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第八章 決意 2

 負傷者の運搬用に持ち込まれた簡易担架にサメオさんを乗せ、急ごしらえの出入り口から外に出る。肌に触れた空気が、少し冷たかった。

 全くの無傷でなかった僕らはその場で手当てを受けた。手当てと言っても、擦り傷切り傷軽い打ち身打撲くらいしかないので、『上皮障害真皮修復軟膏』という硬い名前の『こっち版オロナイン軟膏』を傷口にさっと塗っただけだった。

 隣では横たわるサメオさんの亡骸を温かいおしぼりでキレイにしている所だった。顔にこびりついていた血の塊も丁寧にふき取られ、余計なものがなくなった彼の顔は、本当に今にも起き出してきそうな、全くの寝顔だった。血まみれの体に目隠しもかねて毛布をかぶせると、見るのも辛いくらい寝顔そのものだ。「サメオさん」と呼びかければ「ん?もう時間…?」といつものように起きてくるんじゃないかという思いもあるけれど、反面、もう二度と彼は起き上がらないと理解している自分もいて、なんとも複雑な気分だ。


「キム!ツネ!モリヤ!無事か!?」


 ワーハウスと城を結ぶ扉からジュウザが人の名前を叫びながら入ってきた。僕らの姿があるのを目視で確認し一息ついたようだったが、静かに横たわるサメオさんの姿を見つけ切れ長の目を見開いた。口がモソモソと小さく動いたが、それは何を言ったのか読めないほどの微かな動きだった。


「参謀総長さんが軍事会議すっぽかして何しとんねん」


 メガロに背中を預けたままのツネさんが、ジュウザの方を見ずに言った。


「会議にはアスールを出席させている。それに今は軍の人間としてここに来ているのではない。私は女王代理としてここに来ているのだ」


 恐らく、ガッダールが襲撃されたという知らせはもう国に届いているのだろう。前線にとどまらず、いよいよ本格的に攻め込み始めた、ガルド帝国の新型メガロに対する策を練る軍事会議が開かれていないわけがない。そこにはこの国の主要な人物がカサンドラを始めに顔を揃えていて、会議室に缶詰状態になりながらやいのやいの言い合っているのだろう。

 ジュウザも軍事参謀総長という肩書きを持っているためその場には必要不可欠な存在のはずだ。その彼がワーハウスに飛び込んできた理由が女王代理によるものだったとは。


「たいそうなことやな…」


 あきれたように、でもどこかに嬉しそうな響きを感じさせる声がツネさんから発せられた。彼はベルトにぶら下げたケースからモッケを取り出し口元まで運んだが、それは咥えられることはなく再びケースにしまわれた。


「サメオ…」


 サメオさんの組まれた手に自分の手をのせ、ジュウザは静かにその名を読んだ。サメオさんは何も応えない。その沈黙にジュウザは顔を歪ませた。


「なんということだ。お前ほどの人間を失ってしまうとは…」


 そしてゆっくりと立ち上がり、サメオさんの手に乗せていた自分の手で拳を作って胸に当て


「お前の生きた34年間に私は敬意を表する」


 と、凛々しい声で告げた。

 その声はワーハウス内に静かに響き、中に居たものはその作業の手を止め、皆ジュウザのように胸に手をあて口々に先ほどの言葉を自分の言い方でつぶやいた。

 どうやらこの世界での追悼の意の示し方のようだ。真似してやってみようと思ったが、なんだか恥ずかしくてできなかった。



「おかえりな…さ…い」


 いつもの慌しい足音と同時に聞こえた尻すぼみな迎えの言葉。今は一番聞きたくなかった声だ。誰が一番サメオさんの死を悲しむのか。わかりきった問題だ。


「エリ…。お前には別の任務を与えていただろう。ウラコ、君もだ。」

 沈痛な面持ちのジュウザの声は、彼女を咎める内容であるもののどこまでも辛そうだった。

 恐らくジュウザは、僕らの中の誰かが最悪の状態もしくはその一歩手前の状態に陥ってしまっていても対処できるように、エリとウラコをワーハウスから遠ざけるための仕事を与えていたのだろう。ワーハウスと正反対に位置する場所での仕事だとか、わざと手間のかかる仕事であるとか、だ。

 彼の判断は間違っていないと思う。ただ、エリやウラコが素直に言うことをきくような子じゃなかったというだけのこと。傷つけたくなかったのだろうなぁ。もう、エリもウラコもワーハウスの中に入ってしまっているけれど。ウラコはもう状況を把握してしまっていて、その場から動けずに、口元を押さえながら涙を流している。エリは…?


「はいはい、オモロオモロ」


 パンパンと場を切るかのように手を叩きながら、至極あきれた様子で近づいてきた。


「十分びっくりしました。とても騙されました。それにしても趣味わるいねー。はい、もうおしまい。よろっとおきろー」


 手の裏でぞんざいにサメオさんの頬を叩くエリ。サメオさんが死んだことに気付いていないのか?いや、違う。きっと…


「エリ、サメオは…」

「あ、ごめんねジュウザ!四人が帰ってきたって聞いたら我慢できなくなっちゃって!お仕事さぼっちゃったよー。メンゴスメンゴス!」


 いつも以上に明るく大きくそして早い口調でジュウザの言葉を遮るエリ。顔も声も笑っているが、僕にはわかった。それが作られたものであるということが。本物の笑顔じゃない。


「おーい、起きろよオッサン。答え合わせすんだろー?」


 親指と他の指でサメオさんの頬を挟みこみ、タコ口を作って自分も口をどがされている。口先だけで吐き出される文句は、いつものエリとサメオさんがふざけ合っていたそれと同じ雰囲気だった。

