第六章 異世界での暮らし 4
サメオさんの部屋へ向かう途中。気になっていることは二人とも同じで・・・
サメオさんの部屋まで続く廊下を歩く。
お互い何か考え事をしているのか、僕とモリヤの間に会話はなかった。が、最後の直線に来たとき、モリヤが口を開いた。
「キム、お前平気か?」
「…なにが?」
その「平気」という言葉の対象を言ってもらわないと答えようがない。
「彼女さんのこと」
「あぁ」
こっちにきて3ヶ月。彼女のこと、考えなかったといえば嘘になる。
正直、最初の1ヶ月は苦しくて仕方がなかった。あの夢の中で別れを告げたと思っていたのにも関わらずだ。
毎晩、あるはずない温もりを体が求め、眠れば彼女が夢の中で泣き、それが怖くて全く眠れない日というのもあった。
「僕は、自分に嘘がつけるから」
そう。自分を騙せばこんな苦しみなんてことない。
彼女を諦めろ、諦めろと呪文のように毎日自分に言い聞かせた。そうしていると自然と心が諦める方へ向いてくれる。もしかするとそれは錯覚なのかもしれない。自己暗示、なのかもしれない。何かの拍子にそれがなくなり、あの夜よりも激しい苦しみが僕を襲うかもしれない。
それでも、とりあえず今は平気なのだ。
自分を騙し騙し、そして本当に忘れていくしかない。
こんなことを言うと、彼女に対してその程度の想いだったのか、と言われるかもしれない。
でもそれは違う。逆だ。彼女に対して本気だったからこそ僕も本気で僕を騙すんだ。
「僕は、大丈夫。僕は…」
「その言い方だと、俺の言いたいこともわかっとるみたいやな」
「多分…。エリのこと、だろ」
こっちに来てから、エリは徹底してサイチさんの名前を出さない。というか、ここにいるメンバー以外のクラブ員の話すらしない。
彼女が僕のようにサイチさんのことを忘れているとは考えにくい。おそらくは、無理矢理我慢しているのだろう。
同じ空間にいた愛する人と非現実的な現象により離れ離れになってしまった。しかもまた会える可能性は非常に低い。もう会えないと言ってしまってもいいと思う。ここは別世界なのだから。
後から聞いた話なのだが、エリはあのオアシスで目覚めたとき、真っ先に砂漠へ他のメンバーを探しに行こうとしたのだそうだ。モリヤ、ツネさん、ウラコの説得によりそれは断念したそうだが、暫くは砂漠とオアシスの境目をうろうろと歩き目視できる範囲で他のメンバーを、サイチさんを探していたのだそうだ。
「ニコイチだったもんな、あそこ」
片翼をもがれた鳥は、どうやってまた大空を飛ぶのだろう。
モリヤの言葉を最後にまた沈黙に戻る僕ら。今夜にでも、同室であるウラコにエリの様子をコッソリ聞いてみようかな。
サメオさんの部屋の前には一足早く来ていたツネさんが壁に寄りかかって僕らを待っていた。傍に行くと、独特の匂いが彼からした。恐らく、朝食の後一服してきたのだろう。
「ツネさん、モッケ吸いにいっとったんですか」
「モッケ言うな」
モッケとはこの世界のタバコのようなものだ。僕はこの世界に来てからタバコを吸うことをやめた。戦時中であるため入手困難であるということと、「モッケ」というなんともアレな名前のせいだ。
大学教授が、「暴走族なんてカッコイイ名前で呼ぶから減らないんです。オナラプープー族と呼んで見なさい。いなくなりますから。」と講義で言っていたことを思い出して、今さらながらその人間心理に納得した。
何故入手困難であるモッケを軍の雑用係の一員に過ぎないツネさんが持っているかというと、これまたお世話になっているサメオさんが自分に回ってきた配給品をそのままツネさんに渡しているからだ。
サメオさん自身は酒も飲まないしモッケも吸わない。「吸うのはオネエチャンの胸だけだーっ!」なんてヒャーヒャー笑いながら言ってたっけ。