヒットさせ、トゥスティング・スタイルのレゲエDJというものを確立させた。


このUロイのスタイルは、その後の80年代中盤に起こる「コンピュータ・ライズド」という音楽スタイルから派生した、「ダンス・ホール」「ラバーズ・ロック」という新たなジャマイカ・レゲエのジャンルを作りだしていくこととなる。


… つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