第9章 道 2
お待たせ・・・しておりましたでしょうか?
重い扉を開ける。あの日感じたような視線が突き刺さった。この場に初めて足を踏み入れたエリは少し萎縮しているようだ。
「来たな」
ジュウザが立ち上がり、空いている席を目で促した。バカ長い高級臭のする机の、丁度真ん中に当たる場所に座る。僕らの動作ひとつひとつがお偉いさん方に監査されているようで気持ち悪い。いまだ威圧感に動きを制されているエリの背中を押して無理やり歩かせる。ここはカサンドラ公国軍部の中枢だ。最たる人物が集まっているのだから動けなくなるのも無理はない。あの日、動けなくなりそうだった僕の足を動かしてくれたのはコイツでありサメオさんであった。あの時の礼というわけではないが、この空気に呑まれていつもの自分を失いかけているコイツは僕が面倒みようと思った。
ガタガタッとおぼつかない様子で椅子に座るエリ。ジュウザと目が合った。彼は少し困ったような笑みを浮かべ肩をすくめた。言いたいことはわかるよ、と顔だけで返事をするとジュウザはそっと僕らから視線を外した。
「ジュウザ。その女はなんだ。見たところただの整備兵のようだが」
偉そうなオッサンの一人が眉間に皺をよせてエリを見ている。その視線を直に浴び、エリは所在無さげに視線を泳がせ俯いた。
「ただの整備兵ねぇ」
半笑いを鼻から抜けた呼気に混じらせ、背をもたれて腕を組むツネさん。思いっきり相手を見下している。そんな彼の態度に偉そうな人たちが黙っているわけもなく
「態度を改めろ。ここをどこだと思っている?本来ならばお前らのような者が足を踏み入れるべきではない崇高な場だぞ!」
と机を激しく叩きほざいた。
その言葉を受け、真面目なモリヤでさえも挑発するかのようにふんぞりかえり、腕を組む。僕も二人に倣った。僕らの様子にお偉いさん方からは厭きれを含んだため息が漏れた。ジュウザも厭きれているようだが、その顔の裏には楽しそうな笑みが隠れているのを僕は知っている。
「大臣、私の提出した報告書には目を通していただいでおりましょう。ならば既にご存知のはず。彼らはあの新しいメガロの操縦士。彼らなくしてこの戦いは勝てません」
「そゆこと」
ジュウザの言葉にツネさんがのっかる。言葉を喉に詰まらせているオッサンを尻目にさらにジュウザが続けた。
「そして彼女はそのメガロを整備する班の責任者です。彼女以外に新型のメガロはいじれません。彼女なくしてこの戦いは勝てませんし、新型の細かで正確な情報は把握できません」
「そゆこと」
今度はモリヤがのっかる。
新型メガロの開発に深く関わってきたのはエリだ。大切な師匠を失ったあの日から、彼女は整備一筋になり寝るのも食べるのも惜しんでひたすらメガロの勉強をしていた。敵国に2年前から現れたという新型のメガロ。その圧倒的な力。それに対抗できるメガロをこの国にも、とサメオさんの部屋に閉じこもり大量の書物に埋もれていた。
その研究はサメオさんが始めていたものであり、彼女はそれを引き継いだ。そしてメガロにかかる容量の分配を変更し、若干基本能力が他に劣るものの秀でた特殊能力を持つメガロの開発に成功したのだ。
たとえば、一般的なメガロが100の攻撃力と100の防御力を持っているとする。エリが行った開発は、攻撃力と防御力を80に抑え、残った40を使い特殊能力という新しいパラグラフを作るということだ。何度も失敗を重ね、僕ら自身何度か実験台になりそして完成したのが僕らの持つメガロ、『スカーレット・ブーケ』『ヤタガラス』『バステト』であった。
どういうわけか、僕らはこの世界の人間の限界容量を上回る容量にも耐えることができた。恐らく、僕らが異世界から来ているからだと思う。そのことに気付いたエリは僕らの持つ容量ギリギリまでメガロの各能力のバロメーターを上げていった。ある地点に来たとき、彼女が僕らとカサンドラ、ジュウザを呼び出し苦しそうに告げた。
「まだ限界地点ではない。だけども境界地点ではある。これ以上メガロの能力を上げると今ある端末の方が耐えられない。」
