ドリームランドへの招待
一昔前に人気を博し、今は廃園になった遊園地、裏野ドリームランド。
ここを舞台にした不思議な話だ。
裏野ドリームランドのオーナーは、世界的冒険家、裏野清十郎。
彼には、さまざまな伝説がある。
ヒマラヤで雪男と相撲したとか、英ロホ・ネス湖でネッシーと泳いだとか、ツチノコの蒲焼を食ったとか、嘘か真かギリギリの(嘘に決まっているだろ)話ばかりだ。
だが、「ウラジュー」のネームバリューは、世界レベル。
彼が旅に出れば、スポンサーはすぐに億単位の金を出した。
そのウラジューが亡くなった。
莫大な遺産が残されたが、なぜそんなものが残っていたのかわからない負の遺産もあった。
そのひとつが裏野ドリームランド。
廃園になって、巨大な空箱になったドリームランドだが、ウラジューはここを生前手放すことはなかった。
「保険だよ」
生前ウラジューは、自分の顧問弁護士に言っていた。
「保険?」
「わたしは世界中を飛び回っていろいろな人々や文化に出会ってきた。そのほとんどは驚きと喜びの連続だったが、中には出会いたくないものもあった。だが、そういうのに限って、しつこくついてきやがるんだ」
「ついてくるって・・・・いったい何が?」
「それは知る必要はない。深く踏み込むと、抜けられなくなるからな。だが、わたしの死後も裏野ドリームランドを処分することは許さない。いいな」
こうして、巨大な空箱は、誰からも忘れ去られたあとも、山中にひっそりとたたずむこととなった。
「本当にこの道でいいのかよ」
笠谷道也が言う。
「確かこの道を行けば、山を越えられるはずなんだ」
運転手の草薙博史が答える。
「なんでこんな辺鄙なところに道なんか作ったんだ?もっと、いいコースなかったんか」
田所義明の不満に、博史が答える。
「この先に、遊園地があったんだ。この道は、そこに行くために敷かれた。今はもうやってないけどね」
「でもなんか怖いわ。雨も強くなってきたし」
後部座席で原田紀子が震える声で言う。
ワイパーはマックス。はじいてもはじいても、雨はフロントガラスを激しく叩く。
夜の山道を照らす車のライトも、激しい雨粒が光を拡散し、ハイビームの効果は半減。道の両側は、壁のごとく樹木が高く生い茂る。
そんな中、ワンボックスカーに乗った5人の映像サークルの大学生たちが山道を急いでいた。
翌日の試験を控えながら、コンサートに行こうというのがそもそものムチャだったのだ。だが、次に製作を控えている作品のモチーフにするのに最適な外国のロックバンドが3年ぶりに来日すると聞いた時、この機会を逃す気は5人にはさらさらなかった。
「大丈夫、帰りは近道を知っているから」
その博史の言葉も他の4人を後押ししていた。
だが、コンサートが終わった時、時計は夜の11時をはるかに過ぎていた。
さすがの5人にも焦りが出る。特に、運転手を買って出た博史はなおさらだ。
その時、助手席に乗っていた蓑田穂波が叫んだ。
「危ない!」
その叫び声に、博史が急ブレーキを踏む。
強い慣性力の働きで、搭乗者全員の上半身が前に傾く。
驚きの叫び声を上げる間もなかった。
次に来る衝撃はなかった。車は、道の上でややスリップしながらも進行方向斜めの状態で止まった。
「なんだよ!何があったんだよ」
義明が叫ぶ。
運転手の博史が、叫んだ助手席の穂波を見る。穂波も博史を見て言った。
「子供、子供がいたのよ!」
「子供?こんな山の中にか?」
ブレーキを踏んだ張本人、博史が聞き返す。
「ヒロクンは見えなかったの?女の子と男の子が・・・・」
フロントガラスから前を見る穂波。
「・・・・いない・・・」
車内のみんなが顔を見合わせる。
「・・・・・・まさか、轢いた?」
紀子がぼそりと言う。
全員沈黙。
「・・・・・穂波の見間違えじゃないのか?なんで、こんな夜中に子供が山道にいるんだよ。ありえねえだろ」
義明が言う。
「でも・・・・」
穂波は言いかけてやめた。
たしかに、こんな山道に子供だけいるというのはおかしい。
「もしかして・・・・幽霊?」
