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神父の言葉

 将司は、家を飛び出してすぐ、自分が何も持っていないことに気づいた。

 身一つで、インカ帝国を脅かした悪魔に立ち向かうのか?

 悪魔に立ち向かうのはなんだ?お祈り?

 自分が知っているお祈りは南無妙法蓮華経くらい。あ、あれは神様じゃなくて仏様に対するお祈りか。

 さっきまでオカルトの書物を読んでいたくせに、いざとなると、その手のことに疎いことに今さらながら気づいた。

 どうする?

 そのとき、ウラジューの日記にたびたび出てくる教会の名が浮かんだ。

 聖マグダラ教会。

 罪の女、マグダラのマリアの名をいただく教会。

 人の罪は罰するのではなく、浄化させることこそ神の教えであるとのことからつけられたのだとか。

 いかにも、ウラジューが好みそうな話だ。

 その教会は、将司も行ったことがあり、裏野ドリームランドに行く途中にあった。

 夜の12時を過ぎた真夜中の教会。

 周りの電灯はすべて消えているが、教会入り口の上には常夜灯が灯っている。

 扉を真鍮製のつり革型ノッカーで叩く。

 予想以上に大きな音が出て、将司は思わず周辺を気にしてしまった。

 果たして、こんな夜中に教会の扉を開けてくれるのか。

 だが、将司の危惧は懸念に終わった。

 扉が開き、年輩の牧師が出てくる。

「こんな夜中に何事かな?夜更けにもかかわらず、教会の扉を叩くとはよほどのことと思うが」

「神父様、わたしは、裏野清十郎氏の顧問弁護士をしている藪塚将司といいます」

「顧問弁護士がわたしに何用?」

「神父様はゴルモンピチャカという悪魔について何かご存知ですか?」

 神父の表情が変わる。

「・・・・こんなところではなんだ。お入りなさい」

 神父は、将司を教会に招き入れ、礼拝堂へと案内した。

「ゴルモンピチャカという名をどこでお知りになった?」

 礼拝用の長いすの間の通路を祭壇に向かって歩きながら、神父が尋ねる。

「神父様は、清十郎氏がオーナーを務めていた裏野ドリームランドという遊園地を知っていますか?」

「清十郎氏から聞いたことはある。何か事件があって、今はやっていないのではないかな」

 うなづく将司。

「廃園になった遊園地など保有する価値などありませんが、清十郎氏はここにこだわり、生前、自分の死後も処分は許さないと言っていました。ところが、亡くなってみると遺言の中に、裏野ドリームランドのことは何も触れられておらず、すぐに買い手が付いてしまった。しかも、その買い手は、裏野ドリームランドが廃園になるきっかけを作ったみきしま学園という児童養護施設の園長だったんです。みきしま学園の児童9人が裏野ドリームランドで行方不明になったその事件の4年前、清十郎氏は、みきしま学園を訪れていた。そして、その日の日記に、一度書いて消された文字があったんです。それが、ゴルモンピチャカ」

 祭壇の前まで来ると、神父は十字架のキリストに向かって簡単な祈りをささげた。

「ゴルモンピチャカは、9つの別々の体を持つ。ゴルモンピチャカは、子供の姿で人間の世界に入り込むと、あるものは人間の魂を乗っ取り、あるものは人間を餌食にし、あるものはただ面白がって人間たちを虐殺した。その悪魔の所業は、たった2晩で一つの都市を滅ぼすほど強力だった。しかし、無邪気な子供を装ったそのおぞましい所業に怒った絶対神ベーゼにより、地下深くに封印された。インカ帝国に滅ぼされたケルテカミノン族に伝わる神話です。なぜ、これを清十郎氏が知っていたのか?しかも、なぜみきしま学園を訪れたその日の日記にその名が?」

 将司の話を受け、神父は礼拝堂の隅にある水瓶から柄杓で水をすくいながら話し出した。

「インカ帝国以前の神話は、スペイン人がもたらしたキリスト教によりそのほとんどが失われてしまっている。インカ帝国は、太陽神信仰はあったものの、神に対峙する悪魔という概念はなかった。清十郎氏は、南米を旅して、ケルテカミノン族の伝説と出会い、インカ以前に南米にも善と悪が対峙する神話が存在したことを知った。そして、絶対神ベーゼの神殿といわれるものがあると知り、そこに旅したのです。今から20年以上前の話です」

「絶対神ベーゼの神殿?」

「それがすべての過ちの始まりでした。彼が、絶対神ベーゼの神殿だと思って踏み込んだのは、邪神ゴルモンピチャカが封印された祠だったのです」

「・・・・それはおかしい。文献によれば、ゴルモンピチャカの祠に踏み入ったものはその肉体を切り裂かれ、魂は永遠にゴルモンピチャカに隷属すると書いてあった。だが、清十郎氏は生きて帰ってきた」

