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第六章 異世界での暮らし 8

見送るものと見送られるもの。

 なんとか一日の仕事と明日の準備を終えた頃にはもうすっかり二つの月が昇っていて、夕飯の時間に間に合わなかった僕らは、エリとウラコに残り物で何か作ってもらっている間、ワーハウスの前の広い空き地で二つの月を眺めていた。


 この二つの月の名前は覚えている。「ブンカ」と「バンカ」。でもどっちがどっちだか忘れてしまった。今日は片方の月がやけにキレイに輝いている。ブンカバンカの出ている夜は星たちがずいぶんと大人しい。

 そんなことを考えていると、襟元に埋め込まれている通信機から「もうすぐできるから準備しといてー。」というエリの言葉が聞こえてきた。それは僕以外の二人にも送信していたらしく、僕が動こうとするのと同時に二人ともゆっくりと立ち上がった。


「なぁ、キム。どっちがブンカでどっちがバンカやったっけ?」

「あ、ツネさんも覚えてないんスか?」


 空き地の隅に重ねられているガラクタの中から、テーブルやイスになりそうなのを選んで運び出す。多分、これはテーブル代わりだ。1人ではもてないのでツネさんと一緒に持っていると、先ほど僕が疑問に思っていたことをツネさんが訊いてきた。


「“ブンカが花でバンカが死”でしたっけ?」


 両手にそれぞれイスになるだろう物をもったモリヤもブンカバンカの疑問に加わってきた。

 モリヤの言っていたことは、この世界に来て間もない頃アスールに訊いた覚えがある。昔の言葉でブンカは花を意味してバンカは死を意味するらしい。そして、それぞれの輝き方で昔の人はその年を占っていたんだとかなんだとか。

 その話を聞いたとき、僕はピラミッド全盛期のエジプトに似てるなぁと思った。たしかそこでも星の輝きをみて、ナイル川の氾濫とか凶作豊作を占っていた、と小さい頃本で読んだような記憶がある。


「で、どっちがどっちよ」

「…さぁ」


 設置したイスに早速腰掛け、テーブルに肘をついて空を見上げるツネさん。まだイスをあと4つ運ばなくてはいけないのに、彼のなかではきっと僕とモリヤで行えば自分は手を出さなくてもいいという計算なのだろう。

 その通りに動いてしまうのが悔しいが、この人を動かそうってほうが労力を使う。ここは黙ってイスを運んでこよう。そのうち彼女たちが夕飯を持って現れるだろうから。そうすればきっとツネさんだって動かざるを得なくなるだろう。


「ツネさん座っとるんやったら手伝ってー」


 ほらね。


 簡易テーブルにひろがる、湯気の立つ僕らの約10時間ぶりの食料。

 外で食べようと言い出したのはウラコだ。なんでも、「こんなときじゃなきゃキャンプ気分で食べられないから」だそうだ。 そういえば、よくクラブの皆でキャンプしたな。今年も計画していたんだけど…それはできそうにないなぁ。それを思っての提案なのかはわからないけど、誰も反対しなかったのはそれなりに寂しさを感じていたからなのかもしれない。


 「いただきます」と手を合わせる。これをしないと「食べ物と私への感謝の気持ちがきこえなーい」と、エリが煩い。以前は子どもっぽくて恥ずかしかったけど、今では自然と言葉と行動が出てしまう。「めしあがれ」と応えるエリは小学校の先生のような雰囲気だ。

 カチャカチャと食器の触れ合う音がだけが聞こえる。いつもは賑やかな僕らの食卓も今日は静かだ。誰も、なにも話さない。でも、この沈黙が気持ちいいと思ったのは僕だけではないはず。

 元の世界でもそれなりに仲良かったけど、異世界に来てその絆が余計に強まったような気がする。こんなこと言うとまた茶化されてしまいそうだ。一蓮托生というわけではないけども、運命共同体という感じ。この世界で同じ経験をしているのはここにいる5人しかいないわけだし。ジュウザもアスールもサメオさんも皆よくしてくれるけど、世界を超えた悩みや苦しみは僕らしかわからないからね。


「エリ、これ塩足りんのちゃう」

「あ、ほんと?」

「俺はこれくらいでも丁度いい」

「うん、アズユーライクでね」

「モリヤさん、塩いる?」

「サンキュ」


 明日のことで騒いでいたのがウソのようないつもの会話。なんだか特別に感じた。


「お前らなにしてんの?」


 飲み物を持ったサメオさんが此方に歩いてきた。激務を終え、これから夕食なんだろうか。


「なんか美味しそうなの食べてるじゃん。俺のぶんはないの?」


 エリのおかずに手を出しながら尋ねる。その手はエリにバシバシと叩かれていた。それでも手をひっこめないサメオさん。相当腹が減っているようだ。


「用意して欲しいならお願いしなさい!」

「エリちゃん今日も可愛いね!おじさんお腹すいちゃったな。このプニプニの手でおじさんのぶんも作ってくれないかな」

「なんかムカつくけど仕方ない。サメオさんの分も作ってあるんだ。あっためてくる」

「手伝うー」


 女の子二人組みはパタパタと厨房へ戻って行った。まだご飯も食べ途中なのに、こういうときお母さんっていうのは大変だなぁと思う。ん?さしずめ僕らはエリ&ウラコの子どもか…?それはそれでイヤだなぁ。


