今日という日がくる度にあなたを思い出します
ある女性が、過去愛していた男への未練を綴ってみました。
今日という日が来るとあなたのことを思い出します。
わたしに優しくてとても残酷だったあなたを。
あなたは引っ込み思案で一人でいるのが好きだったわたしとは違って、活動的で周囲を明るく和ませるのが好きでいつも沢山の友達に囲まれていたように思います。
そんなあなたと知り合えたことは、わたしにとって奇跡に近いものだったけど、あなたとは誕生日が一日違いだと知ってからは運命を感じました。でも運命の相手が将来の伴侶となるとは限らないのですね。
わたしは密かにそれを望んでいたけど、あなたは望んでなかった。結婚という縛りに縛られたくなかったのでしょう?
わたしと付き合い始めた時からあなたは、
「結婚とか今は考えてない」
「こちらには出向という形で出てきてるからもし、本社に呼び戻されることになったら別れする事になるかもしれない」
などと、付き合う時から不安を口にしていたのは、結婚に憧れを抱いていたわたしをけん制してるんだろうなというのは感じてました。
あなたがいくら取り繕うとも、わたしとの結婚は考えていない。次の女性に会うまでの繋ぎだと、言ってるようなものですものね。
でもそれでも構わなかったの。
あなたとの付き合いはわたしが望んで始まったことだったし、わたしはあなたが好きだったから。たとえ一時でも、あなたの隣にいられれば良かった。それに満足してれば良かったのに、あなたに惚れた弱みというか、それ以上のものがもしかしたらあり得るかもしれないなんて期待を寄せてしまったわたしが馬鹿でした。
結婚したくないあなたと、結婚したいわたし。
そんなふたりが噛み合うはずもない。
付き合っていくうちにあなたが結婚について気持ちが揺れていると言ってくれた時、わたしはてっきりその相手が自分だと思い込んでいました。
本当は違ったのね。
わたしはあなたより一つ年上で当時、役職についていたからデートでの支払いも割り勘もしくは、わたしが多めに払うようにしてたし、何かと仕事のことでも口出ししてきてあなたにとっては段々、煩わしく思えてきたのでしょう。そんなわたしとの未来を頭の良いあなたが選ぶわけのないのに。
あなたとの間に心の距離を感じ始めたのは、あなたに本社への移動の辞令が下りた時。地方の子会社に出向と言う形で飛ばされてきたあなたは、いつか本社に戻る日が来ると信じてたけど、その機会が与えられて喜ぶ半面、子会社にいたわたしとの付き合いを躊躇ってた。
付き合い当初は、
「本社に戻ることになったら別れるかもしれない。自分には遠距離恋愛は向かないから」
なんて言っていたくせにわたしとはずるずると関係を続けることになった。まだあなたにはわたしをここで捨てては惜しいと思うほどの情があったようで。今思えば単なる性欲処理係だったのよね?