「その通り。清十郎氏は、アータルの炎により、よこしまなものから守られている稀有な存在だった。ゴルモンピチャカは、その強力な守護により清十郎氏を隷属させることはできなかったが、その体にとりついて、封印の祠から抜け出したのです。そして、この日本に渡ってきた」


「中には出会いたくないものもあった。だが、そういうのに限って、しつこくついてきやがるんだ」


 ウラジューが将司に深く踏み込むなと警告したその言葉の意味がようやく分かった。

「清十郎氏の身には何事も起きなかったが、氏自身は自分に何がとりついているか気づいていた。そして、それが自らの体を離れたとき、どのような災厄をもたらすかも」

「・・・・・みきしま学園を訪問したとき、ゴルモンピチャカは、清十郎氏の体を離れたと?」

 将司の言葉にうなづく神父。

「みきしま学園にゴルモンピチャカが放たれたのは間違いない。だが、ゴルモンピチャカは子供の姿をしている。どの子供がゴルモンピチャカなのかは全く分からなかったのです。そして、それがいつ災厄をもたらすのかも。わたしは、清十郎氏にキリスト教形式だが、悪魔祓いをしたらどうかともちかけた。だが、清十郎氏はこう言い放った。保険は掛けてある。いずれ、向こうの方から網にかかってくると」

「・・・・9人の子供たちが、裏野ドリームランドで行方不明になっている。ゴルモンピチャカは9つの別々の体を持つ。その行方不明になった9人の子供が、ゴルモンピチャカだったと?」

「それは、わたしにもわかりません。しかし、もし、それがゴルモンピチャカだったとしたら、9つの体は再び封印されたということ。それなら、何もその施設にこだわることはなかったはずなのです」

「・・・・封印は完全ではなかった」

「だから、清十郎氏は施設の処分を許さなかったのではないでしょうか」

「清十郎氏のことだ。みきしま学園の園長にも、ゴルモンピチャカの危険さは伝えてあったはず。そして、それが裏野ドリームランドに不完全な形で封印されていることも。にも関わらず、園長はそこを購入しようとしている」

 神父は水瓶から救った水を入れた器に、自らの首にかけた十字架を外して浸けながら言った。

「あなたが、このような夜に教会の扉を叩いたのは、そのみきしま学園の園長のことではありませんかな」

「そのとおりです。実は、わたしの許嫁がみきしま学園園長の秘書をしていて、こんな夜更けに裏野ドリームランドに呼び出されたんです。明日以降、施設の耐震調査が入り、第三者が施設に入る。その前日に呼び出されたということは、第三者が入る前に何かしなければならないことがあったということ」

「園長は、ゴルモンピチャカを封印から解こうとしていると?」

「文献には、無垢なる若い女の魂がゴルモンピチャカの封印を解くと書かれていました。園長は、自分の秘書、わたしの許嫁の魂で、ゴルモンピチャカの封印を解くつもりなんです。封印を解かれたら最後、耐震調査に来る人間たちを最初の餌食にして、ゴルモンピチャカはこの世界を蹂躙し、滅ぼそうとするでしょう。何としてもそれを止めなければ」

 神父は、器からすくい取った水を小瓶に入れて将司に渡した。

「これは、すべてのよこしまなるものを浄化する聖水。清十郎氏は言いました。封印の祠にあったのは、9つの青白い光だったと。青白い光を見たら、ゴルモンピチャカの邪なる魂の炎と心得なさい」

 将司は、神父から聖水の入った小瓶を受け取った。

「神父様、なぜ封印は完全ではなかったのでしょうか」

「清十郎氏は言っていました。ゴルモンピチャカが子供の姿をしているのには意味がある。無垢なる姿は、無垢なる魂に返さなければならない。神の力で悪魔を葬ることは、また新たな対立を生み出すだけ。それなら、遊び戯れることだと」

「遊び戯れる?どういう意味でしょうか」

「わたしにも、真意はわかりません」

 将司は再び車に乗り込んだ。

 一路、裏野ドリームランドへ。

 将司は、ウラジューの生前から、何度か裏野ドリームランドに行ったことがあった。そのためだけに通されたような一本道も。

 将司は、神父の言葉を思い出していた。

 その態度といい、まるでこうなることを知っていたかのようだった。

 それは、そのままウラジューにも言える。

 ウラジューが言っていた保険が、裏野ドリームランドのことだとしたら、そこは一体どんな役割を担っているのか?

 完全に封印されていないゴルモンピチャカを封じ込めるには一体どうしたらいいのか?無垢なる姿は、無垢なる魂に返すとはどういう意味なのか?そして、遊び戯れるとは?

 そんなことを考えていると、突然、車のフロントガラスを激しい雨がたたきつけ始めた。まるで、将司の行く手を遮るかのように。

 裏野ドリームランドへと続く細道。そこに入っていく手前のガードレールが、激しく破損して一部なくなっている。

 事故でもあったのか?

