第七章 初任務 2
あれ?一話とばしたかな??
と思われた方。とばしてませんよ。
むしろ話のほうがメガロ登場から任務終了までとんでおります。
「とりあえず乾杯〜」
「うぇ〜い」
「お疲れっした〜」
カチンと少しこもった音でぶつかり合うグラスたち。なみなみとつがれていたアルコールが衝撃ですこし零れた。構わずにそのまま口へ運ぶ。口の中ではじける感覚と広がる苦味。ゴクリと喉を鳴らして飲み込む。なるほど、コレはビールだな。
「まぁまぁやな」
上唇についた泡を舐め取りながらツネさんが評価する。
ビールはあまり飲まないので、これが美味い方なのか不味い方なのか僕にはわからないけど、飲めないものではない。初めの一杯には丁度いいと思う。
「仕事、大したことなくて良かったっすね」
モリヤのグラスは既に半分になっている。すかさずこの店のオネエチャンがオーダーを聞きに来た。モリヤにだけ。ここでもモリヤのモテモテ伝説は変わらないらしい。だらしなく伸びている鼻の下をもう戻らなくなるまで伸ばしてやりたい。
「そうやなー。ほんまに荷物降ろすだけやったしなぁ」
二人が話しているのは今回の輸送任務についてだ。
正直、初めての任務で緊張していたが、芝居の本番前日にある仕込みと似たようなものだった。運んできた荷物を所定の場所にえっさえっさと運ぶ、ただそれだけ。場所などは全てサメオさんが指示を出してくれたし、その場所がわからなければ近くの人が教えてくれた。ただ、量が量だったのですべての荷降ろしが終わる頃には日が傾き始めてしまっていた。
今日一日ガッダールの町に泊まることになっているので、僕らは一足先にサメオさんから上がりをいただき、彼オススメの飲み屋さんにて、現在初輸送班任務お疲れ様会を開いているのである。
「僕、メガロの振動が結構キツかったんすけど、どうでした?」
「あー、俺も加速されてからキツかったなー」
「なんか馬に乗ってる感じでしたよね」
荷物はシッカリとハイテクな感じの荷紐で固定されていたから良かったが、荷台に入っていた僕らはメガロの揺れに合わせて右へ左へ果ては上へ下へ斜めへと振り回されていた。乗り物酔いがどうした以前の問題で、まるで安全バーのない絶叫マシンに乗せられているようで生きた心地がしなかった。
操縦席とは飛行機のように完全に隔離されていたが無線が繋がっていて、スピーカーからは僕らの悲鳴に爆笑しているサメオさんの声が絶えず聞こえていた。ツネさんは「殺そうかと思った」らしい。
ガッダールに到着してから数分は動かない地面になれるのが大変だった。真っ青な顔でフラフラとさまよう僕らをみて涙をながしながら笑うサメオさんを、モリヤは「死ねばいいのにと思った」らしい。
「途中加速したのって絶対ワザとやんな」
「だってここの人に『お早いお着きですね』って言われてましたからね」
上司の悪口を肴に酒を飲む。なんだか社会人の一員になったようで楽しい。
ツネさんがモッケを取り出したのをみて、僕も一本もらう。
「お酒にはタバコないと寂しいっすね」
「やろ?」
僕の咥えたモッケの先にツネさんが愛用のジッポで火をつける。そういえば、オイルはどうしてるんだろう。似たようなものがあったのかな。そんなことを考えながら、スゥと煙を吸い込んだ。久しぶりのタバコの感覚。うーん、やっぱり美味い。
「そういや、ここの町だと普通にモッケ売ってるみたいっすね」
「モッケ言うな。多分アレちゃうん?戦場やけん、数少ない娯楽品のひとつとかよ」
昼休み、エリから持たされた弁当を食べた後あまりにも休み時間が余っていたので、三人でガッダールの町を散策した。
戦場に作られた中立の町という肩書きであるが、あまり城下町と変わりはない。女の人や子どもが少ないってだけで、全くもって男だけの町というわけでもなさそうだ。ぽつぽつとだが家族連れのような人らもいた。「本当に戦地なのかねぇ。」とモリヤの口から零れたのも頷ける。
目を疑ったが、土産屋まであったのだ。どこの世界も土産というのは変らないようで、「ガッダール」と書かれたタペストリーやら、温度計がついているキーホルダーやら、恐らくはペーパーウェイトなのだろうガラスでできた町の模型やら、なんだか懐かしくてため息が出そうだった。
ツネさんが、面白がってタペストリーとキーホルダーを3つずつ買っていた。エリ、ウラコ、王女に渡すのだろうが、本来のお土産の目的とは違い恐らくは嫌がらせの類になりそうだ。物を買う彼の顔がまたガキ大将に戻っていたから。
もう一吸いし、煙の感触を喉の奥で味わってからゆっくりと吐き出す。そのときに頼んでいた食事も運ばれてきたため、まだ長いモッケの火種だけを落として灰皿をどけた。
深夜を回る時間になっても、結局サメオさんは現れなかった。少しだけ彼の財布をあてにしていた僕らは、渋々飲食代を払い店を後にした。
モリヤだけ土産にワインみたいな高そうな酒をオネエチャンからもらっていたのを僕は見逃さなかった。もうその鼻の下、戻らなければいいのにね。
「やっぱ夜は寒いなぁ」
足元のおぼつかないツネさんを脇に抱えてあるく。
僕の独り言は、白い息になって深夜独特の静けさに溶けていった。
「あー、気持ちわる…」
「大丈夫っすか?ツネさん」
「吐きますか?」
「どちらかといえばNOやな。おうぇっぷ」
「吐きたいんですね」
「何をいいよるんら、おまえら。おるぁべるに吐くとか吐かないとかおぷっ…」
言葉とは裏腹に今にも口から美味しい夕飯を噴射しそうなツネさんを、モリヤと僕で引きずるように路地裏へ連れて行く。そろそろ彼の「先輩だから」という小さなプライドでは、アルコールを体内から出そうとする体の働きを抑えきれなくなる頃だ。ゲロを被るのは御免だ。
しゃがみこんで唸り始めたツネさんの背中をモリヤがさすってやっている。少し吐いてしまえば気持ち悪さも楽になるだろう。
「僕、ちょっとさっきのお店で水もらってくるわ」
「おぅ、頼むわ」
モリヤにツネさんを任せて、今来た道を戻る。幸い、居酒屋からはまださほど離れていない。走ればすぐに着くだろう。吐いた後の口の中の気持ち悪さは僕もよく知っている。水を飲ませて、一休みしてからゆっくりワーハウスへ戻ればいい。
路地裏から表通りにでてすぐに走り出そうとしたが、視界の端に違和感を感じてそれをやめた。確かめるべく、その方向に体ごと意識を向ける。
あぁ、懐かしい夜空だ。