紀子が再びぼそりと言う。
「・・・・・は、早く出せよ。こんなとこ、早く通り過ぎちまおうぜ」
道也が言う。
「何言ってるの?もし、本当の子供だったらどうするの?」
穂波が言う。
「誰か見てきてよ」
穂波の言葉に、男子陣沈黙。
「・・・・・じゃいい!あたしが行く!」
言い出しっぺの責任とばかりに、穂波がやぶれかぶれに言うと、
「俺が行く・・・・もし、轢いてたら俺の・・・・・俺のせいだから」
博史は、そう言うとドアを開けて、バケツをひっくり返したかのような大粒の雨の中に傘もささずに出て行った。
ライトが照らす前の方を見たが、誰もいない。
車の横を見ても、子供らしき影は見えない。
博史が、外から助手席の穂波に向って、首を横に振る。
そんなはずはないとばかりに、穂波もドアを開けて出てきた。
「車の前にも横にもいないよ!」
出てきた穂波に、雨粒の路面をたたく音に負けないよう、大声で叫ぶ博史。
穂波は、道路の両側に広がる林の奥に子供の姿を探す。それらしき姿がないと分かると、車の後部に回る。
そのあとについていく博史。
テイルランプの灯りは、フロントライトほどではないが、暗闇をわずかに赤く照らす。
「・・・・・大丈夫?」
穂波がつぶやく。
博史が、穂波の視線の先を追うと、テイルランプの灯りに全身びしょびしょの女の子と男の子の姿が浮かび上がる。
博史はその瞬間、背筋をぞっとしたものが走ったが、穂波はためらうことなく2人のもとに駆け寄った。
穂波が腰をかがめて2人のことを両手で抱きしめているのを見て、我に返ったように博史も2人に駆け寄った。
「ま、まじかよ」
スライドドアが開いて、博史と穂波が2人の子供を連れているのを見た義明はあわてて、3列目の方に自分が動いた。
「おい、ミッチーも後ろ来いよ。邪魔だろ!」
義明に言われて、うなづきながら3列目に移る道也。
2列目に残った紀子が、すぐにカバンの中からタオルを出す。
女の子と男の子を2列目の座席に座らせ、タオルで全身を拭く。
義明もバッグをまさぐり、タオルを出した。
「おい、ミッチーも出せよ。名前入りの奴買ってたろ」
「え、あれは、記念に買った奴なのに」
「ごちゃごちゃ言うなよ。図体でかいくせに、心が小さいって言われちまうぞ」
「もう、言ってるじゃねえか・・・」
道夫は、元高校ラガー。高校までバリバリの体育会系だったが、その気の弱さから、大学では体育会系サークルを去り、今までと180度違う映像サークルに飛び込んだというよくあるパターン。
義明は、高校時代帰宅部。スポーツもそこそこ、成績もそこそこだったが、芯の強さはクラスのお墨付きで、女子男子関係なくそこそこ好かれるというタイプだった。なので、義明の言うことなら、皆何となく聞いてしまう。
道夫もおとなしくタオルを出した。
「なんで、こんなところにいたの?お父さんとお母さんは?」
紀子が女の子の全身をタオルで拭きながら言う。
2人とも、ぶるぶる震えるばかりで何も話さない。
2列目の席に穂波も乗り込み、義明からタオルを受け取ると男の子の体を拭く。博史が運転席に戻り、後ろを振り向く。
「どうする?」
「どうするって・・・・」
穂波が聞き返す。
「もしかして、事故かもしれないだろ。お父さんとお母さんだけ車に取り残されたりしているんじゃないか?」
真顔で言う博史に、義明が、
「話が飛躍しすぎだよ。第一、この雨の中どうやって探すんだよ」
「事故だとしたら、警察と消防を呼べばいい。一刻も早く救助が必要かもしれないだろ」
博史のダメ押しに、義明も真顔になる。子供がこんなところにいるとしたら、事故車から子供だけ抜け出られたという筋書きも考えられる。
いや、それ以外ないだろ。
「お父さんとお母さん、車の中なのか?」
博史が3列目から少し身を乗り出し、女の子のほうに聞く。
お前こそ質問が飛びすぎだろと突っ込もうとする衝動を博史は押しとどめた。
女の子は首を横に振る。
「違うの?じゃあ、お父さんとお母さんどうしたの?」
紀子が再び聞く。
