ドリームキャッスルからの脱出
「どうするの?」
穂波が博史に聞く。
「さっきの青白い光はドリームキャッスルの方に飛んで行ったのよ。そんな所に行ったらどんな目に遭うと思う?」
反応の鈍い博史に、穂波がさらに詰め寄る。穂波は、その場から逃げたくて仕方なかった。博史もそれに同意してくれると思っていたのだ。
だが、
「彼は、この異変の正体を知っている。彼から離れる方が危険だ」
博史は、そう言うと、将司の後を追って駆けだした。
穂波は下唇をかんで、博史たちの反対方向に歩き始めたが、例のトンネルが見えてくると立ち止まった。
足が前に進まない。その瞬間、突然、トンネル内に点いていた灯りが明滅した。
「ヒロクン、待って!」
穂波は、踵を返すと全速力で、博史たちの後を追った。
穂波が追いつくのを待って、3人でドリームキャッスルに足を踏み入れる。
床を見ると、ドリームキャッスルの中にも、かすかながら蛍光色の靴跡は続いていた。
靴跡は、一直線に建物の奥へと続く。
両側の壁が鏡になっている大舞踏室も抜け、先へと進む。天井は次第に低くなり、香澄が感じたような圧迫感を将司や博史たちも感じ始めていた。
いくつもある扉をくぐり抜ける。
その先にも同じような部屋が続くだろうと将司が扉を開けると、冷たい冷気と異様な妖気が3人の体を包んだ。博史と穂波は、その圧倒的な妖気に気圧され、扉の前で立ち止まった、
石畳の床と石積みの壁。
暗い室内には、8つの青白い光が壁の窪みの中に灯る。
その手前に、椅子が置いてあり、下着姿の女性が座らされていた。
その椅子の両側に4つずつ青白い円柱のガラス瓶が置いてある。
下着姿の女性の頭はゴム製のマスクに覆われ、そのマスクから黒いチューブが
伸びて右のビンの一つにつながっている。黒いチューブは、白い肌にも付けられていて、両胸の間、両脇、両手、両太ももからも左右のガラス瓶につながっている。
博史は最初、蝋人形かと思ったが、黒いマスクと胸の起伏が上下しているのを見て、生きている人間であることに気づいた。
「香澄!」
将司が椅子の女に駆け寄る。
その瞬間、暗闇の中から男が現れた。
男は、バールのようなものを振りかざし、将司に振り下ろそうとする。
博史は、咄嗟に部屋に飛び込んだ。その男にタックルして、壁に突き飛ばす。男は壁に体を叩きつけられ、その拍子にバールのような物を離した。バールのような物が石畳の上に転がる。
その音で、将司が振り向く。
博史は、床に転がったバールのような物を拾い上げ、両手で構えた。
男が立ち上がる。
「・・・・・三木島園長」
将司が順二に向かって言う。
「全く、この体は不自由で仕方がないな。背後を見ることができれば、こんなザマにはならないところだ」
明らかに、普通の人間の言動ではない。
「香澄に何をした?」
「もうすぐなのだ。お前たちにそれを邪魔させるわけにはいかない」
将司は、ポケットから小瓶を出して、順二に振りかけようとした。
だが、聖水は一滴も出ない。
小瓶を振ってみる。
「・・・・くそ、空だ。さっき使いすぎたんだ」
将司は、周りの壁を見た。
そして、順二に向かって小瓶を放り投げると、壁に向かって走った。
放り投げられた小瓶を避ける順二。
順二が気づいたとき、将司は壁に掛けられた三つ又の槍を手にしていた。
順二に向かって槍をつく。だが、順二はこともなさげに片手でその槍をつかんだ。
将司は両手で槍をつかんだまま、順二に片手で持ち上げられた。
博史もバールで順二に攻撃を仕掛ける。だが、これももう片方の手でバールをつかまれ、持ち上げてしまった。将司も博史も両足が床を離れる。常人の力ではない。順二はその力で、槍をつかんだままの将司を壁に放り投げた。
そして、空いた片手で、宙に浮いたままの博史の首をつかんだ。万力のような力が博史の首を締めあげる。博史の意識が遠のいたその時、突然何かが割れるような音がした。
その音は、何回も続く。
穂波が、チューブのつながった円柱のビンを床にたたきつけて割っていたのだ。
割れた瓶から出てきた青白い光は、オレンジ色に色を変え、椅子に座ったままの香澄の体に戻っていく。真っ白だった香澄の肌に朱色がさす。
「やめろー!」
その声は、人間の声ではなかった。地の底からのうめき声を最大にしたかのような恐ろしい響き。順二は、博史を放り投げると、穂波の方に駆け寄った。
順二の背後が完全に無防備になった。