 だが、今は裏野ドリームランドにたどり着くことが第一。

 将司の車が、駐車場にたどり着くと、すでに一台の車が止まっていた。

 香澄たちが乗ってきた車に違いない。

 車から出る将司。激しい雨はいつの間にかやんでいた。

 入り口のシャッターは開いている。

 入り口でいったん立ち止まる。将司はポケットの中の小瓶を確認すると、チケット売り場を通り抜けた。

 裏野ドリームランドに来たことは何度もあったが、中に入ったのは初めて。予想以上に敷地が大きいことに気づき、将司は途方に暮れた。

 ふと気づくと、案内板がある。

 将司は、案内板に近づいた。

 そして、その下の路面が蛍光塗料まみれになっているのに気づいた。

 あわてて蛍光塗料の場所から離れたが、後の祭り。蛍光色の靴跡がくっきりと路面に浮かび上がる。ふと気づくと、自分のほかに、もう一つの靴跡があるのに気づいた。その靴跡は、入り口から左の方へと続いている。

 その靴跡は、明らかに女性もののハイヒール。

 香澄の靴跡だ。

 将司は、蛍光色の靴跡をたどって、左のほうに駆けだした。

 例のトンネルも、香澄を救うことしか考えていない将司は一気に駆け抜ける。

 目の前に巨大な観覧車がある。

 それを見上げた時、ゴンドラの中に、この世のものとは思えないような青白い炎を見た。その瞬間、将司は神父の言葉を思い出した。

「青白い光を見たら、ゴルモンピチャカの邪なる魂の炎と心得なさい」

 香澄は、あのゴンドラに乗っているに違いない。

 将司は、観覧車の中心を支える支柱についた梯子を上ろうとして、動きが止まった。一番高い位置にあったゴンドラから何かが落ちてきたのだ。その何かは、支柱をつかみ、落下を止めた。

 その姿は明らかに人間の女の子だ。だが、普通の女の子なら、あんな高いところから落とされて、支柱をつかめるはずがない。すると、その女の子が動き始めた。だが、その動きは人間の女の子の動きではない。まるでトカゲが木の枝を這うような異様な動きだ。その動きに将司の全身の毛が逆立った。その女の子に近づくのを、将司はためらった。

 女の子が落とされたゴンドラの中には、男女の姿が見える。そこに香澄の姿はなかった。だが、彼らなら何かを知っているかもしれない。将司は、そのゴンドラが戻ってくるのを待った。

 と、その時、将司は、異様な動きをする女の子が、そのゴンドラの方に向かって、観覧車の中心から放射線状に伸びた骨組みの上をするすると動いていくのに気づいた。

 女の子は、ゴンドラの中に飛び込むと、中にいた女に襲いかかった。ゴンドラの中にいたもう一人の男が女の子をつかみ上げる。女の子が振り向く。

「なんだあれは?」

 顔のあるはずの場所が、赤い無数の触手にとって変わっている。

 もはや、ためらっている暇はなかった。プラットホームに入りかけたそのゴンドラに駆け寄り、扉を開けると、ポケットから取り出した聖水を、女の子の姿をした何かに振りかけた。

 途端に、その何かは絶叫を上げて、扉の反対側に体を叩きつけた。

 だが、うずくまりもがいているだけだ。

 将司は再び聖水を振りかけた。

 この世のものとは思えない不協和音を発して、その何かは動きを止め、青白い炎に包まれた。やがて、その炎は小さくしぼみ、こぶし大の大きさになると、ドリームキャッスルの方に飛び去った。

「・・・・・あの青白い球は・・・・あの女の子はいったいどうなったんだ」

 光が飛び去ったほうを見ながら、博史が言う。

「あれは、女の子なんかじゃない」

 将司が答える。

「じゃあ、いったい何?」

「・・・・・ゴルモンピチャカ。インカ帝国を脅かした悪魔だ」

「ゴルモンピチャカ?・・・・あなたは一体・・・・」

「わたしは、この裏野ドリームランドのオーナーだった裏野清十郎氏の顧問弁護士、藪塚将司だ。君たちは?」

「俺は、草薙博史。こっちは蓑田穂波」

「なぜ、こんなところにいる?」

「落雷で事故を起こしてしまって、車がオジャンになっちゃったんです。それで、夜明けまで雨をしのごうとここに」

「事故?この下のガードレールが切れていたがあれか?」

 うなづく博史と穂波。

「よくあんな事故で助かったな」

「あなたこそ、なんでこんなところに?」

「そうだ。君たち、ハイヒールを履いた女性を見なかったか。おそらく男性と一緒だったと思うんだが」

「それなら、さっきこの観覧車の下を通り過ぎるのを見ましたよ」

「どっちへ行った?」

 博史は、ドリームランドの方を指さした。

 将司は、アスファルトの路面を見た。

 まだかすかに蛍光塗料が残っている。

 その足跡は、ドリームキャッスルの入り口へと続いていた。

「その女の人って誰なんですか?」

 博史が聞く。

「わたしの許嫁だ」

 言うなり、将司はドリームキャッスルの方に駆けだした。

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