第10話 男の子が患う病
帝立ヴェネタノヴァ学園は、初等部から研究室(日本でいう大学のこと)までの一貫教育を行っている。帝国内のほぼすべての貴族の子息が通い、教養から魔術まで学んでいく。当然皇族も例外ではない。隣国からも多くの留学生が訪れている。さすがに、大陸からの留学生はほとんどいない。
この学園には、使用人を同伴させて通う決まりがある。当然学園内にも警備体制は、整っているのだが、さすがに一人一人を警護するのは難しい。そこで、安全性を確保するための制度である。性別はあまり問われないが、基本的には戦闘向きの使用人が多い。
年に1度の魔術大会では、個人戦と団体戦のほかに、使用人とのタッグマッチなどもあり、目の付けられた使用人は、各貴族でのスカウト合戦になったり、そこまでは行かなくても、部活動などの勧誘は行われる事もある。基本的には、断るケースが多いが、主の許可がある場合は、個人意思が尊重される。
ジュナのお供は、先の大戦で従軍経験のあるメイドであるが、今日は僕が彼女のお供として、学園についていく事にした。僕の恩人であるマルスの子供であり、僕も何とか力になってあげたい。それに、呪い付きだと警戒しないで、僕の事を気に入ってくれているみたいで、「オル」といつも呼んでくる。
「オルぅ、わたし学園に行きたくない」
「入学したばかりじゃないですか」
「でも……」
ジュナは、ピンク色の髪では無く、青みがかったショートヘア。色については、母親の影響が強くでている。母親に似て、美少女(美幼女?)だが、どこか病弱的な肌の白さと線の細さがある。
「世の中には、学園に通えない人が多いんですよ。今自分が当たり前の事が、後で振り返ると宝物だったりするんですよ」
「?」
まだ、6歳児には難しい話かもしれない。いつかは分かってもらえると思うのだが……。
腕を引いてあげる。少し抵抗はしたが、諦めたのか。こちらの手を握ってくる。ジュナは少し落ち着いたのか、馬車の中では、手を握ったままでいた。
馬車の中では、今、初等部ではやっているという、猫又のキャラの話をしてくれた。話している間は、「自分の顔を舐める姿がかわいい」だの「尻尾がかわいい」だの表情豊かに話してくれた。ニャンジャ体操というのもあるらしい。6歳児の感性には、おじさんついていけません。
学園は、宮殿に隣接しており、敷地は広大である。街一つは埋まるのではないか。メイン通りは、文具店や飲食店、本屋、道具屋などが軒を連ねている。そして初等部から順に校舎が建てられている。使用人が交流できる場所などもあった。多くの使用人は基本的には授業に立ち会うが、中には放任主義の場合もある。
初等部は、9時から12時までの半日の授業。昼食は帰って食べる。中等部からが15時まで。中には、午後家庭教師を入れる貴族もいるようだ。中等部以降で生徒会に所属する為らしい。生徒会経験者は、将来の出世が約束されており、多くが高級官僚への道が開ける。ちなみに、高等部の生徒会長はシーラである。
初等部は、皆同じ授業内容であるが、中等部からは選択式になっていく。例えば魔術でも得意な系統があったり、一般科目でも料理や音楽等の選択ができる。自分のなりたい道を早い段階で決めるというデメリットはあるが、早くから適正が分かり、いくらでも修正がきくメリットもある。
今日は、算数と音楽、水練の授業の様だった。算数は、あまり得意ではないようで、ジュナは苦戦しながら問題を解いていた。使用人は、手助けして良い事になっている。先生の人数は少なくても、簡単な個別指導の様な形態がとれる。使用人同伴というのは、合理的な部分が多いのだ。
算数については、初めてレベル5の問題ができたと喜んでいた。当然僕の手助けありでの話だ。僕は、なるべく考えさせるように教えて、自分で解いたという自信を付けさせるように意識した。自信は、人を豊かにする。
音楽は、もともと好きなようで、楽しそうにやっていた。
何ら問題は無いように思えたが、水練の授業の時に、それは起こった。僕はてっきり、女子生徒が、彼女の容姿に嫉妬して意地悪をしていると思っていたが、原因は男子生徒だった。
マルクスという、ハイド家の長男が、やたら水練着姿のジュナをいじっている。やれ貧弱だ肉を食えだの、やれ胸が平原だ肉を食えだの。最初は、僕の仮面が怖かったらしく警戒していたが、次第に慣れたのか、僕の目の前でもちょっかいを出すようになった。
基本的には、貴族に平民である僕が手を出すことは許されない。ハイド家は、司法の面で、かなりの地位を持っており、家の格でも同格か、やや向こうの方が上である。
線が細いのはしょうがないとして、胸については、同年代の娘とさほど変わらないよ。マルクスの使用人は、全くわれ関せずで止めようともしない。僕は、彼女をかばうような形で前にでる。
「マルクス様、今は授業中です。どうか、お静かにおねがいします」
「う、うるせ~!気持ち悪いんだよ仮面なんかつけて。暑苦しいから取れよ!」
少し腰が引けている。まあ、子供なら仕方ないか。
「良いんですか?この下の顔を見たら、貴方は一生忘れる事が出来ない恐怖を味わいますよ?」
普段より、低い声でしかも顔を近づけて脅す。仮面の男が近づいてくるのは、生理的に皆いい気分はしないだろう。
マルクスはビビり、ほかの男子の集まる方へいってしまった。
「あ、ありがとオル」
「当然の事をしたまでです」
「う、うん。でも、ありがとね」
あの子は要チェックだな。たぶん、今までの使用人の時は、陰でやっていたのだろう。しかし、三下だと僕を認識して、尻尾を自ら出したようだな。
今日のところは、何事も無く帰宅した。ちなみに、水練着のジュナは、青みがかった髪が相まって、水の精霊の様に可愛らしかった。その様子を、チラチラと、マルクスが見ていたとこは知っている。あれだな、思春期の男が患う難病「好きな子にちょっかい出したくなる」病だな。
HP388
ルート分岐なし
男とは、自分の気持ちを素直に表現できない生き物である。