トンネル内の怪異
雨は、その勢いを全く衰えさせることなく降り続く。
暗い坂道を、ミニ懐中電灯の灯りを頼りに上がってくる7人。
そこに、裏野ドリームランドの建物が暗闇の中に浮かび上がる。
半円形に外側に張り出した中央にシャッターが下ろされた入り口、その両側にはチケット売り場がいくつも並ぶ。全盛期には、チケット売り場にも行列ができたのだろうか。だが、この闇夜の中では、チケット売り場の仕切りガラスの向こうには、誰もいないむなしい空間がぽっかり空いているだけ。
チケット売り場の前にはわずかに軒が張り出している。その下に駆け込む7人。
「とりあえず、これで雨がしのげる」
義明が言うと、
「でも、朝までこのままか?入り口はシャッターが閉まっていたぜ」
と道也。
「仕方がねえだろ。電気なんかとっくに切られているだろうからな。電気がなきゃ、シャッターなんか開かねえ」
その時、突然男の子が穂波の手を振り切り、走り出した。
「あっ、どこへ行くの!」
穂波が、男の子の後を追う。その穂波のあとを、道也と博史が追いかける。
男の子は、チケット売り場のはずれの角を曲がり、その姿が見えなくなった。
3人が、そのあとを追うように角を曲がるとそこに建物が建っていた。
その扉がかすかに開いている。
3人は、ためらうことなくその扉から中に入った。
中には、大きな箱状の機械が設置されていて、スイッチのようなものがいくつもついている。
「なんだ?ここは?」
道也がつぶやく。
「これは・・・・自家発電機だ」
博史がつぶやく。
「自家発電?」
「もしかして、電気がつくかもしれないぞ」
博史は、自家発電の箱に取り組み始めた。
一方道也と穂波は、その小屋の中をゆっくりと歩きはじめる。
「おい、出ておいで。どうしたんだよ、急に逃げたりして」
道也が、暗い建物の中を男の子の姿を求め、探しながら言う。
「お姉ちゃんたちと一緒に、みんなのところに戻りましょう」
穂波が優しい口調で言う。
その時、突然、箱がブウウンとうなりを上げ、建物内の電灯がついた。
「あっ?」
「ついた」
穂波と道也が次々言う。
「これで、少しは探しやすくなっただろう」
男の子捜索に博史も加わる。
だが、その狭い建物のどこにも、男の子の姿はない。
「いないな・・・・もしかして、建物の中じゃなかったのか?」
博史はそういうと、雨が降り続く外に飛び出した。
穂波と道也も出てくる。
「おーい!出ておいで!」
地面を打ち付ける雨音に負けないように叫ぶが、応答はない。
「だめだ!この雨じゃ、探すのは無理だ!一度、みんなのところに戻ろう!」
道也が言う。
「でも・・・」
自分が、手を放してしまった責任を感じているのか、穂波は戻るのを渋る。
「大丈夫だ。子供だからって言ったって、また山道のほうに戻るほど馬鹿じゃない。あの男の子はこの遊園地のどこかにいる。探すなら、戻ってみんなで探したほうがいい!」
博史の説得で、穂波はしぶしぶ戻ることに承諾した。
ところが、3人が戻ると、待っていた義明が開口一番、
「どこ行ってたんだよ。男の子を探しに行っていたんじゃないのか?」
「何を・・・・」
他人事のように言う義明に文句を言おうとして、博史はそこに男の子がいるのに気づいた。
「お前たちが探しに行ってすぐに一人で戻ってきたんだ」
義明の言葉に、博史は男の子を怒鳴ろうとしたが、その前に穂波が男の子のことをしゃがんで抱きしめたのを見て、その恨み節をぐっと飲みこんだ。
「・・・・・それはそうと、突然、入り口のところの明かりがついたんだが、お前たち何かしたのか?」
「向こうに自家発電機があったんだ」
義明の問いに博史が答える。
「自家発電機?よくついたな。10年以上使われていなくても、自家発電機って使えるものなのか?」
「さあな、でもこれでシャッターも開くだろ」
シャッターの近くに寄ると、そのスイッチはすぐに見つかった。
スイッチを押すと、しばらくウンウンとモーターがうなっていたが、やがてガタガタとゆっくりとシャッターが上がり始めた。
駅の改札のような入り口を通り抜け、チケット販売の建屋に入るドアを探す。
ドアは、入り口を通り抜けた反対側にあった。道也がノブを回す。
「だめだ。鍵がかかってる」