会えばえっちばかりしていたもの。
でもあの日のわたしは馬鹿だった。そのことで安堵してしまった。
遠距離を望んでなかったあなたが週末になると必ず高速を飛ばして、わたしに会いにやってくるのだ。その姿勢からもしかしたら今後、あなたの気持ちは変わってくるかもしれないと、変な期待を持ってしまった。そうすれば仕事も愛も何もかも失う事もなかったはずなのに、わたしの判断ミスが今のわたしを招いている。
わたしは遠距離恋愛が始まった途端、体を壊し心が弱まってしまっていた。頼みとするあなたが遠く感じられる。会社を辞めてあなたの側に行くことを望んでしまったのは、寂しい心が耐え切れなくなってしまったから。あなたはそれを望んでなかったのは重々知っていたけど、心が疲れきっていた。
もう少し頭が冷えてから考えれば分かることなのに、あの時のわたしはどうかしてた。
初めのうちは転居先や転職で不慣れなわたしを、サポートしてくれていたあなたは、そのうちわたしよりも本社の仲間を優先するようになっていた。週末ごとにわたしの借りてるアパートに通ってきていたあなたが二週間、三週間と足が遠くなり、そのうち一ヶ月に一回か二回の割合で顔を合わせるようになった頃、あなたはようやくわたしに別れ話を切り出した。
その時のあなたの理由が滑稽だったわね。
「このまま付き合っていてもきみが望むように結婚をして上げられるかどうか分からない。
僕は結婚はまだしたくないし、このままずるずる付き合っていってきみの結婚適齢期が過ぎてしまったなら申し訳ない。きみのことは好きだけど将来のことを考えたならここで別れた方がいいかと思ってる」
と、言われて泣いたわ。どうしてこの人はわたしの気持ちを逆なでするような事をするのかと。まだ結婚したくないからきみを傷つける前に別れる? 嘘。うそ。嘘。
あなたはわたしがこちらに来てから友達に紹介することが全くなくなった。それまではどこへでも連れ回して、わたしとの仲を誰にでも見せ付けるように紹介して回ったというのに。
彼らにわたしを引き合わせたくないという思いが透けて見えて悲しかった。地方で仕事をしていた時のわたしの輝きが失せてしまった? もうそんなわたしに興味ない?
いいえ、わたしを紹介すると困る人がその中にいたのでしょう? あなたは優しすぎる人だもの。
そのことがショックで泣き出したわたしをあなたはおろおろと慰めて、別れ話はなかったことにする。と、言ってくれたけどわたしの心は晴れなかった。
なぜならわたしが泣き止むとすぐに「たばこ切れたから買ってくる」と、言って部屋を出て行ってしまったから。手には携帯を握り締めていた。
誰に連絡してた? タバコ買うには時間がかかりすぎよ。
あの時に他の女性を気にしてるあなたに気が付いた。あなたは上手く誤魔化したつもりだったのだろうけど。伊達にあなたの彼女をしてないのよわたし。そう簡単に騙されるはずがないじゃない。馬鹿ね。あなたも。
しばらくして部屋に戻ってきたあなたを見てホッとしたけど、あなたの心はもうわたしには無いんだってこと気がついてしまった。あなたもわたしとの別れ話を取り消したのではなくて、見送っていたんだってね。後に彼女Mから教えてもらうことになったわ。
「あの時は秋だったから、これから寒くなる時期に別れ話を持ちかけたりしたら、彼女は辛いだろうと。春になったら温かくなるしショックもまだ和らぐだろう。だからその時に別れ話をする。それまで待っていてくれないか」
って、Mに言ったんですってね。酷い人。その頃にはやっぱりわたしよりMを選んでいたんじゃない。
Mはあなたの仕事の同僚。当時、Mには不倫相手がいた。そのことに悩んだ彼女から相談を受けたあなたは、Mに誘われるがままに何度か二人で飲みにゆき、自然と深い仲になっていたそうね。見事に騙されたわ。会社の同僚たちと出かけて……だなんて。ふたりきりの間違いでしょう?
真実を知らされたわたしの胸の内があなたに分かって? 分かるわけないわよね?
わたしはMのことを知っていた。彼女のことは子会社でも有名だったから。悪い方の噂で。わたしよりもその彼女を選んだあなたを恨んだわ。
そしてMに対しても怒りが湧いた。またなの? いくら寝取り癖があるとはいえ、なぜあなたにちょっかいを出してきたの? Mなら相手に不足してないじゃない。彼女持ちのあなたに手を出さなくともいいじゃない!
