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閑話 仮面 2

「準備が整った」というスナー。それを聞いたサイチとタクとハタは…

「…そうか」


 スナーの言葉に、ほんの少しだけ自分の中でくすぶっていた何かが晴れた気がした。同時に潜んでいたもやが静かに広がりだし、一瞬のうちに俺の中を埋め尽くしていく。拭うことも誤魔化すこともできないソレに、俺はただ拳を固く握ることしかできなかった。


「マジっすか!?」

「え?なになに?準備ってなんの?」


 嬉々として今にも小躍りを始めそうなタクと、なにもわかっていないなりに楽しんでいるハタ。


「うるさい、座れ。説明をする。」


 やっぱり自分で説明したくなったファズがスナーを押しのけて小さく二つ机を叩いた。逆らう理由もないので静かにその言葉に従う。


「お前らが親父の戦に参加するのはあと二回だ。そのうちの一回は一週間後。途中までは今まで通りだ。だが、俺が撤退の指示を出す。これみよがしに大きくな。その合図でどんな状況だったとしても損傷を受けたふりをして撤退しろ。必ずだ」


 以上―。と短く言い切り、ファズは比較的立派な椅子に浅く座り足を組む。これは『質問どうぞ』という合図だ。二年近く一緒にいると、言葉の足りないコイツのことがイヤでもわかってくる。


「撤退なんかして大丈夫なんスか?」


 タクももうファズを恐れたりしていない。多分、自分も力を持ったからだと思う。それと自分の存在する意味、意義をわかっているからだ。


「全て想定済みだ。お前らはなにも考えずに俺の言うとおりにしていればいい」

「や、俺らのことやのうて、あんたのことを言うてるんと思うよ、タクは」


 伸びっぱなしの前髪の隙間からファズを見据えてハタが言う。

 あの日から一度も鋏を入れていない俺たちの髪はひどいことになっており、ハタは髪が伸びすぎて女みたいになっている。後ろから見ると華奢なその体も手伝って、完璧に女だ。それの外見と『妖艶』の仮面は見事に適合しており、装着時のハタからは言い知れぬ怪しさが漂っていた。

 俺たちはファズ直属の兵として戦場に出ている。俺たちの手柄はファズの手柄、俺たちの失態はファズの失態だ。

 今まで全戦全勝で来たおかげで俺たちの軍での地位も飛び飛びで上がった。あの脂臭い国王からも力に関しては絶大な信頼を寄せられている。

 うぬぼれでもなんでもなく、俺たちが撤退をすれば全軍が撤退をする。ここの兵たちは俺たちを頼りすぎているからだ。そうなるように動いてきたのはこちらなのだから、当然の結果ではある。

 つまりは、仮面部隊の出た戦で初めての敗戦となるわけだ。この責任はすべてファズに来る。戦と処刑に関しては目の色がかわる国王のこと。あともう一息でカセアロラ公国が陥落する、という今にきて敗戦となると、実の息子ながらファズにどんな叱責がとぶか安易に想像ができる。下手をすると言葉だけでは済まないかもしれない。


「ほー。随分と偉くなったな、タク。俺はお前に心配される程度の虚弱な存在か?」

「あ、いや、考えがあるんやったらいいです」


 前言撤回。タクももう、少しだけ、ファズを恐れたりしない――に訂正する。

 ファズは覚悟を決めているようだ。彼の目的のために必要なことだと考えているのだろう。

明らかになってきたゴールに、室内の空気は期待と安堵に包まれた。タク、ハタからは笑みがこぼれ、それを見たアクリーンも嬉しそうだ。スナーは…変らずに爽やかな笑顔でそれらを見ている。あのファズですら微笑みを湛えていた。


「俺から、いいか」


 このぬるま湯のように心地よい空気の中、言わなければならない。俺の抱えていたことを。俺の拳がゴールが見えた今でも握られたままである理由を。迎える終着と共に、新たに受け入れなければならない犠牲を。

