第七章 初任務 6
「お前ら!無事だったのか!心配したぞ、今コイツに乗って探しに行くところだったんだ!」
青い顔を安堵の色に緩ませて、それでもまだ気を張っているサメオさんが僕らを出迎えてくれることは、なかった。
正面からはわからなかったが、ワーハウスの裏に当たる壁に大きな穴が開いている。中にあるメガロはほとんどが鉄くずと化していて、パイロットなのか整備兵なのかわからないけれども、数時間前に僕らと共に仕事をした人たちが、遊び飽きて捨てられた人形のようにそこここに打ち捨てられていた。ここも、血の匂いがする。
あまりの惨状に呆然と立ち尽くす。僕らの持っていたかなり大きな希望が、握りつぶされていた。
僕の目の前にあるのは、凄く見覚えのあるメガロで。 違っているところといえば、操縦席部分に大きな穴が空いていること。 コックピットが丸見えになるほどの穴の断面は溶けたようになっていて、事故や仕様なのではなく、攻撃を受けたんだということがよくわかった。
その穴から見えるコックピットには人影があって、さっきからそれはピクリとも動かなくて、うまく動かない足でゆっくりと近づいていくと、僕たちが、最も受け入れたくなかったことを、これでもかと突きつけてくれた。
「サメオさん…」
3人でなんとかメガロによじ登った。このメガロは身長が低いうえにゴツゴツとパーツ自体は大きいので、なんとか原始的な搭乗方法でもコックピットにたどり着くことができた。数箇所、攻撃の痕の飛び出た鉄板に服や身をひっかけたが、そんなことは全く構わなかった。
コックピット内に入り、かすかな希望を抱いて彼に近づく。だけど、近づくほどに僕らのほんの少しの希望は段々と小さくなっていき、すぐ傍までたどり着いた頃には、カケラも残さないほどキレイに消えてしまった。
操縦席の背もたれに体を預けるようにしている僕らの上司は、おそらくもう動くことはないのだろう。その目に僕らを写すことはもうないのだろう。
彼が誇らしげに着ていた白を基調としたパイロットの制服は、そのほとんどを赤茶色に染めてしまっていて、ぐったりとうなだれた彼の顔には赤い線が幾筋も流れてしまっている。頭からと口からの筋がひと際太い。
「サメオさん・・・」
呼びかけても返事がくるわけはなく。
「サメオさん!」
揺さぶっても彼が動くわけはなく。
「サメオさん!!」
それでも僕は、彼の名前を呼び続けた。
「起きてくださいよ、サメオさん。帰りましょう。もう仕事終わりですよ。城に戻りましょう」
認めたくないのに、僕の体はその事実を受け入れていて、僕の意思に反して涙がこぼれ始めた。その涙は止めようもなく、ポロポロと後から後から湧き出てきては目の端から粒となってこぼれていく。僕に揺さぶられる彼の体は全くの無抵抗で、僕の動かすまま、反動のままにただ揺れるだけだった。
「キム!」
半ば羽交い絞めのようにサメオさんから離された。僕を掴んでいる腕をたどっていくと、自慢のメガネを濡らして泣いているモリヤが、すごく哀しそうな顔で僕を見ていた。
「もうサメオさんは・・・!」
最後まで言葉を吐き出せず、喉を詰まらせたモリヤの目からどうと涙がこぼれる。
「・・・どうして・・・」
「戦争やけんやろ」
コックピットに入ったまま動かなかったツネさんが僕の、どうにも堪えきれずに吐き出した言葉に冷たい言葉を返した。思わず彼を見る。ゾクリとするほど、冷たい眼だ。言葉を出せずにいると、ツネさんはゆっくりとサメオさんに近づき、一瞬の間をおいた後彼の左腕から端末を外して自分の腕にはめた。
「・・・なに、してるんで、すか・・・」
ツネさんの行動の意図がわからない。
「キム、モリヤ。サメオさんをどかせ」
「何言ってるんすか!?」
モリヤも戸惑っている。
「後ろの荷台に運べばええやろ。はよせぇ」
淡々と紡ぎ出されるツネさんの言葉には一欠けらの温もりも感じられず、何故彼がこんなにも冷たくいられるのか僕には理解できなかった。ツネさんだってサメオさんには並々ならぬ世話を受けていたはずだ。モッケだって!いらないという申請を出せば、その分給料に換金されるというのに、サメオさんは敢えてそれをせずにモッケを受け取り、無償でツネさんに呉れていたのを僕は知っている。
「何でそんなに冷静でいられるんですか!」
「うっさいな!はよどかせ言うとるんがわからんか!!」
僕の投げた怒りよりももっと大きな感情が返ってきた。少し怯んでしまったが、ここは引けない。引きたくない。言い返そうとした僕を止める者、やっぱりモリヤだったが、彼は無言で首を振り、
「キム、サメオさんを降ろしてやろう」
と静かに告げると僕から離れてサメオさんの体を整え始めた。
僕はまだ納得していない。サメオさんそっちのけで、コックピットの中をいじっている先輩が憎い。こんなにも情のない人だっただろうか。
「ツネさん、サメオさんに世話になってたじゃないですか」
「キム」
「何も感じないんですか?」
「やめぃ」
静かにとめるモリヤを無視して僕は最後の言葉をツネさんに投げつける。
「サメオさんが死んでも、何も思わないんですか!?」
「俺らは帰らなんだらいかんのじゃ!!!」
僕よりも大きな声で怒鳴ったツネさんが、勢いよく振り向き僕を睨んだ。
「俺はな、何が何でもお前らを連れて城まで帰る、そう決めとんねん!・・・頼むけん、サメオさんをどかせ。」
俺はメガロを動かす―。そう告げるツネさんの眼、さっき僕が冷たいと感じた眼だったが、その眼から新たな感情を僕は読み取ることができた。これは、何者にも屈しない決意を秘めた眼。冷たいと思ったのは、それ以外のことを徹底して排除する構えだったからだろう。
「キム、ツネさんやって辛くないわけないやろ。はよ、サメオさんを楽にしてやろうだ。いつまでも座ったままやとキツいやろ」
この人、腰病んどるんやけん。モリヤの言葉に促され、僕もサメオさんの傍に立つ。改めてみると、完全に生きている人間でないことがわかってしまう。目をそらしたかったけれども、僕ばかり甘えていてはいけない。僕も意を決してサメオさんの体に手をかけた。モリヤとアイコンタクトで呼吸を合わせ、椅子からサメオさんを降ろす。一度床で体を整えて、僕が頭モリヤが足を持ち、来るときは大量の荷物と僕らが入っていた荷台へと足を進めた。
どなた様か、第五章のキム君の回想を御読みいただきましてありがとうございます。
へたれな彼ですが、いちおうは主人公でございます。
好いてやってくださいませ。