「くそ、朝までこんなところで雨宿りかよ」
7人は、チケット改札の上にかかった屋根の下で立ち往生した。
降りしきる雨の中、自家発電で灯った電灯が園内を幻想的に照らし出す。
しばらくすると、地面をたたく雨音が急に小さくなった。
音が小さくなるのと同時に、煙ったように見えた園内の様子がくっきりと見え始める。雨粒はみるみる小さくなり、やがて雨が上がった。
「・・・・・やんだ」
紀子がつぶやく。
改札の屋根の下から出て、園内に入る7人。
「どうする?雨は上がったけど、道まで戻るか?」
博史が皆に聞く。
「戻ってどうする?街までは相当あるぜ。こんな夜中にあんな道通る車なんかねえよ。真っ暗な山道を歩くのはかえって危ない。朝までどこかで休もうぜ」
義明が提案する。
「・・・・そうよね。朝になって明るくなってから行動したほうが危なくないわ。子供たちもどこかで休ましてあげなくちゃ」
穂波も言う。
園内に入ってすぐのところに、裏野ドリームランドの案内図があった。
その案内図に近づく義明。
義明の後に博史たちもついていくが、最後を歩いていた道也は、案内板の手前に置いてあった箱型の機械に気づいてそっちへ行く。
機械の正面には「蛍光ボール」と書いてあり、その下に回転式のレバーがついている。その下には蛍光ボールが出てくると思しき蓋と受け皿がある。道也は、何のためらいもなく回転式レバーを回す。だが、蓋からは何も出てこない。道也は、蓋を強引に開け、中をのぞいた。
「今ここか・・・・。奥にあるドリームキャッスル。ここなら朝までみんなで休める場所がありそうだ」
義明が案内板を見ながらつぶやく。
「そこへはどう行くんだ?」
博史が聞く。
「アクアツアーで池を船で行くコースと、歩いていくコースがあるな。歩くほうが遠回りになるけどな」
「こんな夜中に、池の上を船でなんか行きたくないわ。歩くほうで行きましょう」
紀子が言ったその時、
「わっ!」
道也の叫び声に全員が振り向いた。
見ると、蛍光ボールの機械の下の方から、緑色の蛍光塗料が噴出している。道也はその機械から後ろに飛びのいているところだった。
「ミッチー!何してるんだよ!」
「いや、この機械レバーを回しても何も出ないもんだから、機械の横を蹴っ飛ばしたら急に・・・・」
緑色の蛍光塗料は、みるみる案内板のところにいる義明たちの足元まで達した。
「わっ、おい、ミッチー、止めろよ」
博史が言う。
「無理だよそんなの」
「全く、余計なことしやがって。仕方ない。このまま、行っちまおうぜ。どうせ、廃園になった遊園地だから誰かから怒られることもないだろ」
義明の一言で、7人は蛍光塗料に足をつけないよう注意しながら、入り口から左の方に歩き始めた。
しばらく進むと、道の両側が高くなり始め、ちょうど谷間を進むようになった。その先にはトンネルが口を開ける。
7人がそのトンネルに入ろうとすると、突然女の子が立ち止まって紀子の手を引っ張った。
「どうしたの?」
紀子が女の子に聞く。
女の子は、トンネルの方を見たまま動かない。
と、そのとき、トンネルの中に点いていた灯りが突然消えた。
トンネルは真っ暗な穴と化す。
これには、さすがの大人たちも足が止まる。
目の前に現れた暗黒の穴。
と、突然電灯が明滅し、再び灯りがついた。
「点いた、点いた。ああ、びっくりした。やっぱり10年もたつからガタが来ているんだな」
そう言って、義明はトンネルに入った。
穂波と紀子も進もうとすると、女の子と男の子が手を引っ張って、前に進もうとしない。
それを見た博史と道也もトンネル前から動かない。
後から誰もついてこないのに気づいた義明が振り向く。
「おい、どうしたんだ?早く来い・・・・」
その次の瞬間、義明の両目が大きく見開かれ、トンネルから飛び出してきた。
「な、なんだよ、ヨッシー、何かあったのか?」
道也が飛び出してきた義明に聞く。
義明は、トンネルのほうを見た。
「い、今、背中に・・・・何か・・・」
義明のおびえた目。
トンネルの方を見ても、何もない。
「・・・・・子供たちもこわがってる。アクアツアーのほうに行きましょう」
穂波が言う。
全員がウンウンとうなづき、谷間から入り口の方に引き返した。