 耐え切れなかったのか、モリヤが優しくエリの手をどかした。何もわかっていないフリをしてエリは不思議そうにモリヤを見る。モリヤの目が少し潤んだようだ。僕も。気を抜くと視界がぼやけてしまう。


「エリ、よう聞け。サメオさんは死んだ」

「死んでないよ。寝てるだけだもん」

「死んだんだ」

「死んでないよ」

「死んだ」

「死んでない」


 押し問答が続き、モリヤが辛そうに息を吐いた。


「サメオさんは死んだんよ!もう起きることもない!もうお前のことも俺のことも他の誰の事も見てくれんねん!わかるやろ!?わかってんねやろ!!?」

「嘘だッ!」


 声を荒げ乱暴にエリに聞かせるが、彼女はまだ拒絶している。


「変えられんことなんよ!抗えん事実やの!俺らは受け入れるしかできんねん!!…なぁ。もう、サメオさんを楽にしてやろうだ。ゆっくり眠らせてやろう。な?」


 大人が子どもに言い聞かせるように、エリの目線に合わせてしゃがみ、静かにゆっくりと話しかける。僕らよりも茶色の強い瞳で震えながらモリヤを見据えた後、下を向き黙り込んだエリに、少し安堵の息を吐くモリヤと僕。ツネさんは少し離れたところで僕らに背を向けている。きっとツネさんも辛いんだろうと思う。

 サメオさんを運んでもらおうと、ワーハウスの人らに視線を送る。空気が動くのを感じたエリが顔を上げて僕を見た。


「キムさん…。何をするの?」


 弱弱しい声。鼻の奥がツンと痛む。


「サメオさんをな、弔ってあげなんだらいかんやろ。その準備しよう思うてな」

「やめろッ!!!!」


 一瞬息が詰まってしまうほど驚いた。今まで聞いた事のないエリの声。体が固まって動けないでいるうちにエリは素早く立ち上がり、担架ごと持ち上げられたサメオさんに縋り付き、担架を再び降ろさせた。そして持っていた人を突き飛ばし、担架から手を離させた。


「まだ生きてるんだもん!生きてるんだもん!!」


 まだ、受け入れられないのか…!


「いい加減にしろよ、エリ!」

「来るなッ!!」


 怒りを孕んだ目で睨まれ、僕は動けなかった。モリヤもジュウザも、ウラコも同じだ。初めてみる荒々しい感情を露わにしたエリに近づけないでいる。


「死んでない、死んでなんかない」


 自分の意見を肯定する後ろ盾が欲しいのか、エリはサメオさんの生命反応を探し始めた。僕らが何度も確かめたことなのに。

 どこの脈を診ても拍動はないし、どんなに彼の鼻に頬を近づけても呼吸は感じられない。どんなに肩を強く叩いても、耳元で何度も名前を叫んでもそれらが復活することはない。


「違う。死んでない…サメオさんは…」


 希望を探せば探すほど現実が冷徹に語りかけてくる。一つの希望が消え、現実を突きつけられる度にエリの目から光が消えていくのを、僕らは黙って見ているしかできなかった。


「…気道確保」


 なに?

 聴きなれない単語が耳に飛び込んできた。発信者はエリだ。右肘を床に着け、右手をサメオさんの額に当てて左手で顎を上げる。そして額を押さえたままの右手でサメオさんの鼻をふさぎ、自分は大きく息を吸うと、躊躇うことなくサメオさんの口を自分のソレでふさいだ。

 人工呼吸…。そういえば応急処置系の講義を受けているって言っていたような気がする。よくタクやサイチさんが包帯やら三角巾やらで負傷者にされていたな。

 動かなくなったサメオさんの肺はすぐさまエリの入れた空気を吹き返した。喉か気道か、どこかに溜まっていたのであろう血と共に。サメオさんの口から吐き出された血は2回目の吹き込みをしようとしていたエリの顔を赤く染めた。それでもエリは止めようとしない。

 真っ赤な液体を顎から(したた)せて死人に口づける狂気染みた彼女の姿に、僕は初めての恐怖を感じた。


「もう止めろ!」


 強引にジュウザがエリをサメオさんから引き離す。両腕をとられ、それでも抗う彼女はまるで駄々を捏ねる子どものようだ。なんとかジュウザを振り切ろうと、なんとか自分を捕らえている手を離させようと暴れるエリの頭がジュウザの顎にぶつかる。思わず手を離したジュウザだが、エリがサメオさんの元へと立ち上がる前に後ろから羽交い絞めにして後ろへと引き摺る。


「離せー!離せよー!!」


 僕とモリヤもジュウザに加勢する。男三人に抑えられているのに、それでもエリは抗うことを止めない。噛み付いたり引っかいたり、とにかく必死だ。僕らも必死だ。


「おい、今のうちに早くサメオを運べ!」


 ジュウザがワーハウスの人間にそう告げるのを聞き、エリは一層激しく抵抗する。荒れ狂うエリの姿にウラコが声を上げて泣き始めた。彼女も、友人のこの姿に怯えている。

 

 暴れる彼女を抑えながら、なぜか僕はある夜のことを思い出していた。


お久しぶりです。一週間ぶりですね。

切りどころがわからなくて若干長くなりました。

書きたいシーンの一つであった今回の話ですが、なかなかイメージ通りに書けなくて辛かったです。


つたない部分もいくらかございますが、お楽しみいただければ幸いです。

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