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不可思議な遺産

「こんな時間に?」

 携帯電話に向かって将司は叫んだ。

「建物の耐震診断が、急遽明日はいることになったの」

「だからと言って、なんで香澄まで一緒に行かなきゃいけないんだ?園長一人で行けばいいだろ?」

「診断に来る業者対応は秘書であるあたしがしなくちゃならないの。県職員も来るし・・・・」

 実はこの耐震診断、将司が県の建築担当課に要求したものだった。

 間違っても、当事者の秘書である宮崎香澄にそのことを言うわけにはいかない。

「何かあればすぐに連絡しろ」

「何もないわよ。園長も来るし」

「・・・・・とにかく何かあればすぐに俺に連絡しろ。いいな」

 これ以上とどめようとしても無理だと思い、将司は電話を切った。

 将司は机の上に開かれた本を見た。

 それは、世界中のオカルトを紹介したもの。裏野の書棚から拝借したものだった。


 世界的冒険家ウラジューこと、裏野清十郎がオーナーの裏野ドリームランド。

 ウラジューが亡くなると、相続人がしたことはわけのわからない遺産の数々の処分。その中の一つに、裏野ドリームランドも入っていた。

 ウラジューは、複数の顧問弁護士を雇っていたが、その中の一人藪塚将司は、公正証書の確認をして不思議なことに気づいた。ウラジューは様々な遺言を残していたが、裏野ドリームランドを残すことに関するものが何もなかったのだ。

 これでは、親族に自分の死後は処分してくれって言っているようなもんだ。

 将司は、生前にウラジューと交わした会話を思い出していた。

「わたしの死後も裏野ドリームランドを処分することは許さない。いいな」

 不思議な爺さんだったが、人をひきつけてやまない魅力に溢れた人物だった。

 そのウラジューがこだわった裏野ドリームランド。

 だが、町はずれの小高い山に広がる10年以上使われていない遊園地なぞ誰が買う?建物や施設の処分料だけで、数千万円以上かかるだろう。さらに小高い山の再開発には億単位の金が必要になる。当面の間、裏野ドリームランドはそのまま放置されることになるだろうと思われた。

 ところが、買い手はすぐについた。

 それも法外な金で。

 まるで、他の人間に買われたら困るとでもいうような買い方だった。

 買い手の名は三木島順二。

 児童養護施設みきしま学園の園長で温厚な人格者として知られていたが、13年前に起きた事件をきっかけにがらりと性格が変わり、強権的なワンマン園長として業界から煙たがられる存在になってしまった。

 13年前の事件。

 裏野ドリームランドが、廃園に追い込まれることになった事件。

 みきしま学園の9人の児童が裏野ドリームランドで行方不明になったその事件は、当時センセーショナルな記事で連日の報道がされていた。警察の必死の捜査もむなしく、子供たちはいまだ行方不明のまま。9人の子供たちは、皆父母のわからない捨て子だったため、警察の捜査以上に探すものもなく、事件は自然と風化していった。

 だが、みきしま学園の園長の中では風化などしていなかったのだ。

「だからと言って、今さら遊園地を買い取ってどうしようと言うんだ。遊園地の敷地を掘り返そうとでもいうのか」

 事件が起こった施設のオーナーと、事件の被害者となった子供たちがいた施設の長。裏野清十郎と三木島順二の接点は何もないと思われた。

 だが、事件の起こる4年前、ウラジューはみきしま学園を訪れていた。

 ウラジューは、国内の福祉施設への寄付を積極的に行い、また、世界的冒険の合間を縫って、施設も訪問していた。その中に、みきしま学園もあったのだ。

 不思議なのは、みきしま学園を訪問して以降、ウラジューが施設訪問を全くしなくなったこと。その時に何かあったのか。

 13年前の事件をきっかけに三木島順二は人が変わり、経営陣も一新した。その4年前にあったウラジューのみきしま学園訪問を知る職員はもう残っていなかった。

 このまま本当に三木島順二に、ドリームランドを売却していいのか。

 顧問弁護士としてというより、純粋に興味がわいて、時間ができると将司はこのことについて調べるようになった。

 みきしま学園は、遺産売却の相手方。顧問弁護士としては、相手先に調査を依頼しづらかった。そのため、調査は難航したが、17年前にみきしま学園にいた卒園生を探し出せたことで、答えに向かって一気に加速する。