 エリの座っていた椅子に腰をかけたサメオさんはじっと空を見つめていた。ブンカバンカのどちらかが輝くなんて、珍しいのだろうか。


「サメオさん、どっちがブンカでどっちがバンカでしたっけ?」


 さきほど上った疑問を問う。

 ニッと笑ったサメオさんが「あっちがブンカ」と指差したのは、キラキラと光の筋を不規則的に放っている方の月だった。反対の月は輪郭がクッキリと出ており、闇との境界線がはっきりしている。つまり、輝きの強い方が“花”と呼ばれる月、ブンカなのだ。


「こりゃ明日の仕事は楽勝だなー」


 すこし伸びた髭をジョリジョリと摩りながら僕らに聞こえるように言う。花が輝いてるなら、なにか良いことが起こる前兆だ。


「サメオさん、それウラコとエリに言ってやってくださいよ。アイツら鬱陶しいほど心配してきよるんすわ」


 タバコもといモッケに火をつけながら、めんどくさそうにツネさんが言った。言葉は悪いが、なんだかんだ彼女らを心配しているんだと思う。


「ツネから言ってやればいいじゃん。ロマンチックだぞ〜」


 からかうように言うサメオさんをツネさんが睨む。その視線すらもからかいの対象のようで、サメオさんはなお面白そうに笑うだけだった。


「はいはい、お待たせ…ってなに人の席に座ってるんですか」

「いいじゃない」


 まぁ別にいいけどさ。と文句を呟きながらサメオさんの前に僕らと同じ夕食を並べるエリ。

 隣の席のウラコがイスを半分空けて待っている。それに気付いたエリが特に何を言うでも言われるでもなくその開いた部分に体を預けた。


「何の話してたん?」


 ウラコが尋ねる。


「ブンカバンカの話。どっちがブンカかわかる?」


 んー。といいながら首をかしげるウラコ。金融会社のCMに出ていたチワワに似てると思ったことは言わないでおこう。


「あっち」


 ぶっきらぼうにツネさんが顎をしゃくる。


「あっちってどっち?光ってるほう??」

「そ」


 彼女はいつもより少し無愛想なツネさんのことは気にならないらしい。ちょっと前のやり取りを知ってる僕はあれがツネさんなりの気遣いなんだろうと思って、すこしニヤけてしまった。


「ブンカってどっちの意味だったっけ?」


 エリがしっかりと覚えていなかったのは意外だな。こういう話好きそうなのに。名前が横文字だから覚えにくいのだろうか。


「おむぁえるぁ、なんでもぼふぅ」

「こぼれた。きたなっ」


 口にモノを入れたまま喋りだしたサメオさんの口から何かが飛び出すのが見えた。その零れたモノを指差しエリが台ふきを渡した。


「ふいまへん」


 受け取った台ふきで自分の足にこぼれたご飯粒を払い、ついでといった様子でテーブルまわりもサッと拭いた。

 顔をあげたサメオさんの口元にまだご飯粒がついているのを見つけ、思わず噴出す。自分の顔を見られて笑われたサメオさんは何故そうなっているのか理解できず、キョトンとした顔で僕らを見した。その様子が酷く滑稽で、僕の笑いは止まるどころか倍化する一方になってしまった。

 それはサメオさんと対する側に座ってるモリヤとツネさんにも感染し、収拾がつかなくなっている。はやく、誰かなんとかしてくれ。

 見かねたエリが黙ってサメオさんと目を合わせながら「ここ」というように自分の口元を指差す。慌てて口元を拭った手が彼を道化にしていた原因を取り払った。


「で、ブンカってどっちの意味よ」


 サメオさんに降りてきた笑いの神様のせいで流された自分の発言を戻すエリ。


「ブンカは花のほうだよ。だから明日は大丈夫だ」


 ウラコが新しく入れてくれた甘いお茶で、喉を潤しながら答える。すると


「そっか!」

「よかった!」


 と、エリとウラコ二人で喜んでくれた。


「まぁ気休めだろうケドな」


 嘲るように釘を刺すツネさんをモリヤが「コラッ」とたしなめる。


「ツネは冷めてるなぁ」


 苦笑するサメオさんに逆サイドから「サメオさんもね。早く食べないと冷めてまうよ。」とエリがたしなめる。先ほどの米粒事件から彼の箸は止まったままだ。エリに言われ慌てて皿に手を戻す。


「なぁエリたん。サメオさん“いただきます”言うた?」


 冷めてると言われた仕返しだろうか。それとも先ほどからかわれた仕返しだろうか。僕も気付いてはいたけど言わなかった事実をツネさんがエリに告げる。


「あっ!」

「あっ!」


 前者はエリで後者はサメオさんだ。怒気をはらんだ「あっ!」と焦りをはらんだ「あっ!」が重なった。


「い、いただきます!いただいております!ありがたいことでございます!」

「次からは食べる前に言いましょうねぇ」

「あだだだだだっ!」


 本当にこの二人は上司と部下なのだろうか。グリグリと頭に部下の拳をくらっている上司なんて図、あまり見れるものではないから今のうちの脳内フォルダにしっかりと仕舞っておこう。


 そんな感じで、僕らの初めての輸送任務前日の夜はいつもよりも賑やかに、でもどこかに緊張を含みながら深けていった。


怒涛の更新ラッシュはこの記事を持っておしまいです。書き溜めていた分がなくなったのに加え、明日から新しい職場での仕事が始まります。

時間がかかっても完結させるつもりですので、よろしければ最後までお付き合いくださいませ。

評価、などとは申しません。一言二言、感想だけでもいただければPCの前で小躍りして喜びます。

誤字脱字などの報告もお願いいたします。


30話も御読みいただいてありがとうございました。

これからも宜しくお願いいたします。

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