「方法はあるのか?」
ジュウザが問うた。
「ある。…だけどそれには命が関わる」
エリの苦しみの原因はこのことだった。命の危険を僕らに科すのが辛かったのだろう。ギュッと、いつもベルトにつけているサメオさんの端末を握り締め、僕らの顔が見えないように床を睨んでいた。
「そうか。ならば必要ない」
あっさりと切り捨てたカサンドラに僕らは戸惑ったものだ。もっとメガロを強くすることができるのに、この国の王女は考える間もなく『必要ない』と仰ったのだ。
「なんでだよ!もっと強くなれるんだろ!?やってみなきゃわかんないよ!」
命が関わることだろうと、強くなるのならそれをしない手はない。そう思って反論した僕にカサンドラは優しく微笑み、
「私は誰一人として死なせたくはないのだよ」
と言った。
そうか。この国の人々の死を誰よりも悲しんでいるのは長たる彼女だ。小さな体で沢山の命を背負っている。見たくもない死を全て見つめ、受け入れている。その彼女の姿を見たら、命を捨ててまでより強大な力を求めることが僕らにはできなかった。
多くの命、想いを乗せて完成した新型メガロは、一般型よりもやや基本能力が劣るものの、それを補って余る程の特殊な能力を持った素晴らしい三台だったのだ。
「ご存知…ですよね?」
冷ややかな威嚇の視線をジュウザが走らせた。僕はその視線にのっかりお偉さん方を一人残さず睨み付けた。
「うむぅ…」
机を叩いたまま残っていた手の行き場をなくし、大臣と呼ばれたオッサンは誤魔化すように机の上で手を組んだ。しかしそれも落ち着かなかったのか、それほどの間をおかずにその手は机の下へ隠れていった。その様子にジュウザとこっそり笑みを交わす。エリはそんな僕らのやり取りをポカーンと見ていた。
「さて。お前たちをこの場に呼んだのは他でもない。ガルドザンローズの中がまた俄かに沸き立っている。恐らく近いうちにまた戦になるだろう。その戦にお前たちも出兵してもらいたい」
予想はしていたけど、改めて受け取った「出撃命令」。想像以上に重たいものだった。小さく頷き、同意を示すのが精一杯だ。
「いつ」
「一週間後だ」
短く交わされる言葉。全てに重みを含んでいる。
「そこで、エリ。お前に聞きたい」
「は、はい!」
いつもの乱暴な態度からは考えられないほど畏まっているエリ。堪えきれずにジュウザが噴き出した。
「やめろ、調子が狂う。いつものように、でかまわん。お前の言葉で答えてくれ」
「む、無理」
「そう気負うな」
ガッチガチに固まっているエリが可笑しくてニヤニヤ笑いながら観察する。ツネさんやモリヤも同じで、ニヤニヤしながら彼女を見ている。そんな僕らの様子に気付いたエリが一番近くにいた僕の足を思いっきり踏みつけた。
「いっ…!」
「笑ってんじゃねーよ、ヴォケ!」
小声で罵倒された。その調子だ。こんな空気に呑まれるな。いつものお前でこの頭でっかちのオッサンどもにかましてやれ。
「教えてくれ。新型メガロは出撃可能か?」
エリの手がサメオさんの端末を強く握った。
「不安定な部分はある。だけどそれは私ら整備の人間がカバーできるものだ。実戦に関しては…」
スッっと一呼吸おく。
「問題ない。」
堂々たるエリの言葉にジュウザが満足そうに頷いた。そして長い机の彼方にある豪勢な椅子に座っているカサンドラに視線を投げた。
「王女、よろしいですね。」
カサンドラの瞳が一瞬悲しげな色を発したが、それはすぐに威厳に覆い隠され、彼女は今まで聞いたことのないような温もりのない声で
「キム、ツネ、モリヤ。お前たちを第一特別攻撃隊に任命する。」
と告げた。
特別攻撃隊。略して特攻隊か。縁起でもない名前を頂戴したものだな。
ずいぶんと更新しておりませんでした。
サボっていただとか飽きていたというわけではございません。
他に書かねばならない物語が2つ3つございまして、そちらには締め切りもあるものですからそちらを優先しておりました。
その物語も無事終わりまして、ようやく戻って参った次第でございます。
さー、ようやく戦っていくのかな?
いや、聞かれても・・・