将司は三つ又の槍で突こうとして、一瞬ためらった。これで突いたら、園長はただではすまない。言動はおかしいが、万が一、園長が普通の人間だったら・・・。将司は、槍を持ち変えると、全体重をのせて、順二の後頭部を三つ又の槍の柄で突いた。
順二が倒れる。
将司は、香澄に駆け寄ると、体中についた黒いチューブを引きはがした。
そして、黒いマスクを外す。
「香澄!」
将司のその声に香澄は、閉じていた目を開けた。
そして、将司の顔を認めると、両手で将司に抱きついた。
順二が床に手をつき、立ち上がろうとしている。
その瞬間、博史がバールで順二の後頭部を殴打する。
再び、床に這いつくばる順二。
将司は自分の上着を、香澄にかけた。
穂波は、円柱のガラス瓶を割り続けていたが、最後の一つを割ろうと手をかけたとき、突然足をつかまれた。
順二が、倒れた状態のまま、穂波の足首を片手でつかんだのだ。
博史が再びバールで殴打しようとする。だが、それを予測していたように、順二はもう片方の手でそのバールをつかんだ。
すさまじい力で壁に放り投げられる博史。
順二が穂波の足をつかんだ手を引き寄せる。穂波は床に引き倒された。
次の瞬間、将司が、穂波の足をつかんだ順二の手に三つ又の槍を突き刺した。
順二が絶叫し、穂波の足を離す。
全身を打ちつけた痛みをこらえて、ようやく立ち上がる博史
「もういい!逃げるんだ!」
将司は、穂波の手を握って立たせると、バールを構えた博史に向かって声をかけた。そして、香澄の手を握りその部屋を飛び出した。
穂波と博史もそのあとに続く。
順二は、三つ又の槍に傷つけられた手を抑えながら立ち上がると、傷ついていない方の手で香澄が座らされていた椅子をつかんだ。おそらく相当な重さがあるであろうその椅子を引きずりながら、石畳の部屋から出ていく。
青白い光を放つ円柱のガラス瓶を一本だけ残して。
香澄の手を取りながら先頭を走る将司が振り向く。将司のすぐ後ろには穂波と博史、さらにその背後を見ると、ちょうど椅子を引きずりながら、順二が石畳の部屋を出てきたところだった。これだけの距離があれば逃げ切れる。
将司は正面に向き直り、次の部屋へと続く扉に手をかけようとした。
その瞬間、順二は引きずっていた椅子を天井に向かって放り投げた。
「危ない!」
博史の叫び声に、将司ははっと立ち止まり、頭上を見上げた。
順二が放り投げた椅子は、天井からぶら下がったシャンデリアにあたり、シャンデリアごと落下。将司は、香澄の体を支えて後ろの方に倒れ込んだ。地面に這いつくばった2人の背後で、床に衝突したシャンデリアがガラスの破片をまき散らす。2人に駆け寄り、手を貸して立たせる博史と穂波。
シャンデリアの残骸は、将司たちの行く手の扉を完全に遮ってしまった。。
将司は、左右両側の壁にある扉を見て、左の方の扉に駆け寄った。
鍵がかかっている。
順二が、にやりと笑い、ゆっくりと4人の方に近づいてくる。
右側の扉を博史が開けようとするが、そこも鍵がかかっている。
穂波は後ろを振り返り、近づいてくる順二から逃げようと後ろに下がった瞬間何かに躓き、壁の方に倒れた。穂波が壁に背中をぶつけると、ぶつかった部分の壁がくるりと回転して、穂波はそのまま壁の向こうに姿を消してしまった。
「穂波!」
その場所に駆け寄り、壁を叩く博史。その瞬間、博史も回転した壁の向こうに消えた。
将司も香澄の手を引いてその壁に駆け寄り、手の平を壁につけると、力を込めて押した。壁がくるりと回転し、将司も香澄とともに壁の向こうに姿を消した。
順二は慌てない。
ゆっくりと4人が姿を消した壁のところに歩いてくる。壁に手のひらを当て押した。くるりと回転する壁。順二は、回転した扉を半分のところで止めた。
壁の向こうは暗い。
開けたままの扉から入る部屋の灯りで照らされた範囲で見ると、どうやら中は円形の吹き抜けで、壁際にらせん状の階段がついている。順二は、階段の始まりのところで上を見上げた。暗くてよく見えないが、4人が階段を駆け上がる音がする。
順二も階段を上り始めた。
先頭を走っていた博史が止まる。
「ストップ!」
後ろを駆け上がってくる3人に声をかける。
「ここが終点だ」
暗闇の中、壁に手を当て何かないかさぐる。
他の3人も壁に手を当てる。
「あっ!」
穂波の叫び声。
「どうした?」
「ここに、ドアがあるわ」
お願い、こんなところで鍵なんかかかっていないでよね。
祈る気持ちで、穂波がノブを回すと、扉は開いた。
まぶしい光が差し込む。
4人は思わず手で顔を覆ったが、後ろから順二が追ってきているのに気づき、その光の中へ踏み込んだ。