色の名前を持つ彼女が許せなかった。その色をわたしは心の中で嫌いだと叫んでいた。
落ち着いて来ると、Mがどうしてあなたを相談相手に選んだのか気になった。そういった込み合った話を異性にわざわざ打ち明けるということはリスクが高い。しかも不倫相手の部下があなただったようだから。いくら気を許してる相手であってもね。わたしという彼女があなたにいるのを分かった上で、Mは仕掛けてきたのだからたいしたものよね。
あなたは知らなかっただろうけど、Mは寝取り癖あってよ。わたしはMとあなたの仲を知って大いに傷付いたわ。そのあなたは職場の同僚と飲んでて、酔った勢いでわたしに別れ話の電話してくるなんて最低な男よね。しかも泣きたいのはこっちだっての。そのわたしを置き去りにあなたが電話口で泣いててどうするの?
泣き上戸なんて知らなかったけど、あの電話はわたしの中で奇想天外な出来事でした。あなたはよくわたしと付き合ってて、その言葉をわたしに向かって使うことがあったけどもうかなり前の話。
あ~あ。なんだってあなたをこんなにも好きになってしまったんだろう。父親が薄毛だから俺も将来は禿げると真剣に悩んでたあなた。ゴキブリが大嫌いで一人で始末も出来なくて、夜は明かりがついてないと怖くて寝れなくて。三十過ぎたら死ぬんだ俺。死に神に予言されたなんて本気で信じてたあなた。
でもそんなヘタレぷりもわたしには可愛いと許せる範囲だったのにな。もうお終いね。そう悟った時、わたしはMに奪われたあなたの心をもう一度だけわたしに取り戻すことにしたの。
お願い。最後に一度だけ会って。と、あなたに言ったのはね、リベンジする為よ。そしてわたしが明日から強く旅立つ為の儀式。わたしを不慣れな都会に残して去ってゆくあなたへが許せなかったから。他人のモノを平気で奪う女と同じ土俵になんか上がりたくなかった。だから別れのシーンを演出したの。わたしなりに。
あなたがわたしのもとを訪れた最後の週末。Mには内緒でとお願いした。そして最後に愛してもらった。あなたの手つきはとても優しくてこの手をもう掴むことが出来ないことには惜しいものを感じたけどもう構わなかった。
あなたと愛し合う。ただそれだけで自分の存在に理由がついたような気がしたの。あなたは男でわたしは女。それだけで良い様な気がした。
付き合い初めのころのような関係が蘇ったような新鮮さがあったけど、それは幻想。ふたりの仲はもう元には戻れない。あなたの心には新しい彼女Mが住み出した。古い彼女のわたしには居場所がない。それなら黙って退散するしかないじゃない?
あなたのそのね、甘えるようにわたしの名を呼ぶ声が大好きだった。でも、明日からはあなたはMの名を迷わずに呼ぶのよね? それが何だか悔しい。
それならわたしのことを一生、忘れられないように別れの時くらい印象に残してあげるわと、最後のデートでわたしが来たのは大胆なスリット入りの真っ白なワンピース。髪の毛はポニーテールにして真っ白なリボンを巻いた。
手を繋いでいちゃいちゃして、あなたが心変わりしてやっぱり別れたくないと言い出さないかと期待してもみた。でも無理だった。あなたはわたしと綺麗さっぱり別れたかったのだろうから、わたしを引き止めるはずもなく、別れの時間はあっという間に来た。
「今まで付き合った彼女のなかできみが一番綺麗だったよ」
そう言ったあなたにわたしは何と返したのだったかしらね? よく覚えてはいないの。ただあの時、これでもうあなたには会えないのね。と、思ったくらい。あなたが涙ぐんでたのは覚えてるけど。
Mにわたしのお古を譲ってあげるのよ。ぐらいの気持ちで涙を飲んであなたと別れた。そしてあなたよりも将来性のある人を選んで幸せになって見返してやるんだってここまできた。
結局、わたしのしたことって何だったのかしらね? 結論としてはどうしてあの時……としか思えないの。あなたと別れてからわたしは、不可解な話を聞いたわ。あなたとMが結婚すると、わざわざ子会社まできて報告してたと。
でもそうなるとちょっとおかしいの。その噂が流れた数年後に、本社の専務とばったり転職先で出会い、(本社ではわたし達の恋愛は結構知られていたから)
「おまえら結婚するんだよな?」
って、言われたわ。専務はわたしとあなたがまだ交際していて一緒になると思ってたみたい。子会社の方の話はデマだったのかしら?
