第六章 異世界での暮らし 5
これからサメオさんからお話があります。
「失礼しまーす」
レンガ造りとは裏腹に音もたてずに開くドア。この城の扉は皆レンガの自動ドアだ。レンガ、といっても僕がそう思っているだけで実際にはもっと別の素材なのだろう。
この世界はアナログとハイテクが混在している。レンガドアはそのいい例だ。最初は言葉を失ったもんだが、いい加減もうこの世界の在り方に慣れてきた。
「あっ、早っ!もう来たの!?」
片付けられない男、サメオ。
机の上は書類と書類と書類でゴッチャゴチャになっていた。その上にトレイが置かれ、スープやミルクがさあ零れるぞ、と体を傾けている。仕事を片付けながら食事の前に、まず効率よく動けるようこの部屋をなんとかするべきなのではないだろうか。
キレイ好き男モリヤの眉間に皺が走る。
「汚いなぁ、もう!片付けたらどうなんすか!」
新入りに怒られ、「うへぇ」と情けない声を出す上司。モリヤは早速床に散らばっている書類やら本やら衣類やらゴミやらをポイポイと片付け始めている。
「ごめんねぇモリヤちゃーん」
「忙しいならメイドさん呼べばいい話じゃないっすか」
「だって、部屋に二人きりとか、我慢できなくなるじゃない」
俺のアンダーソン君が。と僕の提案に腰を振りながら答える。冗談なのか冗談じゃないのか…。
「で、サメオさん、話ってなんスか」
入り口に入ってから一歩も動いてないツネさんが言った。もれなく眉間には一本の皺が。彼もキレイ好きだったかな。ただ、モリヤみたく人の部屋は掃除しないだけで。
「あぁ、そうそう。モリヤもちょっと聞いてくれるか?」
片付けていた手を止め、モリヤが立ち上がる。僕ら3人がサメオさんの机の前まで動けるスペースはモリヤによって確保されていた。そのゴミの十戒とも言うべき道を歩いてサメオさんの前まで行く。
自然と姿勢が正されたのはサメオさんの纏っている雰囲気が真面目モードだったからだ。
「明日からお前たちも輸送班に就いて貰うことになった」
輸送班はその名の通り軍備品や武器や食料などを前線まで運ぶ部署だ。ということは、僕らも戦場に行くということか?
「それって、戦地に運ぶんすよね」
恐る恐る尋ねるモリヤに、「そうだ」とあっさり答えを返すサメオさん。
僕らは他の一般兵と違い、軍に属するものの戦闘方法や武器の扱い方その他諸々の訓練は受けていない。加えて体力も全く他の兵士たちには敵わない。だからこそ僕らは戦場に行かなくても良い備品班に配属されたというのに、今になって、目的は違えども戦場へ行かされるとは、いったいどういう訳なのだろう。
「安心しろ。戦地といっても危険はない町だからさ。お前らも聞いたことあるだろ?兵士の町、ガッダール」
何度かその名は聞いたことがある。城と前線の丁度中間に位置する、兵士によって作られた小さな町、ガッダール。過去30年間の戦争でもそこは攻められたことがない不可侵の町。恐らく、あちらの国側にも同じような町があるはずだ。
聞いた話では、捕虜になった者がその町で働いているのだとか。お互いのライフラインであり、味方の人間も生息しているために攻撃されない、そして攻撃しないという暗黙のルールがあるのだろう。
「そこにバーッと行ってペペペーッと荷物降ろしてダダーッと帰るだけだ」
「いや、簡単に言いますけどねぇ」
「大丈夫だって、ツネ。俺も行くし」
「うぅん…」
心配がないわけじゃない。攻撃を受けたことがないと言えども、そこは仮にも戦地だ。僕らのような凡人が行くような場所ではない。できれば断りたいが…。
「俺らに声がかかるってことは、結構酷いんですか。戦況的に」
僕の考えていたことをモリヤが代弁してくれた。
「さすがモリヤちゃん。そうなんだよ、もうギリギリなんだ、人手が。お前ら、聞いたことあるか?ガルド側に現れた新型メガロの話を」
「いえ…」
そうか――。と一息おくと、ゆっくりとサメオさんが語り始めた。
「あれは…お前らがこっちに来る少し前くらいだったかなぁ…」