第八章 決意 4
3の続きです(当たり前ですが)。
中途半端な長さなのでそのうち3と合体させるかもしれません。
非常に短いです。
小さな体から発せられるとは考えられない力で、大の大人の男たちを振り払おうともがくエリ。どんなに殴られても、引っかかれても、噛み付かれても、僕らは彼女から手を離すことはしない。怒鳴り声と叫び声が交差するワーハウス内で、誰もが動けないでいた。ジュウザに命令された整備兵たちもサメオさんの近くに立ちすくむだけで、どう行動すれば正解なのか戸惑いを露わにしている。
「つっ……!」
手の甲に鋭い痛みが走り、思わずそこに目をやると赤い筋が数本引かれていた。こんなことをしてしまうほどに追い詰められている彼女と、思い出の中の彼女の姿がオーバーラップして、その懸隔した姿に心臓が思いっきり絞られたように痛い。
頼むから、受け入れてくれ!頼むから、もう抗わないでくれ!仕方のないことなんだ、抗えない現実なんだ!僕らはどうすることもできないんだ!
ふと、エリから力が抜けた。不思議に思い彼女を見ると、誰かを見上げているようだ。彼女の前にいるのはツネさんで、彼の手にはサメオさんの端末があった。端末はエリに向けて差し出されている。
「……」
何も言わず、ただツネさんは端末を差し出す。少しの沈黙のあと、サメオさんの血に染まったエリの手がゆっくりと動き、それを見た僕らは静かにエリから離れた。
震える両手がゆっくりと上っていき、サメオさんの端末を、一瞬の躊躇いの後に包み込んだ。エリの手の中に確かに収められたのを確認し、ツネさんが手を離す。そして、無言のままエリに背を向けると出口に向かって歩き出した。すれ違いざまにウラコの肩を叩き、何かを彼女に告げたようだったが、僕には聞こえなかった。
端末を受け取ったエリは、それをまたゆっくりと降ろして胸元で抱きしめた。肩が震え、ポツポツと水滴が地面に丸い染みを作る。
「う…うう……」
か細い声が彼女から漏れる。
「うわぁぁぁぁぁっ!いやだああぁぁぁ!サメオさあぁぁぁぁぁぁぁん!いやだあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
子どものように、拒絶の言葉を繰り返す。ようやく泣くことのできたエリの悲痛な叫びが、ワーハウス内に響き渡る。泣く事は恥ずかしいことだ、といつも僕らに意地を張っていたエリの子どものような泣き声が僕に突き刺さった。
もう無力はイヤだ。もう人を死なせるのはいやだ。この腕で守れるものを、もう泣かせたくない。もう誰にも、エリのような思いをさせたくない。力が欲しい。僕にも、戦う力が。
僕が立ち上がるのとモリヤが立ち上がるのはほぼ同時だった。示し合わせたわけでも、目でコンタクトを取ったわけでもない。歩き出す方向も同じ。纏っている空気も同じ。恐らくは、胸に抱いた決意も同じだ。
「お前ら、どこにいく。まさか……」
「ジュウザ、エリとウラコを頼むな」
ワーハウスから伸びる城へ続く長い廊下。その先は闇につつまれ見ることができない。僕らの決めたこの道も、そのさきは真っ暗な闇だ。なにも見えない。それでも僕らの足は止まることはない。二つだった足音はやがて三つになり、冷たい廊下に雑駁と響く。ウラコやジュウザの呼び声もいまや後ろから微かに聞こえるくらいだ。
確かなことは、胸にある一つの思いだけ。信じられるのも、胸にある一つの思いだけ。
これからどんな未来が僕らに降り注いでも、今日の光景を忘れない限り僕らは戸惑うことはない。逃げることはない。
やがて目の前に立ちそびえる荘厳な扉。僕らの道を阻むまず一つ目の壁だ。ノックもせずに、重い扉を力任せに開く。数十の視線が僕らを穿ったが、そんなもの、手の甲の傷に比べればなんとも感じなかった。
――もう無力はイヤだ
もう人を死なせるのはいやだ
この腕で守れるものを、もう泣かせたくない
もう誰にも、彼女のような思いをさせたくない
力が欲しい
僕にも、戦う力が
戦う、力が――
これにてとりあえずは一区切りでございます。
ツネがウラコに何を言ったのか、それは皆様の想像にお任せします。なんでもいいです。もしかしたらあの状況でウラコに「うんこー」とか言ったかもしれませんしね、はいふざけすぎました。