「川で遊んでいたら、いなくなっちゃったの」
女の子が言う。
「いなくなった?あなたたちを置いて?」
穂波は、紀子のほうを見た。
妙な沈黙。
「もう大丈夫だからね。お姉ちゃんたちがついているから」
紀子はそう言って、女の子のほうを抱きしめた。穂波も男の子を抱きしめる。
「とにかく、この山を下りなくちゃ」
穂波が言う。
「そのあとどうするんだ。警察に連れて行くんだろ?」
義明が言う。
「しっ!」
すごい形相で、義明をにらむ穂波。
義明は、その意味を悟って、しまったというような顔で道也のほうを見る。道也が両手を上に向け、肩をすくめる。
博史は、アクセルを踏んだ。
雨足は強くなる一方。
車が走り始めてすぐに、歩き疲れたのか子供たちは2人とも寝てしまった。
「・・・・これ、ネグレクトだろ」
義明が言う。
「ネグレクト?」
道也が聞き返す。
「育児放棄だよ。この子たちは、捨てられたんだ」
道也は、それを聞いて子供たちの寝顔を見る。
「・・・・・こんなかわいい子なのに?」
「どうしても育てられない理由があったんだろ」
「それにしたってなにもこんな山奥に・・・・」
その瞬間、突然目の前が真っ白になった。続いて耳をつんざく轟音と衝撃。
「危ねえ!」
急ブレーキの音の後の、体の自由を奪われる衝撃が搭乗者全員を襲う。
穂波と紀子は子供たちを抱え込むように、前のめりに倒れた。
一瞬の衝撃の後、静寂が辺りを覆う。
道也が、顔を上げると、車全体がやけに斜めになっていた。
「何がどうなったんだ?事故か?」
「木に引っかかってる。皆、右側のドアから外へ出るんだ。そっとだぞ」
道也の声に博史が答える。
ワンボックスはガードレールを突き破り、崖から突き出した木の幹に引っかかって転落を免れていた。
2列目にいた紀子と穂波が右側のスライドドアを開けて出る。
次に、義明が2列目に行こうとして、車がガタっと傾いた。
義明の動きが止まる。
「ゆっくりとだ、頼むぜ」
義明はゆっくり動き、なんとか右側に開いたスライドドアから出た。
次に道也が動く。だが、道也が動くたびに、車は左のほうに傾いていく。
「ミッチー、急げ!このままじゃ車ごと、いとべ川にドボンだ」」
ミッチーは、博史の言葉で、泳ぐようにスライドドアから外に飛び出した。
メリメリと音を立てて、車を支えていた木の幹が折れる。
車の傾きが一気に加速する。
「ヒロクン!」
穂波が叫ぶ。
運転席のドアが開き、博史は、運転席を蹴飛ばすように飛んだ。
と同時に、車は崖の下に落下。博史は、マット運動の要領で、雨がたたきつける道路を一回転した。
「大丈夫か?」
道也が駆け寄る。
「いったい何だったんだ?」
義明がそう言った時、闇夜を雷の光が引き裂いた。
全員がびくっと、首をすくめる。
続いて、ゴロゴロという音。
「・・・・・雷が落ちたのか?」
「まずいな・・・・。どうする?」
道也が言う。
「携帯・・・。だれか持っていないか?」
義明が言うと、
「携帯はカバンの中。車と一緒に落ちちゃったわ」
と紀子。
「あたしのもよ」
「俺のもだ」
穂波、道也が続く。
義明は、博史のほうを見た。
博史は、ズボンの横についたポケットをたたいた。
そこから、何かを取り出す。
小型の懐中電灯だった。
「くそ!懐中電灯だ」
そのとき、道也が何かに気づき歩き出した。
他の4人は、道也を目で追う。
「ミッチー、どうした?」
義明が叫ぶ。
「ここに看板がある。何か書いてあるぞ」
博史が道也に駆け寄り、懐中電灯で看板を照らす。
「ウ・・・・ウラノドリー・・・・ウラノドリームランド・・・・・ここから5分」
ふと気づくと、看板の右に舗装された道らしきものがある。
「廃園になったっていう遊園地ね」
紀子が言う。
「ここから5分だったらとりあえず、そこに行ってみよう」
「行っても、中には入れないんじゃないの」
「入れなくても雨をしのげる場所くらいあるだろう」
穂波の意見にそう言い返し、義弘も看板のほうに歩いていく。
紀子と穂波も、子供たちの手を引いて、男子たちの後を追った。