わたしとあなたが別れたと説明したら、専務目を丸くしてたわよ。ちゃんと説明しておいてよね。わたしはもう前の会社とは縁が切れてるんだから。
全然、意味が分からないけどもう終わった事だしね。もうあなたのことなんて忘れてしまいたいのよ。それなのにわたしの誕生日の前日があなたの誕生日だなんて紛らわしいんだから。
忘れようにも忘れられないのよ。
友達から聞いたの。あなたが訪ねて来たって。その頃にはわたし別の男性に絆されて結婚して子供もいたのだけれど。その時に再会した友達に教えてもらった。
ちょうどわたしが結婚を決めた頃かしら。あなたがわたしはどうしてるのかと友達のもとを訪ねて来たって。友達はわたしから別れた経緯を聞いていたからわたしが幸せにしてるとしか言わなかったみたいだけれど。
あなたの気持ちが知りたいの。
わたし、あなたと結婚したかった。でも別の男性と結婚した。あなたに捨てられていつまでもあなたを待ち続ければ良かったの? あなたは好き勝手に他の女性と浮名を流してゆくのに? そんなのは耐えられないわ。
だからあなたとは真逆の男性を選んだ。垢抜けてなくて女性のエスコートの仕方なんか知らなくて
わたしがついてないとだらしない人を。
でも時に思うわ。よく見定めれば良かったって。
わたしね、主人にプロポーズもされてないの。認知症の姑に二人の間を引っ掻き回されていびられて、
わたしは悪妻になってる。この結婚で良かったと思うことは子供に恵まれたこと。特にあなたの名前をつけた息子はわたしに優しくしてくれる。
あなたとはもう何十年も前に別れたってのに、忘れられないのよ。未練がましい女だったみたい。わたし。あなたに会いたいわ。そしてあの時のことを語らって笑い飛ばせたなら、心に残っているあなたの残像を消し去ることは出来るかしら?
今日はね、わたしの誕生日なの。覚えてた?
あなたはわたしの誕生日の前日生まれだから嫌でも思い出してしまうのよ。あの時のことを。
何度も何度も繰り返し覚えてる。一種の呪いね。これは。
薄毛と身長に悩むあなたの前で意趣返しのように、自分よりも慎重が低くて薄毛の人はお断りよ。なんてふざけて言ってしまったこともあった。だってあの時、あなたはわたしが太ることを嫌っていたから。わたしはそれが辛かった。体重をキープするのって運動嫌いで大喰らいのわたしには大変だったからよ。
けれど現実はそのお断りしていた要素をもってる夫と連れ添っているのだから笑えるでしょう?
罰が当たったのかしら? あの時、あなたとMの不幸を願ってしまったから。
とんだ罰よね。わたしの結婚は忍耐続きのものになってしまった。子育てと介護に追われて自分のことなんて後回し。それでも時に思うの。あなたとの楽しかった日々を思い出しながら。
あなたに愛された記憶があるから、わたしはそれを支えに生きていける。あれは苦しい現実を迎えたとしても、あなたがわたしに向けてくれた愛には偽りがなかったのだと。
毎年、今日と言う日が来る度に自問自答している。誕生日が一日違いのあなたを思い出す度に。
そしてあの頃のわたしの気持ちに戻る瞬間があるのよ。呪いが解けたみたいにね。
あなたの誕生日が来るのを楽しみにしていた自分に返るの。これであなたと数時間だけでも同い年になれたって浮れていた時の自分を。
翌日を迎えれば、わたしの方がまた一つ年上になってしまうのだけれど、あなたと対等になれた気がしたのよ。数時間の魔法だけどね。
お誕生日おめでとう。
昨日と言う日を迎えたあなたへ。あなたのことが大好きでした。