 卒園生は、ウラジューがみきしま学園を訪問した後、学園が大きく変わったことを覚えていた。

「みきしま学園は、もともとカトリック系の児童養護施設で、講堂にはマリア様の像があったんです。でも、裏野さんが来た時、講堂で話をしている最中に何かが起こって、そのあと、マリア様の像は撤去されてしまったんです」

「何かが起こったって何が?」

「裏野さんが話をしている最中に、前にいた子供たちが突然騒ぎ出して、話が中断したと思ったら、先生たちに講堂から連れ出されたんです。前にいた子にあとから聞いたら、マリア様の目から血が突然流れ出したって・・・・。それから、講堂は閉鎖されて、聖書のたぐいのものは学園からなくなりました。毎日あったお祈りの時間も」

 まるでオカルトだな。

 将司は最初、その話を半分程度しか信じていなかった。

 ウラジューは、生前3冊の自伝を書いていた。

 その自伝を書くために、ウラジューは日記を毎日書き綴っていた。

 それは、世界中を旅するときはもちろん、帰国した時も一日欠かさず書かれていた。当然、17年前のみきしま学園訪問時のことも。

 だが、そこには、

「みきしま学園訪問。講演は途中で中断」

 それしか書かれていなかった。その前後の日付は、数行から10行以上にわたり日々のことが綴られている。まるで、この日だけ、それ以上のことは書きたくなったかのような乱暴な筆致。と、将司は、その下に一度書いて消した形跡があるのに気づいた。かなり強い筆圧で書かれたその言葉は、柔らかい鉛筆で紙を黒く塗りつぶすと白く浮かび上がった。

「ゴルモンピチャカ」

 意味不明なカタカナ文字。

 だが、その言葉はインターネットでヒットした。

「南米に存在したとされるケルテカミノン族が、インカ帝国の侵略に対抗するため、闇の国から召喚したとされる悪魔」

「・・・・・悪魔?」

 それ以上は何もヒットしなかった。

 これだけなら、ウラジューが興味本位で書いた言葉程度にしか感じなかったろう。いやいや、適当なカタカナを並べて書いたらたまたまその言葉と一致しただけかもしれない。

 将司が再びこの件に向き合うことになったのは、その3日後。

 将司は、ウラジューの膨大な蔵書の整理をしていて、妙な棚を発見した。日本の妖怪や各地の伝承、世界中のオカルトに関する本ばかりが納められた棚だ。

 明らかに他の棚に収められたものとはかけ離れた分野。

 なぜ、そんな棚があるのか?

 世界的冒険家であるウラジューは、その棚に何を求めていたのか?

 ここにきて、みきしま学園で起こったオカルト現象は、将司の中で確信に変わった。そして、生前ウラジューが将司に語っていた言葉の意味を追求し始めたところだったのだ。

 その正体はまだ判然としない。

 だが、将司の直感はこう告げていた。

 三木島順二には近づくなと。

 この裏野ドリームランドの買い取りに何かあると睨んだ将司は、売買の条件として施設を有効活用するという項目があったのを見つけ、契約を少しでも遅らせようと、施設の耐震化診断を県に要求したのだった。

 そのことが自分自身を危機に陥れるとは全く思いもよらずに。

 将司の婚約者である宮崎香澄は、三木島学園園長の秘書をしていた。

 香澄が秘書についたのは、3年前。まさか3年後にこんな形で香澄と関わりを持つことなど、誰が予想できたろうか。ウラジューが亡くなり、みきしま学園園長が裏野ドリームランドを買い取るということが起きなければ、こんな事態は発生しなかったはずなのだ。

 夜11時過ぎの香澄からの電話に不穏な胸騒ぎを覚えながらも、将司はオカルト書籍に再び取り組み始めた。

 そして、ついにその名前を書籍の中に発見するのである。

「ゴルモンピチャカ」

 そこには、この悪魔について、実に数十ページにわたって書かれていた。

 それを読み終わった将司は、すぐに携帯電話を取った。

「おかけになった番号は現在電源が入っていないか、電波が届かない場所にあります」

 香澄の携帯にかけると、アナウンスが流れた。

「・・・・・まずいな・・・・」

 将司は、携帯電話を切ると、上着を手に取り家を飛び出した。

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