 こんな思いをするのは俺だけでいいと、そう考えてコイツらには話さなかった。でももう一人で抱えられる問題じゃあない。


「カセアロラに多分あいつらがいる」

「え…」

「…マジか」


 感情が混ざらないように、敢えて端的に発した俺の言葉にタクとハタの顔が曇った。俺の言っている相手のことを察し、スナーとアクリーンが目をそらす。ファズからも笑みが消えた。


「ガッダールを落とした日、俺はボロボロのメガロに乗ったツネを見た。アイツがいるなら他のヤツらもいると考えた方が自然やろ」

「メガロに乗ってたって…ツネさん、兵士なんすか!?」

「めんどくさいのー」


 動いた衝撃で『偽善』の仮面が床に落ちたが、その音はタクの耳に届いていないようだ。ハタは乱暴に自分の頭を掻くとタバコを取り出して火をつけた。


「兵士かどうかはわからん。乗っとったメガロは戦闘用のやなかったし、動きもぎこちなかった。けど可能性は高い」


 それでも俺たちは戦わなければならない。全てを終わらせるために。後戻り地点など、とっくの昔に通り過ぎてしまった。いや、もとからそんなポイントは存在していなかったか。


「戦うしか、ないぞ」


 何かを思って向けられたタクの視線に、俺ではなくファズが応える。選択肢のない状況にタクは硬く目を閉じ、俯いた。ハタは空を睨みながら煙を吐き出している。何を考えているのか、その顔からは推測できない。


「スナー、あんたのメガロでなんかわからないっすか!?」

「どうしようも…」


 眉尻をさげ、肩をすくめるスナー。アクリーンも何かを考えてくれているようだが、おおよそ打開策などという幸せな展開はされないだろう。俺だってあの日からずっと考えていたが、一欠けらも思いつかなかったのだから。

 仲間を殺してしまうかもしれない。そう思いながらずっと戦場に立ってきた。一挙手一投足に祈りをこめながら、相手のメガロを潰してきた。これがキムでないように、ツネでないように、モリヤでないように、と。俺の殺した人間でエリが、ウラコが泣かないように、と。神の存在を信じていない俺だが、皮肉なことにこればかりは祈ることしかできなかった。


「あと二回だ。それで全てが終わる。ここは堪えて欲しい」


 アクリーンの発した声で少しだけ空気が変った。


「あと二回…」

「まぁ、大丈夫やろ。アイツらが死ぬとかないと思うし。ツネなんて、殺しても死なんわよ」


 タバコの灰を落とす余裕もないくせに、ハタが楽観的なことを言う。その姿が逆に痛々しかった。


「俺が王の座についた暁にはカセアロラ公国と同盟を結ぶ。そのときにお前らを仲間に会わせてやる。必ず会わせてやる。母から貰ったファズアルクの名にかけて約束しよう。」


 ファズが強く自分の胸を叩いた。そして俺、タク、ハタの目を順に見据えた。


「私からもお願いします」

「俺からも、頼む」


 スナーとアクリーンが深々と頭を下げる。

 俺たちはお互いを見て、そして覚悟を決めた。ここにいるのも、戦場に出るのも全ては自分の意思だ。自分を誤魔化すことはできない。自分で敷いたレールから降りることは全てから逃げることと同じだ。


「心配すんな、ファズ。最後まで上手にやってやるわだ」


 決意を示し、仮面をつける。同じように仮面をつけたハタとタクをつれ、机を離れた。全てを受け入れ、意義はないという意味をその行動に貼り付けた。俺のその思いが伝わってかは知らないが、部屋からでる時に微かにファズの声が聞こえた。彼から発せられたとは思えない弱弱しい声を聞こえない振りをしてそのまま部屋を出た。



 「すまん」なんて、覚悟を決めた人間に言う言葉じゃねぇぞ、ファズ。


祝日万歳。

週末更新できなかったので本日更新してみました。

GWは特に何の予定も入れておりませんので、ガッツリ更新or書き溜めできたらいいなぁと考えております。


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