第六章 異世界での暮らし 6
敵国側に少し前から現れた新型メガロとは?
それはとても信じ難い話だった。
「たった…3体で…」
「前線にいた小隊が全滅…」
「ウソやろ…」
一体は左右上下360度を素早く動きまわり、その姿を照準で捉えることができない。
一体は何発弾を撃ち込んでも傷一つつかず、伸縮自在の体で攻撃をしてくる。
一体はその姿がレーダーにも映らないほど遠くから、中継する小型メガロを経て正確に狙撃してくる。
そして、それらメガロの性能は今までのメガロのソレよりはるかに秀でているらしい。
満足な反撃もできないうちに戦闘不能とされたのは、それでもカセアロラ公国の中で優秀な兵士たちが所属していた部隊。しかも、それはほんの数十分での出来事だったそうだ。
「恐らく、実戦テストだったんだろうな。その新型は、前線を壊滅に追いやるとすぐに引き返していったそうだ」
「……」
「立て直しては、またそいつらに潰される。しかし、新型は前線からこっちを攻めようとしない。まるで、自分の力を誇示しているようにな」
何かの片手間に玩ばれているようだよ。深くに何かの感情を隠しながらサメオさんが吐き出した。
僕らは突きつけられた力の差に言葉が出なかった。そうか、アスールの言っていた「軍事部以外には明かせないこと」というのはこのことか。確かに、こんなことがカセアロラ全域に知れ渡れば大きな混乱を招いてしまう。今の僕らのように、兵士たちは絶望感を抱いてしまっているのかもしれない。敵国の新戦力を抑えるため、もしくは回避するための対策を―ということで今朝も会議が開かれているのだろう。ジュウザとアスールがそこで頭を抱えている姿が安易に想像できた。
「というわけで、不本意ながら君たちに輸送班の話が回ってきた、と」
まぁこういう訳だよ。と、どこか悔しげにサメオさんが大きな椅子に腰掛けながら言った。
彼の決めたことではないのだろう。恐らくは、もっと上から出た抗えない命令。
「俺としては、お前らを巻き込むわけにはいかないと思ってるんだ。お前らはここの世界の人間ではないしな。ただ、これはもう…」
「僕は行きますよ」
気付けば僕はサメオさんの言葉を遮っていた。
彼の辛そうな顔を見るのがイヤだったから。どれだけこの人にお世話になってると思ってるんだ。どれだけこの人に感謝しているんだ。こんな時に困らせてどうする。辛い思いをさせてどうする。その思いが、僕の口から言葉を吐き出させた。
「キム…」
「バーッといってダーッとやってピャーッと帰るだけ…なんでしたっけ?」
これはあくまでも僕の仮説なんだけどね。
きっとサメオさんは食い下がってくれたんだと思う。ガッダールまで、とか、サメオさん同行、とか、この状況で上がそんな優しい輸送班を提示してくるとは思えない。僕らのことを必死に守ってくれた、その結果なんだと思えばこそ。僕はこの仕事を嬉しく思うし、誇りにも思う。
「まぁ、サメオさんも一緒なら」
モリヤも同じ思いなんだな。
「俺は最初から行くつもりやったし」
ツネさん、どの口が言うんですか。
「お前ら。…悪いな、巻き込んでしまって」
「やめてくださいよ。ここにいる以上は僕らこの国の、この世界の人間なんですから。仲間はずれはしないでください」
やっと言えた。前から言いたかった、僕の本当の気持ち。サメオさんは僕らが異世界から来たってことを気にしすぎていたから。巻き込む、巻き込まないじゃなくて、同じように見て欲しかった。僕を。僕らを。
片思いの人に告白したような、そんなドキドキ感が残っていて、少し恥ずかしい。両サイドから「キムかっこいー」「きゃー、キムさん抱いてー」という冷やかしの声が聞こえてなおさら恥ずかしい。こいつらの前で言わなきゃよかった。でも、サメオさんはきっとわかって…
「かゆーっ!かゆい、キム!」
くれてない。思いっきり引いた顔で首を掻き毟っている。なんだろう。僕、ハズしたのだろうか…。
「僕、ちょっと墓穴掘ってくる」
「まぁ、待て待て。堀りに行く前に今日明日の予定を話すから聞いていけ」
ヒィヒィと笑いを堪えながら書類を捜すサメオさん。両サイドの二人も漏れなく爆笑中。
なんだろうね、この疎外感。
逃げ場のない恥ずかしさから下を向いていた僕の目に映ったのは。
書類の山からお目当ての物をみつけた彼の手がトレイの下から無理やりそれを引っ張り出すところだった。
「あっ…」
危ない、という言葉も言えぬうちに最も与えてはいけなかった衝撃を受けたトレイ。
そしてここぞとばかりに自身を机や床やサメオさんや僕らに打ち付けるスープやミルクたち。
大事なものであろう書類も汁まみれだ。彼が手にしている、僕らの今日明日の予定が書いてある物も例外なく。
「サメオさん…」
モリヤのキレイ好きボルテージが上昇していく。プルプルと震える拳がこれから落ちる雷の存在を予言している。これはでかいのが来るぞ…。
「だーから掃除しろって言ったでしょーがッ!いい歳こいて何やってんすかッ!!!!」
「しーましぇーん!」
落とされてしまった、モリヤ怒りの雷にサメオさんは謝るしかない。
くどくどぶつぶつと繰り出されるモリヤの小言はもうしばらく経たないと止まらないだろう。ツネさんは自分の靴にかかったミルクの飛沫をサメオさんの机に擦り付けている。僕が今日明日の指示を聞けるのはもう少し先になりそうだ。遠征の準備などで忙しくなるだろうに。
他の3人には気付かれないように、そっとため息を吐いた。